“彼”の視たもの
逃げなければ。逃げなければ。
アレが来る。アレが来る。
捕まったら終わり。本能がソレを告げている。
アレは自分を害するモノ。
逃げなければ。早く、早く。
―――あぁ、これは夢だ。
“彼”と同じ夢を視ているルナはすぐに気が付いた。
だが、“彼”はそのことには気付かず、必死にあちらこちらへと角を曲がる。後ろに感じる追っ手を振り切りたいが為に、見知らぬ道をがむしゃらに突き進む。
息切れはしない。実際に走っているわけではなく、景色だけが揺れ動いているだけなのだ。
過ぎ去る建物の間をすり抜ける度に、追手が自分を見失ったことを期待するが、未だむくむくと芽生える疑心と共に、背後にまた気配を感じて恐怖に逃げ惑う。
後ろは振り向かない。振り向けば追い付かれる。
では、隠れてやり過ごすというのはどうか?ダメだ。それでは見つかる。
見つかったら、自分はどうなるのかわからない。
だから、逃げなければ。
いつの間にか周りの景色は徐々に闇を増し、恐れが胸に広がる。
自分はどこを目指しているのか、“彼”はわからないまま続く道をひたすら駆けていく。
逃げろ、逃げろ。捕まるな。
ある角を曲がると一つの光が目に飛び込んできた。
なんて眩しくて美しいのだろう。
アレを取らなければ。取らなければ。
いつの間にか“彼”の目的が変わる。
“彼”はそのことに何も違和感は抱かず、美しい光に手を伸ばす。
しかし、そこで光は急速に細く、小さくなる。
周りの闇が一際濃さを増す。光は、もう手のひらにすっぽりと入るほどの小ささで、放たれる光が手のひらから漏れて見えるだけ。
届かない。でも、掴みたい。
アレを取ったらきっと救われる。
―――“あれ”が、救われる。
そう思った時、“彼”の目に黒い何かが映る。
大きく、逞しいソレは鱗に包まれている。
尾のようなものを持っていてソレは眠っているようだ。
龍だ。あれは、そう。龍だ。
“彼”は直感した。
龍だ。恐ろしいもの。
早く、早く、ここから追い出さなければ。
じゃないと、“あれ”がいってしまう。
遠くに、いってしまう。
“あれ”がなくなるのは、耐えられない。
いつの間にか“彼”の手には鋭利な刃物が握られていた。
“彼”は恐怖のままに刃物を龍に目掛けて降り下ろそうとする。
―――ダメ!
ルナが声を上げようとするその瞬間に、龍が瞼を上げ―――…。
そこで夢は、暗い闇に塗り潰された。