トルデンの復興と俺
ノリだけで暴れたメープルちゃんの残した傷痕は深い…
11 トルデンの復興と俺
「…何でも頼んでみるもんだな」
俺は冒険者ギルドの青空受付から少し離れたところにある、依頼が貼られている掲示板の前に来ていた。
先ほどまでは登録したばかりの冒険者組合に、自分のインベントリに残っていたMSOのときからのあぶく銭を宿屋の修理代として使えないか相談していたのだ。
それで出資という体をとってもらう事で、宿屋が完成したら出資者特権として宿代を割り引いてもらう事にして話が纏まったのだ。
かなり変人を見るような目で見られた物の、大筋OKと言うことになって心が晴れやかになった。
なにせ本当は俺がゴーレムでドカーンと壊してしまったからな…。
いかんいかん、これはもう考えすぎないようにしよう。この件は終わり!
それで黒受付嬢’sから離れて依頼掲示板を見てみたのだが、今賑わっているお仕事類はこの東門の修理や瓦礫の撤去などのお仕事らしい。
あとはこのお仕事をする冒険者達の炊き出し業務のための、『料理』スキル持ちの女冒険者の募集か。
いやあ、お仕事一杯あるなぁ~。
生活スキルがちゃんと需要があるのって、なんだかいいよね。
…うん。
…俺のせい特需だな!
…へこむわー。
それ以外だとトルデンの町の中の商店の手伝いか。
これはMSOのときNPCの会話で受けられたアルバイトって所かな。
MSOの時と違い組合があるおかげで、直接のやり取りではなくなっているんだな。
そのままなら配達や生産スキルの中間素材製作、町の周りの資源の採集などなのかな?
募集の紙にはそこまで内容には触れていないみたいだが、スキル持ちを指定していない所を見ると、簡単な事だけなのだろう。
あとは…イノシシの退治、熊の退治、鹿の退治、キツネの退治。ははあ、ここら辺がMSOの時の討伐クエストって所かな。モンスターの討伐は今特にでてないんだな。
それに加えて、フレッシュハーブの採集、イノシシ肉の納品、熊肉、熊の手、熊の肝、熊の毛皮…要は熊の身体ほとんど全部か。退治とそこから取れる物は別で計上されるんだな。
そして随分隅っこに追いやられている依頼が一つ…なになに「治療ボランティア募集・スキルが無くても歓迎です。女神様の教えに触れてみませんか…女神教教会・担当ステラミルフ」か。
これは依頼は依頼でも、ボランティアの依頼なんだな。司祭スキルの総本山の女神教だから、こんな事もしているのか。しかしボランティアなんてこの世界で人が集まるのか?
ボランティアなんてものはMSOではなかったし、俺のゲームの知識があてに出来ない事が増えてきている。
…うーん。ま、どうせ昨日の事もあるし、一度ちゃんと話もしたいと思っていたしな。
俺はその紙を掲示板から外し、再び黒受付嬢達のもとに戻っていった。
俺以外に組合に用事がある奴がいないからなのか、受付嬢達はすぐに俺の様子に気づいたようだ。
何かを話していたが、すぐに姿勢を正し、お仕事モードに切り替えた。
「あれ?それは仕事じゃなくて、ボランティアの募集ですけど…よろしいのですか?」
俺の手に持った依頼の紙を見て、紫髪ポニテ受付嬢の方がすぐに声を上げた。
もちろんだよ、と笑いながら椅子に座ると、二人に依頼の流れについて詳しく教えてくれるように俺は頼んだ。
「そうですね。何も知らないのでしたら、いい経験になるかもしれませんね」
黒髪ボブカット受付嬢の方が、何かに納得したかの様なそぶりを見せる。
「冒険者組合の仕事の流れといたしましては、まず今のように掲示された依頼を受け付けまで持ってきて頂きます。その後こちらで受け付け可能か調べまして、正式に受注という形を取ります。依頼の中にはスキルが必須な物もございますので、一度こちらで確認を取らせて頂いています」
今回はそういう審査はないです。
と、俺の持ってきた掲示の紙に大きな判子をポンと押した。
「野生動物の退治やモンスターの退治は事後報告でも構いませんが、必ず有用部位のお持ち帰りをお願いします」
へえ、事後でも良いんだ。と安心したが、有用部位という不吉なキーワードに不安を覚える。
「その顔は『有用部位ってなんだ?』ってお顔ですね。たとえば熊ですが、熊は有効に使える部位が沢山ありますので、出来たら血抜きをして、そのままこちらまでお持ち頂けますと、ガッポリとお金をお渡しできますよ」
「ああ…そういうことか」
…完全に猟師だこれ。
MSOだと倒した敵キャラは、お金とか食材とか何かしらドロップして消えてしまった。
そんな世界だと楽そうなんだが、甘くはないな。
この謎世界、スキルとかすごいゲームっぽいのにそういう所はリアルだ。
「じゃあ熊なんか倒しても、持ち帰るの無理だったりするんだな…なんだか勿体ない気がするな」
俺がそう言うと受付の二人は何がおかしいのか、お互い顔を見合わせて笑い出した。
え、なんだろ。俺何かおかしいこと言った?
「熊なんて一人で倒せるような相手じゃないですよ。何人かの仲間で仕留めて、それで持ち帰るんです」
俺が何でも一人でやろうと思っているのが「おかしい」から笑ってたのか。
そりゃそうだよな、うん。
まあ…倒す「だけ」ならメープルちゃん余裕で出来ちゃいそうなんだが…。そこはあえて何も言うまい。
「今回はこの判子押した紙を持って、女神教の教会まで行って下さい。シスターのステラミルフさんがあとは指示しますので」
「本当なら仕事が終わったらこちらに報告に来るのですが、今回はボランティアですので結構です」
仕事の流れはそんなもんか。学生の時の日雇いバイトを思い出すなぁ。
「そうか。丁寧にありがとう」
俺がそう頭を下げると、再び二人は笑い出した。
今度こそ身に覚えがないので、どうしたのか尋ねてみると
「冒険者なんて、少しでも金になる依頼よこせって五月蠅い人ばかりなんですよ?メープルさんみたいな人、ほんと見たことない」
「なんだか可笑しくって」
「…俺、そんなにかわってんの?…目立つ?」
まいったな…こんな反応されるとは思わなかった。
クスクスと笑う二人の受付嬢の視線にどうにも居心地が悪くなり、そのまま愛想笑いをしつつ、その場からそそくさと逃げることしか出来なかった。
おれ、こういう耐性本当にないなぁ…。
身体はメープルちゃんだから、二人ともあんな笑顔を向けてくれているけれど、心の方はただのおっさんだし。
なんだか騙しているみたいで、後ろめたいのだよな。
…さっさとステラミルフの所に行こう。
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昨日も来た女神教教会に続く道…。
なんだか道に座り込んでいる人の列が出来ていた。どうやら行列の人達は怪我をしているらしい。
怪我のひどさはわからないが、大人が苦痛に顔を歪め、黙っているほどの物だ。決して小さなものでは無いだろう。
皆一様に俯いて、痛みに耐えているかのようだ。付き添いの人が肩を貸しているのも珍しくない。
依頼は治療ボランティアの手伝いと言うことだったので、おそらくは、ステラミルフが行う女神教の奉仕活動の手伝いなのだろう。こんなに多くの人が、女神教の治療のお世話になっているんだなと思う。
MSOだとお金を支払い、治療をするような施設はなかった。ポーションを飲む、ヒーリングスキルを使ってもらう、ファーストエイドスキルを使う等の様々な回復手段があったし、最悪休憩スキルと野営スキルで座っていれば放置しているうちに回復していた。
しかしこの謎世界はゲームのようなスキルと現実が交差する謎世界だ。
怪我も自然治癒の領域を超えれば、出血と負傷が上回り死亡するんじゃないか。
その辺を考えると、こんな状態で切り盛りしているステラミルフはすごい優秀なんだな。
へっぽことか薄幸とか言ってすまん。
そうして教会敷地に足を踏み入れた。行列の先頭にいる負傷者に、ボランティアの依頼を受けたことを判子を押された用紙を見せつつ告げ、そのまま教会内部に入った。
MSOでは建物のポリゴンモデルだけで中身のなかったトルデンの女神教教会の内部だが、中身は意外とがらんとしていた。地球のカトリックの教会のように、椅子が並んでいたりするのかと思っていたからだ。
がらんとした石の床の上に、外と同じように負傷者らしき人々が座り込んでいる。
その雰囲気に圧倒されてるかのように息が詰まり、さらに教会の奥に目を向けると
「しっかりしてくれよステラミルフ!お前が倒れちまったらここに集まった奴ァ駄目になっちまう!」
ただ事でない様子の声に、俺は無意識にそちらの方に足を向けた。
「ごめんなさい…でも、マナが切れて目が回って…」
「マナポーションとかねえのか!?」
「うう…この教会にそんな高価な物は…」
そこには床に両手を付けて伏せるステラミルフと、何も言わないが荒い息をした怪我人の男と、付き添いらしき男がいた。
ステラミルフの顔色は悪い、自らマナが切れたと言っている通り、スキルの使いすぎによるマナの枯渇状態なのだろう。ゲームだと枯渇状態になっても移動に制限が掛かったりはしなかったが、相当気分が悪くなるのかステラミルフはふらふらと頭を揺らしている。
「すまんが、俺は冒険者組合から依頼を受けてきたメープルというのだが」
「あ、ああ。あのボランティアの依頼を受けたのかお嬢ちゃん。それが今こんな状態で…」
「あうう…ぎぼぢわるい゛い゛い゛い゛…」
床の方を向いて苦しそうに頭を揺らしているステラミルフの代わりに、先ほどからステラミルフに頑張れと頼んでいたひげの濃い男が代わりに返事をくれた。
ステラミルフは…駄目そうだ。
怪我人より苦しそうに肩で息をして、気分が悪いのを耐えている。
「おっさん、ステラミルフはいつもこんなに無茶してんの?」
「いや、今日は特別だ。昨日の魔族騒ぎででた怪我人と、どうもトルデンの近くの森でヤバイ奴がでたらしい。怪我人がこっちに回されてきてる」
…ここも半分俺のせいか。なんだろうね、この俺のせい祭りは。
ステラミルフにも間接的とはいえ、迷惑かけちまってるみたいだし…。
俺は課金アイテムの小型拡張カバンに手を入れた。目的は『ミドルマナポーション』
MSOのプレイヤーの間ではごく一般的なマナポーションのひとつだ。
マナポーションの中ではコストと効果が一番バランスがよいポーションで、自作するのに適している。
恐らくこのランクのポーションなら、自作に必要な資材の入手に困らないはず。
カバンの謎空間に突っ込んだ手が、入れておいたはずのマナポーションの小瓶を掴む。
取り出してみるとゲームのグラフィックと同じの、青い液体の入った小瓶が取り出された。
間違いない、ミドルマナポーションだ。
「ステラミルフ、コイツを飲め。5分くらいすれば楽になる」
ステラミルフの口に瓶を突っ込み、そのままマナポーションを飲ませる。
たいした量ではないのでゴクンとすぐ飲み干した。
「あ、あなたは昨日の…」
「そいつはマナポーションだ、俺が作った物だから金とか気にするな。知ってると思うが、飲んだからってすぐ回復するわけじゃない。そのマナポーションの効果が切れるまでは休んでててくれ」
MSOのポーションは即時回復ではない。
飲むとそのポーションの効果時間いっぱい使って、決められた値回復する。
例を挙げるなら、効果時間の5分かけて合計100回復する。という具合だ。
ゲームのようにマナの最大量が数字でわかるわけではないが、マナ切れなら飲めば効果があるはずだ。
「昨日のことはこれが終わった後にな、とりあえず今は治療の方何とかしよう」
ステラミルフの側に同時に出した残りのミドルマナポーションを置くついでに、俺はステラミルフの横に置いてあった『司祭の杖』を手に取る。
これは司祭系統のスキルを使う時に効果のある武器の一つだ。
武器として使うほか一部高度な司祭系統スキルは、系統の武器の所持を義務づけられる、
「お嬢ちゃん、ヒーリングできるのか?頼む、コイツを何とかしてやってくれ。森の横を通ったときに倒れてたんだ」
俺が杖を持ったことで、治療の期待をもったのだろう。
「ステラミルフもさっきまで10人以上ヒーリングしてきたんだよ。すげえ頑張ってたんだよ」
大丈夫、なんとかしてやるさ。パーティプレイでの回復役はMSOプレイ時、俺の得意だった役目だ。
俺は目の前の苦しそうにしている怪我人の男に向き合った。
見た限り大きな怪我は1つ。ふくらはぎから太ももにかけて3本の切り傷だ。
それ以外の怪我は無いが、出血がひどい。切り傷も深い。
正直…グロい。皮膚と肉が裂けて見たくない物まで見えている。
MSOの知識がそのまま使えるのなら、このままヒーリングをしても効率よく回復はしない。
深い傷…MSOではそう呼ばれていた治療の必要な段階だ。
この状態ではヒーリングはほとんど効果を発揮せず、マナが吸われるばかりになる。
深い傷を改善するのは生活スキル『ファーストエイド』だ。
ファーストエイドは使用するのに触媒として、専用のポーションと包帯を消耗する。
これはMSOでは誰でも持っている基礎的なアイテムなので、当然俺のカバンの中にも入っている。
すぐにカバンからファーストエイドのためのアイテムを取り出し、目の前の怪我人に備える。
「ファーストエイド!」
俺はスキルを宣言した。
これが日本なら外科的処置がされる所なのだが、スキルを使うと薄い光とともに、触媒用のポーションが消費され、包帯がスルスルと怪我のあった場所に勝手に巻かれていく。
俺は正直このスキルという謎技術を甘く見ていたと感じた。外科医がこの光景を見たら怒り狂うと思う。こんなお手軽でいいのか。
勝手に包帯が巻かれるとかどんな魔法だよ…、いや、実際魔法なのか?
MSOだと生活スキルに属されていたけど。
いや、深くは考えまい、こんなの考え始めたら何も出来なくなりそうだ。
こういう生活スキルもしっかり上げておいた自分とメープルちゃんの身体に感謝しよう。
ファーストエイドで止血などは終わったはずなので、このまま間髪おかずにヒーリングを開始する。
「ヒーリング!」
手に持った司祭の杖を巻かれた包帯の上に構え、スキルを宣言する。
マナが杖を通して消費され、ヒーリングの効果が発動する。
杖から発せられたヒーリングの白い光が包帯の中に吸い込まれ、息を荒くしていた怪我人の男の表情が穏やかになってきた。
…これでこの男は大丈夫だろう。
「おお、すげえ…。おい、大丈夫か!俺の事がわかるか!」
「あ、ああ…。すまんな…感謝する。連れてきたのは俺だけか?まだ森の方に怪我してる奴がいるんだ」
「俺は街道の方から森の外に倒れているお前を見つけただけだ、組合に言って人集めて行くからお前はまだ休んでろ」
どうやら俺の知らない所で話は纏まっていくようだ。
俺の出る幕じゃないからね、しかたないね。
その後直ったばかりの男は、教会の隅っこに自分であるいて壁を背に横になった。もう少し休ませてくれといって、自分の服の中からライフポーションらしき物を取りだし飲んでいた。
この感じならステラミルフが復活するまでにある程度治療できるな。
ドーンとかまして、後はステラミルフのスキルアップを手伝おう。
「おい、意識のある奴は俺の側に集まれ!エリアヒーリングを使うぞ!」
俺は司祭系統の大技スキルに挑むのだった。
※今回のMSOネタ
「ポーション」
錬金系スキルの「ポーション調合」で作成できる。
ミニ・ロー・ミドル・ハイという4段階がメジャーなランク付けで存在する。
ミニやローは素材の割に効果が薄く作る価値はあまりない。ミドルが最も経済性がある。
ポーション調合で作れるポーションは様々な物があるが、代表的な物が「ライフ」「マナ」「スタミナ」の3種類。
即時回復するイメージがあるが、MSOでは一度飲むと効果時間中に決められた回復量を割合で発揮する。
5分効果のあるミドルスタミナポーションだと、5分かけてスタミナを200回復。
効果時間中に同じ系統のポーションの効果は発揮しない。
素材になる薬草の知識は生活スキルに属するため、錬金スキルを取っていなくても薬草は集められるプレイヤーは多い。
ポーション調合は安定した収入を得られる生活スキルの一つだが、重課金要素に課金回復剤があるので実装直後は生産プレイヤーはかなり運営に抗議した。