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望まぬ来訪者

 ルナは夢の件を抜けばごくごく平凡な女性である。

 特技はあえて言えるものはなく、趣味も強いていえば『読書』だったが、この世界の文字は読めないのでそれはないことになった。

 容姿も日本にいた頃から変わらず染めたことのない自然な黒で、瞳も日本人にありふれた黒だ。美人と言われたことはなく、のほほんとしている雰囲気を見た友人がうっかり「かわいい」とこぼしたのを聞いたぐらいで、特別秀でているものは持っていない。

 むしろその「かわいい」の意味も見た目で言ったのかどうかもあやしいものだった。それほど、ルナは突出するほど人目を集める容貌ではない。

 この世界の人々は、ルナから見ると完全に外国人である。彫りは深いし、目鼻立ちはしっかりとしていて、見る者を魅了する。村に始めて行き、アリシア以外の人々と対面した時の彼女の第一声は『皆輝いている』である。

 自分のような彫りが深くもなく目鼻立ちもそこそこな顔は、この人たちに埋もれて記憶にすら残らないのではないだろうか、と自信を持って言えると確信した瞬間でもあった。


 周りを見渡しても馴染んだ顔ぶれがないのは彼女にとっては少し哀しい事実で、どうしても自分と同じような、ちょっと薄い顔を探してしまうことがある。

 ―――例えば、現実逃避をしたい一歩手前とか…。


「失礼。2年前からこの家に住むようになった者とはそなたのことか?」


「…えぇ、たぶん。はい」


 自信のなさから出た弱々しい声音が気に触ったのだろうか。見下ろす鳶色の瞳が危険な光を閃かせたように見えて、ルナは思わず顔を背けた。

 蛇に睨まれた蛙、というのだろうかこの状況は。鋭い眼光がルナを射ぬいている中、彼女は急な展開に頭をついていかせようと今の状況を客観的に見つめてみる。

 ―――いやむしろ、いけないことをしてあぁヤバイ叱られるという心理に近い、か?

 壁のようにそびえ立つ目の前の男性におののきながら努めて冷静になろうと首をひねる。しかし、それは彼の次の言葉で無意味なものとなる。


「ここで何を企てていたかは知らんが、それは今日で終わることとなる。―――城にご同行願おうか」


「はい?」


 あまりにも突拍子のないことを言われたものだから、ルナは弾かれたように顔を上げ、その秀麗な顔を瞳にうつした。

 鳶色の瞳に、赤銅色の髪…なんとも派手な見た目だが、その外見を裏切って雰囲気はなんとも堅苦しい男性がそこにいた。口調からして、何か統率のとれた所で長年過ごしたのだろう。それが常になってしまったような印象を受ける。

 それは一方的な思い込みだが、あながち間違っていないと思えたのは、彼の服装も関係していた。

 彼の服は黒を基調としたもので、胸にこの国のシンボルである龍が描かれているものを着用している。

 その龍の頭上には剣と杖が交差するように描かれており、それはこの国では《龍を守る者》―――つまり、『王の騎士』ということをチラリと村の娘達から聞いたことがあったので一気にルナは緊張を強いられることとなった。

 自分と同じ薄い顔はないか、無意識に探す際に黒い彼の背後に佇む三人を見たが、彼らの服は赤色であった。そのことから、赤色の中で唯一の黒色というのは誰が見ても彼が軍の中でも上位の者という証に思えた。勲章なのか飾りなのかルナには分からないが、黒の服に映えるように赤、青、緑、紫と四つの色がシンボルマークの周りを囲んで光っている。その様も凛々しく、彼のシャンとした立ち姿は美しい。

 このような状況ではなかったら、見惚れていたかもしれない。そんなことを頭の片隅で思いながら、ルナは細心の注意を払っておずおずと彼に答える。


「あの、私はこの家の留守を任されています。いきなりそのようなことを言われても困るのですが…」


「この地に住まう者として、我らが王の言葉こそ第一である。よってそなたが逆らうことは許されぬ」


 まるで教訓を諭されている気分になりながらも、堅苦しい言葉をゆっくりと咀嚼し、意味を解する。

 どうやら、城に行きませんという意見はあってはならないらしい。

 その言葉は軍の中だけにしてほしい、と思ったが確かに日本でも【郷に入っては郷に従え】とことわざがある。ならば、彼の意見も、なるほど筋が通っている。

 ―――しかし、そのことと気持ちが必ずしも釣り合うものではない。


「言いたいことはなんとなくわかるのですが、それとこれとは話が違います」


「何?」


「私が言いたいのは、『今』は困るということです。お城に行きませんなんて一言も言っていませんよ?」


 正直な気持ちを言うと城には行きたくないのだが、これ以上彼の怒気を強めたくはなかったので無難な答えを伝える。

 今、彼が何で怒っているのかわからない以上、下手なことは言えない。時間を置けば断りの文句を言った時に自分の意思を少しでも汲み取ってくれるのではないか。そんな淡い期待を胸に抱いた先に見た彼はキョトンとした顔をしていて、確かにその時の空気は一瞬和らいでいた。

 あ、今の表情いいな、と思ったがそれは錯覚だったようだ。次に来た剣呑な空気に冷や汗が流れる。


罪人とがびとに猶予を与えるほど我らは寛大ではない」


 それ以上戯言を申すのなら叩斬ってやる、と言わんばかりの闘気が彼から溢れ出た。

 ―――あぁ、ヤバイ怖い。

 本能から全力で逃げたいと思うがここ以外に行く場所なんてないものだからルナは突っ立ったまま固まる。肌が粟立つも、ここで譲る姿勢を見せてしまえば終わる、と直感的に思い、次は視線を外さないままもう一度息を吸い込む。


「ここにはお世話になった方がいます。私はその方に生かされました。礼のひとつもせずにこの場からいなくなるのは、私はイヤです。―――どうぞ、お引き取りを」


 相手の怒りを収めることは難しいことがわかったのでもう直球で意見をぶつけてみる。案の定、相手側からムッとした威圧感が吹き出した。

 もはや何が地雷か検討もつかない。

 罪人とレッテルを張られている時点で顔を合わせた瞬間からあまり印象はよくないらしいことはわかっている。

 しかし、自分が何をしでかしたかわからないルナは困惑すると同時に理不尽な決めつけに憤りすら感じていた。

 そもそもこの家と近くの村ぐらいしか行ったことがないのに罪人とはどういうことなのか。普通に暮らすのも精一杯だったのにいきなり罪人って。私の存在自体が罪か。―――いろいろ聞きたいことが頭を回り、口を開こうとした時だ。ふと、アリシアとの朝の会話を思い出す。


『見事な不法侵入ねぇ』


「―――……」


 すみません。ありました。

 無駄に抱いた怒りは即座に羞恥に変わった。

 根本的なことを忘れていたことに気づいたルナは開きかけた口を閉じる。

 朝の会話は夢の中の話であったが、そもそもこの国からしてみたらルナは異世界人である。

 ある日気付いたら森の中、というのもあり誰の断りもなくここに住み続けていた。

 よって、頭に思い浮かぶのはひとつの罪状。


(―――不法侵入国罪…)


 そもそも、この国は戸籍を確認しているのかどうなのかをルナは知らないが、アリシアに確認することを怠っていたのも事実。

 2年間も住んでいてそのようなことを思いつかなかった自分に愕然とする。いや、正確には村の娘達と話をしている時に頭の片隅によぎっていた筈だが、と思い返しても後の祭り。

 ルナの住んでいる家は森の中にあり、その東にもう少し行くと国境となる河川があると聞いている。

 他国と剣呑な関係であることは聞いていないが、だからといってスパイを警戒していないわけではないだろう。

 彼らが頑固にもこの場から立ち去る様子を見せないことからそれは容易に想像がついた。

 ルナの発言を聞いて気分を害しているはずだが、いまだ沈黙し何かを考えている様子はいっそ不気味である。

 

「…そなたの言はもっともなこと。他人に対し、誠実なその姿勢は尊きものだが、自分の立場をわきまえよ。…手荒な真似はしたくなかったが、これでは仕方あるまい。―――連れていけ」


「わっ?!」


 目の前の彼が一歩引いた途端、脇から赤色の人達の手が伸びてきて、捕らわれる。両手首を縛られ、目隠しをされる。抵抗する隙もなく、気付くと足は宙に浮いていて、次いでドアの開かれる音がした。


「お前達はこの場に残り、ここの家主を探せ。見つけ次第、捕らえよ」


「―――は」


 不吉な命令が聞こえ、静止をかけようとしたけれどバタンと無情にも扉がしまり、外と隔離された。


「出せ」


 少し固いクッションのようなものに腰を落ち着けると同時にガタン、と中が揺れた。

 馬が土を駆る音が鼓膜を震わせる。馬車に乗せられたと気付いた時にはもう遅い。

 中の振動はそこまでないが、ガラガラと車輪が忙しなく音を立てるのを聞いて、とてつもなく速くあの家を離れてしまったことを感じた。

 最初の押し問答は一体何だったのかと思えるほど無情な扱いに、向かい側の席に座しているであろう彼を睨みたくても目隠しをされているため叶わない。

 

「そなたには聞きたいことがある」


「……―――」


 もしかしなくても、馬車の道のりはこの騎士と二人きりなのだろうか、と現実逃避したくなった瞬間、ルナの緊張の糸が切れた。

 ゆっくりと身体が傾ぐのを感じながらルナは素直に暗転する意識に身を任せた。



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