本物の召喚獣と俺
新キャラ あらわる。
21 本物の召喚獣と俺
(きこえますか…きこえますか…楓さん…。今、あなたの心に直接語りかけています…♪)
もう会うことは無いのかと思っていた技神アシュリアの声が届いてきた。
…女神様のネタのチョイスは鮮度が微妙なところですね?
閉じた瞼の裏にうっすらとGM女神こと技神アシュリアの姿が浮かんでくる。
トルデンの教会で出会った時とは違い、ほんのりと半透明でぼんやりとしている。
それが女神が直接ここに来ている訳ではないんだな、と俺に認識させている。
俺に声が届いているのが確認できたのか、技神アシュリアは急に頬を膨らませて、怒ってますアピールをしてきた。
(楓さんが私に全然祈りを捧げてくれないので連絡が遅れちゃったじゃない!)
いや、前みたいに降臨すればいいじゃないか。
別に何かを犠牲にしないと降臨できないとか、そういう雰囲気は無かったじゃないですか。
技神アシュリアは世界の危機のために自らを犠牲にしているとか、そんなのまったくなかったですよね?
そう思っただけだが、どうやらそれで伝わっているらしくアシュリアは表情を変えた。
(…あまりホイホイ顔出すと軽い女と思われるじゃない)
なにいってんのこの女神。
というか、もう最後まで会えないんじゃ無かったのか?
(…待ってるとは言ったけど、そんな事言ったっけ?)
…そうだっけ?
まあ声とイメージだけでもいいや。
ちょっとトラブルもあったけど、なんとかシーズン1の内容は終わったよ。
これからシーズン2の内容のために鉄の街ドルグリスに行くところ。
(うんうん。トルデンで随分長い間冒険者生活してるから、どうするつもりなのかなーって思ってたけど、まさかステラミルフちゃんを仲間にして冒険に出るとはね!本当に面白いね♪)
…ステラミルフが俺の仲間になるのは技神アシュリアの仕込みじゃ無いの?
(私は基本的になにも手を出してないよ?女神教の動きも認識はしてるけどね。楓さんからしたらここはMSOと同じに感じてるかも知れないけど、みんなそれぞれの意思を持って生きてるの。そりゃー初めは楓さんを英雄に仕立て上げ…いやなんでもナイデスヨ)
…まあ。最後の方は聞かなかったことにするよ…。
(それでね、MSOでもシーズンクリアボーナスがあったでしょ?それを授けようと思って待機してたのに、楓さん全然祈りを捧げてくれないからー。待ってたのにー)
おお…そんなアフターサービスがあるなんて…。
正直『顔出せやゴルァ!』で後は見てるだけで何も言ってこないのかと思ってたよ…。
MSOはMMOだから別にストーリーを追わなくてもプレイ出来るのだが、クリアすれば一応やっただけ良いことは一杯ある。
(ふふん♪崇めなさい、そしてもっと祈りを捧げるのでーす!さあシーズン1のクリアボーナスを授けましょう!今の楓さん達にぴったりのボーナス!それは!)
…それは!?
(MSOの課金コンテンツ『召喚獣』を1体授けましょう!楓さんがMSOの時に持っていた召喚獣から1体、ランダムで召喚して授けます♪大事にしてあげてね?)
おおおお!
この世界だと存在していないのかと思っていた召喚獣がついに!
ありがとう女神様!ありがとう!
(うふふ…♪目が覚めたら『召喚』と唱えて下さい。そうすればこの世界の楓さんの為だけに用意した召喚獣が呼び出されますよ♪それではまた…ね)
技神アシュリアがそう言うと、俺の瞼の裏は再び真っ暗になった。
俺の意識もぐらぐらと回るような感覚とともに、どこかに落ちていくのを感じる。
…
……
………
…さん
あ、ステラミルフが呼んでる…。
「メープルさん!」
ステラミルフの呼びかけに、俺の精神は急激に戻ってきた。
さっきまで技神アシュリアに話しかけられていたのが嘘のようだ。
「一生懸命祈るのは良いことですけど、今のは完全に意識がなかったですよ。どうしたんですか?」
「え、そうなのか」
「そりゃもう。半目で白目をむいて口をぽかっと開けて。揺すっても叩いても何の反応もしないんです。涎も垂れてて見た目正直怖かったです。」
女神さまこういう時は外界の時間とは隔絶してたりしないんですか。
良くあるパターンだと、その間は外と時間の流れが変わっていたりとかさあ。
俺はリアルタイムで会話中完全に意識がなかったのか。
だがそんなことはどうでもいい。
ついに、ついに俺はゲーム側で課金と言う名のお布施を大量につぎ込んだコンテンツの『召喚獣』を手に入れられるのだ。
移動に良し、荷物を持たせて良し、戦闘に参加させて良し。
もちろん召喚獣の種類によって得手不得手があるが、役に立たないなんてことは絶対に無いはず!
さあ、騎乗用ドラゴンがくるか。それとも戦闘用のフェアリー?
「聞いてくれステラミルフ」
俺は興奮しながらも、ステラミルフにこれから起こることについて驚かないように伝えるつもりだ。
「さっき女神様から、巡礼を頑張る俺達のためにプレゼントを貰った。だからこれから起こることは全部女神様の仕業だ」
「ええええ!?私達まだ巡礼の旅に出て1日目ですよ!?そんなに頑張ってませんよ!?」
そういえばそうだった。
でもいいんだ。ここは勢いで押し切るところだよな。
「女神様は俺達の真摯で敬虔な態度に超ゴキゲンでついフィーバーしちゃったんだ」
「一気に胡散臭くなりましたよ…」
迫真の説明だと思ったのだが、ステラミルフにはイマイチ通じなかったらしい。
「メープルさんがとんでもないのは何となく感じて居ましたけど…、それで女神様はなんて仰ったんですか?」
それは見てのお楽しみさ。
そうステラミルフに告げると、俺は街道の真ん中に向かって両手を突き出し、技神アシュリアから聞いた通りの言葉を告げる。
MSOでもポリゴンのプレイヤーモデルが、召喚獣を呼び出すときにこのポーズだった気がする。
「召喚!」
俺がそう声を上げると、両手の先の地面に白い光の線が幾重にも走り、見たこともないような幾何学模様が組み合わさった魔法陣のような物が広がった。
直径3メートルほどの光の魔法陣模様は円を象り、そこから再び上に向かって別の模様の魔法陣を描く。
数秒で何十にも重なる魔法陣が展開され、その魔法陣を描く光は次第に強さを拡大させて、とうとう光は爆発を起こした。
音も無くまばゆい光が辺りを包み、俺達はそのまぶしさに耐えられず思わず目を閉じた。
よからぬ事が起きるような雰囲気は感じなかったが、最近陽光と蝋燭やカンテラの光に慣れていたため目が吃驚してしまった。
あれだ、カメラのフラッシュ。
一言で表すと何とも趣がないんだが。
チカチカする眼が慣れてきた頃、俺達の前に姿を現した召喚獣は…
「げ」
「わあ!でっかくてかわいい緑のトカゲさんですね!」
体長3メートルをゆうに越えるかと思われる大きな緑色のトカゲがそこにいた。
地球でいうところのコモドオオトカゲによく似ているが、もっとなんというか頭が大きくて、恐竜のイメージ絵とかデフォルメした絵の様なバランスだ。それが半目でゆっくりと頭と首を動かし、辺りをキョロキョロと観察しているような仕草をしている。
ステラミルフは爬虫類大丈夫なタイプだったか。それとそんなに大きな爬虫類は珍しくないのかな?
「う…そうか。召喚獣にはこういうタイプのもいたんだった…。それにランダムで呼び出すって言ってたもんな…」
「こういうタイプ?メープルさん、女神様が授けて下さったこのトカゲさんはなんて種類ですか?」
この緑のトカゲは『森林キノコトカゲ』
MSOで大量にいた召喚獣の中で所謂『生産サポートペット』と呼ばれていた種類。
特徴はそのものズバリ、『生産をサポートする』事につきる。
戦闘は出来なくもないが、攻撃スキルは成長してもあまり伸びない。
魔法スキルも最低限のものしかない。直接騎乗して乗り回すことも出来ない。
「…なんだか穏やかそうなトカゲさんなんですね」
「そうなんだ。戦闘とかの方面はからきしだと思う」
正直騎乗用や戦闘用の華々しい召喚獣が出てくる物だと思っていたので拍子抜けしてしまった…。
MSOでは確かに俺はこの召喚獣をもっていた。たしかその時の名前は…
「確か、ヤっくん」
「それがこの子の名前なんですか?なんだか変わった響きの名前ですね」
…当時適当に付けた名前だとは言いづらいな。まあ、いいか。MSOと同じなら親近感がわくしな。
「…ぼええ」
なんともいえない締まりの無い低音で、森林キノコトカゲのヤッくんは鳴いた。
まるでこちらの言っていることがわかっているようだ。
もしかすると分かっているのかもしれない。女神の用意した召喚獣だものな。
しかしまあ…騎乗用召喚獣じゃないし、今すぐ便利に使えるって訳じゃないんだよなぁ。
せっかくもらった召喚獣だけど、また別の機会に助けて貰おうかな。
「それじゃあヤッくんには…」
「馬車引いて貰う為に早速頑張って貰いましょう!女神様は私達が困っているのを見てヤックンさんを授けて下さったのですね!」
…あれ?
「胴回りが結構太いですから、馬用の固定ベルトの予備がそのまま使えそうですね。…ちょっと我慢してくださいね…、ここを、こうして、くるっと回して…あとはロープで身体を固定して…」
ポカーンとする俺を置いて、ヤッくんを馬車の一部に取り付けてしまうステラミルフ。
え、いいの?
できちゃうの?
…MSOで乗ったり出来ない種類の召喚獣だったから、できない。と思い込んでた俺が悪いの?
「ちょ、ちょっとまってステラミルフ。初めから大きなトカゲって事に怖がってもいなかったから、ただの爬虫類好きなのかと思ってたけど、なんか、でかいトカゲがこうするのが当たり前みたいな感じしてないか?ヤッくん、もしかしてそんなに力ないかもしれんよ?」
「え?だって塵の砂漠で馬の代わりに使われているのはおっきな大人しいトカゲだって聞いた事がありますし…。それにヤックンさんは優しいって伝わってきますよ」
「えええー…。それに塵の砂漠って…もしかしてエルフの砂塵の結界の事か?」
エルフはシーズン3からの導入された精霊族で、シーズン2のドワーフの用事が済んだら向かう予定だ。
引き籠もりがちなエルフは自らのテリトリーである森を守る為に、住処にしている森を砂漠でくるっと囲むことで他を寄せ付けなくしている。
「ええ、エルフの方達はそう呼ぶんでしたっけ?昔読んだ本に書いてありました。砂漠では馬は使えないので、飼い慣らしたオオトカゲを馬の代わりに使うんだって書いてありました。ヤックンさんもそういうトカゲさんなんだと思ったのですが…」
…そういうことか。
ステラミルフはふしぎと知識を持っている所があるような?
王都でシスターになったときやその前に、ちゃんとした教育を受けていた…のかな?
そのあたりはまだ踏み込んだこと聞いた事無いんだよな。
「まあ一度試してみましょうよ。ヤックンさん、馬車動かせますか?」
「…ぼえぇ」
低い了承したという鳴き声と共に、ヤッくんはのっしのっしと足を運んで馬車を動かし始めた。
ガラガラという砂利と車輪の当たる音が再び耳に届き始める。
馬ほど軽やかでは無いものの、特に苦しそうな様子も無く馬車は動くようだ。
「お、おお、おおおお。動かせるのかヤッくん。そんな力が合ったなんて…」
「大丈夫みたいですね。休みたくなったらいつでも言って下さいね。…ありがとうヤックンさん」
「ぼぅ」
優しい笑顔でステラミルフはヤッくんの頭を撫でた。
気持ちいいのかは分からないが、ヤッくんも目を閉じて受け入れている。
ステラミルフは優しいなぁ。俺は完全に『使い魔』を扱うみたいな目線でヤッくん事見てたわ。
これは『MSOがゲームだから』っていつも思っている弊害だよな…、ちょっと反省しよう。
とは言ってもなかなか身についたこの思考は治らないんだよな。
しかたないの、だって頭はおっさんだもの。おっさんの思考は凝り固まってるんだもの。
…心はおっさん!身体はロリ巨乳! 果たしてその実体は!?
はーい。メープルちゃんでーす。
…その辺りのこと考えると空しい…。
まあ馬の代わりになってくれるって事なら、そういうことにしてドルグリスまで進み始めるか。
馬車がトカゲ車になっちゃったが、これ、他の人に見られたらどんな顔されるんだろうなぁ。
なんとも言えない気持ちのまま俺は馬車の中に。幌の隙間からアリノスの白樺林を注視しながら進む。
さっきはダイアウルフにしてやられたが、今度は同じ方法に引っかからない様にと思ってのことだ。
ステラミルフはヤッくんと相性が良いのか、そのまま御者席でヤッくんに言葉で指示しながらドルグリスに向かう道を進み始めた。
ヤッくんさん坂がちょっとありますよ。こんどは下り坂なので危ないですよ。
そんな丁寧な言葉でヤッくんに指示を出していく。ステラミルフはトカゲ使いが上手い。
みしみしガラガラ
このトカゲ車の音を表すとこんな感じだ。
トカゲは蹄がないので、足音が土を擦るような感じで、馬と比べると割と静かな気がする。
あとずっとスルーしてきたがステラミルフの『ヤックンさん』っていうのは、某魚に異常に詳しい実は大学に籍を持つ偉い人をウカツに『さ○なくん』と呼び捨てに出来ないが為に、『さ○なくんさん』と呼んでしまうアレなんだろうか。
…ここは日本じゃないんだし、ステラミルフが知ってる訳はないんだが。ないんだが。
…ツッコミいれてぇ。
ヤックンさん疲れてませんか。もしかしたら馬さんよりも早いかもです。
なんて優しいステラミルフの語りかけが続き、馬を失い女神から召喚獣を貰う一幕から4時間ほど経ったところで、時間はそろそろ夕方。
トカゲ車を街道の道ばたに停め、少し大きめの石を集めて即席のたき火場所を作る。
高原地帯なので日が落ちてからは冷え込む、それでなくとも山では火は必須だ。
ついでに旅道具の中から中華鍋のような形をした料理道具も準備。
…便利な日本からこの世界に来て、随分手慣れたもんだぜ。
薪は馬車に準備してあるので、それと火口を用意し火を熾す。
「食事はどうします?保存食使います?」
ステラミルフが鍋を構えた俺に聞いてくるが、飯にはいいあてがあるのだ。
「いや、早速ヤッくんに本領発揮してもらおうかと思う」
「ヤックンさんの…本領?」
「そう。ヤッくんは森林キノコトカゲ。ヤッくんは本来生産スキルをサポートするための召喚獣なんだ。ヤッくんはマナを消費して背中にフレッシュハーブとポーション調合スキル用のきのこを生やすことが出来るんだ。調合用のきのこもフレッシュハーブも料理すれば大体食べられるからな。早速試してみようかと。ヤッくん、生産サポートを頼む」
「ぼーええ!」
ひときわ気合いの入った鳴き声と共に、ヤッくんの何もなかった背中の所ににょきにょきと赤色や橙色のきのこ、緑色のフレッシュハーブが育成し始める。それはみるみるうちに大きくなり、すぐに収穫できるサイズに成長した。
ヤッくんは『さあどうぞ』といわんばかりに目を閉じて身体の姿勢を低くする。
俺達が背中のきのこ達を採取しやすいように高さを下げてくれるのだ。
「さて、どんな感じに生えたかな…『採取』」
採取スキルを使い、背中に生えたきのこ達を収穫していく。
真っ赤な表面の傘をしたきのこが『ライフきのこ』
オレンジ色の傘をしているのが『スタミナきのこ』
毒々しい青い色したエノキみたいなきのこが『マナきのこ』
ぱっと見は雑草と区別がつかない草に見える『フレッシュハーブ』
簡単に取れる各きのこ達が採取できた。残念ながらマナきのこはポーション調合で使えるだけで食用ではないので、これは笊に並べて乾燥させておく。
「こうしてふしぎなスキルを目の当たりにすると、ヤックンさんは本当に召喚獣さんなんですねえ…。すごいです」
感心するステラミルフを横目に、俺は採れたきのこ達の調理に取りかかる。
流石にきのこだけを食うわけにも行かないので、保存食の硬く水分の少ないパン、干し肉も少し出してくる。
まずはシンプルに鉄串に石突きをとったライフきのことスタミナきのこを交互に差して、たき火に立てる。遠火だけどすぐに熱が通って食べられるだろう。あとで軽く塩を振って完成だな。
次は鍋に水をいれ、そこに細かくした干し肉と塩と香辛料を少々。
ちなみにこの謎世界、普通に調味料の類いは流通している。ゲームでもオーサンの食料品店に行けば、スキル用の素材として大体の物が買えた。
ただし、誰が作ってどこから流通しているのかはわからない。恐らく必要にされているからそうなっているのだろうが、地球と全く同じ物があるあたり謎はある。
余談だがドワーフのために運んでいるという酒も蒸留酒なので、蒸留技術はあるらしい。
味見をしたけど多分ウィスキー?ブランデー?の様な蒸留酒だ。
鍋の水が湯になって干し肉が軟らかくなってきたら、一度スープ皿に中身を出す。
空になった鍋に刻んだフレッシュハーブときのこ達を入れサッと火を通し炒める。再び皿にだしておいたスープを鍋に戻し、調味料を追加してスープ仕立てに仕上げ二人分皿に入れる。
適当料理だが味見してもまあまあそこそこ。きのこの味も出てるしハーブは青菜として十分機能してる。
あとは焼ききのこと保存用の硬いパンで今晩の夕食はできあがりだ。
硬いパンを上手いこと食べるためにも、スープ料理は欠かせなかったりする。
「こんな立派なお食事の元になったきのこを生やしてくれたヤックンさんと、ヤックンさんを私達に与えて下さった女神様に感謝の祈りを捧げましょう」
ステラミルフがそう言って祈りをささげる。
俺もまあ見た目だけ、祈るフリをする。
もっと華々しい召喚獣が良かったような、でもヤッくんは便利で助かっているような、そんな入り交じる感情からである。
俺達が祈りを捧げてている間、ヤッくんは自分のご飯のために林の中にガサガサと音を立てて入っていった。
恐らく草食…願わくば草食であってほしい。よくわからない虫をぱりぱりと食べる姿をあまり想像したくないのだが…。
でもしかたないか、爬虫類だもんね。あのサイズなら普通にネズミとかも獲って食べそう。
俺は少し遠い目になりながら、林に消えるヤッくんの尻尾を見送った。
…というか召喚獣は飯を食う必要があるのだろうか?
そして祈るフリを終えて、俺達はたき火をはさみ食事を持ち向かい合う。
湯気を立てる夕飯にステラミルフの眼は釘付けになっていた。
…ステラミルフのご飯大好き属性は教会の貧乏生活を脱してからも変わらない。
あの爛々としたメシを見る眼…、もっとご飯を与えたくなる魔性の眼だ。
今は旅の途中だから無理だけど、ドルグリスについたらまた腹一杯食わせてあげよう。
そうして俺達はきのこまみれの夕食に手をつけはじめた。
とりあえず俺は焼いたライフきのこから口に運んだ。
キノコらしい繊維質、噛むと暖かい水分と共にうまみが口の中に広がる。
匂いも味も初めてのものだが、えぐみや苦みのない食用きのこらしい雰囲気を感じる。
うまい。素直にそう思える味だった。
ステラミルフの方を見ても、美味しそうにきのこを頬張っている。
サイズは椎茸よりもでかいため食べ甲斐がある。
(とはいえきのこだからカロリー自体はたいしたこと無いんだろうけど、腹は膨れるな)
そういえばライフポーションはイチゴ味だったのに、何故きのこは普通の味なのだろうか…。
製作工程中にきのこの成分が変質してイチゴのような味になるんだろうか。
プリンに醤油を掛けると海胆味になるみたいな。
…よくわからん。
まだ飲んだことないが、オレンジ色したスタミナポーションは一体何味なんだ。
もぐもぐときのこを咀嚼しながら俺は女神の遊び心の理解に努めていた。
「本当はポーションの材料に使う物なのに、贅沢なような、薬効がありそうな。なんだか良いのかなぁって気はしますね」
「料理スキルのレシピには材料としてあったからなぁ…。まあ確かに何かしらの効果はあるかもね」
料理スキルで作った料理には、回復を促したり、ステータスが一時的にアップしたり等の効能があった。
スキルが世界の理として存在するこの謎世界の料理もまた、同じような効果があるに違いない。
「このきのこ達も干された状態の物なら、パメラさんの店先に並んでるの見たことあったんですけど。食料品店に並んでいるのは見たことなかったですね。ポーションの材料としての方が需要ありそうです」
「ドルグリスで少し落ち着いたらポーション作りなんかもしておかないとな。ステラミルフにもライフポーションの作り方教えるって約束したし」
「ヤックンさんがいれば材料ほとんど揃ってしまいますね」
確かにヤッくんは便利だ。
マナさえあれば材料が手に入る。マナは自然に回復する物だから実質無限のような物だろう。
もしヤッくんを狙う悪漢がいても、召喚を解除すれば良いだけだし。
あれ?これってかなりのチート性能か?
ゲームのMSOじゃ生産スキル覚えるプレイヤーが『まあ、買っておけばいいな』程度の物だった気がするんだが。
そんな話題のヤッくんは、林の中に飯を食いに行ったまま戻らない。
俺達がきのこづくしを食べ終わって、荷台に積んである水で喉を潤したり、食器の片付けをしてもまだ戻らなかった。
召喚獣は危機が訪れれば自動的に召喚が解除されるはずだし、この静かな林の中争う音もダイアウルフの遠吠えも何も聞こえない。
虫の静かな音と、火の勢いが弱まったたき火のパチパチという木のはぜる音が星明かりの広がる空に響く。
「なんだかヤッくん戻らないし、俺達も休もうか」
「そうですね…、本当に私が荷台で休んでも良いのですか?」
警戒の意味を込めて俺が火の前で、ステラミルフは馬車…トカゲ車の荷台で休むことにする。
盗賊やダイアウルフが出ないとも限らない林の中だ。
実際日中はダイアウルフに馬をやられてしまったわけだし、俺なら多少の事があっても行動不能になるまでに時間を稼げるだろう。
衣装の下に着込んだ鎧が不意打ちに対しても強い効果を発揮するだろうしな。見た目詐欺はいいことなのだ。
そうして俺はステラミルフの寝息を確認し、ぼんやりと橙色に風で揺れる火を見ながら毛布にくるまり、車体に身体をもたれさせてうつらうつらと休息をとりはじめた。
…浅い眠りだと思う。何かあっても良いように、音に注意していた。
夢は見ないが、時々火の勢いが弱まったたき火の光に浅く覚醒することもあった。
…日の出まであと何時間だろうか。
会社から帰ってきて、メシを作ってからネトゲにログインして、プレイして風呂に入って寝る…そんな夜はもう来ないのだろうか。
懐かしいあの生活の事を忘れないように時々思い出す。
気を抜けば泡沫のように消えてしまう記憶なのではないかと時々思う事がある。
今はまだゲームのこともストーリーのこともしっかり覚えている。
きっと忘れてはいけないと、俺の勘がそう告げている。
次に意識が覚醒すると、たき火はほとんど燃え尽きて、辺りには高原特有の朝靄が広がっていた。日もうっすらと出ていて明るくなっている。
ちょうどいい時間だ。何事もなく夜を過ごせた。
こちらの謎世界に来て、夜は恐ろしい物だと言う事を確認させられる。
日本にいた時は、夜が恐ろしいなんて子供の時だけだと思っていたのに。
くるまっていた毛布を片付け、荷台で寝ているステラミルフの姿を確認。
軽く身体を揺すればすぐに目を覚ます。こちらの世界の人は大体寝起きが良い気がするな。
…まあ夜更かししている人が居ないから、二日酔いでもなければすぐ起きそうだ。
「朝は早めに出発して距離を稼ごうかと思ったんだけど…ヤッくんがまだ戻ってないな」
結局一晩中ヤッくんは林に行ったままだったようで、起きたときから姿は無かった。
「まあ仕方ありませんし、保存食でも食べてまちま…」
そこまで言うとステラミルフはピタリと動きを止めた。
俺の目を見ながら話していた視線が、ふわりと林の方に向く。
俺もその視線の誘導に従って、林の方に目を向ける…が。
「何かある?」
俺には何も感じないのだが、ステラミルフは黙って林の方を向いている。
「何でしょうあの音…」
ステラミルフがボソッと呟いた。
音?ステラミルフは随分耳が良いんだな、俺には何も聞こえない。
『気配察知』
俺が狩りで使い方を覚えた、本来の使い方とは違うスキルを使えば、周りに蠢く者達の気配の情報がぐんと頭に入ってくる。
イメージはゲームにあったレーダーマップだが、同じようには使えない。このスキルは本来隠れている敵を暴き出す物だ。
そしてその効果時間も僅かで、常日頃からこのスキルを展開しておける物でも無い。
だが狩りで試しに使って見たところ、僅かな時間だが大まかに気配を掴む事が出来て便利な事がわかっている。
…反応はあった。ひときわ大きい気配がゆっくりとこちらに向かってきている。
おそらくはヤッくんだと思われる。確実なことは言えないが大体なんとなくわかるのだ。
だがその反応には大きなノイズもまた付随している。
トルデンで使ったときには反応したことのない反応。それがヤッくんとともにぴったりとくっついて移動してくる。
そしてその『音』は俺にも聞こえるほどになってきた。
ズル… ズル…
何かを地面で引きずるような、そんな怪しい音が静かな林から聞こえてくる。
「な、なんでしょう…」
「ヤッくんの反応と同時に何かが…来る」
俺達は固唾を呑んで音が近づくのを待った。
もちろん武器も構えた。ヤッくんがよからぬ相手と共に現れる可能性もある。
ズル… ズル…
音が大きくなって林の下草をかき分けるガサガサという音と共に、ヤッくんの尻尾が見え始めた。
「ヤッくん!」
「ヤックンさん!」
俺達の声が重なる。
尻尾から現れたヤッくんは返事とばかりに尻尾をふらふらと左右に揺らしたが、あのへんな鳴き声は上げない。
(…なんだ?なんで後ろ向きで帰ってきたんだ?)
そんな俺の疑問はすぐ瓦解することになる。
ゆっくりと俺達の元にやってくるヤッくんの口元には、ぼろ雑巾のようになった『何か』が引きずられていたのだった。
※今回のMSOネタ
「森林キノコトカゲ」
MSOの課金要素である『召喚獣』の一種。
ゲームでは『ポーション調合』と『料理』スキルの為の補助用として販売された。
召喚獣のマナを消費して、背中に採取スポットを発生させる能力がある。
ちなみにリアルマネーで800円。召喚獣は買いきりコンテンツ。そう思えば期間サービスよりもお得…?
シーズンの早い段階で実装された召喚獣なので、後に販売終了されて、複数特徴型のハイブリッド召喚獣に置き換えられた。
ゲームでは戦闘スキルは低く体力も少なく、騎乗もできずと本当にスキルの補助だけの召喚獣だった。
召喚獣インベントリも小さめの為、生産に興味の無いユーザーからするとあまり魅力的ではなかった。
この謎世界での召喚獣はゲームと同じではないようで…。姿なりに力も強い?




