表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/59

衝撃の事実

 寝耳に水とはこのことだろう。

 前半はまだ聞き流せるとはいえ、後半の部分は無視できない。

 このドレスを、誰が選んだって―――?


「あの、エルヒ王妃様…? 聞きたいことが…」


「何かしら」


「このドレスって…」


 答えはわかっているが、まだ僅かに認めたくない思いが言葉を濁させた。しかし、王妃は「あっ」と気付いたように口元を扇で隠した。


「あらまぁ、わたくしとしたことが。熱くなってしまって余計なことを言ってしまいましたわ」


「と、いうことは…」


「ええ。ご想像の通り。それはわたくしが贔屓にしている仕立て屋に無理を言って作らせたものですわ」


 特注品ということまでは知りたくなかった…!

 喉元まで出かかった言葉を必死に飲み下し、ルナは項垂(うなだ)れる。


「……アリー母さんから、とお聞きして変だな、とは思ってたんです。村にも少し離れたところに住んでいるのに、いつの間に…って。そういうことだったんですか」


 叶うなら今すぐに返却したい気持ちでいっぱいである。汚したが最後。確実に“家”に帰れない。

 美味しそうな紅茶が目の前に置かれているが、決して飲むまい。膝の上で軽く手を重ねた。


「だって城の中では、高貴の者はドレス、と決まっているのですもの。こうでもしないと堂々とルナ様とお話出来ないわ」


「……」


 昨日は甚平姿で王妃(仮の姿)に会いましたけど…、という疑問はルナの胸の中に留めておく。

 今となっては、あの時に高貴な方に見つかってつまみ出されても良かったかも、と一瞬考えが頭によぎったが、すぐに打ち消す。

 実際にそうなったらとんでもない大惨事になるのは目に見えている。皮肉なことに今は【王妃の客人】。

 国母自らが招待した者を追い出したとあらば何が起こるか…。

 被害者が増えるだけであるし、何より目の前でうきうきと話してくれている王妃に申し訳ない。


「それに、わたくしからの贈り物、と言ったらルナ様は着てくださらないでしょう?」


「え、いや…それは…」


 まさか率直に聞かれるとは思わず、言葉に詰まる。それでも「そんなことないですよ」と言えないあたり、ルナはどこまでも自分に正直だった。


「だから、アリシア…アリーの名前を借りたのです。わたくしたちは血を分かち合う姉妹。それぐらいなら、と快い返事も頂いてるから、これからも気兼ねなく着てくださいまし」


「えぇ…。えっ?」


 王妃の策略にドン引きするが、またもや聞き捨てならない言葉が耳に入ってきた。


「どうかしまして?」


「え?あの、アリー母さんとエルヒ王妃様が…なんて?」


「姉妹ですわ」


「しまい…」


「義理ではありませんことよ。正真正銘の血を分かち合っている姉妹ですわ」


「アリー母さん…!」


 秘密が多すぎる母の真実に今度は堪らずルナは突っ伏した。

 心の準備が出来ていない時に限って次から次へと明かされるアリシアの正体にルナの頭は爆発しそうだった。


「…あぁ、やはり。アリーはルナ様に何も教えてはいなかったのですね」


 ルナの様子に何か思うところがあったのか、扇を畳んで、妙に静かな口調で王妃は言葉を紡いだ。


「姉の代わりにわたくしから謝罪を申し上げますわ。彼女は妹のわたくしでさえも踏み込ませてはくれないことが多く、なんでもかんでも勝手に動いてしまわれるのです」


「そう、なんですか…?」


「ええ…だから、あの時だって…」


 何か言葉を飲み込んで王妃は憂いを持って瞳を伏せた。次に顔を上げた時には、柔らかい表情で微笑んで見せた。


「本当に、困った姉ですわ」


 取り繕うような彼女の様子に引っ掛かるものを感じたが、深くは聞くまいとルナは瞳を伏せた。

 一瞬王妃の瞳に過った陰を確かに見た。だからこそ、蒸し返すことはしてはならない。


「ねぇ、ルナ様。わたくし、もっとルナ様とお話したいわ」


「はぁ…」


 今してます、とは言えず、気を取り直したようにきらきらと輝く王妃の瞳から彼女の真に言わんとすることを察してしまい、表情が固まった。

 もしや、これは帰れないコースになるのでは―――。


「【幻の人】と思われてきた方にこうして出会えたことも何かの縁。我が国のことももっとよく知って頂きたいし、わたくしもルナ様のことを知りたいのです」


 着ていただきたいドレスもまだまだありますし…、と続けられた言葉に全力で現実逃避したい思いが芽生えてくる。

 しかし、ここまで王宮に留まることを薦められるとは思わなかったルナは僅かな違和感を抱く。

 製作するのも手間が掛かるドレス一つとっても、一介の村娘であるルナには破格の待遇である。いくら恩人だとしても、やりすぎだろう。

 他の貴族の目から見たらどうだ。皆が皆、真っ白な心で迎えてくれたら話は違っただろうが、先刻の王妃の話と謁見の間での周りの様子を見れば腹が黒い方も幾人かいるだろうことは簡単に予想がつく。

 そんな中でこの王宮に留まるルナにメリットがあるだろうか。

 わざわざ王妃が周りの人々に牽制を込めた身分をルナに与えるほどの意味は―――?

 そこまで考えがまとまった時にルナはあることに気付いた。


「―――もしかして…あれから、また違う“夢”を視ましたか?」


 そこで初めて王妃が一瞬だが瞳を大きく見開いたのをルナは見逃さなかった。

 この場に来て、初めての驚愕。

 今までのあっ、と驚いてみせたものとは違う、身の内に隠していた感情が顔を見せたようなそんな表情をしていた。

 今までのはもしやフリでは…と勘ぐってしまう。本当に、油断ならない。


「確か、あなたの夢は“予知夢”の類でしたね。この世界でも“予知夢”は特殊なもの…。魔力と聖力を持つ者が稀に視ることができる、と聞いたことがあります。―――あれから、また違う“予知夢”をご覧になりましたか?」


「……【夢の渡り人】様には敵いませんわね」


 そういってふぅ、と息を吐いた王妃に、若干当てずっぽうなところがあったルナも安堵した。


「ええ、ルナ様の言う通りですわ。今回も予言めいた言葉を誰かがわたくしに報せてくださるのです。でも、その意味も今はわからなくて…」


 扇を広げて口元を隠し、目を伏せる様に彼女の夢での感情を思い出す。


 ―――『たかが夢の出来事だと一笑に付せられるもの』


 そこに込められた悲痛な想いは確かにルナの胸にも覚えがあった。

 誰かに言っても信じてくれない。わかってほしいのに、わかってもらえていない疎外感。

 エルヒ王妃の場合はより一層孤独感を抱いたことだろう。

 出逢った時の彼女の予知夢の内容は“王の命が危機にさらされる”ものだった。

 だからこそ、迂闊に誰彼に喋ってはいけないという前提もあった。よほど信頼している者にしか言えない現実。だからこそ、自身の胸に秘めておかなければならない。けれどその心情とは違い、どうにかしなければならない問題でもあった。

 それがどれほどつらいことで寂しいことだったか、“あの時”の夢で生の感情がルナの中にも流れ込んで来たからよくわかる。


「―――エルヒ王妃様、私はきっと、もうあなたの夢には入れません」


 なるべく落ち着いた口調で彼女に事実を告げると、彼女は予想を裏切って穏やかに微笑んだ。


「はい。それはもう、わかっていたことですわ。だって、ルナ様は【夢の渡り人】ですもの」


 ―――昨日までは夢で逢っていたのに、翌日になれば今度は違う人のもとで姿をあらわしていた…。

 夢を転々と渡り歩く、それが【夢の渡り人】の由来。

 だから、彼女はわかっていた。

 ルナには既に“先客”がいることを。

 それでも、一縷の望みは持っていたのだろう。儚く笑う姿はどこか悄然として見えた。


「あの、あまり力にはなれないかもしれませんが、もしよかったら、お話は聞きますよ」


「……ホントに?」


「はい。自分の中で溜め込むのはとてもつらいですし…。私、口は堅いから大丈夫です。エルヒ王妃様がいいと思った時に…」


「で、では、王宮ここにいてくれる、ということ?」


「……その問題が解決するまで、だと思います」


 期限についてはなんとも言えない。アリー母さんが「帰る」と言った時はこれ幸いとついていくつもりだ。でないと、一生出られない気がする。

 そもそも、二、三日で王宮からお(いとま)するつもりでもあったのだ。

 まだまだ家には帰る気満々なのだが、この場面では言えない。

 そんな気持ちを抱いていることもきっと彼女はわかっているのだろうが、先程の物憂げな雰囲気は何処かにいって歓喜を顕にした。


「それでも、とても嬉しいですわ!ルナ様は本当にお優しい方。王宮ここにいる間はどうか安心なさってくださいまし。このエルヒ・シン・オルキスの名においてルナ様に手出しをしようとする不埒な輩は近付けさせないことをお約束致しましょう」


「……頼もしいです」


 素直に喜べない現実がチラチラと顔を見せるので、自ら墓穴に足を突っ込んでしまった錯覚を抱く。


 ―――これは、(はや)まってしまったかもしれない。


 それでも、エルヒ王妃は満足げに、安心を得たかのように微笑むものだから、ルナは自身の不安はそっと胸に閉まっておくことに決めた。


 結局、お茶会が終わるまで件のエルヒ王妃の夢の話はなかった。

 曰く、「今日はそのことよりもルナ様へのお礼が主ですもの」だそうだ。

 その後、これは見合いの席か、と思わされるほどあらゆる質問をくり出され、その場を辞す頃にはルナは軽く神経を磨り減り過ぎて疲弊していた。

 喉の渇きに負け、紅茶も飲んだ。ドレスを汚さずにいられたことに少し自信は持てたのはここだけの話。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ