行方不明と俺
04 行方不明と俺
「いらっしゃいませ、ベルキン銀行へようこそ。ご用件は?」
市場の端にあるMSOの「銀行」こと正式名称「ベルキン銀行トルデン支店」に来た俺は、早速受付のお嬢さんに捕まっていた。
このお嬢さんもゲームに出てきたグラフィックと変わらない。20歳超えたくらいの赤毛で気の強そうなメガネ顔、事務員スーツに身を包んでいる。
ゲームでは受付から出てくる事の無かったキャラだが、キョロキョロと田舎者のように銀行の中を見ていた俺を、言葉巧みに受付の椅子まで座らせてしまった。
ちなみに銀行には今俺以外に客がいない。
ゲームでもそういう話が出てたのだが、銀行は日中暇らしい。
なぜならここは商業施設が商売が終わった後に、売上金を持ってくるところなので、昼の間は俺のようなたまたま金を持った奴が来る事はあるがそれ以外は預かりもののやり取りくらいしか用事が無いのだ。
「初めてのご利用ですか?」
真っ直ぐに俺を見下ろす受付さん。受付さんもこんなに背が高かったんだな。
「いや、口座がある…かもしれないんだが、調べてもらう事って出来るのか?」
「お名前をお伺い致します。あと、身元を確認できる物があればお出し下さい」
「あー名前は…」
そう、俺の名前…。
現実の名前を名乗るのはダメだな、この銀行を使っていたのはMSOの時の俺なんだし。
「…メープルだ」
「はい、メープル様、と。女性ですね」
「女性?」
そんな馬鹿な。
俺は立派な男の子です。
「と、仰られましても…。メープル様はどこからどう見ても女性としか」
不思議そうに首をかしげる銀行員さんの顔を見て、俺は今までの違和感に気づいた。
オーサンが俺を呼ぶときの「嬢ちゃん」という事、町を歩いたときの視点の低さ。
そして今俺が自分の服を見る時に邪魔になる身長に不釣り合いな大きな胸。
そう、大きな胸。
俺がMSOで使っていたキャラクター「メープル」は性別が「女」
…ネカマだったわけじゃない、誤解しないでくれ。
主人公のメイキングが出来るゲームで男が選ぶキャラ作りは3通り。
1・自分の分身となる男キャラクター
2・着飾って愛でる娘のような女キャラクター
3・それ以外の異形種族キャラクター
だと思っている。
俺は2番派だ。
運営の手のひらに踊らされようが、自分のキャラのアバター装備に気をつかったしつぎ込んだ。
顔と髪型の設定は、俺が考えたわけじゃないけど。ちなみに名前は俺の本名の「楓」をもじったのだ。
男のアバター装備は女アバター装備の半額以下で済む。男の財布に優しいのがMMORPGの世界に違いない。
まあ、それはいいんだ。
問題は俺がメープルの姿になっているって事は…。
「俺、女の子なのか」
「はあ、見た限りそうだと思いますが」
「なんてこった…」
俺は項垂れた。ここに机と椅子がなかったら見事なorzだったに違いない。
「身分証の方は後にして、口座のほうチェック致しますね」
現実にうちひしがれて改めて自分の姿を見れば、確かに最終日の露店で買ったアバター装備で着飾った、15年見慣れた自分のキャラクターメープルそのものだ。
低身長に不釣り合いな巨乳。MSOは古いゲームなので身長の設定は出来るが細かいカスタマイズが出来ないので、低身長にすれば自動的にみんなロリ巨乳になる。しかたなかったんや、決して俺がおっぱいスキーな訳じゃないんや。
アバター装備は、実用一辺倒のデザインのガチ装備品とは別枠の装備をする事ができる。
今のアバター装備はメイド服のような可愛いデザインの服。
アバター装備の見た目で軽装に見えるが、その下にはガチ装備を身につけている。…はずだ。
「お待たせしましたメープル様。結論から先に言いますと、メープル様の口座は凍結されていますね」
「え」
「銀行法では全く取引がなくなった口座は、3年経つと口座の凍結をしております。今回はメープル様の名義の口座は…15年ですね、かなり時間が経っておりますので口座の金額の方は90%が税として国に収められています」
「マジか」
「マジです。これも銀行法の決まりなので」
流石にこれはMSOではなかった設定だよな、しかし15年…。
この奇妙な数字の一致はやっぱり…何か関係あるんだろうな。
「じゃあ預けたアイテム達は?それも押収されちまってんのか?」
お金はまあ、手持ちで暫く食いつなげるだろうし、クエストでもバイトでもこなせば入ってくるだろ。
しかしアイテムは、こればかりはMSOの時と同じ物が手に入る気がしないのだ。
スキルで作り出すにも、元となる材料アイテムが必要なのだし、銀行に入れてあったアイテム達は必ず俺の役に立つはずだ。
「それなのですが…、実は凍結された品物はこの支店からベルキン銀行の本店の方に一度運ばれまして、その後中央倉庫の方に…失礼ながら魔法の箱の中に封印しておくのです。そして今のようにご本人や親類縁者の方が再び物を取りに来たときに取り寄せに時間はかかりますが、小さくまとめたその封印の箱と目録をお渡ししているのです」
良かった、捨てられていない。それだけでも僥倖だ。
「捨てられていないのなら良かった。それではその封印された箱と目録を取り寄せて貰えるか?」
「お待ち下さいメープル様。メープル様はまだ身分証明書の方をご呈示されていません。随分若作りなのか、ご息女なのかは問いませんが、公的機関の発行した身分証明を呈示して貰えませんと、この話をすすめることが出来ません」
MSOの時より随分日本に近いな!
後若作りっていうのやめて、中身のオッサンハートが傷つくから。
とは言っても免許証や保険証があるわけじゃ無いだろうし…、MSOでもそんなアイテムあったか?
プレイヤーは冒険者って設定でポイッとこの世界に放り込まれていたし、無くてもそのまま銀行利用できてたもんな。
「冒険者でしたら冒険者組合に正式に加入して、証明書を発行して貰っては如何でしょうか?」
「冒険者組合?」
初めて聞く組織名の気がする、チュートリアルクエストや町の施設にそんな物なかったと思う。
しかし組合か…、プレイヤー同士のギルドとは違って、明らかに公的機関の匂いだな。
MSOの時に経験値やゴールドをくれるクエストを貰えたのはクエストボードだったので、それがちゃんと管理されているのかもしれない。
おそらくは最低限の身分証明になるのだろうが十分だ、そこで発行して貰おう。
「親切にすまない、早速そこに行ってみようと思う」
「それでしたらこの町の東門入ってすぐの所に組合事務所がありますので」
「ちゃんと用意してから改めて色々と頼む事にするよ」
金貨を少し銀貨や銅貨に崩して貰い小銭袋に詰めると、俺はすぐに銀行を後にした。
--銀行を出て市場を歩く。
太陽は頭のてっぺんにある、システムにあった時計はないので分からないがお昼時なのだろう。
市場の熱気は銀行に入る前と変わることなく続いている。
恐らく日が沈んでもしばらくは夕飯と仕事帰りの買い物の人が続き、その後スッと冷めるのだろう。
MSOでは時間の概念はあったが、当然ながら古いゲームという事もあり暗くなってもNPC達はそのまま立ちっぱなしだったし、時間によって話が変わるようなギミックもない。
武器屋の前を通ると、リアルな武器類が店に所狭しと並んでいる。
両手剣に片手剣、メイスにハンマー、短剣類の他に弓や矢に包丁や鍋などの日用品もある。
今バッグの中…ゲームで言うところのインベントリには、俺のMSOでの武器類ももちろん入っている。
バッグの中に手を突っ込んでゴソゴソとしながら、入れた物を思い返せばちゃんと掴めるらしい。
何とも便利な四○元ポケット感覚だ。
店頭の武器類をみると、ゲーム時代の武器を出して大丈夫なのかという心配がうかぶ。
店売りの武器のラインナップはMSOと同じで『普通』だと思う。はっきり言えばその程度とも言える。
俺のインベントリには鍛冶スキル持ちが採算度外視で作った武器や、ボスドロップから作られる魔法武器の類いが入っているのだ。しかもそれにエンチャントまでしてある。エンチャントは強力な物で、つけると専用化されて課金アイテムを使わなければ取引等の制限が掛かるようになっている。
ある程度高ランクのエンチャントをすると武器はオーラを発するエフェクトがつくようになるし、魔法武器は初めから派手な演出がついている。
そんなものをホイホイと町の中や町の近くで振り回して良いのだろうか、俺が知らないだけで実際は結構みんな持ってたりするなら良いのだろうが、それを判断することが出来ない。
それならいっそ普通に売られている武器を、フェイクで持ち歩いていた方がいらぬ誤解を生まないのではないか。
そう至った俺はその場で木刀とロングボウと普通の矢、あとはブロードソードを購入した。
MSOでは武器は何でも使えるメープルちゃんだったが、とりあえず馴染みのありそうな物が良かったので剣と弓にする。
ワンドやスタッフといった魔法道具は、普段インベントリに入れていないのが災いして道具無しだ。
武器屋では魔法用の道具はうってない。残念な事にMSOと全く同一であり、この町では魔法道具の入手性が悪いことを想像させる結果になった。
道具なしでも魔法は使えるが…大規模な物は使えないか。早めに安物でも良いから仕入れる必要があるな。
そして食材と水を持った時にも感じたが、鉄の塊であるブロードソードを持っても重さを全然感じない。
おそらくはスキルレベルとともに上昇するステータスの補助効果もそのまま適応されているのだろう。
STR+20とかの可視化はされていないが、ちゃんと恩恵あるんだと感じる。
見た目可憐なメープルちゃんなのに怪力の様相だ。ギャップ萌え?
MSOではそれで通せたが、この世界でそれが通じる…といいなぁ。
武器屋のお兄さんがブロードソードをぶんぶんと振る俺に青い顔をしてたのは気のせいだ、忘れよう。
MSOは脳筋スキル構成であれば、木刀で魔物や凶暴な野生動物を一撃で吹っ飛ばすくらいのダメージを出す事が出来た、火力に対してスキルの依存度がとんでもなく高いゲームということになる。
…一応木刀は町中の護身用として購入したが、ヘタするとやり過ぎてしまうかも知れない。
俺、護身のためとはいえ、リアルで人の頭とかスイカ割りみたいに叩き潰したくないんだが。
見たくもないし、やってしまったらもうトラウマになってヤバイだろうなぁ…。
市場を抜けて石畳の道をスイスイと進む。
勝手知ったるMSOの町マップ。15年の路上生活は伊達じゃない。
そんなことを考えながら迷わず東門に向かう途中、あまり嬉しくない声と、一人の少女に対して五人でつめよる男共の姿が嫌でも目に入ってしまう。
「やめて下さい!教会の立ち退きだなんて、女神様の教会はこの町にもうここしかないんです!女神様がお嘆きになります!」
「人聞きの悪いこと言うのやめてくれよ、俺たちは返すモン返してくれって言ってるだけだよ」
「借金の代わりにこの教会と土地の権利だけで精算してやるっていってんだ」
「期日は今日までなんだ、金がなければ出て行くのはそっちの方だぜ」
「そんな…教会ではそんな大金借りてないのに…どうしてそんな証文が出てくるのですか…」
いかにもなごろつき五人組と、幸薄そうな水色の髪の毛をした女神教のシスター服を着た少女。
その組み合わせで俺は思い出してしまった。
「やべ…、これMSOシーズン1の公式ストーリーの導入と、完全に同じじゃねえか…」
※今回のMSOネタ
「銀行」
ベルキン銀行という、MSOでの唯一の銀行機関。
銀行らしい融資などの業務をしていたのかはゲーム内では一切触れられておらず、預かり所としての側面が強かった。プレイヤーにとっては便利な場所だったため、ゲームでは銀行の建物を拠点にしているプレイヤーが沢山いた。
預金や小切手の生成、物を預けるときに手数料が掛かる。システムに回収されるこのお金は、初心者のウチには負担が大きく、MSOの初心者は大抵金欠状態。




