ようこそ、ここは
真面目に書いていた方が詰まったので、深く考えずに書きだしてみようと思います。
01 ようこそ、ここは
ーー雑踏の中に立っていた。
俺はここを知っていた。
見慣れた場所だ。
俺はいつもこの市場で冒険に必要な物を買っていたのだから。
食材屋・道具屋・武器屋・防具屋…この町に必要な設備は大体ここに集約されている。
「おう、変な格好の嬢ちゃん。市場の真ん中で立ち止まってたら邪魔だし危ねえぞ」
上半身裸で禿げ頭の厳つい食材屋の男の声、これも知っている。
話しかけたときに初めに言われる台詞だ。
だけど俺は知らない、こんなに沢山の顔も、知らない町の人々がいる事を。
俺は知らない、こんなに表情豊かに俺のことを見る人々の顔を。
俺は知らない、ただのオブジェクトのはずだった商品陳列棚から漂う様々な物の匂い、色鮮やかな果実や肉の色彩、金物の鋭い鉄の光、雑踏で巻き上がる土埃の空気感。
はじまりの町「トルデン」の市場。
そこはモニタ越しの3Dポリゴンモデルと全く同じ姿、だが、まちがいなくそれは現実としてそこにあった。
建物、物、そこにいるNPC達も、リアルな現実の姿として。
見間違うはずない、15年の間ほぼ毎日ここを見ていたのだから。
今、俺が立っているのはPC向けMMORPG「マスタースキルオンライン」
通称「MSO」の初期スポーンの町。
…ほんの数分前に俺が看取ったゲームのはずだった。




