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朝の目覚め

「眼福でした…!」


「起きて早々、何言ってんの」


 感動をかみしめながら起き抜けにルナは言った。

 その傍らで今まさに寝ていたルナを起こそうと手を伸ばした女性は眉を顰める。

 まさかそんな近くに女性―――アリシアがいるとは思いもしなかったルナはピシリと固まり、ぎこちない動きで彼女を振り返った。


「あ、えっと…おはようございます。アリーお母様」


「いや、そんなに丁寧に呼ばなくても…誰もあんたと距離を置こうなんて考えてないよ」


「それ、とっても嬉しいです」


 目覚めてからの第一声こそ引いたと思われる彼女にルナは恐縮しつつ、改めて朝の挨拶を交わす。アリシアも快く挨拶に応じ、朝食ができたことを伝える。


「え!?もう作っちゃったの?私、お手伝いしてない―――」


「いいの。いいの。今日はあたしが村に用事があるから早めに作っただけよ。あんたも早く着替えておいで。―――それにしても、料理作っててもあんたって起きないのね。息、ちゃんとしてた?」


 からり、と冗談交じりに彼女は言って、朝食をテーブルに並べるために長い白銀の髪を翻した。その後ろでソファに寝ていたルナは苦笑いをして起き上がる。

 藁で作った箱に服が入っているのでそちらに行き、上に重ねてあった適当な服を出し、ささっと着替えてしまう。アリシアがあえてルナの着替えを見ないように背を向けていてくれるのだから早く済まそうと行動もテキパキしたものになる。


「ごめんなさい。お待たせしました」


 ソファの近くの着替えのスペースからテーブルまで大した距離はないが、ルナは急いでテーブルに駆け寄る。先ほど出来たばかりだからか、野菜スープからは湯気が立っており、焼いたベーコンのような肉も香ばしい匂いがして食欲がそそられる。

 イスに座ったルナを見たアリシアは目が合えばニコリ、と笑って「じゃあ、お祈りね」と胸の前で手を組み、食前の祈りを捧げた。ルナも同じように倣う。


「今日の夢は良いものだったの?」


 ずっと気になっていたのかアリシアは食事を始めて間もなくルナに尋ねた。

 ルナは少し悩んだ後、照れくさそうに正直に話す。


「最初は景色もとっても綺麗だったよ。でも、一番綺麗だったのはやっぱり、その夢の少年かなぁ」


「へぇ?どんな子?」


「どんな…。さらさらしてそうな金色の髪で、空みたいな蒼い瞳をしてた。夢が夢だったから、結構気持ちがやられてた感じだったけど、それでも綺麗な子だった」


「ふぅん、金の髪、ねぇ…」


 一瞬だけアリシアの翡翠の瞳が真剣な光を帯びたが、ルナは俯き気味だったのでその変化に気づけなかった。

 ルナはルナで、あの少年は将来とても見目麗しい人になるだろう、と想像をしながらも夢の中の彼の様子が頭に引っ掛かっていた。


「じゃあ、その少年に心奪われてたんだ」


「え、違っ、なんで!?」


 唐突な発言にルナは仰天する。 思いもよらない方面からの急襲に夢の内容を考えようとしていた思考が一気に現実に引っ張られて頭が真っ白になった。


「だってあんた、その子のこと『きれい、きれい』としか言ってないから。それに、一階に寝てて朝食の匂いもしてたのに第一声が『眼福でした』よ?凄く記憶に残ってるし、あながち間違ってないんじゃない?」


「それに関してはうまいこと言えないんだけど、でも、あの、違うから」


「あらまだ言うの」


「だってその子、私よりも年下で…その、惚れた云々の話になると私犯罪者…」


 夢だからこそ、彼の姿が現実の年齢と違うということもあるのだが、あの少年は一見すると7、8歳ぐらいだった。まだまだ幼さがあったし、背も小さく華奢な体格がそう思わせた。

 現在のルナは22歳。いくら彼の顔が好みド真ん中だったとしてもそこには罪悪感しか出てこない。むしろ論外である。

 萎んでいく言葉にアリシアは彼女が何を言わんとしているのかわかってくれたようで「あぁ」とひとつ頷いた。


「大丈夫よ。年の差はこの世界ではそこまで問題じゃないわ」


「えっ、そうなの?」


 初耳だったから純粋に驚いたが、その様子が『じゃあ好きになってもいい?』と受けとめられたら困るので「いや、ないけど。ないない」と急いで打ち消したがアリシアはニコニコしたままだ。伝わった感じがしない。


「それにしても、あんたがここに来て2年が経ったのね」


 急な話題転換にルナは目を瞬かせたが、フッと力が抜けたように笑った。


「2年か…今日がちょうど2年目?」


「そうよ。日付の感覚は元の世界と一緒って言ってたけどやっぱり違和感はあるんじゃない?」


「うん…まだまだ戸惑ってることもあるし、なんかなぁって感じがする」


 ルナは本名を斉藤 月夜(さいとう つくよ)と言う。今から2年前に日本という国の自宅で眠りにつき、次に目覚めた時に鬱蒼と繁る森の中にいた、という経緯を持つ。

 これこそ夢か、と思っていたが通りすがりのアリシアに運良く拾われ、幾日か経っていき「あれ、夢じゃない?」とようやく現実を認識し、涙したのは昨日のように思い出せる。

 その時にルナを落ち着かせるためにずっとアリシアが傍にいてくれたのも覚えている。


 ―――その日から、ルナはひとつの決意を胸に抱くことになる。

 ここは異世界、と自覚するためにも日本名を伏せ、アリシアにここでの新しい名前をもらった。そして引き続きアリシアの元で暮らすことにもなった。勿論、ただで住むわけにはいかないのでそれなりに家の用事をさせてもらっている。アリシアも助かると言って喜んでくれたのは幸いだった。文字は読めないが、日常会話は何故か出来るので、ここでの生活の仕方を知ると普通に過ごせた。

 ただ、ルナはこの世界に来てからというもの、不思議な体験をしている。


「…2年間も他人の夢に訪問してきたのか」


 ぽつり、とこぼれた言葉に果てしない時を感じてため息をつく。―――この世界に来てからルナは自分の夢を視ていない。

 最初の夢はどこかの宮殿で、知らない男の人が血をはいて絶命する姿を見て、その傍らでこれまた知らない女性が叫ぶという禍々しい夢だった。それが四日間ほど続いたものだから本当に参った。

 その夢で、そこにいる夢の主らしき人に話しかけたら会話が出来ることが発覚したのだ。その時は倒れた男性の傍らで泣き叫んでいた女性の視ている夢だということもわかり、とても複雑な気持ちになったものだ。

 問題が解決したのか、話し終わり女性が何か決心したような表情を最後にそれからその夢は視ていない。

 その代わりに、やはり眠りにつくと違う人が視ているという夢にいることが常であった。また、その人の問題が解決しない限り違う夢に行けないようだった。ただし、その人の問題解決に繋がる夢には行けるという現象も起きているので、まだ完全に夢の法則はわかっていない。

 しかし、その問題解決への奔走を2年間やってきたのだ。

 こちらに来たときは20歳ちょうどだったので、若いながらちょっと頑張った!と思わなくもないルナである。

 夢は夢。そうは思うが自分の夢がこれっぽっちも出てこないし、夢の中でも忙しなく頭を働かせている気がして一種の虚しさを感じる。


「見事な不法侵入よねぇ」


「それは言わないで、アリー母さん」


 アリシアにはルナの夢の異常性を話して聞かせており、また相談にも乗ってもらっていたので、ルナのこぼした呟きで容易く想像出来たのだろう。しかし、わざわざ『訪問』と言ったのにあえて意地悪な言葉で言い直すのだからアリシアも人が悪い。

 アリシアを元の呼び方で言い、心で涙しながら朝食を進めていくルナをアリシアは温かい笑みで見つめていた。


「……アリー母さん?」


 彼女の食事の手が止まっているのを見て、ルナは首を傾げる。アリシアは「いいえ…」と首を振って、再度食事を始めた。

 何か言いたそうであったのに、暫く待ってみても彼女が言葉を発する雰囲気を一向に見せないのでルナは気を取り直して食事を再開した。


「…今日のお留守番、お願いね」


「?…うん。任せて」


 いつもは言わないアリシアの言葉に少々違和感を覚えながらもルナは快く頷いた。

 そうして二人だけの穏やかな時間はゆっくりと過ぎていくのだった。


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