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旧:英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第1章「旅立ちと契約」
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英雄を志す者-1-

 眠りから覚める少し前、幼い頃の夢を見ていた。


 あの頃は、父親が買ってくれた英雄の話が描かれた絵本を毎日のように読んでは、引き籠りがちだった親友のフルラを外へ連れ出し、日が暮れるまで英雄ごっこをして無邪気に遊んでいた。山奥にある何もない小さな村だったが、それなりに楽しかった。


 そんな幼少時代を過ごしたラナも今日で十五歳の誕生日を迎える。


 この世界では十五歳になると目標とする職業に志願することが許される。ラナもようやく自分の夢である英雄になる為、聖十字騎士団に入団する権利を得たのだ。


 半年前、一足先に十五歳になった親友のフルラは英雄ではなく、調合術士(ミクスメイカー)を志し、王都西地区ヘスペラウィークスにある調合術士組合(ミクスメイカーギルド)に入組した。


 調合術師(ミクスメイカー)は、薬草や動物の骨などを調合して、解毒薬や回復薬など生成する医療の分野に特化した仕事だ。


 その事を聞いた時は驚いたが、今はあの内気で引っ込み思案な性格のフルラが、自分の夢を叶える為に歩み始めたことを素直に喜び応援している。たとえ別々の道を選んだとしても、大切な親友に変わりないからだ。


 しかし、先を越された気がしていたラナは焦燥感に駆られていたこともあり、十五年という歳月の中でも、この半年間は途方もなく長く感じるものだった。


 暖炉傍に(たたず)む大きな柱時計の針が午前〇時を指すと、一度だけ鐘の音を鳴らした。懐かしい夢から目覚めたラナは、お世辞にも寝心地がいいとは言えない少し硬めのベッドからゆっくりと這い出した。


「うう、冷えるな」


 煉瓦造りの古びた家にずっと住んでいるが、建て付けの悪い窓の隙間から吹き込む真冬の風はいつになっても慣れない。


 眠い目を擦りながら、しんと静まり返った家の中を家族との思い出を一つ一つ確かめるように見て回った。


 色々な思い出が詰まったこの家とも今日でお別れだ。名残惜しさを感じながらも、待ちに待った今日という日に自然と胸が弾む。


 この高揚感は、幼少期に初めて父親と王都へ出かけたときに買ってもらった絵本を読んだ時以来――いや、それ以上かもしれない。


 沸々と込み上げてくる感情を何にかにぶつけたいと思ったラナは、農作業用の器具を保管する床下倉庫から刃のない護身用の長剣【デモ・フルーレ】を手に取り、力強く握りしめた。


 ゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込む。


 絵本に登場する偉大な長剣使いの英雄が剣を抜き、悪しき者たちと戦うところをイメージする。そして、勢いよく護身用の長剣(デモ・フルーレ)を振るった。


「くうううう! やっぱり英雄なら長剣だよなあ!!」


 護身用の長剣(デモ・フルーレ)を掲げ、興奮気味に勝利のポーズを決める姿は、幼い頃に英雄ごっこをしていた時と同じだ。


 英雄への憧れも、英雄になりたい気持ちも当時と全く変わらない。


 今夜、その熱い思いを胸に最初の目的地である王都サンクトゥスへ出発する。


「よし! 気合いも入ったし、準備しますか!」


 出発に際していくつか準備するものがあった。まずは、自分の身を守る為の武器。


 本当ならば、名のある名剣を携えたいものだが、農作物を収穫して生計を立てていたクロイツ家には、護身用の長剣(デモ・フルーレ)以外に武器らしい武器はない。


 身を守る為の武器としては少し心許ないが、小さい頃から慣れ親しんだそれは、何よりもしっくりきている。


 万が一、野性の動物に襲われたとしても使い慣れた護身用の長剣(デモ・フルーレがあれば問題なく対処できるだろう。


 次に必要なのは防具だが、今用意できるものと言えば、村周辺で狩ることができる野兎(レプス)の毛皮で作った生成り色の防寒具一式だ。


 決して戦闘向きではないが、野兎(レプス)の毛皮は防寒性と保温性に優れていて、凍てつく寒さの雪山を越えるにはうってつけの防具だ。


 次に手に取ったのは、【戦場の勇者】という題名の絵本。


 かつて最強の長剣使いと言われた【英雄エルシド・ア・ドール】の勇姿が描かれたそれは、数十冊とある絵本の中でも一番のお気に入りで、ラナが英雄を志すきっかけとなったものでもあり、父親が買い与えてくれた最初の絵本でもある。


 思い出の詰まったそれをお守り代わりに持って行こうと大事そうに上着の内側にあるポケットにしまい込んだ。


 最後は事前に用意していた山越えに必要な最低限の水と食料の入った腰に巻きつけるタイプの焦茶色の布製カバンを身につければ、旅立つ準備は万端だ。


 いよいよ出発の時。


 ようやく訪れた瞬間を噛み締めるようにゆっくりとドアノブに手を掛け、期待と不安を抱きながら力強く扉を開き、英雄になる為の最初の一歩を踏み出した。


 村人が寝静まった村を抜け、山道に入ると神々しい満月の光が行く先を照らしていた。


 天を仰げば満天の星空が広がり、そこから、ふわりと舞い落ちる粉雪は、まるで歓喜の舞を披露する妖精のようだ。


 目に映る全てのものが、自分の旅立ちを祝福してくれているように見えていた。


 気分を良くしたラナは、上機嫌に鼻歌を歌いながら、軽やかなステップを踏んで踊ってみせた。


「なんて素晴らしい日なんだ!」


 テンションは青天井の上り調子。

 出発してからというもの、ずっとこんな浮かれ調子で山道を歩いていた。


 しかし、出発から一時間ほど経った頃、あることに気がつくと、ピタリと足を止めてしまった。黙っていても自然に溢れ出ていた笑みは瞬時に消え失せ、表情が次第に険しくなっていく。


「あ、あはは、ははっ! これはもう英雄に為に生まれてきた俺に対して、神が与えた最初の試練に違いないっしょ!」


 目にかかるほど伸びた前髪を掻き上げて、格好良く決めているつもりだが、実際のところ神が与えた試練などという格好の良いものではなく、もう少し早く気がついていれば、対処できていたはずの出来事。ラナは浮かれ過ぎていた所為で、道を間違えていたのだ。


 本来ならば、村の南から出なければならないのに、早く村を出発したいという気持ちから家の一番近くにある北から村を出てしまっていたのだ。


「男なら真っ直ぐ突き進むだけっしょ!」


 迷っていることに気づいたのは良いが、残念なことに向かう方向を間違っていたことに気づいていないラナは、そのまま逆方向に前進し続けた。その結果、ますます道に迷ってしまい、自分が何処にいるのか分からなくなってしまった。つまり、遭難したのだ。

 

「もしかして、ここは俺の力を試す為に神が作り出した迷いの森なのか?」


 最悪な状況にも関わらず、これほど前向きに考えられるのは、遭難したことにすら気がついていないからだ。


 しかし、さすがのラナでも迷い続ければ、遭難していることに薄々気づき始める。完璧に遭難したと自覚した途端、焦りと不安が徐々に体力を奪い、前向きな思考さえ失ってしまった。


 精魂尽き果てたラナは、近くにあった大きな切り株に深く腰掛け現実から目を背けるように夜空を見上げながら、途方に暮れていた。


「ん?」


 溜息を吐きながら考え込んでいると、いつもより格段に大きく見える満月を背景に何やら黒い物体が宙に浮いているのが見えた。最初は鳥でも飛んでいるのかと思ったが、移動している様子はない。


 目を凝らして見ていると、その影は朧気な月明かりに照らされながら徐々に姿形を露わにしていく。


(人? じゃないよな。人が宙に浮けるはずないし、んー?)


 正体不明の物体に困惑していると、それは粉雪と共にふわりと地上に舞い降りた。まるで夢を見ているのかと思ってしまうほど不可思議な光景だ。


 木々の隙間から差し込む月明かりで浮かび上がった一本道をゆっくりとこちらに向かって近づいてくる。


 突然現れた空からの来訪者に言葉が出ない上に驚きのあまり、身動き一つとることも出来ない。


 身の丈に合っていない長めの漆黒のローブを小柄な身体に纏い、棒状の何かを背負っている。その姿は、まるで死神。


 きっと、自分の魂を狩りに来たのだという想像が脳裏を過る。緊張と不安が最高潮に達した時、目の前まで近づいてきた相手が、透き通るような女の子の声で、


「……教えてあげましょうか?」


 と、問い掛けてきた。


「今、なんて?」


 決して聞き取れなかった訳ではない。

 全く想定していなかった問いかけに驚き、思わず聞き返してしまったのだ。しかし、それはとても不自然なほどに的確な問いかけで、見ず知らずの人物の口から出る内容ではない。


 もし仮に、こんな山奥で偶然誰かと出くわして教えるものがあるとするならば、それは下山ルート。これはこれでラナ自身が遭難しているから、そうあって欲しいと願っているだけなのかもしれないが、少なくともこのタイミングで問い掛ける内容としては筋が通っているはずだ。


「聞こえなかったのかしら? それとも私の言葉が理解できなかったのかしら?」


 深く被ったフードを外すと、月明かりと粉雪が相まって神秘的に輝く白銀の長髪が風に吹かれて靡いている。その姿に口を噤んでしまったラナは、美しく流れるような髪に思わず見惚れてしまっていた。


 顔に目をやると、白く透き通った肌と空色の瞳が印象的な幼気な少女だった。

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