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遅めの朝食

「失礼いたします。朝食をお持ちいたしました」


「えぇ、入ってきてちょうだい」


 扉の厚さを感じさせるような深い音が響いた後、可憐な声が部屋の中の二人に届く。

 アリシアは慣れたように返事を返すと、その扉はゆっくりと左右に分かれて開いた。


「遅くなってしまい、申し訳ありません」


「構わないわ。本人も今やっと落ち着いたところだから」


 次は、先ほどとは違う声音が耳に届き、ワゴンを押す女性の傍らで頭を下げる女性を認めた。

 顔を上げた彼女と食事を持ってきた彼女を見て、ルナは目を見開く。


「あなたがたは…」


 ルナは瞳にたまった涙が引っ込むのを感じた。思わずこぼれ落ちた言葉の意味するものを感じ取ったのだろうか。部屋に入った二人は穏やかに微笑み、淑女の礼をとる。


「この度はお会い出来て嬉しく思います、ルナ様。このオルキス国の宮殿に勤めておりますヒルダ・カンヴィアと申します。どうぞ、ヒルダとお呼びくださいませ」


「同じく、ヨルダ・カンヴィアと申します。ヨルダ、とお呼びくださいませ。此度の神の計らいに感謝し、ルナ様とお目にかかれたこと、何よりの僥倖と感じております」


「はぁ…」


 宮殿、というからには二人は『侍女』と呼ばれる人たちなのだろうか、と頭を巡らせながらも名前と外見を一致させるべく交互に二人をみやる。

 ヒルダ、と名乗った女性はウェーブのかかったはちみつ色の髪に蜜柑の色を移したような瞳を持ち、柔和な微笑みが彼女のおっとりとした性格を感じさせる。

 対するヨルダはストレートの深い葡萄色の髪で、こちらもヒルダと同じような蜜柑の瞳を持っているが、芯の強さがにじみ出ている雰囲気が彼女の凛々しい性格を感じさせる。

 外見こそ違うが、名前から言われるようにまさに似た姉妹だった。

 いまだ呆然としている彼女を見て、困ったように微笑んだヒルダは言った。


「急なことで、まだ心も身体もお疲れでしょう。食事を用意させていただきました。どうぞ、お召し上がりくださいませ」


 カチャカチャと耳に心地いい音がするとともに、ふんわりと甘い香りが漂ってくる。

 その匂いに反応したのか、きゅうっとルナのお腹が鳴った。ついで、きゅるきゅる、とおまけのように鳴るのだから堪らなかった。鳴りすぎである。

 今更になってとてつもない空腹感を自覚したルナだったが、腹の虫が鳴ったことで羞恥に顔が赤らみ、自然と頭が下がっていく。顔が上げにくい。


 「かわいそうなルナ様。どうぞ恥ずかしがらずに。ここへ来て二日もお眠りになっていらしたのです。それは仕方のないこと」


「ふつか…二日!?」


 危うく聞き逃しそうになった事実にルナは目を見開く。予想だにしていなかった衝撃を受けて、もう一度心の中で二日という時の長さを数える。

 ―――果てしない。信じられない。つまり、二日は絶食状態だったのかと気づき、ルナは悲鳴をあげそうになる。勿論、空腹状態でそこまで大声を上げる気力がなかったのでヒュッ、と高い音がしただけだったが。

 徹夜をしたことはあれど、食を抜いたことはないルナである。引きちぎれそうな胃の痛みを感じて、尋常ではない問題が身体に起こっていることを感じていたがまさかそんな事態になっていようとは。

 果たして目の前の食事をこの身体は受け付けてくれるのかと不安に思いながら、乳白色をしたスープを見つめる。

 もし、受け付けずにリバースしてしまったらどうしよう、などと考えてしまったからだろうか。手が震えてしまっているが、いつもの習慣になってきた食前の祈りをする。

 ―――祈りよりも、願掛けのようになったのは致し方ないことだろう。

 祈りより目を開けて、スプーンを手に取る。

 ひと匙掬さじすくって、口へ。

 

「…おいしい」


 温かなミルクの味わいに感嘆の息を落とすルナに、双子の侍女は互いに顔を見合わせてふんわりと微笑んだ。


「コンナのミルクに甘い蜂蜜とヒューイの葉で煮詰めたパン粥です。お腹に優しいものを、とシェフ自らが丁寧に作っております」


「ヒューイの葉には食欲増進の効果があるとか…どうぞ、たくさん召し上がってくださいませね」


 ゆっくりと食を進めるルナに、二人は穏やかに言葉を掛けていく。

 アリシアと共に食事をするときと違い、それは新鮮な体験であったがじっと見つめられながら食べるのはルナにとって少々落ち着かないものであった。

 ちらり、とアリシアを見る。『ヘルプ!』と内心の訴えが瞳ににじみ出ていたが、アリシアは素知らぬ顔でルナを見つめている。味方がいないことを悟った瞬間、ルナは大人しく食事に集中することに決めた。

 ようやくひと皿空けると、言葉の通りにおかわりを出される。

 まだこの状況が続くのか、とか今まで食べたことのない甘美な味わいに今更ながら気後れしたなど複雑な心境を抱いたルナはその場で固まってしまう。それを察したのか、今度はアリシアが口を開いた。


「遠慮しないで食べちゃいなさい。せっかく作ってもらったんだから。食べなかったら捨てられるわよ?」


「え…?」


 捨てる、とはそのままの意味だろうか。そんな食べ物に失礼なことが許されるのだろうか。

 信じがたい言葉に目を見開くルナに彼女は続ける。


「高貴な者へと作られた食べ物は基本的に下々の者が口にできないようになっているの。それがココでの決まり」


「高貴…?」


「そう。あんたの今の状況も含めて後でちゃんと教えてあげるけど、今はお腹いっぱいになるまで食べなさい。じゃないと、失礼にあたるわよ」


 それは作った人に対してか、それともルナが考えているように食物に対してか。どちらにせよ、食べなかったことへの罪はルナに全て降りかかるようであった。 

 要は『観念して食え』ということか、と結論付けてルナはひとつ頷く。そしてまたゆっくりと温かな食事を口に運ぶのだった。

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