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謁見の準備

 唐突に、夢から覚めたルナは見慣れない天井を見つめ、混乱している頭を落ち着かせるために両手で目を覆い、ひとつ溜め息をつく。それと同時に夢の最後の瞬間を思い出す。

 

 ―――龍が目を開けた時のあの瞳の色が、頭から離れない。


「……きた。悪夢パターン…」


 一方的に夢の主の気持ちと光景を視せられるなんて、これほど自分の介入スペースがない切羽詰まった夢とは目覚めの悪いことこの上ない。

 昨日の夢―――シエルの夢と打って変わってそれは暗い焦燥感まみれの夢であり、今のところ打開策が思い浮かばない。


「ふふっ…」


 これを、私にどうしろと?

 自身の中にもほの暗い感情が芽生えそうだ。

 無理矢理に口角を上げて、ほんの少しでも気分を上げようとしてみたが、虚しさしか残らなかった。


 ―――よし、起きよう。

 

 寝ているところがあまりにもふかふかで気持ちがいいので、また夢の中に引き込まれそうだ。今のまま寝てしまえば、また同じ光景を視ることになるだろう。無限ループしそうで怖い。

 だがしかし、ルナの視ている夢は相手とリンクしているからこそ視えるものであり、それは相手が寝ていないとルナも夢の中にはいられないということになる。

 もし、相手が寝ていないとなれば、ルナは普通の睡眠か他の人の夢の中に訪問することになる。

 普通の睡眠でも、夢を視るほどの浅い眠りではないので、疲れが取れるかと言われるとそうでもない。他の人の夢に訪問する羽目にもなったら二度寝の意味もない。

 それこそ、今回の悪夢にまた再会することもなきにしもあらず。

 安眠が得られないというのならば起きてしまえばいい。

 早々に結論を出して、両手を顔から離して目を開けたその瞬間。


「朝でございます。ルナ様」


 “外”から声がした。次いでシャッ、とカーテンを開ける音がしたと同時に目映い光が差し込む。


「おはようございます、ルナ様」


「……お、おはようございます…」


 柔らかく微笑むヒルダに、一瞬誰だと思う思考を止めたと同時に硬直してしまった。

 そうして、昨日のことをようやく思い出し、身体の緊張を解いた。


 ―――あぁ、そうか。ここはアリー母さんの家じゃないんだ。


 むくり、と上半身を起こし、周りを見つめる。

 昨日見た風景と同じ。天蓋てんがい付きのベッドからでもその部屋の広さが充分にわかる豪華な造りの空間。

 その中で努めて冷静に昨日のことを思い出す。

 誘拐された先は王宮で、そこで世話役としてヒルダとヨルダが来てくれて、アリー母さんにいろいろ聞いて…。

 順々に思い出して朝から夜にかけての記憶を思い起こし、ルナの中でじわじわと緊張感が出てきた。


(そうだ、今日は王妃様と会う日なんだ…)


 ようやく思い至ったルナは、絶望に似た気持ちを胸に抱いた。

 夢で会った可能性はあれど、どんな人かはわからないままだ。アリシアの話からしても、ルナに対して悪い感情は抱いていないようだが、どのような会話になるのか想像がつかない。

 それ以前に―――。


(服は…どうすればいいんだろう)


 すっかり失念していたが、この国の王妃に会うとなったらそれなりの格好をしなければならないだろう。昨日のように甚平姿であったら、失礼すぎて顔も会わせられない。だが、それなりの服は異世界から来たルナが持っているわけはなく、完全に手詰まりだ。

 途方に暮れているルナに、ヒルダが優しい声を掛ける。


「ルナ様、まずはモーニングティーをどうぞ」


「えっ? あ、ありがとうございます」


 寝台に入ったままの状態では失礼な気がして、床に足をつけるとすぐさまヒルダがルナの行動を制止する。

 戸惑いながら、寝台に腰掛けたままで、モーニングティーを受け取り、勧められるまま口をつける。

 あっさりしていて、ローズのようなほのかな薫りが口の中に広がった。


「朝摘みのローズフレーバーティーでございます。いかがでしょうか」


「凄く優しい味ですね、お陰で目が覚めました」


「ルナ様」


「はい…?」


「敬語になっていらっしゃいます」


「あ、うん…ありがとう」


 あれ、昨日もこんなやり取りがあったぞ。

 叱られたわけではないけれども昨日の取り決めがすっかり頭から飛んでいたことに申し訳なさを感じた。

 相手にかしこまられると、思わず敬語で返してしまうのはルナの性分だ。だが、決めたことは守らなければ。

 それでも朝の寝起きでこれは勘弁してほしい、と切実な思いも抱いたのはこの侍女には内緒だ。

 少しずつモーニングティーを嚥下していくと、混乱していた頭も整理が追い付いたようでルナは落ち着きを取り戻していった。


「あれ、そういえば、ヨルダは?」


「ヨルダは謁見の準備で少し出ています」


「謁見の準備…」


「はい。じきにルナ様のドレスも運ばれて参りますのでどうぞその間リラックスしてお待ちください」


「えっ…私、ドレスを着るの?」


「はい。アリシア様が事前に手配してくださっていたものでございます。私も少しだけ拝見させて頂きましたが、とても美しいドレスでございました」


「アリー母さんが…」


 何それ初耳なんですけど、と言えるわけもなく、アリシアの用意の周到さに舌を巻いた。


(アリー母さん、一体いつ、そんなの頼んでたんだろう…)


 村娘として、アリシアの世話になっていたはずなのに。まるでこの時が来ることを見越していたような行動にルナは眉間に皺を寄せた。確かドレスって作る期間が長かったのではなかろうか。間違っても一日二日で出来るものではないだろう。

 その表情がヒルダにはルナが不安に思っているものだと感じ、心が解れるようにといろいろな言葉を掛けてくれた。そのこともあり、ルナは様々な疑問を一度脇に置き、ヒルダにも王妃との謁見の場での礼儀作法を訪ねたりして目先の問題を見つめることにしたのだった。


 ドレスが部屋に着いたのは朝食を食べてから少ししてからだ。

 ルナは椅子に腰掛けたまま、運ばれてくるいくつもの箱に目が点になる。

 一体どれほど運ばれてくるのだろうか。ヨルダとヒルダが入れ替わり立ち替わりで箱を運んでくるものだから、思わずルナも手伝おうと腰を浮かしかけたが、やんわりと二人に制止された。

 てっきりドレスのみだと思っていただけに、部屋に置いてある小箱も目に入ると装飾品の類もあるのかもしれない、と考えを改める。

 それにしても、これは運ばれすぎではないだろうか。

 若干その量に引いていたルナを傍らに、侍女二人はせっせと中身を確かめては思案顔で二人で話し合ったり、クローゼットに入れたりと、とても忙しない。

 完全にルナは蚊帳の外だった。そわそわする気持ちをもて余しながら二人を見守る内に、『お引っ越し』という言葉が頭に打ち出される。


(まさか、ね…)


 一通り整理が終わったのだろう。

 侍女二人が箱を開けて互いにひとつ頷き、ルナに視線を戻したその瞬間、ルナはひとつの覚悟を決めたのだった。



******



「アリシア・ラグシス」


 正装に身を包み、謁見の場に立ち会おうと足を進めていたアリシアの背後から冷静な声が耳に届いた。あまり馴染みのない声にアリシアはゆっくりと振り返る。


「これはこれは、アルフレッド殿下ではありませんか」


 さらさらと歩く度に揺れる金の髪に、端整な面差し。彼の瞳に合わせるように、鮮やかな蒼を基調とした正装に身を包んでいるその様は思わずかしずかずにはいられない王族特有のオーラが溢れていた。

 さすがは第二皇子である。アリシアも心の中で感嘆しながらも、不機嫌な表情は崩さない。


「―――して、わたくしめに何かご用でも?」


 不遜な態度でアリシアは腕を組んでアルフレッドに問い掛ける。

 今のアリシアの立場からしてみれば、普通ならば王族にそのような態度は不敬であり、罰せられるに値するものだが、アルフレッドは気分を害した様子もなく、淡々と言葉を紡いだ。


「あなたは、【夢の渡り人】と一緒にいなくていいのか」


「…どういう意味でしょう?」


「そのままの意味だ」


 アリシアは怪訝に思いながらも、彼の言わんとすることを考えた。


「何か、不都合なことがおありで?」


 カマをかけるつもりで放った問いに、彼は少し黙った。アリシアはその様子を冷静に見ていたが、彼の無表情は相変わらずだ。だが、その瞳に僅かに揺れる想いが見て取れた。


「昨夜、【夢の渡り人】に会った」


「!―――…どこで?」


「【時の庭】で」


 ひとまず、アリシアは安堵した。

 【時の庭】は王族しか入ることが許されない特別な庭。人の許可ではなく、庭自身が入る者を選ぶ特殊な場所なのだ。

 聖域の一種であるため、まずルナに害が及ぶことはない。

 しかし、そのあとに続いた彼の言葉に今度こそアリシアは沈黙した。


「彼女は泣いていた。一人で」


「……」


 その言葉で、彼の言わんとしていることがわかったアリシアは何かを堪えるように翡翠の瞳を伏せた。

 思い出すのは、彼女が【ルナ】になる前に初めてこの世界で見せた涙を流す姿。

 慟哭にも似た悲痛な響きの嗚咽、すがるように掴んでいた手は可哀想なほど震えていた。

 ルナがアリシアの前で大いに泣いたのはそれっきりだ。だが、アリシアから忍ぶようにルナが静かに泣いていたことも知っている。


「…ご心配いただき、ありがとうございます。けれども、これはあの子にとって必要なこと。いつまでも、わたくしが傍にいるとは限らないのですから」


 次にアリシアが目を開けた時、瞳には決然の色が宿っていた。

 自分のやるべきことを自覚し、決意したその光は強いものだった。

 アリシアの瞳から意思を汲み取ったアルフレッドは眩しいものを見るように蒼色の瞳を細め、静かに頷いた。


「では、また後ほど。謁見の間で…」


「行き先は同じ。一緒に行きませんか」


「わたくしは以前の【職】を退いた身。本来ならばあの場に姿を現してはならない。それは殿下もよくご存知のはず。だからこそ、殿下のように目立つ者と行くわけには参りません」


「…あなたは強情な方だな。ルーカスが困るのもよくわかる」


「……何故今、あの男の名前が出るのです」


「……。こちらの話」


 無表情が少し硬くなった印象を抱いたアリシアは疑惑の目を向けた後、ひとつのため息を落とし、挨拶の後、振り切るようにマントを翻してその場から歩みを進めた。


「……ルーカスとアリシア・ラグシスはまだ喧嘩の最中か?」


「殿下、あまり首を突っ込みますといつか蹴られます。ほどほどに」


「難しい…」


 どこか呑気な主の傍に風を纏いながら現れた一人の青年は深くため息をつき、謁見の間へと主を急かすのだった。


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