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アホ貴族と俺

07 アホ貴族と俺





英雄とかとんでもない。そっとしておいて貰えませんか。



町と女神教を襲った魔族が、英雄によって討たれるという冗談みたいに出来すぎた光景に、熱狂しだす周りに対して、俺の心は冷え切っていた。


ゲームのストーリーではプレイヤーは英雄の道を歩んだ。

それは間違いないのだが、実際の所英雄なんて物は決して良い物じゃない。

この文明観だと英雄は施政者にとって、権力という座布団を使った搾取体勢に反発する者の良い旗印になり、邪魔でしかない。

利権者はいつだって現状維持が大好きなのだ。


反魔族の旗印に担ぎ上げられるのもあるが、俺は別に魔族が憎いわけじゃないし、魔族もまたいずれ手を取らなければならない相手だと「知っている」からそんな面倒な旗印になりたくない。


そして町で騒ぎが起これば領主やその治安維持の騎士部隊が来る。

熱狂に包まれる町人達を押しのけ、槍を持った騎馬隊数名と大盾を持った重鎧の歩兵や比較的軽装の兵士達が、どやどやと教会にいる俺とステラミルフの周りに集まってきた。

この展開はゲームにはない、5人の魔族の野望を暴くシーズン1のストーリーを華麗にすっ飛ばして解決してしまった為、今は公式ストーリーがアテにならなくなったのだろう。


今回は魔族が現れてから比較的短い時間で俺が対処してしまった為、遅れてこの熱狂の舞台にトルデン治安維持のため領主に派遣されている騎士団が到着することになった。

悪意を持って考えれば、騎士団的にはせっかくの活躍の場を、どこの馬の骨ともわからない小娘が解決してしまった。という事になるだろうか。

討伐の手間が省けたので褒美を取らすぞー、程度で済ましてこちらを手放してくれれば良いのだが。


「鎮まれ!鎮まれ!魔族が現れたとの報せを受け、メリルイルーン王国第6駐屯騎士団馳せ参じた!」

「魔族は何処だぁぁあ!」

「魔族なんか!魔族なんか怖かねえ!野郎ぶっ殺してやらぁぁ!」


騎士と思われる隊長一人以外はかなりエキサイトしている。


「騎士様、それが…魔族はもう退治されちまったんですわ」

「なんだと?我々騎士団以外の者が魔族を退治したというのか?」

「へえ、そうなんです。そりゃあ見事なスキルでした」

「倒したのは誰だ」

「教会のステラミルフの隣にいる、なんでもメープル=チャンっていうらしいです」

「あんな小娘がか…ふむ」


そうしてすぐに俺の前に白銀の騎士鎧と真っ赤なマントを身に纏った、絵に描いたような金髪イケメンの20代の男がヌッと現れた。座り込んでステラミルフのぱんつを眺めていた俺を見下ろす形になっている。

顔を見てNPCである事を思い出した。

このイケメン騎士の名前は「アレフ」

メリルイルーン王国の第6駐屯騎士団…要はこのトルデン守護の為に常駐している、国から派遣された騎士団の団長だ。

騎士爵は貴族なのでこいつも貴族。…まあこいつはもっと別の秘密があるのだが、それはまだどうでも言いか。

それよりも問題になるのがこいつの…


「フンッ…貴様がメープルとかいう小娘か。魔族を倒したそうだがどうやった?貴様のような小娘に魔族が倒せるはずがない、どうせ碌でもない方法を使って報酬をえるためにやったことであろう?魔族を倒すというのは、この選ばれた誉れ高い貴族である、僕のような存在しか出来ない事なのだからな」


…これである。

このアレフ、顔は良いがただのアホ貴族。ゲーム中でもこの言動が祟り、プレイヤー人気はダントツ下から数えた方が速い。

しかしまあ、こりゃ最悪の話の進み方だな。あること無いこと言われて罪を着せられても困る。

この世界に放り込まれた理由もまだよくわからないし、自由に動けないのは最悪だ。


「いえいえアレフ様、俺は魔族を倒してなどいません」

「ほう?…続けろ」


腕を組み顎で話の先を促すアレフ。すげえうざい。


「女神教の教会を不当な方法で潰そうとした魔族は、元々ここで騒ぎを起こすつもりはなかったようで、作戦がばれると東門の方に逃げていったのです」

「市井の者はお前が倒したと言っているが?それはどうなのだ」


疑い深いな、どうせ頭の方もスカスカなんだから、はやくどこか行けよ。

アレフを退散させるべく俺はちょいとした仕込みをする為に、アレフの死角で小型拡張カバンに手を入れる。

今から使うスキルは触媒が必要なので、そいつがあるのか確認したのだ。

触媒は、ある。俺の安全と自由のために踊って貰おうかね。


「魔族が逃げるのに、人間に変装していた身体を捨てていったので、そのように見えたのでしょう?俺みたいな小さくて胸の大きい娘に魔族が倒せるわけがないじゃないですかー」

俺の精一杯の可愛いアピールで騙してやるぜ。


「フン。胸のやたらでかい慎みのない小娘。口が良く回るようだな。どうも怪しい、お前を騎士団に連こ…」


ドォオオオン…ッ


アレフがニタニタと笑いながら話しているところだが、東門の方から大きな土煙と、石と石がぶつかり合う音が上がる。

それと同時に町人達のキャーという恐怖の悲鳴が上がった。


「団長!報告します!東門から突如黒いゴーレムが現れました!東門を破壊して町の防壁を破壊しようとしています!」

「何!?」


部下の兵士達が即なだれ込んできた。良い感じだ。


「わーたいへんだなー。きっとさっきにげた、まぞくがやったんだー(棒)」

俺、迫真の演技。


「騎士団兵士全員で町の防衛に当たれ。騎士団の力を見せつけるのだ!」

「了解しました!」

「やるぞぉおおお」

「ゴーレムぐらいやってやらぁああ」


我先にと駆け出す兵士達、よほど鬱憤が溜まっているのだろうか。

さっきまで沢山いた野次馬もゴーレムの騒ぎと兵士の移動でほとんどいなくなってしまい、場には俺、気を失ったステラミルフ、うざいアレフが残された。


「ゴーレムの対処に行かなくてもいいんです?」

「…フン」


兵士だけ行かせてアレフが何故かこちらを見たまま残っている。

さっさと行けよ、と心の中で毒づきながらステラミルフが意識を戻す前に、さっさと宿でも捜してしまおう。

仕込みのせいで俺はホイホイと動けないんだよ、と思っていた所に、背中にゾクリとした悪寒がきた。


これは、この世界にいるからこその直感なのか。

この悪寒が遠距離攻撃系統補助スキル『気配察知』のものだとわかった。


『気配察知』はその名の通り敵の気配を察知するスキルだ。MSOの敵の中にはすぐ近くまで接近しないと姿を見せない物がいて、そういう敵に対する対抗手段として遠距離攻撃を会得しているプレイヤーにだけ潜んでいる敵を見破ることが出来たのだ。

この場合は『非敵対から敵対に切り替わった』という所か。

ゲームにあったレーダーマップなんて便利な物はない。その代わりにこうしてスキルは俺に教えてくれるのだな。


アレフの横凪の一閃。

既にスキルで察知していた俺は、首を狙ったその攻撃を身体を反らし躱す。

不意打ちを回避されたのが驚いたのか、アレフが狙いを定めて上段の構えを取った。

アレフが腰に下げていた豪華な細剣がギラリと、鏡のように磨かれた銀に陽光を反射する。


「小娘…貴様をここで殺しておけば、魔族を倒したという栄誉は誉れ高い貴族たる私の物だ」


クソ、何考えてやがる。

俺を殺したってなんの証明にもならねえだろうが。


「どうも市井の奴はお前がやったと信じている様だからな、お前の死体を持って、お前が魔族を引き入れたことにすれば私の手柄になる。魔族5体分となれば、こんな地方の騎士団なんぞから王都に戻れるに違いない。貴族たる私の役に立てるのだ、その命差し出すことを光栄に思うのだ」


「お前、MSOでもアホだったけど。リアルでも真性のアホだな」


おっといけない、つい本音が。


「ア…アホだと!貴様!平民の分際でこの貴族の私を!馬鹿にするのか!」


即顔真っ赤。煽り耐性もないのかこのアホ貴族は。

こんなでは権謀術数渦巻く貴族社会生きづらい事だろうな。


…ま。そんなだろうから、こんな所に飛ばされてきているんだろうがな。


この超出来損ない第三王子は。


「死ね!ウェポンバッシュ!」


細剣が俺の肩口から袈裟切りに振り下ろされる。

振りかぶっている時点で軌道はわかっている。すぐ使える武器も無い、ここを動くことも出来ない、だとすれば…武器を持たないことをメインにするこのスキル系統しかない。


「白羽取り!」


パァン!と乾いた音が鳴り響く。

アレフが使ったウェポンバッシュを、両手の柏手で受け止める!


「なッ!?貴様、格闘スキル使いか!」


『白羽取り』はアレフの言う通り『格闘』に属するスキルだ。武器は素手か格闘用のナックルダスター系統の武器しか認められず、盾を持つことも出来ない。

モンスターの武器を掴み、動きを止める。捕まれた相手は蹴りを出せば良いと思うかも知れないが、武器を掴む事ですさまじい力を加えているので、捕まっている方の両足は踏ん張るために動きづらくなる。

この拘束時間はMSOだと筋力の値でボーナスを受ける。


「グゥ…平民がァ…その手を離せ…」


細剣を何とか動かそうと全身の力を振るうアレフ。

しかし、メープルちゃんの無駄に鍛え上げられた筋力が解除を許さない。

クソ王子は顔を真っ赤にし、脂汗を額に滲ませ、罵倒の言葉を並べ立てる。


「偉い偉いお貴族様ならこれくらい自分で解除したらどうだーい?」


ムカツクので、つい挑発的になった俺を許して欲しい。


「貴様ァ…貴族たるこの私に挑発などと…白羽取りは時間が経てば解ける…白羽取りスキルの連続使用は確か出来ないはずッ!殺してやるッ殺してやるぞ!」


「そんなんだからこんな僻地の騎士団隊長に飛ばされたんだって、お前わかってないの?妾腹とはいえ第三王子なんだろ?」


俺の問いかけに、アレフはこれでもかと言う目をほど見開いた。

僅かに悔しさを滲ませる表情をするが、葛藤を打ち消すようにすぐに怒りに染まった顔に戻った。


「五月蠅い!貴様に何がわかる!平民が貴族に口を挟むな!家畜のように貴族に搾取されていれば良いのだ!」

「お前最悪だな」


MSOの時よりも何倍もクズだなこいつ。これならもう遠慮なんかしなくてもいいか。


「あーあー、そうなのかー。平民だから王家の証である宝剣の事なんかーしらないからー?あー手が滑って白羽取りの追加効果でー、ポキッ♪っとやっちゃうかもしれないなぁー」


白羽取りの追加効果…それは白羽取りした武器をボキッとへし折る事で、相手から武器を奪い、攻撃力をダウンさせる効果だ。ゲームだとただ攻撃力が下がるだけだったが、ここは現実。恐らくこの白羽取りしている細剣もボキッと折れるだろう。

この過剰に飾られている細剣、公式ストーリーによると王様から預かっている体の宝剣らしいから、これが折れたとなるとこんな僻地に飛ばされるほどの悪評第三王子だ、第三位とはいえ継承権の喪失を恐れるに違いない。


アレフは王都で何かしでかしたから、こんな所に飛ばされてる。多分第一王子に何かあったときの為に、生かされている様な物なんだろうに。どうしてこんな短絡的に動けるかね。権力にずぶずぶになるとまともに思考できなくなるのかねえ。


「お…おいやめろッこの剣はちちう…陛下より賜った王家の一員の証なのだッ。国の宝剣を損なったとあれば、僕の責任が問われるッ」


「へー。それで?」


顔色が怒りの赤色に青色が加わって変な色になってきた。


「ぐぐぐ…貴様を切るのを止めてやる。だから白羽取りを外せ」


何いってんだ。それで解除したら、馬鹿めって言って切り殺すんだろ。

浅はかなアレフ考えを読み、黙って細剣に横向きの力を加え始める。追加効果発動はMSOでは右クリック一回だが、スキルが『この力なら折れる』と教えてくれるようだ。


「ま、まて!金かッ、金が欲しいのか。それなら適当な金子をくれてやるからッ」


なんて濁った目をしてやがる。

俺は無言でアレフの目をみて力を更に加えた。

細剣は横にしなり、曲がってきた。焼き入れのしてある鉄は硬いが、芯になっている鉄はしなるようになっているはずだ。まだ折れはしない。


「かか、金に加えて奴隷でも、土地でも家でもなんでもくれてやるッ、手を離せぇぇ!」

「お前はほんとブレないねえ…」


そんなのどうだって良いんだよ。

俺はもうお前に関わりたくないんだよ。今これで取引に応じてもお前は報復に来るだろ?

それが嫌なんだよ。これ以上やっかい事を抱え込みたくないんだ。


だからこれは取引じゃない。一方的な脅迫だ。


「や、やややめやめやめろぉおおおおおおッッ」


ギリギリと腕に力が入る。俺は知らず知らずのうちに、アレフの言動に相当怒っていたらしい。

頭に血が上っていたのは俺も同じか。つい、「仕込みの方」でも力加減を誤ってやりすぎてしまった。

こっちももう終わらせよう。


「ほんとに救えないよな」


「あああああああああああああああああああああッッ!!」


フンッと残りの力を込めると、細剣はベキっと情けない音を出して真ん中から折れた。


目玉が飛び手そうなほど目を見開き、だらだらと涙を流しアレフは情けなく両手を地面について崩れた。

折れた剣の柄を握りおんおんと泣き出した。


「あああんまりだぁああああ…オーオオオ…」

「……」


別に俺はこいつに説教をしたいとか、そんな訳じゃない。

更正させたいわけじゃないから、叱るようなことは言わない。

俺がしたいのは、脅す事だ。


「おいアホ王子、取引しようじゃないか。幸いな事に宝剣が折れたのを知ってるはお前と俺だけだ、折れたのが噂になればあっという間に他の貴族や商人の耳に入り、王家の間諜に知れるだろう。だから、俺が折れていることを黙っててやる。その代わりに俺にこれから一切関わるな」


「な゛ん゛だどお゛お゛お、貴様が折っだぐぜにい゛い゛ッ」


「勘違いするなよアホ王子、お前が俺を殺そうとしたからだ。どうせ見逃してもお前は俺を殺すために何でもでっち上げて罪を着せるだろ。だからこうなったんだよ」


「ぐぅぅう…」


図星だろう。涙と鼻水でイケメンが台無しなのに加え、歯をむき出しにして悔しそうにアレフはうつむいた。


「鞘に入れておけば、抜かなきゃバレ無いだろ。それより忘れるなよ、お前の手先っぽい奴が来ただけでも、口がツルッと滑っちゃうからな」

「うぐぐぐ…、わ、わがっだ…」


「じゃあさっさと俺の前から消えてくれ。それに東門のゴーレムの方行った方が良いぞ、どうもあまり旗色が良くないみたいだからな」


「く、くそックソックソクソクソぉおおおおおっッッ」


アレフは慌ててへし折った刀身を摘まんで鞘に突っ込み、そのまま被せるようにして柄をいれ、こちらをギッと睨んで叫びながら東門の方に走っていった。

いい気味だ、俺は心底そう思った。

勘違いして貰っては困るが、俺は善人なんかじゃない、…進んで悪事をしようとも思わないけど。

善意を向けられたら善意で返して、悪意を向けられたらそれなりの態度で返す。ただの一般人だ。


とりあえずこれでこの件は大丈夫だろう。あの剣もここらの鍛冶屋に見せれば、どうしてこんな事に。と話題になるはずだからな。良い素材つかってる剣だし、半端な腕でホイホイと直せるもんじゃない。それこそあのアホ王子が鍛冶をマスターランク近くまで上げれば自力で直せるだろうが。

…絶対にそれをする事は無いよな、特にあのタイプはな。絶対鍛冶屋とか馬鹿にしてそうだわ。


さて、それじゃあ邪魔者もいなくなったことだし、後始末しますかね。



「ゴーレム錬成、操作、手動」









※今回のMSOネタ


「白羽取り」


『格闘』系統のスキル。モンスターの攻撃を白羽取りし、動きを封じる。一対一の状態でなければ自爆技になるので主にパーティプレイに使われる。動きを封じる時間はスキルランクによる最低保障に相手の力と自分の力による補正計算が入る。

武器破壊の追加効果を発動させることで、攻撃力低下の効果を与える。


ゲームではPvPで使っても本当に武器を破壊することはないが、この謎の世界では本当に破壊しちゃうぞ!

ちなみに棍棒やメイスといった「どう考えても折れないだろ!」っていう武器でもちゃんと折れる。

スキルすごい。





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