女神超天使(ryと俺
ほんま…ほんまええ娘やでぇ…
13 女神超天使(ryと俺
女神教教会に集まった怪我人達の治療ボランティアが終わり、俺とステラミルフは教会の一番奥にある個室にきていた。個室はステラミルフの私室らしいのだが、女の子らしい家具や飾りは何一つ無い清貧な部屋だ。
部屋の更に奥に丁度井戸の手前になるように作られた勝手口があり、竈などの台所はその側に作られている。
ステラミルフはその竈で沸かしたお湯を使い、粗末な素焼き製のポットで薄い白湯のようなお茶を入れてくれた。
茶菓子を用意しますといって、再び台所にステラミルフは戻っていった。
…薄い茶から察するに、女神教教会はそこまで金がないのだろか?
しかしMSOで王都にある女神教の総本山になる大教会は、贅の限りを尽くしたようなゴージャスな作りをしていた気がするのだが。トルデンの女神教教会だけがこんなに貧しいのか?
んー?と首をかしげながら二人用の小さなテーブルから部屋を見渡すと、質の悪そうな綿か麻のベッドシーツと毛布なのかかけ布団なのかよくわからない物の上に、空のポーション瓶と薄い緑色をしたポーションが乱雑に置いてある。
さらにベッドの下にはあまり透明度の高くないガラスで出来た試験管、や陶製のすり鉢や石製の薬研などの所謂ポーション調合器具が置いてある。
「ポーション作ってる?」
なんとなしにそれを口にした時には、すでにポプルを煮詰めたジャムを小麦粉の生地の上にのせたお菓子を木製のお盆にのせたステラミルフがテーブルに到着していた。
「あ、いえ…それは内職なんです。ちゃんとしたポーションじゃなくて、ポーション溶液を作ってるんです」
「ポーション溶液?あのフレッシュハーブと水で作る基本溶液か」
「ええ。冒険者組合にたまに入ってくるポーション調合師の方の依頼を、優先的に回して貰ってるんです」
そういっておかわりのお茶ポットをテーブルの上にのせ、俺の対面の椅子に座った。
「聞いちゃ悪いかも知れないんだが、女神教からお金が回ってきてないのか?」
そうズバリと聞くと、眉を八の字にして困ったような表情を見せる。
さすがにちょっと不躾すぎたかな。
「女神教はその場その場で寄付金を集めて教会を運営してますので…残念ながらトルデンの皆様はそこまで寄付をして下さらないのです。でも、私達女神教は清貧であることを誇りに思っていますので…」
こりゃ間違いなく本心で言ってるわ…。まあーよくできた娘さんだな…。
ゲームキャラだとこんな性格あるあるかも知れないけど、目の前にいると破壊力すげえな。
このあたりは彼女の生活やシスターとしてのプライドがあるだろうし、女神教の信者でもない俺がとやかく言うことじゃないか。
そうか、踏みいった事聞いて済まなかった。と頭を下げ、話題を変えることにする。
「それでまあー…、昨日から引き続いての事が、すげえ気になってるだろうと思うんだが…」
出して貰ったポプルのジャムっぽいものが乗った、味のしない小麦粉焼きをすこしぱくりと食べる。バターやマーガリンなど使っていない、小麦粉をそれっぽく焼いただけのお菓子のようだ。
うむ、ポプル部分がすっぱい。
ステラミルフは『待ってました』とばかりに食いついてきた。
「そうですよ!みんな後から現れたゴーレムの事で頭がいっぱいになって、メープルさんの事すっかり抜けてるんです!おかしいじゃないですか!」
意図的にそうしました。とは言えず、半目で曖昧な笑い顔をかえした俺マジだめな人。
メープルちゃんの顔でなければ「うわキモ!」といわれても致し方がない。
「それにメープルさんは全てのスキルを使えるんですよね?そんな人いるはずがないのに」
敬虔な女神教信者でもあるステラミルフにとっては『そこ』が一番気になっていたのだろう。
別に教えても困ることでもない、すでに名乗りを上げてしまっているしな。
「それなんだが…女神教だとやっぱり1つのスキル系統をマスター、あるいはできて2つの系統をマスターするのが女神の教えに沿っている。そしてそれが世界の理だからそれ以上の系統のマスターはできない…でいいのか?」
MSOのゲームシステムそのものだ。そしてメインストーリーでもそのことは触れられている。
ゲームシステムではスキルの1系統のマスターでその系統のスキルの倍率は100%
2つの系統のマスターになると全てのスキルに90%の倍率が掛けられる。
もし仮に3つめの系統をマスターしてしまうと全てに40%の倍率が掛けられる。40%にさせられてしまったらまともなスキルの威力など出はしないので、実質出来ないのと同じになる。
そんなことをしてしまったら、課金アイテムのスキルを全て振り直すアイテムが待っているのだが、MSOではスキルの振りを失敗したら新キャラを作るというのが定番で、あまりそのアイテムが売れたという話は聞かなかった。
生活スキルと「あるスキル」だけは、その『制約』からは外れるので、近接戦闘をしながら『料理』をするとか『鍛冶』をすると言うことは出来るのだが、生活スキルは総じて修練がマゾいので、自分の武器の手入れが出来るとか、矢を作る事ができる様になどの、1つ2つにとどまるのが普通だ。
この制約はシステム的な物であるが、公式ストーリー上このMSOの世界の主神である女神「技神アシュリア」がこの世界の『理』として設定した物とされている。
女神教はその理を女神からの教えとして人々に、1つ、あるいは2つのスキルを極めて豊かな生活を送ろうという旨の教えを説いている。
確か「人は一つの技術を極め、共に助け合い歩むべし」…だったかな?
そんな教えだから俺のこのスキル具合に気になるのも仕方ない。
「その通りです。技神アシュリア様の決められたこの世界の理は絶対ですので…」
「まあ、それはそうなんだろうな。あー、覚えてるか?俺の言った口上」
「『究極の中途半端を目指している…』でしたっけ、あのときは何分魔族なんて恐ろしくてハッキリとは」
「いや、それであってるよ。女神の理は『その系統のスキルをマスターしたら』だろ?」
「はい」
はいと言いながらも、ステラミルフはかなり訝しんでいるようだ。
「つまり、俺が何でもスキルが使えるのは、全部のスキルをマスターしないギリギリの所で止めているからなんだ。それなら女神の理に触れないんだ。まあ、マスターするのに比べればもちろんスキルの威力は劣るけどな。その代わりスキルを上げるときにマナの総量が増えたり、力が強くなったりするだろ?その恩恵を目一杯受けてるんだよ」
ギリギリのランクはゲームのスキルランク付けでいうとAというランクなのだが、スキル倍率は80%になっている。マスターを表すランクMの倍率が100%なので2割は弱いことになる。その差を埋めるのがスキルアップに伴うステータスボーナスの量だ。
「えええええ!?そ、そんな事が可能なのですか?だ、だって普通スキルを1つマスターするのにもかなりの研鑽を積むんですよ?メープルさんはまだお若くみえるのに、そんな事が…」
そこに気がつくとはやはりステラミルフか…。
ゲームで15年掛けてやったんですよ!HAHAHA!って言えたら良いんだけどな!
ウム、どうしたもんか。んー。
「そこはほら…俺が…すげえ変わってるからだよ!」
これ以上無いくらいの苦し紛れの説明が飛び出す。
つじつまの合う説明なんてねえよ!そもそも俺がなんてこの謎世界に来たのかもわかってないのに。
ステラミルフは俺の説明を何とも不可解だという表情をして、言葉を失っていた。
そして大きく息を吸い、吐き出すと俺の目を見て真面目な表情で向かい合う。
「とても信じられませんけど…昨日の魔族退治に今日の治療に魔法スキルにも精通している事を見ては…無いとは言い切れないですね…」
「お、信じてくれるの?」
「信じざるを得ないと言いますか…。女神様の理の裏を突くみたいで…なんというか女神教のシスターとしてはスキルを何かに絞って極めて下さいと言いたいのですが…。メープルさんはその生き方を極めるために努力なさったのでしょう?女神様もそういうことならきっと許して下さると思うのです」
「ステラミルフマジ女神超天使」
「…?私は女神様の僕ですよ?」
「今のはわすれてくださいおねがいしますなんでもしますから」
「メープルさんは不思議な人です。悪い人じゃないのはわかりますけどね」
話が長くなったせいで少し冷えてしまった薄いお茶と、微妙な茶菓子をステラミルフも口に付け、落ち着いてくれたようだ。
しかしまあ、現状トルデンにいる限りではひどいチート状態だよな俺は。
ステラミルフには良い所だけ言ったが実際の所MSOでは俺のプレイというのは…マスターを前提とした装備条件のエンドコンテンツ装備は、使えないなどの不遇の扱いでもあったのだ。
スキル倍率とステータスだって、装備が強くなれば、かけ算の倍率の方が有利に働くに決まってる。
たとえば近接攻撃系統のマスターになれば、それを条件とした装備一式セットがあるのだ。当然、俺はそういう恵まれた装備はつけられない。
俺は普段はそういう恵まれた装備から、一歩引いた装備しか使えなかったのだ。
今はあの最終日のままなら…、単品で作れる装備制限のない範囲の、おかしい装備を着けているはずなんだが。そのあたり昨日から服脱いだりしてないからよくわからないんだよな。魔族の攻撃を防いだりしてたから、多分ちゃんと着けているのだろうけど。
話がずれたが、この全てをギリギリ覚えるという行為は利点だらけなら…他の奴も頑張って同じ事をやっただろう。だが、『そうじゃないから俺だけ』なんだよなぁ…。
正直なことを言えば俺はMSOでのおもしろプレイヤーだったのだ。
前口上もその当たりをかなり加味している。そしてバケモノなんてのは『バケモノ=ドMプレイ』って事だよ。
でもMSOのスキルがそのまま反映されている所を見ると、俺はこの世界ではこれ以上成長できないのか?
何せ俺はこれ以上何かスキルを育ててしまえば、MSOと同じこの謎世界の「理」に引っかかって、うっかり育ってしまったスキル以外をものすごい制限されてしまうのだろうから…。
もしかしてMSOの時になかったスキルがあれば、それならまた成長できるのかな?
「メープルさんは昨日からトルデンにいらっしゃったのですか?」
「ん?ああ、そうなるかな。だから定住してない冒険者って事になるな」
スキルのことについては落ち着いたので、世間話に移行したようだ。
「だけど昨日の事で宿が使えなくてな…。俺、それをあてにしてたから、昨日は南門の向こうの放牧場の辺りで野営してたんだよ。疲れてたからぐーぐー寝ちゃった」
「まあ!冒険者とはいえ、私よりも年下の女の子があんな所で野宿だなんて…」
ステラミルフに年下の女の子扱いされる30代のサラリーマン男ォ!
いかんな、精神(中身)は完全にそのままだからすごく変な感じだ。
ここは中身のままの姿だったら『野宿してた方がらしいんじゃないですか』とか言われちゃうに違いない。
あの組合の黒受付嬢達ならきっとそう言う!
ちょっと興奮した。
「俺も宿が直るまで野営し続けるの嫌だし、風呂とか飯とか不都合が多いからなぁ。借家とか借りた方が良いのか悩んでる」
それは実際そう思っていた事だ。銀行の荷物の取り寄せとやらがどれくらいかかるか分からないし、確かトルデンから王都まで結構な距離があったと思う。MSOの時は召喚獣に乗って空か陸の旅でスイスイパカパカと楽に行けたのだが。謎世界のここじゃそれも敵わないようだ。
年単位は掛からないだろうが、一ヶ月くらいは余裕で覚悟した方が良いのかも知れない。
「あの、それでしたらこの教会を宿代わりに使ってはいかがです?色々とお世話になりましたし…、時々ボランティアのお手伝いをして貰えればそれで結構ですので」
「え?いいのか?」
思ってもいなかった嬉しい提案だ。
宿も壊れてるし、借家は見つかるのかもよく分からない。トルデンの町の中だし、ここを寝床にさせて貰えたら言うことは無いわ。
「私もここで一人ですし…、魔族がまた女神教を狙わないとも限りません…。メープルさんなら女同士ですし、私も安心できます」
うおー!
なにこのラッキー感!女同士っていうステラミルフの認識に罪悪感あるけど、これは渡りに船。
助かったよありがとうと告げるとテーブルを立ち、早速もう一つあるという部屋に通された。
といっても、ステラミルフの私室の隣の部屋なのだが。
教会の聖堂の中に寝ても良いんだがと言ったら、それはそれで教会内に女の子が寝っ転がって泊まってるのもおかしいですし、と正論で返されてしまった。それでも野営に比べれば全然マシです!
通された部屋は、隅の方に木箱が4つほど積んであるだけでがらんとした部屋だった。
一応ベッドが置いてあるが、掛け布団はないようだ。
「倉庫?」
「に、見えちゃうかもですけど、実はここ本当は司祭様の部屋なんです」
「司祭?あ、ああ…そうかあのいない司祭ってやつか…」
すっかり忘れそうになっていたが、そういう設定だった。
MSOのトルデンの町の女神教教会の司祭は、何故かシーズン1から15までずっといないのだ。
ステラミルフは蒸発した司祭の代わりにここの司祭も兼任していたのだ。
公式ストーリー上ではほぼ触れられていないのだが、イベントや関係ない会話データから、「司祭様は突然行方不明になったまま戻らなくて…」という情報だけがあるのだ。MSOのプレイヤーWikiにもこれだけしか情報が無いのでNPCの情報欄すら設定されていなかった。
「あれ…司祭様のこと知ってました?」
やべえ。メープルちゃんは知らないはずだった。ウカツ。
「いや、冒険者組合でそんな話を聞いたかなー…みたいな?」
「そうでしたか。司祭様は突然行方不明になったまま戻らなくて…」
「やめて!同じ台詞を言われるとすごい不穏!」
「へ?ど、どうしたんですかメープルさん!」
つい嫌な予感がして興奮してしまった。
公式ストーリーに関係ない事柄とはいえ、なんだか嫌な感じがするぜぇ…。
「ああ…すまん。ナンデモナイデス…ハイ」
「はあ…」
「しかし何もないんだな。元あった物は処分したのか」
「元々何もなかったんですけど、私財はみんな持って行ってしまったようで。野営用の毛布類とか使ってもらえれば、ベッドでそのまま寝れると思いますし、この部屋つかってください」
「十分すぎるよ。ありがとうなステラミルフ」
「こちらこそ、昨日から色々とありがとうございます」
それではまた後ほど、とステラミルフは部屋を出て行った。
6畳くらいの部屋だろうか。フローリング?と言って良いのか分からないが、木で出来た床に、漆喰らしい少しざらついた質感の白い壁材。電灯なんて無いのでそれ以外の装飾品は無い。窓が1つだけある。
恐らく木箱は倉庫代わりに使っていたからだろうが、使っていない部屋でも綺麗に掃除が行き届いている。
教会内も物が無いだけで、綺麗に掃除されていた。
日本では男にしては家事は得意だった方だが、この謎世界の掃除が出来るとは思えないし、何ともありがたい事だ。
…カンテラか行灯か何か、明かりを付ける物がないとこれから困りそうだな。
ゲームだとそういう心配いらなかったからな…。外で夜になってしまったときのために、松明とかも必要になるなこれ。
何も稼いでいないし宿の修理代の出資をしてしまった後でなんだが、武器の他に生活用品を買おう。野営じゃ無いから保存食じゃ無い飯も買おう。…そのほかにも必要そうな物は市場で買っておこう。
お金減るばっかりだな!銀行にも手続きに行かないとダメだし。
俺はとりあえず寝床の確保が出来たことを喜びつつ、謎世界での生活は物入りだなだと、ため息をつくのだった。
※今回のMSOネタ
「ポーション溶液」
ポーション調合スキルでポーションを作るときに大体必要になる中間素材。
最も簡単に採集できる「フレッシュハーブ」という薬草と水から作成する。
ポーション調合の最低ランクから作れる。色は薄い緑色のグラフィック。
中間素材という通り、これを更に材料にして各種ポーションを作る行程があり、生産スキルは総じてめんどくさい。
ということで、このポーション溶液だけ作って、ポーション調合のランクの高い人に露店売るという小銭稼ぎがMSOでは割と普通に行われていた。
「中間素材売りが一番利益が高いとか、それ生産スキルで一番良く言われることだから」
「ぽ売り露店は利益よりもみんなの為にやってんだよ。喧嘩を売るのはやめるんだ!」
MMOの生産スキル商品はかけた時間の分は原価に入らない優良利益設定です。