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店主代理の推測

 片付けも終えたところでアスランから声が掛かる。


「待たせちまって悪かったな。存分に見て行ってくれ」


 そう言ってカウンターに入ろうとしたアスランをルナが止めると、怪訝そうな表情をされた。

 お茶を淹れるから食器を増やしてくれないか相談したところ、唐突に「誰が淹れるのか」問われ、即座に「私です」と答えると「マジか」と目を丸くしていた。

 余談だが、ルナは彼との会話のテンポがだいぶ軽快なことに新鮮な気持ちを抱いていた。最近、身分がどうとかいろいろ考えながら会話をしていたからか、彼の気兼ねのない態度はやけに身に染みる。まるで元の世界の同級生と話をしているようだ。相手の実年齢は知らないが。


「淹れてもらえるのはありがたいが、そんな気ぃ遣うことないって。あんたらは客人なんだ。そんな真似は―――あぁ、でもアルさんは手伝わせちまったしな。アルさんはレディの手から淹れてもらった方が嬉しいか?」


 凄い直球で聞くな、と感心しているとシエルが少しの間を置いて頷く。

 頷いた!? とルナは驚きをあらわにしたが、さきほどの問いかけで断るのも少し難しいか、と思い至る。


「そっか、じゃあ―――…」


 アスランが食器を増やそうとしたところでエミリーが彼の言葉にかぶさるように一つの提案をする。


「アスランもお姉さまのお茶を召し上がってはどう? 本当においしいんだから!」


「いや、俺は店番…」


「お店はわたくしが見ますから!」


「本末転倒じゃねぇか」


 あんたら何しにきたんだ、と怪訝そうな表情で何故かルナを見つめてくる。

 原因は私か。心外である。

 ルナだってお茶ひとつでここまで会話がこじれたのは初めて見た。ため息が零れる。


「アスラン、カップを二人分用意してくれ」


 鶴の一声とはまさにこれか。

 多くを語らず、シエルがそれだけ言ってさっさと席に向かう。

 さしものアスランも先ほど手伝ってもらったのもあってか「仕方ないか」と肩を竦めて後に続いた。


「ばあさんに見つかったら庇ってくれよ」


「彼女はきっと全部わかってる」


「まぁ、確かにその節はあるけども」


 渋々といった様子でちゃっかりカップを用意してくれたアスランにお礼を言い、お茶を淹れる。

 蒸らしている間、先にエミリーが店内を見て回るのが視界に映った。

 穏やかな表情で一つ一つの品物を見て、時折、頷いたり撫でたりしている。

 一体どんな話を聴いているのか、後で訊くのが楽しみだな、と思う。しかしながらどうしてもカグラの件が頭から離れないルナだった。


「夢の渡り人はいつからココにいるんだ?」


 唐突にアスランから声を掛けられ、ルナは思考の中からそっと身を戻した。


「つい最近ですね。一週間も経ってないです」


「ふーん。それにしてもあんた、どこの人? 今は髪の色、その布で赤みがかった茶色に見えるようにされてるけど、実際は黒い髪だろ? 瞳も正真正銘の黒だろ? そんな人種、俺は今まで見たことないんだけど」


「え?」


 言われた内容で驚く点が二つあった。

 髪の色が変わっている…? この布で? 私が赤茶の髪をしているって、どんな外見なんだろう。

 そして極めつけは最後のそんな人種は見たことない発言。

 もしや“人”としても見てもらえていない可能性がある…?

 一瞬でそこまで考えて続く言葉に迷う。ふと、シエルと視線がかち合った。

 彼は相変わらず澄んだ瞳でこちらを見つめていた。そして、少しの間を置いて彼はアスランに向き直り、唇を動かした。


「ルナは人だ。アスラン、今の言葉は彼女に失礼だ」


「あぁ、アルさんがそう言うなら人なんだな。わかった、謝る。ごめんて。悪かったよ。俺の悪い癖だ。だからアルさん、そんな目で俺を見るのはやめてくれ」


 顔の横に手を挙げて降参の仕草をするアスランにひとまず納得したように目を伏せるシエルにルナは完全に置いてけぼりを食らっている。

 人であることはひとまずわかって一つの懸念はなくなった。だが、いまいち喜ばしい思いを抱けないのは今の会話の中でルナが口を挟めていないからだろうか。

 ほどよく茶葉が開いてきた頃合いを見計らい、彼らにお茶を淹れる。


「そうですね…。まず髪の色と目の色が黒いのは私の国では当たり前で、むしろ茶髪だったり金髪だったり髪の色が違う人の方が珍しかったりします。と言っても、私の国は世界から見ても小さな島国ですからそこまで人口が大きかったわけでもないので、実際のところはわかりませんが。父も母も、この色を持っていたのは間違いないです」


「島国…。そっか。じゃあ、俺が知らない可能性もあるのか」


「……。さぁ、私も“この世界”のことは知らないので」


 アスランが殊勝な態度になって考えを改める姿に、根は素直なんだろうな、と思いながらルナはうそぶく。


(けれども、きっと―――)


 ――――――この世界に、ルナが住んでいた“日本”はないだろう。

 確かな根拠が既にルナの心に巣食っているのを感じていた。


「お姉さま! こちらに来てください!」


 丁度、お茶を彼らに出したところでエミリーがルナを呼ぶ。


「行ってくるといい」


 会話が中途半端なことを気にして躊躇うルナの背中を押すようにシエルが声を掛けた。

 ルナは会釈して、エミリーの元へゆっくりとした足取りで向かって行く。

 シエル――アルはエミリーのところに行き話を始めたルナを見た後、視線を外し紅茶に口を付けた。


「熱くないか?」


 恐ろしいほど猫舌なアスランは涼しい顔で紅茶を飲むアルに声を掛ける。


「……。おいしい」


「そんな俺にチャレンジ精神求められてもな…。俺は熱いかどうか訊いたんだけど」


「普通」


「そっか。まだ熱いか」


 飲むのをひとまず諦めたアスランは椅子の背もたれに深く体重を預け、横目にエミリーと夢の渡り人を見やる。

 エミリーは茶器を手にもって、嬉しそうに夢の渡り人に話しかけている。夢の渡り人も微笑ましいものを見るように茶器に視線を落としていた。

 あそこまで面白がる話題が果たして茶器アイツにはあっただろうか、と内心疑問に思いながら見ていると声を掛けられた。


「いきなり来てすまなかったな」


「あぁ、それは大丈夫さ。客は気の向くままに来るもんだからな。それに、事前に聞いてたとしてもアイツらのはしゃぎようは別に変わらないさ」


「……」


 日常茶飯事とは言わないものの、必ずエミリーが来るとテンションが上がる商品たちにアスランが何かしら嫌がらせのようなものを仕掛けられているのはアルの知るところである。

 彼ら流の挨拶なのだろう、と騒々しい店舗にアルは初めは疑問には思っていなかったのだが、幾度も顔を会わせる度にアスランの疲労が濃くなっている様子と、『挨拶になってたまるか…!』と地を這うような低い声を聞き、ようやくアルも考えを改めたほどだ。


「アルさん、沈黙はやめてくれ…」


「───彼女に、興味がある?」


「え? あぁ、まぁ、そうだな。というか、王宮に夢の渡り人が来たってことはこの街中でも知れ渡ってるし、誰も彼もがその話で持ちきりだ。興味ないってヤツの方が珍しいさ。アルさんも大変だな、いくら軍の最高司令官でも今回のあの人たちの護衛は仕事の域を超えてるんじゃないか?」


「……」


「あー、うん。わかってるって。アルさんの言いたいことは。俺に関しては他のヤツらとは興味の方向性が違うってこと」


「魔術師長ロビン・タナウェーの疑問点とアスランのその興味の点は同じなのだろう。あなた方魔術を扱う者はまず彼女の力に着目する。そして彼女の力が実質他人に干渉できるほどのものでないことがわかって首を傾げることになる……」


「何度も言うけど、俺の今の本業はこの店の店主代理な。まぁ、確かにその点が一番目に付くよな。けど、ウチの商品たちが言うには確かに彼女が夢の渡り人だって言ってんだ。そこは間違いないだろう。じゃあ、夢の渡り人はどうやって他人の夢を渡ってるのいるのか。そして、何故他人の夢を渡る必要があるのか。ロビンさんもそこに注目してるんだろ?」


「……」


 言葉なくアルが頷くのを見たアスランは言葉を続ける。


「これもロビンさんがもう考えついてると思うけど、エルヒさんの姉さんが帰ってきてるんだって? あの人が関係してるんじゃないかなって俺は思うんだ。あの人もばあさんと同じぐらい異色な力を持ってる。今から話すのは俺の勝手の予想だけど―――あの人が、夢の渡り人をちょっと違う世界から“拝借”したんじゃないかなって」


「拝借…」


「まぁ、かなり飛躍しすぎだとは思うけど。異世界から誰かを招くのは秘術の中の秘術だ。禁術になっていないのはただ単にソレが取り扱える代物じゃないからだ。人一人では、決して完成させることが出来ない術―――それこそ、死者を甦らすことに等しい。いくらばあさんと同じような力を持ってるって言ってもさすがにそこまでは出来ないとは思うけど」


「……」


「夢の渡り人のあの外見といい、今にも消え入りそうな希薄な気配といい、あの姿はこの世界に馴染めていない証だ。アルさんも気づいてるだろ? アルさんも龍の血を引く者だ。直感に似たもので彼女に関して感じてることはあるんじゃないか?」


「……そうだな」


「ここからは極論だけど、夢の渡り人はホントは夢の中でしか存在できないんじゃないか?って、俺は思う」


「―――どういうことだ?」


 唐突な違う視点からの疑問を口にしたアスランにアルは無表情のままに訊き返す。


「他人の夢の中に入るってことは他人に染まること。そこに聖力魔力を必要としないこと自体が本当はあり得ないんだけど、それが出来てるってことはある意味“その人になってる”ってことだ。白い紙に赤やら青やらインクを落とせばその色に染めることができるだろう? その要領なんだろうな。その夢に馴染むことが可能―――つまるところ他人の夢を自分の夢にすることが出来るってことだ。あくまで仮定だけど、夢の渡り人は夢で他人の聖力魔力を取り込むことで現存出来てるんじゃないかって俺は予想する」


「……」


「だからこそ彼女は夢を渡り歩かなければいけない。一つの夢に染まることはその狭い領域の中でしか生きられない。つまり、何か不祥事が起きた際は対応できないってことだ。彼女の夢渡りは、いろんな夢の中であらゆる色を覚えて生きる糧を得ているという、俺たちの食事となんら変わらないものなんじゃないか。―――まぁ、それはこの世界の者じゃないってこと前提だけどな。気を悪くしないでくれよ、アルさん」


 だんだんと眉間に皺が寄ってきているアルにアスランは場を和ませようと軽く笑い飛ばし、ごまかすようにカップに口をつける。しかし、彼にとってまだまだ熱かったらしくすぐさまカップはソーサーに戻ったが。


「もし―――、」


 アスランは急いで水を手元に出し、舌を冷やしていると、アルがぽつりとこぼした。


「もし、彼女が異世界の者だというのなら…。僕は―――」


 ついにその先を口にすることはなく、その時にアルが何を思ったのかアスランにはわからない。ただ、アルの声音は今までに聞いたことのないものであった。それだけは、確かだった。


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