行き倒れと俺
また新キャラなのぉ?(そうです)
22 行き倒れと俺
怪しい物音を立てながら、林の中からよく分からない大きなぼろ雑巾の様な物を引っ張って帰ってた召喚獣のヤッくん。
そのあまりの異様な光景に俺とステラミルフは声を上げたものの、その場で固まってしまった。
謎の物体は布のようだがとにかく汚れている。
匂いこそ今は感じない物の、土や埃やよく分からない黒い物が一杯こびりつき、とても汚らしく見える。
「何変な物持って帰ってきてるんだヤッくん!?汚いからぺっしなさい、ぺっ!」
思わずそうヤックンに叫ぶ。どこかのママみたいなフレーズになってしまった。
するとヤッくんは咥えていた謎物体そっと離し、謎の物体は地面に音も無く横になる。
見る限り布っぽい割に軽い物では無く、それなりに重量があるように見える。
「ぼぇ。ぼえぼ」
俺達の顔の方に向いて、聞いたことのないフレーズの鳴き声をするとヤッくんは馬車の方で座り出した。
…?
え、なに?
ヤッくん何が伝えたかったの?
俺が困惑していると、隣で同じようにしていたステラミルフがハッとした表情に切り替わり、ぼろ雑巾に駆けだした。
「…人ですッ!」
「えっ」
呆気にとられる俺を置いて、ステラミルフはぼろ雑巾から日に焼けた肌の細い腕を取り出した。
二度目の驚きが俺を襲う。ステラミルフが手荷物から普段使い用のナイフを取り出し、ぼろ雑巾を切り開いていくとそこには、青い顔して目を閉じたまま深く息を繰り返す、金髪で日焼けした肌の少女が現れた。寝ているわけではなく気を失っている様に見える。
少女をステラミルフが抱きかかえ、俺達が寝るときに被っていた毛布の上に寝かせた。
よく見れば小柄で、俺と身長はほぼ変わらない。
髪型はこれまた俺と同じように頭の上の方で二つ結びにした、所謂ツインテールと言う奴だ。ただしメープルちゃんよりもずっと毛は長いので、結びを外せば綺麗な金髪ロングストレートだろう。
…追加で言えば乳はぺたんこだな! …なんてバカな事言ってる場合じゃないか。
「酷い怪我…です。この痕は大きな動物に噛まれた物だと思います。ボランティアで何度か見ました」
ステラミルフが水と布で身体を綺麗にしてやりながら、少女の様子を分析している。
左足のふくらはぎの所に大きな怪我があるように見える。
「とするとダイアウルフか」
「…多分ですけど、ダイアウルフかそれに近い獣に襲われたんじゃないかとおもいます。まだ生きてて良かった…すぐに治療しないと」
恐らくは襲われた後に動けなくなって、このぼろ布に丸まって休んでいたのだろう。
ぼろ布には真っ黒に変色した血の跡が残っていた。噛まれた出血の跡だろうか。
汚れだと思っていた黒色は、固まった血の色でもあったのか…。
そして出血の多さからか、それとも不衛生な獣からの傷で病気でもあったのか、体力を失ってこの状態になったようだ。
ヤッくんはおそらく林の中でこの少女を見つけたんだろう、それで自分ではどうしようもなかったから、ここに引っ張って連れてきたのだろう。
…本当に賢い。召喚獣は高い知能を持っているに違いない。
あのぼえぼえ言う妙な鳴き声も、きっと何かを喋っているのだろうな。ステラミルフにしか通じていないのが謎だけど。
「ファーストエイド!ヒーリング!」
ステラミルフがスキルを宣言し、てきぱきと少女の治癒にあたっている。
俺は見ているだけなのだが、さっきからどうもこの少女に見覚えがあるような気がして違和感を感じていた。
どこかで見たような…。
金髪ツインテール…、日焼けした肌…、ぺたんこの胸…、低身長…。
パズルのピースのように容姿のキーワードを浮かべていく。
服は残念ながらステラミルフが服を切ってしまった為、パンツ一丁の可哀想な様子で参考にならない。
それにこの謎世界はゲームのMSOと違い、NPCとして覚えていた人達も毎日違う服を着ている。
元々服装は特徴的でわかりやすい人もいるが、そうじゃ無い人(NPC)の方が大半だ。
日本でも仕事や学生でもなければいつも同じ服を着ている人は希で、当たり前と言えば当たり前なんだが。
トルデンだとオーサンやらパメラの婆さんも当然毎日違う服を着ていた。
…あ、銀行の姉ちゃんは制服だから同じ服か。
ステラミルフはシスター…だったので、いつもシスター服を着ていたからわかりやすかった。
(まあ私服はほとんど持ってないステラミルフはシスター服ばかり何着も持ってるのだが…)
(…ちなみにこの旅の間もステラミルフは、巡礼者としてずっとシスター服らしい)
俺がこの容姿に覚えがあると言う事は…きっとMSOの時にいたNPC…なのか?
俺の頭の中でぐるぐるとMSOの知識が回り出す。
そしてその渦の中から一人のNPCの姿が浮かびだした。
ただし、そのNPCも前のステラミルフのように街の外に出るような役割はないキャラクター。
MSOでは『一番修理代が安いけど失敗率も高いNPC』という何とも言えない役割が与えられているキャラクターだったはず。
もちろんこの失敗率の高さからそれなりにネタにされる事はあった。
失敗したときの『ごめーん、まだ修行中でね?』という台詞は可愛さ半分憎さ半分として話題になったし、基本修理代の安さは武器を使い捨てにしている駆け出しのプレイヤーにとってありがたい物だ。
修理代のバカ高いネタ武器や、低い確率で全部修理してやるという『修理ギャンブル』として世話になったプレイヤーも多かったと思う。
しかし、このキャラは『公式ストーリー』にはほぼ関わってこない。せいぜい一度二度話す程度。
どちらかと言えば町中の施設の一環としての役割が強いNPCだったはずだ。
先に述べた『修理』がまず代表としてあるが、『鍛冶』『採取(鉱物)』アルバイトの受付役であったり、『精錬施設』『鍛冶施設』などの施設を使う時に微量のお金を払う先であったり、鍛冶商品のNPC商店を開くなどのシステマチックな役割をしている姿が強く浮かぶ。
そのあたり、トルデンの商業施設的な役割がほとんど無いが、ほぼシーズン1だけとは言えストーリーに強く関わってくるステラミルフとは対照的な役割を持ったNPCだ。
名前は…確か『メイレイン』だ。
鉄の街ドルグリス配置、土の精霊族ドワーフの少女NPC『メイレイン』だったはず。
「なんというか、ステラミルフとは違ってポリゴンモデルと似てないな」
「ぽりご…?なんのことですか?…メープルさんそれよりもこの方の容態…私では手に負えないみたいです」
俺が記憶の引き出しを探っていると、メイレインの治療にあたっていたステラミルフからのヘルプを頼まれていた。
メイレインの足の傷はスキルによって治療されて包帯等がまかれているし、おそらくヒーリングで傷そのものもかなりふさがっているだろう。
生活スキル『ファーストエイド』からの司祭スキル『ヒーリング』の定番治療コンボ。
MSOでは大体これでOKだったが…もちろん例外もある。
『衰弱』『ポーション中毒』『毒』といった代表的なバッドステータスになると治療の効果はほとんど得られない。
MSOはゲームだからか『病気』は存在していなかったが、この世界にはもちろん存在している。
トルデンに滞在している時、何度も治療ボランティアで病気になった人を見てきた。
俺の見る限りメイレインの状態は…『衰弱』
治療をしてライフが回復してもスリップダメージがライフをどんどん奪っていき、最終的には戦闘不能に陥るバッドステータスだ。この世界で戦闘不能とは即ち『死』になる。
こりゃMSOでのメイレインのことを思い出している場合じゃないな。
とにかく今ここにいるメイレインの方を何とかしないと。
「ええと…たぶんこれは衰弱だな…。衰弱の治療は…マズイな」
「マズイ…とは?」
衰弱は時間経過の治療までポーションなどでライフを持たせるか、衰弱回復用のポーションを飲ませる事や衰弱回復効果のある『料理』を食べる事で回復する。
ヒーリングの回復効果ではライフポーション替わりになる事しかできない。
そして今の問題は速攻で回復できそうな衰弱回復用のポーションが手持ちにない。材料も作成道具もない。
「ポーションは飲めそうか?できたら料理が食わせられたらもっといいんだが」
料理ならヤッくんがいれば作れるのだが…。
「それが、発熱もひどくて…意識もありません…」
ステラミルフはふるふると首を横に振った。
…だめか。残る方法はとにかく死なないようにライフを常に補給してやればいい。そうすれば次第に好転するはずだ。
…大丈夫だよな?こういう時には現代医学や治療ができれば…。そう思えて仕方なかった。
この謎世界は傷の治療などに対しては異常な効能を示すスキルがある反面、病気や免疫といった方面にはとんと不便なのだ。
解熱剤や抗生物質なんていいものは、トルデンでは見たことがない。
公式ストーリーで病気になった人の描写があったが、そこで医者の代わりに登場するのはやはり『司祭スキル』や『錬金スキル』を持ったキャラクターで、『医者』ではない。
衰弱回復ポーションが薬なのではと思うかもしれないが、材料を見れば強精剤に近いもののようで、ゲームのアイテムのフレーバーテキストにも同じようなことが書かれている。
錬金スキルのポーションは薬だが、これは成分がわかっているというよりは『こういうものができる』から作っているだけのようにみえる。それなのに効果は一部には劇的で、なんともちぐはぐな世界に感じる。
「仕方ない…人命優先だな」
俺は小型拡張カバンに手を突っ込んだ。
目的はトルデンの銀行の取り寄せで返ってきたアイテムの中の一つ。課金アイテムではないので専用化されていないはずだ。
そもそもこれは錬金スキルで作成するものだからな。この世界でもきっと作れるはずだ。
材料さえあれば…だがな。
「それは…赤い水晶ですか?」
俺の取り出した物にステラミルフは、初めて見るという感想を漏らした。
「こいつは錬金スキルで作成する『ライフクリスタル』…平たく言うとライフポーションをもっと便利にしたものだな。材料にライフポーションも使うから多分その認識で間違いない」
小型拡張カバンから5センチほどのサイズの赤い水晶に見える結晶体を5つほど取り出し、衰弱して動けないメイレインの心臓の上あたりに置く。
「…!クリスタルが1つ…灰に…?」
置いたライフクリスタルが1つ、置いてすぐ色を急速に失って灰になった。
やはりゲームと同じで完全に失われるのか。
「これはもしや…飲まなくても自動的に使用されるライフポーションですか?」
「持っていればライフが失われた時に、このクリスタルから徐々にライフに還元されて、中身がなくなるとクリスタルは砕けて失われてしまうんだ」
説明を聞くとステラミルフはぱぁっと明るい顔になった。
「すごいです!これがあればもっとたくさんの人たちが助かるんじゃないですか?」
そうだね、これを何個か常に持っていたらかなり危険から身を守れるね。
俺は希望に輝く表情をしているステラミルフに致命的な欠点があることを伝えたくなくて、そっと目をそらした。
「…ダメなんですか?」
俺が目をそらしたので察せられてしまったか。
「ま、コストがな…」
すげえかかるんです。これ作るのに水晶鉱山にいって未精製のクリスタルを掘ってきて、それを錬金スキルで精製して、出来上がった空のクリスタルにさらに錬金スキルで望みの効果のクリスタルを作るんだよね…。
クリスタル鉱石を20個で一つの空のクリスタルをつくってそこから…。なんていうハードモード製造を強いられるのがこの『クリスタル製造』スキル。『ポーション調合』で作ったポーションも材料に使うため、実質上位スキルなんだけど…。
ゲームでも保険程度でほんの少し持っているプレイヤーは多かったが、常用するほどの剛の者はなかなかいなかった。
作るのが面倒くさいので露店でも高いのだ。
さらに加えて現在この世界で水晶鉱山があるのもまだわからないし、あったとしてもまた掘り掘り生活するのもなぁ。
これからドルグリスでミスリル掘る予定があるというのに!
あ、ちなみにドルグリスの鉱山は鉱物鉱山なのでクリスタルは出ないです。残酷です。
「あっまたクリスタルが…!」
「げっ。もうか…」
そうこうしているうちに、メイレインの上に乗せたクリスタルがまた一つ灰になった。
メイレインの衰弱は相当ひどいものらしい。治療がなかったらもう死んでいてもおかしくなかったのかもしれない。
「これは俺たちだけで、こんな山の中で何とかできる案件じゃねえな。メイレインを早くドルグリスに連れて行こう」
「メイレイン…?…メープルさん、この娘の事、知ってるんですか?」
「いや、ちがう。違わないけど違うよ?メープルちゃんははじめてドルグリスにいくんだよ?」
「でもいま名前を」
「メープルちゃんうっかりしちゃったー♪てへ♪」
「あ、ちょっとメープルさん!」
やばい、つい名前を言ってしまった。
俺はそそくさとこれ以上の追及をされないために、毛布ごとメイレインをお姫様抱っこで担いで荷台の中に運び込む。
小型拡張カバンの中から、俺用のエンチャントがされたゲームの時の司祭杖を取り出す。
「ステラミルフはヤッくんにお願いして、できるだけ早くドルグリスに向かってもらうようにしてくれ。俺はこっちでマナの続く限りヒーリングでライフを維持する」
「…わかりました。ヤックンさん、お願いします。あの娘のために…頑張ってください!」
「ぼえーえ!」
最初からフルスロットルのヤッくん脚力で、トカゲ車は猛スピードで走り出した。
ガタガタと揺れもひどいが、そんなこと言ってられない。
一刻も早くドルグリスまで届けて、安定できるところで休ませなければ。
取り出した「人には見せられないシリーズ」の俺の専用杖「アルフヘイムの雫」は一見ただの木の枝に見えるが、エルフの領域にある世界樹の枝や、妖精の羽粉などの様々な幻想素材を組み合わせて作られた司祭杖だ。
エンチャントは|教皇《The Hierophant》…回復特化の効果を持っている。
司祭系統マスターにはできない俺が最大限の回復効果を得るために、かなり頑張って材料を集めて制作した司祭杖なので、思い入れがある。これでたくさんのパーティメンバーにヒーリングをしたな。
エンチャントの効果で、杖には常に白く輝く粉のようなパーティクルが降り散るエフェクトがかかっている。
ゲームじゃかっこよかったけど、現実だと無駄に華美なんだよ。
「メープルさんその杖は…」
ステラミルフがすごいジト目で俺を見ている。
さすがに俺、超怪しい。
ゲームから色々と専用化されたものを持ち込んでいるのは『とにかく女神のせいだ』と言ってはあるのだが、次から次へとカバンから知らないものが出てくれば、大天使ステラミルフとはいえ訝しむのは無理はないだろう。
「…あまり私以外の前で女神様の道具を出しちゃだめですよ?…あとメープルさんが大事なライフクリスタルを怪我人の為に出してくれた事…きっと女神様は見ていてくださっていると思います」
「…ステラミルフ…」
「それに私も、そんなメープルさんの事だから信用してます」
なんて…なんていい子なんやぁあああ。
「大天使!大天使だよおおおおお!」
「そのメープルさんがよく言う大天使っていうのはやめてください!」
でも俺はこの小型拡張かばんの中に、元課金アイテムである『魂の霊薬』がある事をまだ秘密にしているんだ。当然女神はそれを知ってるだろうし。
そのことをステラミルフに伝えられない俺は、卑怯者なんだろうか。
そしてこんなに苦しんでいるメイレインにそれをすぐ使えない俺は、ステラミルフの言うような「信用できる奴」ではないと思うよ。
その罪悪感が俺の心に棘のように残る。
そしてそれを隠すように俺はアルフヘイムの雫にマナをチャージし、ヒーリングを繰り返す。
俺のマナがなくなるまではライフクリスタルを無駄に消費させない為だ。
コストのかからないマナポーションを飲みながらヒーリングで時間を稼ぐ。
こうして俺たちを乗せたトカゲ車は、半ば暴走するようにドルグリスに向かって走っていくのだった。
ヤッくんすげえな。ほとんど休憩しないままトップスピードで走りっぱなしだわ…。
生産サポートペットとは一体…。うごごご。
※今回のMSOネタ
「クリスタル製造」
錬金系統のスキルに属する生産スキル。
色々な効果を持った消耗品である『クリスタル』を精製、製造するスキル。
前提でポーション調合スキルが必須になるほか、錬金スキルのほかスキルとの関係性があるため、錬金系統ではかなりの上位スキルに属する。
作られたアイテムも既存のポーションの不便な点などをすべて解決した便利すぎるアイテムであり、さらに課金要素も絡まない事から、材料などの制限がかなり厳しめに設定されている。
そのため材料集めを含めたコストはゲーム内生産スキルでは一二を争うハードモード仕様。
素材になる『空のクリスタル』を作るために水晶鉱山から原石を掘り出すという面倒くさい採集から始まり、精製、製造の工程で確率で失われる数も馬鹿にはできない。
だがボス狩り廃人やダンジョン攻略勢の廃人はこれらを湯水のように所持しているのだ。
廃人の財力!コワイ!
ちなみに楓はゲームではボス狩り廃人だった『汚い竜騎士』さんにちょくちょく制作依頼をされて作っていた。
汚い竜騎士さんはドラゴン装備一式を最終日に楓に譲った廃人さんである。
たまに名前が出てくるから忘れないでね。




