薄幸少女の成長と俺
やっとステラミルフがちゃんと話します。…話すはずです。
12 薄幸少女の成長と俺
「おい、意識のある奴は俺の側に集まれ!エリアヒーリングを使うぞ!」
動ける奴は自力で、動けない奴は付き添いの奴に手を貸してもらい、怪我人が集まった。
「MSOと同じで大技スキルは準備時間があるはず…。マナを集中だ」
手に持った司祭の杖を頭上に掲げる。
ボルト魔法や普通のヒーリングとは違う沢山のマナをイメージし、それを司祭の杖の先端に集めて行く。
今までスキルが使えるかどうかを感覚で答えてくれた、今回もそれを信じてマナを集中させていく。
しばらくの準備時間の後、司祭の杖の先端に淡い青の光が灯る。
エリアヒーリングは司祭系統における所謂『大技』に位置するスキルで、自分を中心とした範囲に入る全てのプレイヤーと敵に対して効果の高いヒーリングをかけることが出来る。
ヒーリングやその他司祭系統のスキルを幅広く習得しないと、覚えるクエストを受諾することが出来ない。
使用するのにも司祭の杖などの司祭専用杖の装備が必須だ。
「いくぞ!エリアヒーリング!」
スキルを宣言すると、杖に溜まったマナが爆発する。
杖から発せられた真っ白な光が俺を中心に膨らみ、女神教の協会内を埋め尽くさんばかりに広がっていく。
スキルの癒やしの光はドーム状の形を維持し、その中にいる怪我人達の怪我の部位に静かに吸い込まれていった。
目を開けていても真っ白で見えない光はそうしてゆっくりと失われていき、教会内は元に戻った。
おお…すごい…。
端的に言えばゲームと同じエフェクトだったのだが、自分がそれをする視点に立つとこんなにすごいのか。
「…うッ」
自分の使ったエリアヒーリングのエフェクトに感動していると、今まで一度も不調らしい不調を感じたことの無いメープルちゃんの身体に異変がある。…頭痛だ。
おそらくは先ほどまでのステラミルフと同じ、マナの使いすぎによる、マナ枯渇の症状の前兆だろう。
エリアヒーリングは司祭スキル系統の大技…、そのマナの消費はヒーリングの数十倍だ。
魔法系統の上級魔法にも劣らない消費量になっている。
様々なスキルを上げて、マナの総量のそこ上げをしてあるメープルちゃんの身体でなければ、一回使えば先ほどのステラミルフのようにまともに動けなくなってしまうのかも知れない。
ならばと俺もと、先ほどだしたミドルマナポーションをぐっと飲み干す。
人生初めて飲んだミドルマナポーションの味は…なんと言うか夜店の屋台にあるかき氷のブルーハワイ味だった。
魅惑の甘味です…。
だれだよこの味設定した奴(神)。絶対見た目の色で決めただろ…。舌が青く染まったりしないだろな。
ちなみにマナポーションの材料に甘くなる要素はない…はず。
「あ…ああ。傷が治ってらぁ…」
「ありがてぇ、これで明日からまた依頼がうけられるぜ」
エリアヒーリングで治った教会内の怪我人達から、次々と快癒の声が聞こえてきた。
この光景にえもいわれぬ満足感を感じ、冒険者組合と宿屋から続く「俺の不始末」の埋め合わせがやっと出来たのではないかと安心する。
(…金は出したが建物を直したりするのは俺じゃどうしようもないからな、今度は迂闊なことをしないように気をつけよう)
「あ…あの、昨日もありがとうございます…おかげで皆さんが助かりました」
後ろから声をかけられ振り向くと、マナが回復して枯渇症状から復帰したステラミルフの顔があった。
マナポーションによるマナの回復で劇的に改善したのだろう、マナが枯渇して「ぎぼぢわるい゛い゛」と言っていた真っ青な顔色から一転して血色の良い少女の顔だった。
ステラミルフは女神教のシスター服を身に纏い、フードは付けていない。
頭のフードはMSOのときから付けていなかったが、他の女神教のNPCは付けている方が多かったのでおそらくステラミルフがフードを好んでいないだけなのだろう。
両サイドの長い髪の毛を後ろに回す所謂ハーフアップと言われる髪型のステラミルフは、昨日から何度か会っているが悪い奴に詰め寄られていたり、泣いていたり、酷い顔で気絶していたり、酷い顔色していてたりとなんとも酷い顔ばかり見てきたせいか、落ち着いた顔を見ると年相応の可憐な顔に見える。
MSOでも立ち絵の表情変化は、泣き顔が表示されていることが多かった記憶があるので、これほどの自然な顔は見ていて清々しい。
ステラミルフの髪色は水色で、瞳の色は碧色をしている。地球じゃあり得ないファンタジーカラーだがMSOで15年見慣れていたせいか、あまり違和感がない。
そう考えれば昨日からいろいろな元NPC達を見てきて、どれもカラフルな髪色をしているが違和感は感じなかった。自分であるメープルちゃんも毛の色は紅葉をイメージした赤毛だしな。
「いや気にしないでくれ。それにまだ終わってないぞ。教会の外にもまだ怪我人が並んでた」
ステラミルフに勝手に借りた司祭の杖を返し告げる。きっと教会内の事だけで精一杯だったから知らないだろう。
「え!それじゃあすぐにヒーリングをしに行かないと!ご、ごめんなさい、せっかく落ち着いてお話しできると思ったのに、それが終わってからでも…」
コロコロと表情の変わるステラミルフは本当に面白い。こんな健気な娘なのに薄幸だなんて報われないなぁ…。
…そうだ!せっかくだからステラミルフのスキル上げを手伝ってあげよう!
マナポーションはまだあるし常時マナポーションを飲みながらならまた倒れることもないしな!
「よし、ステラミルフのヒーリングの訓練だ!マナポーションはまだあるから気にせず飲みながら外の奴らを治療しようぜ!」
「ええええええええ!?」
「スキルが上がれば少ない回数で癒やせるようになって、マナの枯渇も心配なくなる!ランクアップでマナの総量も上がるしな!」
「そ、そんな贅沢な治療ボランティアきいたことないですぅううう!」
「さあ、何かあっても良いように俺が見てるぜ。ステラミルフは魔法系統のスキル『マナリチャージ』を覚えてるか?あれは司祭スキルとは系統が違うけど何でも杖を持っていれば、マナの自力回復の補助として使えるから便利だぞ!」
「シスターや司祭はそんな魔法スキル普通はおぼえませんよおおおおおお」
俺は何故か涙目になっているステラミルフの手を握り、教会の外に引っ張っていく。
ステラミルフは嬉しすぎて涙まで流して…、こちらもスパルタのしがいがあるな!
…こうして俺はステラミルフと一緒に、教会の外に並んでいた怪我人達も治療していった。
一番怪我が酷かったのは初めにファーストエイドを併用した男で、ステラミルフもファーストエイドをしないまま何度もヒーリングをしてしまった為にマナが枯渇してしまったと言っていた。
外の怪我人達をヒーリングするときに、常にステラミルフにマナポーションを飲ませつつスキルを使わせたおかげで、ステラミルフが再び枯渇症状で苦しむことはなかった。
そしてヒーリングを必死にするステラミルフの様子は、彼女の人柄をよく表しているようで、怪我人達は治療が遅れてもステラミルフに文句を言うことは一切無かった。トルデンの町のステラミルフは町の人に本当に好かれているんだなと思わせる。
MSOではNPC同士の相関図はあったのだが、ステラミルフは酷い目に遭うのがメインで、トルデンの中での町の住人である事以外これと言った事が語られることはなかった。他のNPC達がステラミルフのことをあーだこーだと言うことはほとんど無かったのだ。
しかしこの様子ならステラミルフはトルデンの他のNPC達にも愛されているに違いない。
薄幸なだけじゃないんだよな、よかったなステラミルフ。
まあ、この感情はMSOのステラミルフに対しての物なのかも知れないけどな。
暫くして先ほど言ったマナリチャージが覚えられないかと実演してみたりしつつ、ステラミルフのスパルタ治療は終わった。
残念ながら結論としてはマナリチャージは覚えられなかったが、何かしら思う所はあるようで、習得に前向きになってくれたようだ。
エリアヒーリングも女神教の方から教えて貰ってはいないが、いずれ使えるようになりたいとキラキラした目を向けながら語られた。
司祭系統と魔法系統は別のスキル系統扱いだが、マナリチャージのように僅かに共通で使用できるものもある。
同じくマナを消耗して何かをする、というスキル系統であるが故の共通性だろう。
ステラミルフが司祭としてこれからもっとスキルアップしていけば、スキルがマナに依存している関係でマナの回復問題に必ず対処するときが来る。
その時にマナリチャージはランクが低くても、マナポーションを飲む合間など、必ずあって損はしないはずだ。
いまここにいるステラミルフはMSOの不幸一杯のステラミルフじゃない。
MSOの事は無かった、ただの幸薄そうな雰囲気のシスターステラミルフなんだ。
俺はMSOの「成長しないNPC」とは違う、「人」としてのステラミルフの成長を期待せずにはいられなかった。
※今回のMSOネタ
「エリアヒーリング」
司祭系統スキルの大技スキル。
スキルを使うのに、司祭系統のいくつかのスキルをある程度ランクアップしていないと覚えるクエストが受けられない。自分を中心とした範囲にいるプレイヤーと敵に効果の強いヒーリングをかける、大量のマナを消費するスキル。
クールタイムが長めのため、連続使用も出来ないので、使うタイミングも要求される。
使えれば司祭系統スキル使いのプレイヤーとして優遇される。が、パーティプレイでの動きも見合った物を要求されるため、ここぞというタイミングで上手にスキルを回せないプレイヤーは「地雷司祭」の称号を得る。
どこのパーティプレイも回復役が下手だと死ぬね!
いや、攻撃受ける方も回復役に負担かけ過ぎないようにしろよ。
…これは永遠のMMOでの荒れネタである。