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メープルちゃん無双と俺

06 メープルちゃん無双と俺





「ハァ?究極の…中途半端…?」


哀れな奴を見る瞳が十個。こんな目で見られたのはじめて。


「うんまあ、俺もこれを真面目に受け取られるとちょっと恥ずかしいんだが」


もっとプレイヤーみたいにワハハと笑ってくれると思って言ってるのに。


「で?そのメープルちゃんは何が出来るってんだ?この数の魔族を相手にして、無事に帰れると思ってるのなら頭がおめでた過ぎるぞ」


「いや、全員倒すけど」


「何ィ?…イッヒヒヒヒ」


5色の魔族達の顔に嘲笑が浮かぶ。

そんなこと出来るはずがない、そう確信しているムカツク笑い顔だ。

この具合ではどうも俺のことを侮ってくれるばかりで大変宜しくない。

ここは一発ガツンと決めておくかと俺はゆらりと買ったばかりの木刀を握りしめ


「ウェポンバッシュ!」


ニヤニヤと笑っている肌の白い魔族の脳天から首にかけて、垂直に木刀を叩きつけた。


ベキィと言う荒々しい音と共に、魔族の頭と一緒に木刀が根元からへし折れる。

残念ながら先ほど懸念していた通り、俺のごく標準的な近接攻撃スキル『ウェポンバッシュ』でスイカ割りのように見事な破壊っぷりを披露してしまった。そして買ったばかりの木刀もサヨナラだ。

頭が真っ二つになった魔族の死体はそのままブクブクと泡を吹いて、液体から気体へと蒸発して消え去った。


使って折ったものだから600ゴル、返金は無理だよなぁ。等ととりとめの無い事を考えながら、呆然とした表情を浮かべる残った4人の魔族に言ってやる。


「次はオマエだ…」


図らずもホラーを演出してしまった巨乳低身長超絶美少女のメープルちゃん。

折れた木刀の柄を投げ捨て、ブロードソードを手に取る。

俺は知っているがMSOの魔族というのは、倒しても別に死ぬわけじゃない。

魔族の国から意識だけ飛ばして、魔族にはじゃぶじゃぶあるマナ(魔法の元)で人間の国に仮初めの肉体を作り、自分たちのポリシーに従って行動している。だからまあ、ぶっ倒してもそんなに罪悪感がないわけだ。

こっちで死んでも暫くこちらに来られないだけで、死にはしない。気楽な物だ。


「このガキィ!」


白い肌の魔族の喪失のショックから立ち直った緑色の魔族が両手を前に突き出す。

そして無音で自身の爪を伸ばして射出し飛ばす特殊攻撃を繰り出す。

だがそれを『知っている』俺は、姿勢を低くし爪を回避し、大きく回り込むように迂回しながら突進、緑色の魔族の横腹を右手に持ったブロードソードでなぎ払う。


「イギィッ」


ぐっと魔族は痛みに耐えるが通常攻撃を一発当てただけ、スキルを当ててなんぼのこの世界では致命傷にはなり得ない。俺はそのまま空いた左手で魔族の首を掴み、自分の側に全力で引き込む。

体勢が崩れた相手の身体の足下から、アッパーカットをするように右手のブロードで切り上げる!

これが近接攻撃スキルでの大技の一つ『スマッシュ』だ。


「スマァーッシュ!」

「ガアアアア!!」


全力で下から切り上げた緑魔族の身体が真っ二つに裂け左右対称になった身体がバタリと崩れ落ちる。

あと3体だ。


「なんて…馬鹿力だよッ。見た目通りの奴がじゃないって事かよォォオオッ」


赤い身体の魔族が俺の前に躍り出る。

とっさにブロードソードを魔族の喉元に突き出し牽制するが、重い金属音と共に全力で突きだした剣が弾き返される。

尋常の音ではない、わかっていたがつい手を出してしまった。

突きだした右手が弾かれた衝撃で痺れ、僅かだがこの強靱なメープルちゃんの身体が硬直する。


剣は確かに赤肌魔族の喉元に突き刺さる軌道を辿っていた、だが赤肌魔族の持っているスキルにより、剣が突き刺さる瞬間、魔族の防御は剣の刺さる場所に集中し、瞬間的に恐ろしい硬度となり、攻撃を弾いたのだ。

重い金属音はそのスキルの発動の証拠、近接攻撃スキルを使うプレイヤーにとって、最もいやらしい敵側のスキルである。


「グググ…やはり所詮は人間…ッ魔族の力には敵うまい」


「ああ、この剣じゃだめだな。赤色のお前にはこんなの通じない」


すぐさま集中し『近接攻撃』スキルから『魔法攻撃』スキルに切り替えるように念じると、このメープルちゃんの身体は反応してくれた。

近接攻撃スキルも武器を取り、使う事を念じて宣言すれば使えたのだ。これはもうそのままだと思って間違いない。

ある種の確信を得て魔法を使うためのエネルギーである『マナ』を集中させる。

ボルトランクの魔法攻撃スキルなら手に何を持っていても使う事が出来る。右手はブロードソードを持っている為集中に向かないので、空いている左手にマナを集める。


「…! キ、キサマ…何処まで…!?」


「まあ、大体のことは。赤い身体は『近接攻撃耐性ディフレクティブヘビーアーマー』持ち。メープルちゃん知ってるのよ」


「さ、させるか!兄者!ここは俺が!」


麗しきかな魔族の兄弟愛、俺と対峙している赤色肌の魔族の盾になるように、青色肌の魔族が飛び出して来た。

青い身体は『魔法耐性ナチュラルマナシールド』持ち、つまりこの赤青兄弟は近接と魔法の耐性を持つ専門職キラーという事だ。

ちなみに身体を真っ二つにされた緑の魔族は『遠隔攻撃耐性ディフレクティブエアカーテン』、遠隔物理攻撃に対する完全な耐性。弓や投擲武器をメインに据えているプレイヤーにとっての天敵だ。白色の魔族は『音波耐性(フォニムブロッカー)』…強力な補助スキル体系である『音楽』をメインに据えているプレイヤー絶対殺すマンとなっている。真っ先に狙ったのは特に意味は無い。確か一番耐性のめんどくさくない奴だなって覚えていたからだ。


俺の左手に集まるマナの奔流はまだスキルを宣言していない為、ただマナをチャージしただけだ。

しかしこのまま魔法攻撃スキルを放っても青肌魔族に無駄打ちしてしまうだろう。

このタイミング、MSOならいつも一緒の仲間がいれば助けてくれるのだが…。

今は一人だ。いくら俺が『なんでもそれなりに』できるとはいえ、数は力だ。対抗スキルを使う度に耐性を持つ奴が前に出られては勝てない。


「オラァ!」


動かなかった黒い肌の魔族が、青赤の魔族の裏から虚を突くように鋭い蹴撃を俺に放つ。

思っていたより速く、反応が遅れ、モロに胴体に受けてしまう。

が、どう見てもフリフリのかわいいミニスカートの服から重苦しい金属の防御音が鳴り響く。

その音は赤肌魔族がスキルをつかって俺の攻撃を防御したのと比べても謙遜がない。

蹴りの威力は着込んでいた軽鎧によって殺したが、勢いは殺せない。

メープルちゃんの身体は軽い。俺は吹き飛ばされ、魔族達から距離を取ることになる。


装備と身体の強靱さのおかげで命の危険は無かったものの、恐怖を感じる。

恐らく普通の人間の身体であの蹴撃を受けていたら、胴体がぱっくり横一文字にお別れしてたのではないか。

メープルちゃんの装備も身体もしっかり鍛えておいて良かった。問題は反応できない平和な日本人の俺の精神の問題だ。


「バ、なんでそんな服がこんな防御力を…。魔法で姿を変えていたのか…人間風情め」


あ、そういうことになりますかね。

アバターとか現実で言ったら謎のシステムだしな。魔法で姿を変えている。実にこの世界でしっくりくる理由だ。


3対1…。

初めの2体はこちらを侮っていてくれたからサクッとお帰り願ったが、すっかり3人とも本気モードだ。

いくら弱いと言っても魔族だと完全耐性持ちで、その攻撃だけは絶対にどうやっても通らない。

MSOが絶対にソロ許さないMMOとして、仲間が必須だったのはこのあたりにある。

敵に耐性という概念があるので、通常なら1つあるいは2つの系統のスキルを極めるだけで精一杯のプレイヤー達にとってソロで全ての敵が倒せないように調整されているのだ。


残りの相手の耐性は『物理』『魔法』…そして黒色肌の魔族はアンデッド族…。

普通アンデットと言えば腐った死体のゾンビなどの事だが、MSOではアンデッドが少し特殊で『司祭』系統のスキル以外に対する完全な耐性を持っている。ぶっちゃけていえば聖なるパワー以外は通じない。物理攻撃も遠距離も魔法も音楽も何でもだ。

プレイヤーからすると極悪耐性と言える。

その代わり司祭系統のスキルの前では紙くず同然。そう、最もわかりやすい例を出すのなら攻撃じゃなくてもいいのだ…。


俺は左手に集めたマナをすかさず『魔法攻撃』スキルのためではなく、『司祭支援』スキルのためにチェンジする。


「ヒーリング!」


司祭系統の代表スキル『ヒーリング』

対象の生命力を回復させる超わかりやすいスキルだ。もちろんプレイヤーだけでなく『敵にも』かけることができる。

司祭系統スキルを持っているプレイヤーがカモにしている相手が、この黒い肌の魔族と同じアンデッド族の敵だ。


その回復させる力は、アンデット族だけに転じて攻撃となる。


「ウ、ウオオオオオッ!!ゴォオアアアアア!!そんな!剣と魔法の使える奴がッこれほどの司祭スキルを使うなどぉおおおっっっッ!身体ガァアッ溶けるぅゥウウ!!」


黒い肌の魔族が白い光に包まれ猛然と苦しみ出す。


「ガッ…ゴ、ゴァアァァ…」


「リーダー!馬鹿なッ!技神アシュリアが認めるのは2系統のスキルマスターまでのはず!3系統以上のスキルをマスターする奴などいないはずだ!」


「こ、こいつ狂ってる!魔族も…いや、この世界の全てのスキルを使う物がその理からは逃れられないはずなのに!」


赤青の魔族が黒肌魔族が溶けていくのを驚愕の顔で見送る。

あいつがリーダーだったのか。不意打ちしてくるまで一度も喋らないし動かないから、どう言う事なのかと思っていたのにな。

魔族の口から語られた世界の理、技神アシュリア…。まさしくMSOのシステムと同じだ。

だからこそ、だからこそ俺が今、ここにいるんじゃないのか。

MSOのはみ出しっ子、移り気な相方のために作られたこのメープルちゃんが。


「マスターなんかしてねえし。言っただろう?『俺は、究極の中途半端を目指しているメープルちゃんだ』って。俺は全てのスキルを極めない。そのかわりに時間と金を費やして、全てのスキルを極めない程度に覚えたんだ」


「…この化け物め」


苦々しい顔で青魔族の膝が折れる。リーダー魔族によほど信頼を寄せていたらしい。


「それは、MSOだと褒め言葉だったんだよなぁ…」


絶句している青魔族の首を、右手のブロードソードでスパッとはねる。

戦う意思を奪われていたのか、あっけないものだった。仮初めの身体は血が流れることなく、他の魔族の死体と同じように溶けて気体になり消えていく。


「こんなッこんな小娘に我々魔族の先兵ガァァッ」


赤肌魔族は青肌魔族のように心が折れなかった。代わりに激昂して猛然と両手の爪を伸ばし、武器として斬りかかってくる。

一撃、二撃、次々と素早く繰り出される攻撃には技の鋭さはないが、顧みない全力の力が乗り、回避して受け流すブロードソードが鈍い金属音を次々と奏でる。


ギンッギンッと決して良い鉄で作られたわけではない剣が、悲鳴を上げる。

このままでは先にお亡くなりになった木刀よろしく、相手の攻撃でブロードソードが折れる。

こういう手合いに対して有効な装備の盾はカバンの中だし、人前に出していいものなのか、まだ躊躇われる。

MSOでは耐久力という概念で武器は損耗したが、相手と打ち合い武器が摩耗することはなかった。

それが現実となった世界ではあり得るのだと実感する。このままでは数合といかないうちに、この数打ちの剣は芯が折れ…


「あ」

「ギィイイイイ!!」


ゴキンと鈍い音を立て、買ったばかりのブロードソードがその寿命を迎えた。

柄の根元からポッキリと折れて、くるくると回転し宙を舞った刀身が、教会敷地の土の上にズンッと音を立てて突き刺さったようだ。

ヒッ、と息を呑む音が聞こえる。おそらくは動くに動けなくなった野次馬が、折れた剣に驚いたのだろう。


まだほんの数回振るっただけだったのに、というもったいない気持ちと、このなりふり構わない脳筋赤魔族の斬撃を防いでくれた事に対する感謝の気持ちが浮かぶ。


こちらの獲物を破壊したことで、激昂から僅かな勝算を掴んだことだと勘違いしたのか、咆哮を上げ赤肌魔族がバックステップからの必殺の『格闘』系統スキルに移行する。

だが、その判断は失敗だ。スキルの準備する時間を作れば、俺もスキルを準備する時間が得られるのだから。

乱打を防ぎながら再び集めた左手のマナに、今度こそ目的通り『魔法攻撃』スキルの宣言をする。

早さだ、この脳筋魔族は決して長いスキルの準備時間は取るまい。速い準備と射出のスキルを。


「ライトニングボルト!」


集めたマナが爆発する様に攻撃用の電撃の姿に変え、突きだした左手から魔族の間の空気に秒速10万キロメートルで通電し、遅れて雷鳴が轟く。

ライトニングボルトはこの音が問題になることもあるが、準備から発動までの早さが最も鋭い攻撃魔法スキルだ。

電撃は一瞬で魔族の身体を焼き、その後魔族の身体から白い煙が上り始めた。肉が焼ける匂いが僅かに広がり、魔族はそのまま後ろに倒れ、他の魔族と同じように溶け、気体になって消えた。


もちろん魔法なんて使うのは初めてだ。スキルがちゃんと発動してくれるかや雷鳴の大きさに内心冷や汗ものだったがこの身体、ハイスペック過ぎるぞ。


「ふぃー…。いや、メープルちゃんすげえわ。俺がメープルちゃんなのまだ信じられないな」


大きく息を吐き、折れたまま無意識に握っていたブロードソードの柄を地面に手放す。

これで魔法の鞄に入っている普通には見せられないシリーズ以外の武器がまたなくなってしまった。

弓はここまで近づかれてしまっては使う事も出来なかったし、剣は何とももったいない事になってしまったなぁ。

ステラミルフを助けるために使ってしまおうと思っていたお金で、また似たような数打ちの剣を調達すればいいか。


そうだ、忘れていたがステラミルフは…


残念薄幸シスターの事を思い出して周りを見渡せば、ステラミルフは先ほど折れたブロードソードが地面に刺さった時に、地面に座っていたステラミルフの足と足の間に刺さったらしい。それに驚いてちょっと人には見せられない可哀想な顔のまま気を失っていた。


「なんでこういう薄幸な所までゲームのままなのかねえ…」


地面に刺さった刃の腹をつまんで抜こうとするが、どうも土の下の石に刺さっているようで抜けない。

仕方なくステラミルフの両脇に腕を入れ、メープルちゃんの方が背が小さく体格差があるため、ステラミルフを抱えるようにして引っ張ると、刺さった刃がシスター服のスカート部分を切り開いてしまった。

その結果可哀想なことにパンモロになってしまった。


すまんステラミルフ。まあ、心は男だけど俺は今メープルちゃんだから。ノーカンだよ。うん。


教会の壁を背もたれにしてステラミルフを移動させると、言葉無く周囲を伺っていた野次馬が、魔族が全て倒された事で安堵したのか緊張が解け動き出している。


この時まだ俺はゲーム感覚だったのだろう。ゲームではイベントがあろうが無かろうが、NPCや町の中の様子が変わることなど無かったのだから。


魔族を倒すイベントが終わった。さーてこれからどうすっかなぁ。


という一歩引きすぎの思考のまま、その場でため息をつきながら、ステラミルフの地味な白ぱんつを眺めていた俺に、野次馬から思わぬ声が届いたのだ。


「英雄だ!魔族を倒す英雄が現れた!」

「メイプル=チャン!英雄メイプル=チャン!」

「チャン家なんて聞いたことないけどお貴族様か?」

「あんな小さいのに女神教の教会を守って魔族を倒した!」



俺は事が済んだらさっさと姿を眩まさなかった事を、これほど後悔した事はなかったのだ。







※今回のMSOネタ


「ウェポンバッシュ」

近接攻撃系のスキルの代表的なスキル。

名前通り武器を使い、強く敵に叩きつける。シンプルかつ低燃費で使いやすいスキルであるため、近接攻撃を極めんとするプレイヤーにとって最も親しみの持てるスキル。武器さえ持っていれば木の棒でもつるはしでもなんでも使えるスキル。

欠点は武器を乱暴に扱うことで耐久力の減りが多い事。





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