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罪悪感と俺

ゆめのないぼうけんしゃたちにささぐ

09 罪悪感と俺





「う~~ごはんごはん」


今、ごはんを求めて全力疾走している俺は、冒険者でもないごく一般的()な女の子。強いて違う所をあげるとすれば、ちょっとスキルを変態的に上げてるってとこかナー。名前はメープル。


そんなわけで野営地の側にある、トルデンの町の食品店にやってきたのだ。


ふと見ると、食品店に美味しそうな熱々のスープと柔らかく焼いたパンが用意されていた。

「うほっ!いいごはん…」


「で、そのよくわからねえ語りはまだ続けるのか?」

「すいませんもういいです」


初めての謎世界生活の夜は、あっという間に寝てしまった。

朝日と消えたたき火で下がった体温で自然と目を覚ました俺は、すぐにトルデンの町に顔を出したのだ。


腹が減ってはなんとやら、昨晩は…というかこの謎世界に来て初めて食ったものがポプルと硬いパンと干し肉というのに日本人の心が耐えられなくなり、すぐになにかちゃんとしたものが食べたいとオーサンの所にやってきたのだ。


食品店なら何か食事を出しているのではと思ったのが大正解。

暖かいものが食べられるのって幸せ。


オーサンに銀貨を渡しおかわりを要求する。

サービスだといって、よくわからない青々とした葉っぱのサラダ的な物も貰う。

ほうれん草をすこしえぐくしたような謎サラダだったが、不味くない。うまいうまい。

ちいせえのに良くそんなに食えるなとオーサンに笑われた。



-----


ほとぼりが冷めたらなんて思っていたのだが、町に来ても誰も俺のことを気にする奴はいなかった。

魔族からのゴーレム騒ぎで最終的に町を救ったのは騎士団と言うことになっていて、俺の事はすっかり忘れ去られていた。

しめしめと思い通りにいったことを内心喜びながら、膨らんだ腹をさすりつつ東門の方にあるという例の「冒険者組合」とやらに行ってみることにする。


冒険者組合はMSOの頃には無かった組織で、俺も名前から察する事しか出来ないが、プレイヤー達の担ってきた討伐クエストや日雇い的な雑事をするお仕事は、この謎世界だと冒険者というお仕事になるのかなぁと思っている。


そうして昨日の記憶に新しい、俺の操るゴーレム君がぶっ壊した東門に到着すると、そこには「冒険者組合 トルデン事務所」となぜか日本語で書かれた瓦礫に立てかけられた看板と、その隣に建物から引っ張り出したと思われる長机と椅子に腰掛けた、受付嬢らしき2人の姿があった。

心なしか二人は疲れたような表情をしている気がする。


「なっ」

と驚くと同時に周りを見渡せば、その道を挟んだ反対側の瓦礫には同じように瓦礫に看板が立てかけてある。

そこには「宿屋 緑の翼亭」と書いてある。


『それでしたらこの町の東門入ってすぐの所に組合事務所がありますので』

ベルキン銀行の気の強そうなメガネ受付嬢の言葉が思い出される。

俺がおばちゃんを潰すまいとゴーレムの支えにした二つの建物、あれが冒険者組合と宿屋の建物だったのか…。


「まさか…こうなっちまうとは…」

途方もない罪悪感に駆られ、俺はその場に口を開けて立ち尽くしてしまった。

この時俺はどんな顔をしていたのだろうか。

瓦礫を片付けるお仕事をしている人達が早足に駆け抜ける中、どれだけそこに立ち尽くしていただろう。


「あの…もしかして冒険者組合に何かご用でしょうか」


見かねてか冒険者組合の受付嬢の一人…紫の髪の毛でポニーテールの童顔の受付嬢が俺に声をかけてくれた。

ここで声をかけてくれなかったら、俺はいつまでも立ち尽くしてしまったかもしれない。


「あ…ああ。冒険者組合で登録をしようと思ったのだが…」


「それでしたらこちらで出来ますよ。ただいま青空営業中ですがね」


受付嬢は俺の顔をみてニッコリと笑ってくれた。


「もしかして昨日ここで起こったことを知らなかったですか?魔族が放ったゴーレムが暴れて建物がこの有様ですよ」

「い、いや。あったことは知っていたんだが…」


青空受付の椅子に腰掛け、対面に先ほどのポニテ受付嬢が座るとさっそく切り出してきた。


「あら、そうでしたか」

「ま、ちょっと前の魔族が襲ってきたときに比べれば、たいしたこと無かったですね」


隣に座っていた黒髪のボブカットの受付嬢も話に加わってきた。

なんとも気にした風でもない様子で、二人は続けた。


「たいしたこと無いのか?こんな建物がぶっ壊れちまって…」


「え?ああ、そんな事気にしてたんですか?そうですねえ、暫くは青空営業になってしまいましたけど、昨日は誰も死ななかったから、そんなたいしたこと無いですよ」

「そうそう。この建物なんてギルド本部の方がお金が出て、一ヶ月もしないうちに建て直すんですから」


建物が壊れたことはそんなに気にしてなかったのか…。


「昨日は宴会で徹夜と二日酔いですからね!ちょっと眠いですがちゃんとやることはやりますよ」


ウフフアハハと受付嬢二人は明るく笑い合った。

その笑い顔を見て、沈み込んでいた俺もつい頬が緩んだ。


「よかった。なんだか悲壮な雰囲気でしたので…。もしかして向かいの緑の翼亭の方も気にしてました?」


「あー…。そうなんだ、宿を取ろうかと思ってたんだが」


「そうなんですよね、トルデンはそんなに大きくないので、冒険者組合が運営している緑の翼亭が唯一の宿屋だったんですよ。建て直すまでは使えませんから、冒険者の方は東門の方から壁に沿って、野営する場所を提供して貰ってるんです」

「町の壁を野営の壁代わりに使っても良いって話付けてますから、テントでも張れば何とかしのいで貰えるかと」


それでいいのか。なんかそれってどこかで見たような光景になるんじゃ…。

高架橋下のブルーシート…ホームレ…う、頭が…。


「宿屋もギルドのお金で直るのか?」


「そうなんですけど、宿の業務は私たちトルデン支店が独自で行ってる事でしたので、こちらの復旧の後になるのですよね」

「ですので滞在が長いようでしたら、借家でも借りた方が良いかもしれませんね」


宿に関してはかなり遅くなるようだ。

たいしたこと無いと言われたものの、俺の心はかなり引っかかっていた。


「まあ登録だけしちゃいましょうか。お仕事の方は今一杯ありますからねー」


そう言って二人の受付嬢は机の下から一枚の羊皮紙らしきものを取り出した。

もとから机の上にあったインク瓶と羽ペンをこちらに差し出す。


紙を見ると名前と性別を書く欄だけがある。残りは白紙になっている。


「名前と性別だけ申告お願いしますね。あとはこちらにおでこを付けてもらえれば、こちらで書きますので」


どう言う理屈か知らないが、言語は日本語で問題無いようだ。

紙の字も看板も全てそうなっている。名前欄にメープル、性別には悩んだが正直に女と書いておいた。

その程度数秒で済んでしまい、黒髪ボブカットさんの方が何かを取りに行ったまま、まだ戻らない。


「あら、字も綺麗。なんだか不思議な格好で教養もある。ふふっ秘密があるタイプの冒険者ですね」


昔からそういう物語とか多いんですよ?ミステリアスな冒険者が実は…っていうのは王道のストーリーなんです。

と、紫ポニテさんの方はニコニコと紙を回収した。

なんだか可愛いタイプの人だ。く、俺のからだが女の子じゃなければ…ぐぬぬ。


「あら、なんだか楽しそう。『技神の宝具』持ってきたわ」

「じゃあこの四角い板みたいなのにおでこ付けてね…そう、ぺたっと」


言われるがまま持ち込まれた白い四角い板のような物が重なった不思議な物に、前髪をずらし自分の額をつける。

僅かに冷たい感覚が広がり、板がふわりと発光を開始した。


「はい。いいですよー」


額から『技神の宝具』といわれたよくわからない物が外されると、紫ポニテさんは先ほどの空白ばかりの羊皮紙っぽい紙の上にその宝具とやらをぺたりとのせた。

のせられると納得がいった。

紙のサイズと宝具とやらのサイズが丁度一緒なのだ。

そして5分ほど光が収まるのを待っただろうか。光を失った宝具の四角い造形の隙間からポンと、銅色の小さな板が飛び出してきた。大きさは5cm×1cm程、厚さは2mmほどだろうか?両方に5mmほどの穴が空いている。

見た限りただの穴の空いた小さな銅板の様に見える。


紫ポニテさんが机の下にある木箱から革紐を取り出すと、その空いている穴に革紐を通し、丁度ブレスレットのような形に仕上げた。その間僅か1分もかかっただろうか?作り慣れているという感じに見える。


板をはき出した宝具とやらを黒髪ボブカットさんが紙の上から外すと、紙には細かい字でビッシリと何かがプリントされていた。

驚いた、こんな中世に毛が生えたような世界でこんな事があるのか。確かにMSOでは本が流通していたから、活版印刷らしき物はあるのだろうが、これはすごい。魔法道具だろうか?

ゲームでは当然こんな物無かったので、目の前で不思議な物が動くところを見てちょっと興奮してしまった。


「え?なにこれ…」

「ビッシリ真っ黒ですねぇ」


二人は紙の方を不思議がっていた。

まあ、いいかぁ。などとなんとも納得出来て無さそうな顔つきで、先ほど作った銅板と革紐のブレスレットを俺の左手首につけた。なんだこれ。オシャレ?


「これが冒険者組合の発行している証明証です」


「この銅板みたいなのが?俺の思ってたのと随分違うな…。もっと書類みたいなのを渡されると思ってた」


「これがあれば冒険者組合が貴方の身元を保証します。あと、死んだときにこれがあればメープルさんの死体だってわかります!」


「ドッグタグかよ!不吉すぎるわ!」

まさかそっちの用途がメインだとは。ひどくね?


「いえいえ、そのなんとかタグの事はわかりませんけど、大事なこと何ですよ。冒険者が一年で何割死ぬか知ってますか?」

「なんと驚きの4割!そのほとんどが森や危険地帯に踏み行った事で、モンスターや魔族に凶暴化させられた野生生物に殺されたり、食べられたりする事なんですよ」


マジかよ、死亡率クッソ高すぎるだろ…。

冒険者とか日雇い労働者程度だと思っていたのに、ガチの危険職じゃない。


「そこで骨を拾ってくれる人や弔ってくれる人がいればラッキーなんですよ?最悪アンデッド化して同業者に襲いかかるのがオチですからねぇ」


あ、それはガチのアンデッドですね。わかります。


「もしそういった不幸な同業者のタグを見つけたら、必ずお持ち帰り下さい」


「なんで?」

冒険者の使い捨て感酷いし、必ずって言うほどのことなの?


「報奨金をお渡しします」


「なんで!?」

何でお金が出てくるんだ?遺族から何か貰えるとか?

やばい驚きっぱなしだ。平和な国の日本人としては常識が!追いつかない!


「冒険者組合は、証明証の持ち主のベルキン銀行の口座の5割を組合で徴収します。残りの5割は国が徴収します。死人にはお金必要ないですからね」


「ドライすぎるだろ…」


「まあ身元を保証しますよって言うのはその辺含めてなんですよね。死にたくなかったら…無茶な依頼受けないで下さいね?私たちは依頼を受ける冒険者達を、説得したり引き留めたり致しませんので」


「…ワカリマシタ」


とんでもないシステムだな…。MSOの時はこんなドライな冒険者じゃなかったよ!たのしい冒険だったよ!

死んだらそれでおしまい、なんとも考えさせられるな。

俺の銀行の口座が凍結されていたのや、ベルキン銀行の口座が3年経つと凍結されたりするのも、死んだらそれまでと言うのが前提にあるんだろうな。

ドッグタグが持ち帰られたら徴収、持ち帰らなくても行方不明なら時間で徴収って事か。

しかし俺の口座が15年前に作られていた事のあたりは…やっぱりまだなにか秘密があるんだろうな。


「と言うわけでようこそ冒険者組合へ。私たちはメープルさんのご活躍を期待しております」


ご依頼はこの青空カウンターの隣にあるボードの方に、張り紙になって掲載しておりますのでそちらから受けたい依頼を選んで下さいね、と二人の眩しい笑顔で受付業務を〆られた。

何年やってるかわからないけど、この二人は完全にこの業務形態を受け入れてるんだな…ちょっとこわい。

この紫ポニテさん可愛いのに…なんか笑顔に影がついて怖く見えてきた。黒い、黒すぎるよ!


これでベルキン銀行で預けてあったアイテムは取り寄せ出来るな、あとは---


死んだら金もそれまでなんだし、俺の気持ちで使っておくか。

やってしまった事は取り返しがつかないだろうけど、隠しておくにも俺の『気持ち』が我慢できないからな。



俺は再びドライな受付嬢達に相談を持ちかける---。


それはこのMSOそっくりな謎世界では常識外れなことなんだろう、受付嬢達は随分驚いた顔で俺の依頼を受け付けてくれた。


「はあ…まあお金さえ用意して下さるのなら、何でも受け付けますけどね」


最後に聞いた言葉は…別の意味で不安しか感じなかったのだが。






※今回のMSOネタ


「召喚獣」


MSOの課金コンテンツの1つ。

(大体)いつでも召喚することの出来るペットを購入できる。

ペットは何十種類もアリ、戦闘用から騎乗用、愛玩用、生産用と多種多様にわたる。

ほぼ全ての召喚獣が大きなインベントリを所持しており、プレイヤーにとって便利なカバン代わりに使われる。


リアルマネーでご購入するものなので、買いすぎ注意。

楓のお給料は…沢山のペットになったよ…。ズッ友ダヨ。


ちなみにこの謎世界ではこのズッ友はそのままでは呼べない模様。

おかねかえして!おかねかえして!

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