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謁見の場

 ルナは鏡に映る自分を驚きのままに見つめた。

 自分のドレス姿に称賛の言葉を送る侍女たちの声も耳からすり抜けていくほどに、目にした衝撃は凄まじいものだった。


(―――似てる。この服…夢の中の)


 清楚な白色のドレスはレースやフリルがふんだんにあしらわれているが、デザインの元になったであろうその型をルナに彷彿と思い出させるのには充分な代物だった。

 キャミソールのように肩が露になっていて、胸元には蝶を描くように金糸やビーズで飾り付けられている服はルナが毎夜、夢の中で着ているものとそっくりだ。唯一違う点を挙げれば、足が見えないように膝上ほどのワンピース丈を足首ほどのドレス丈に変えてあるところだろう。

 上はシンプルに、下は丈が増えた分、アレンジが利きやすかったのかふわりと開いた花のように可憐で豪奢な作りをしている。

 動く度に幾重にも重なった裾がさらさらと音を奏で、まるでお姫様になった気分だ。服自体もそんなに重くないことに意外性を感じる。

 双子の侍女はそこに更にネックレスや腕輪、髪飾りを着けようとしていたが、ルナは丁寧に断った。


「ですが、ルナ様…」


「いいの、これで。夢の中では、ソレは着けてなかったから。これ以上飾り付けたら、誰だか分からなくなりそう…。アリー母さんには後で私から謝っておくから大丈夫」


 渋る侍女たちを説き伏せて、ルナはもう一度鏡の中の自分を見つめる。


 ―――もし、自分の夢に“私”が出てきたら何を言ってくれるだろう。


 鏡の中の自分は不安で情けない顔をしていた。

 ふと、後ろで控えてこちらに心配そうな瞳を向けるヒルダとヨルダの姿が鏡越しに視界に入った。


(そうだ。私が不安な顔をしていたら、周りにも不安が広がる)


 ゆっくりと瞼を下ろし、この2年間で培ったことを思い起こす。


(落ち着いて。そう、笑って―――…)


 ゆるく口角を上げると背筋も伸び、気持ちが引き締まるようだ。次にゆっくりと瞳を開けると、意思の強さを取り戻した光が宿っているような気がした。

 背後で息を飲む声が聞こえたと同時に、扉の控えめなノックの音が鳴る。


「夢の渡り人様、謁見の時間でございます」


「はい、今行きます」


 落ち着いた声音が口から出てきたのを自覚し、ルナはゆっくりと振り返った。


「ドレス、着せてくれてありがとう。行こう」


 にっこりと微笑んでみせると、ヒルダとヨルダが思わずといったように顔が綻んだのを見て、ルナは安堵する。


「どうぞ、足元にお気をつけください」


「急がずとも大丈夫でございます。ゆっくり参りましょう」


 こんな時にも細かな気遣いを忘れない双子にルナは小さく笑い、扉を開ける二人に続いて歩く。

 双子が開けてくれた扉をくぐると、ルナの前に見たことのある軍服が視界に入った。

 次いで視線を上げていき、鳶色の瞳とかち合う。

 そして次の瞬間、勢いよくその場にひざまずかれたものだから、ルナは大きく目を見張った。


「先日は貴女様に無礼な行いを致しましたこと、深くお詫び申し上げたく…」


「あの、顔をあげて―――」


「王妃様の恩人とも知らず、私はなんと浅慮なことを…」


「すみません、お願いですから顔を上げて頂きたいのですが―――」


 堪らずルナも膝を折って頼み込むと思いが通じたのか彼は勢いよく面を上げた。

 至近距離で鳶色の瞳と目が合い、彼の強い覚悟の光に気圧された。

 内心は「何これ重い」とドン引きだったが、ひたむきにこちらを見つめる彼はルナの気持ちには気付かず言葉を続けた。


「罪に問われるはこの私。こうして貴女様の御前に現れるのも貴女様は不快に思われるかもしれぬが、どうか王の元への道中は私、ルーカスめに同行を許可して頂きたく…」


「お、お願いいたします…!」


 深々と頭を下げようとする彼の気迫に萎縮しつつ、最後まで言わせずに言葉を被せると幸運にも聞こえたようでじっ、と見つめられた。

 聞き間違えではないことを証明するために、苦笑いを張り付けながらゆっくりと頷いてみせる。

 彼は少し逡巡したようだが、おもむろに立ち上がって「寛大なお心に感謝いたします」と、これまた堅い言葉と共に礼をとられた。


「あの、私は全然気にしていないので、その…よろしくお願いします」


「【王妃の客人】は我らにとっても大切な客人。必ずやお守り致しましょう」


 これはこの人の通常デフォルトなのだろうか。言われているこちらがむず痒さを感じるような丁重な扱いに早くも心が折れそうだ。

 謁見の間までの道のりはてっきりヒルダとヨルダで行くものだと思っていたが、どうやら護衛としてルーカスが先頭を歩いてくれるようだ。

 忠義な人なのだろうな、と思っていたがまさかこのタイミングで再会するとは思わなかったのもあり、ルナの心臓はバクバクと忙しないままだ。

 表情には出ないように物凄く神経を使って微笑んでいるが、もうボロが出そうだ。

 部屋の中にあった私の覚悟よ、戻ってこい。

 どことなく気まずい空気のまま四人は謁見の間に向かうのだった。


 慣れないドレスの袖の捌き方も覚えた頃に、謁見の間に繋がっているのであろう重厚な扉の前に四人は歩を止めた。

 ルーカスがひとつ頷くと、扉の両端に控えていた騎士が左右そろって扉を開いた。

 ルーカスは扉をくぐり、左に逸れて右手を紋章に当てた格好で跪いた。

 ルナは黒く広い背中を見つめていたが、綺麗な礼をとるルーカスに控えめに頭を下げ、次に前を見据えた。

 一歩、扉をくぐればきらびやかな光景が目の前に広がる。

 赤い絨毯が部屋を塗り上げて、ガラスで出来たシャンデリアが光って室内を明るく照らす。

 平らな絨毯の両端には正装に身を包んだ貴族らしき人達が整然と並んでいた。長い道の先には五段ほどの階段があり、その頂点には王と王妃が座っていた。

 王と王妃を挟むように二人の男性が立っているのが見える。皇子、だろうか。

 ルナは静かに深呼吸をし、顎を引いてゆっくりと歩みを進めていく。

 足を踏み出すごとに周囲の視線が動き、または身を寄せて何事か囁いている気配が感じられた。

 後ろから共についてきてくれているヒルダとヨルダのドレスの衣擦れが聞こえるのがせめてもの救いだった。

 階段上に立っている騎士が軽く手を上げるのを見て、事前にヒルダに「止まること」だと教えられていたのもあり、歩みを止めた。

 ようやく王達が見える位置になり、まばゆい光に目を細めてその顔を見つめる。

 オルキス王は漆黒の正装に身を包んでおり、齢五十に入ろうかというその年齢に見会わず精悍な面差しでこちらを見据えていた。その隣の玉座に座っている王妃は扇で口元を隠して楽しそうに瞳を細めていた。こちらは豪奢な緋色のドレスで身を包んでおり、扇で隠れているものの妖艶な雰囲気が溢れ出ている。


(―――あれ?)


 二人とも、どこかで見たことがある。

 そんな既視感のもと、王妃の隣にいる人物に視線を移すと、なんと見知った顔でルナは驚愕した。


(シエル!?)


 間違いない。さらさらの金の髪に深い蒼の瞳。

 無表情にこちらを見下ろしているが、昨日の今日に出会ったのもあり、ルナの記憶に見事に重なった。

 視界に映る王と青年たちを無意識に見比べる。


(オルキス王に似てる…ということは―――)


 オルキス王の隣にも同じ髪に同じ瞳の青年がいる。こちらはシエルと違って柔和な笑顔でこちらを見ていた。二人の似たような容姿に、ルナはひとつの確信を抱く。


(オルキス国の、皇子様…)


 あまりの事実にルナは礼をとるのも忘れて立ち尽くす。


『シエル』


『え?』


『僕の名前。シエル、と呼んでほしい。ルナ』


 ―――違う。

 この国の皇子は二人。アロルド皇子と、アルフレッド皇子。

 では、“彼”の名前は―――?

 シエルから目を離せないルナに、静かな深い声が届いた。


「ようこそ、おいでくださった。夢の渡り人様。この度の出会いに感謝し、我が国はあなたを歓迎する」


 朗々と響き渡ったオルキス王の言葉にハッ、と我に返り、急いでヒルダに教えてもらった礼を取る。


「此度はお招きいただきありがとうございます。私も、こうしてお会いできたことを嬉しく思います」


 ドレスを軽く持ち上げ、頭を垂れた。

 ぎこちなさはあっただろうが、毅然とした姿勢を崩さないその姿は周囲に感嘆の息をもたらした。


「あなたは私の命の恩人でもある。よければ、あなたの名前を教えてもらいたいのだがよいだろうか」


「王の御前だというのに名乗りもせず、申し訳こざいません。私は【ルナ】と申します」


「ルナ、か…。よい名前をもらったのだな」


「はい。とても素晴らしい母がつけてくださった名前で、私も気に入っています。オルキス王にそのようにおっしゃって頂いて、母も喜ぶことでしょう。ありがとうございます」


「…それはどうかな」


「?」


「いや、王妃もあなたと話がしたいようだ。積もる話もあるだろう。どうか旅の疲れを癒しながら我が王妃の話し相手にもなってくれ」


「はい。喜んで」


 あれ、と内心で首を傾げるルナだが、満足そうに国王が微笑んでひとつ頷いた姿を見て、口を閉じるしかなかった。


「嬉しいこと。よろしくお願いいたしますわ、ルナ様」


 パチン、と扇を閉じて微笑む王妃を目の当たりにし、ルナは息を飲んだ。


(えっ?…エリー!?)


 紅色の髪に、翡翠の瞳。装いこそ違うものの、その姿は昨日、庭園で会った乳母のエリーだった。

 いきなり見知った顔触れが現れ、ルナは叫ぶことはしなかったが、大きく目を見開いた。

 エリーはルナの反応に、悪戯が成功したような含み笑いを浮かべていた。

 驚愕に時間が止まったような気がしたが、気さくなエリーの性格を思い出し、緊張の場でもあるのに、不思議とルナの肩の力は抜けたようだ。

 エリーの正装を目にし、改めてルナは記憶に重なる面影を見つけた。


「そうでしたか。あなたが―――」


 ふわり、と喜びのままに微笑んだルナに、王妃は虚を突かれたような顔になった。


「おめでとうございます」


 次にルナからの言葉を聞き、王妃は目が釘付けになったようにルナに見入った。そして、何かを噛み締めるようにほんの少し俯き、照れたように控えめに笑って見せたのだった。


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