可哀想なシスターと俺
05 可哀想なシスターと俺
俺は確信した。
何者かの意思によって、俺はもう一度あのクッソ長いMSO公式ストーリーをやらされようとしている、と。
15年だぞ、シーズン1からシーズン15まで。
初めの頃の設定はどうなったの?っていう矛盾上等で進められたMSO公式ストーリーは、途中途中で区切りはあるもののトータルとしてはものすごい長さだ。
アイテム集めありダンジョンありボス戦ありの何でもやらされる。
いままさに目の前で行われているこの女神教教会地上げ事件は、魔族によって各地にある女神教の教会を無くそうとする裏がある。
ネタバレじゃない、あとこの設定シーズン1だけの話だから。
たまたま通りかかったプレイヤーが、シスターを助けようとするが、手練れのごろつきによって袋だたきにされてしまう。
教会を取り上げられたシスターに助けられたプレイヤーは、シスターへの恩返しでと事件を調べるうちに現れる魔族によって巨大な陰謀に巻き込まれる…。
というのがシーズン1の大まかな流れだ。
この流れで行くと、俺はシスターを助けようとしてそこのごろつき共にボコられるわけだ。
メープルちゃんは一度MSOで一通りやったんですから免除してくれませんかね…。
遠い目をしてごろつきに絡まれるシスターを見ていると、ごろつき共が俺の視線に気づいたらしい。
「ああん?なに見てンだこのお嬢ちゃんがァ」
「みせもんじゃねえぞオラ」
「とっととママの所にかえんな、カワイ子ちゃんよォ」
何でこっち来るの、大いなる何かに誘われてるの?
「なんだァーその目はよォー。お前がこの借金を代わりに返してくれんのかァー?」
「できるわけないよなァ。なんせ5000万ゴルなんて大金すぐに出てくるわけねえよな」
そういやそんな金額設定だったか、50Mゴルかぁ…。確かにシーズン1の頃だと無理な金額だなぁ。
だけど今の俺なら…
「何黙ってんだよ、ていうか俺達の前で上の空とか良い度胸じゃねえか…ッ」
「俺らに逆らったらどうなるか、見せしめにしてやろうじゃねえか」
「ガキだからって容赦はしねえぞ」
五人のごろつき達が指をボキボキと鳴らし、ニヤニヤと笑いながら寄ってくる。
大体三人しか喋ってないけど、他の二人は無口だな。
しかしこのまま「誰かの思い通り」って言うのもなんだかな…。
「払うぞ5000万ゴル」
「え」
「金貨5千枚だろ?手持ちであるし、さっさと借用書持って来いよ」
どうだ、この選択はシーズン1の時ではあり得ないだろ!
さっき銀行で確認したけど、元々5万枚金貨が入る財布の中身はなんだかんだで3万枚残ってたのだ。
3万ゴルが3億ゴルに化けるあぶく銭なら、人助けに使った方が良いに決まってる。
このシスター…「ステラミルフ」というのだが。
MSOでとりあえず事件が起こると、大抵初めに酷い目に遭ってクエストが開始されるという公式薄幸少女なのだ。
ゲームではシーズン1から15に加え、季節ネタのイベントなどでも「とりあえずステラミルフが酷い目にあったのでアイテム集めてきて下さい」っていうテンプレばかりだったし。
ゲームじゃないなら少しくらいラッキーなことあっても良いだろーよ。
「あ、ああ…いけませんそんな大金…!」
おうすごい涙目だな。
でもちょっと待っててくれよ、こういうクエはさっさと終わらせるに限るぜ。
これでボコられたり、それから町中に聞き込みとかするのすごいめんどくさいじゃない。
「バカいってんじゃねえ小娘が、んな大金持ってる訳ねえ」
「いや、あるよ。払うから早く借用者出せよ」
「いやある訳ねえ、払えねえハズだ」
押し問答になってきた。
借金取りに金払うって言ってるのに、支払われる方が躊躇うとかおかしいだろ。
野次馬が集まって来たし、金払うって言ってるだろ!
「お、おい。そろそろ不味いぞ」
「クソッこの変な小娘のせいで…」
「チッ…やっちまうか」
そう言うやいなや、ごろつき達の手にはショートソードや片手斧が握られていた。
やばいな…袋叩きのはずが本気にさせてしまった。
楽するつもりが、公式ストーリーより悪化してないかこれ。
仕方ないな…一発ここはかましてみるか。
「おまえら借金取りに金を返して何が不味いんだ?怪しいな。そうだな…無理矢理作らさせた借金にかこつけて、この町の女神教の教会を潰そうとしている…とか?」
俺のハッタリ(知ってるけど)の一言で野次馬を含んだ全員の息が一瞬止まる。
場が凍り付く、ってのはこういうことを言うんだろうな。
公式ストーリーのようにお使いクエストや聞き込みを続けて知る事実じゃないから、裏取りも証拠も何もないけど、「事実」だけは知ってるんだぜ!
ややあって借金取りのリーダー格っぽい男がゆっくりと俺に顔を向ける。
「小娘ェ…お前何処まで知ってやがる」
随分あっさりと認めちゃうんだな。
「さあな、ただのハッタリかも知れないし、全部知ってるかもな。…どう思う?」
「知らねぇ奴がこんな具体的な事言うわけねえ!」
「どこから漏れやがった」
「兄貴、もうこの町ごと燃やそうぜ」
じゃんじゃん化けの皮を自分から剥がしていく3人。無口な2人はキョロキョロと周りを警戒している。
「なんだ、図星かチンピラ共?それにな、さっきから臭くてかなわねえからそろそろ正体見せたらどうだ?」
「…!」
良く喋る3人、喋らない2人。
5人全てがゆっくりと俺の周りに集まり出す。
野次馬の凍結は解け、煽る声から不安を口にする声に変わる。
この喋る3人無口な2人というのはMSOシーズン1での重要な奴なんだよな。
こっちは知ってるから言っちゃうけど、向こうにとっては隠してる事をぺらぺら話す脅威にうつってきただろ。
ま、これで姿を見せるようなら、シーズン1の分はこれでおしまいだ。
長いクエストもお使いもアイテム集めもしなくて良い。
殴って解決、実にシンプルだよ。
「魔族臭くてしょうがねえ。お前らそろそろかかってきたらどうだ?」
人差し指をつきだし、クイクイっと曲げて挑発すると、再び野次馬も言葉を失う。
馬鹿な、こんな所に魔族なんているはずが。というつぶやきが聞こえてくるが、奴さんは俺のことを最大限敵対すべき相手だと認識してくれたようだ。
今までの流れなら「なにいってんだこの幼女」でしらを切れた物を、自分たちから本体を見せてくれるらしい。
男達筋肉隆々のチンピラの筋肉質の身体が煙を上げて溶け出し、中からガリガリの骨張った身体が現れる。
5人それぞれ肌の色は赤・青・緑・白・黒。目はぎょろりとして猫の目のようになっており、頭には短い角が生えている。この変わった肌の色と角こそが魔族の特徴だ。
「キャアアアア!ま、魔族!!」
「こんな町中に魔族が変装して!」
「女神教の教会を狙って魔族が工作だと!」
野次馬が騒然として混乱が場を支配するが、俺と魔族の5人は対峙したままを動くことはなかった。
「おまえ、何者……だ」
リーダー格の黒い肌の魔族がゆっくりと問いかけた。
何者だと聞くか。
…そうだな、MSOで俺の奇特なプレイを知った誰もがそう聞いたな。
そして俺はそう言った初対面のプレイヤーにはこう答えることにしてるんだ。
「俺は、究極の中途半端を目指しているメープルちゃんだ」
※今回のMSOネタ
「女神教教会」
MSO世界の主神である技神アシュリアとその仲間の6柱神を祀る宗教。
MSO世界の基本宗教になっている。
トルデンでは薄幸シスターステラミルフの住居兼職場。
ステラミルフは立場でいえば王都の女神教本部から送られてきたトルデン担当の司祭ということになる。
が、実は元いた上司にあたる司祭は蒸発したままで、ステラミルフが全て押しつけられる形になったまま代わりの司祭が来ないままになっているだけであった。
女神教は技神アシュリアの教えを守り、人々を平穏に導くという使命を帯び、日々人々の平穏のため祈り、司祭スキルを学びその力を生かしている。
貧富の差別無く保護する女神教はホームレス冒険者の強い味方だ!