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願いのかけら

「えっ、一緒の部屋じゃないの?」


 夕食の席でルナは驚きの声を上げる。

 ここはルナが最初に目覚めた部屋で、彼女が休んでいたベッドは傍らにあり、距離を置いたところに猫脚の丸テーブルと二脚の椅子があったので、そこでアリシアと二人で食事をしていた。

 双子の侍女も一緒にどうか、と誘ってみたものの丁重に断られた上で、一つひとつ料理を出されているので複雑な心境であったルナに更なる爆弾を投下したのは他でもないアリシアだった。


「当たり前よ。あたしは【王妃の客人】じゃないもの」


 さらり、と告げられた言葉にルナは愕然とする。あまりの衝撃にカシャン、と音を立てて手に持っていたスプーンを落としてしまう。

 慌てて拾おうとしたところをヨルダに止められた。ならばどうしよう、と思った矢先にヨルダが拾い、新しいスプーンが出され、さりげなくテーブルの上に置かれる。

 恐縮するしかない。

 心の中で洗い物を増やしてしまったことを謝りながら礼を言うとヨルダは静止し、一度瞬きをして「どうぞお気になさらず」と頭を下げるのだ。

 お礼を言うとこのような場面が度々あるので、ルナも「(あ、まただ)」と困惑を隠せない。

 

「…あんたも、慣れないわね」


「え?何が?」


「なんでもないわ」


 呆れたような視線を向けられて、言葉自体は聞き取れたのに意味がわからないままアリシアに締めくくられてしまい、ルナとしては非常に気になる。

 だが、再度聞き返すのも躊躇われ、でも気になる、と思考がうろうろとしている時にアリシアの凜とした声がルナを目先の問題に引き戻した。


「―――というわけで、あんたとは一緒の部屋では寝れないから」


 それはもうきっぱりと言い放たれ、ルナは悄然とする。

 散歩から帰ってくると部屋にアリシアがいなかったからおかしいとは思っていたが、まさか現実になるとは。こうして、共に食事をとっているのも、違う部屋に行ったというアリシアをわざわざ呼んでもらったからできていることだ。

 ルナは歯噛みしたい気持ちになっていた。

 新しいところは怖い。むしろ、無理矢理に連れて来られたのもあり、安心して一夜過ごすというのも厳しいものがある。

 アリシアはルナの後からやって来た。だから、てっきりルナの【保護者】的存在で【王妃の客人】と同等であるのかと思ったのだが、それは間違いであるようだった。

 それどころか、部屋も違うと言うではないか。


「じゃあ、アリー母さんはどこで寝るの?」


「あたしは“前に”使ってた部屋があるからね。そこでゆっくり寝るよ」


「…ついて行ってもいい?」


「だめ」


 ある程度予想はしていたが、こうもバッサリと切られるとそれはもう哀しいものがある。

 “前に”―――それはこの城に勤めていた頃に、ということだろう。どんな部屋なのかなど少々興味もあったのだがこれでは聞けそうにない。

 この王宮に勤めていた、という事実自体があまり好ましくないのか、アリシアは王宮に近い話題になると目を合わそうとしないのだ。

 それは聞いてほしくない、という現れのようで、深く詮索することは躊躇われる。


「よく“前の”部屋が残ってたね」


 哀しさもあいまって、口調は自然と拗ねたものになる。

 拗ね方が子どものようで、言ってしまってからじわじわと羞恥心が出てくる。

 口を塞ぐように千切ったパンを急いで口に含む。

 アリシアは気分を害した様子もなく、サラダを咀嚼した。


「人の娘をかどわかしたんだから当然の待遇よ」


 自然な口調なのに何故だろう、寒気がする。

 ルナは危うくパンが喉に詰まりそうになり、温かい紅茶をさりげなく口に運ぶ。

 心の中では、アリシアの言葉に面映おもはゆいものを感じているが、素直に喜べないものが背景にあることを悟り、迂闊に言葉を掛けられない。


「あたしのことは気にせずに、あんたは自分のことをちゃんと考えなさい」


「う…」


「明日の午前中にでも王妃との謁見があるでしょう。経緯はどうあれ、その為に呼ばれたものだしね。あんたがどうしたいのか、今のうちによく考えときなさい」


「…はい」


 とは言うものの、さっぱり頭が働かないルナである。そもそも、この2年間は村娘として過ごしてきたのもあり、王宮などきらびやかな世界にはとんと疎い―――むしろ、知識は皆無に等しい異世界人だ。

 ヒルダやヨルダを傍につけていることから、歓迎はしてくれているのだろうが、謁見の仕方すらもよくわかっておらず、どのような話をするのか想像がつかない。


「アリー母さんも、明日は一緒に…ではないの?」


「ええ。行く必要はないからね」


 果たしてそうだろうか、と決して口には出せない言葉を頭の中で浮かべながら食事を進める。

 はっきり言われたことで、明日は一人で王妃様と立ち向かわなければいけないことがわかり、心の中で覚悟を固めていく。

 アリシアとの会話はそれ以降続かず、二人は黙々と食べ続けた。

 いつもはアリシアが早く食べ終わるのだが、今日は不思議と二人同時に食べ終わり、食後の紅茶を出される。

 一息ついて、ルナはようやく重くなった口を開く。


「ねぇ、アリー母さん」


「ん?」


「なんか、ごめんね」


 紅茶の香りを楽しむように瞳を閉じていたアリシアであったが、ゆっくりとその瞼を上げる。目に映るのは浮かない表情のルナ。

 手探りでこの話をしてもいいか、と先程まで注意深くアリシアを見つめていたが、今は視線は手元の紅茶に落ちている。思い詰めているのは一目瞭然であった。


「どうして謝るの?」


「どうして、て言われると難しいけどなんかそんな気分になったの」


「じゃあ、謝る必要はないわね」


「ふふっ、アリー母さんならそう言うと思った。でも、“ここ”には来たくなかったでしょう?」


 ようやく顔を上げたルナの真っ直ぐな視線にアリシアは不覚にも息を詰める。


「…否定はしないけど、あたしが選んだことよ。あんたも明日は自分で選びなさい」


 何を、とは訊かなくてもわかっていた。だから、ルナはアリシアと目を合わせ、静かに頷いた。




******


「―――夜だ」


 窓から外を見て呟いた。

 浴場からの帰り道で欠けた月が姿を見せているのに気付き、思わず足を止めた。

 この世界の月はルナの世界の月と色は同じだが天体の距離の関係だろうか、とても大きいのだ。

 空にぽつりとあった月ではなく、手のひらをかざしても有り余るほどの大きく近い月。

 手を伸ばせば触れることが出来るのではないか、と錯覚してしまいそうになる。


「ルナ様、お部屋に戻りましょう」


「夜の空気は身体を冷やしてしまいます」


 ゆったりとした口調でヒルダとヨルダが催促する。

 ルナは素直に従おうと窓から目を離そうとした瞬間だった。


「え?」


 ひらひらと舞い落ちる淡い色の花びらが視界を掠めた。あまりにも見たことのある、懐かしい光景にもう一度窓の外を見る。


「あれは…」


「ルナ様!?」


 気付けば走り出していた。双子の引き止める言葉も耳には入らなかった。

 ただはやる胸の音を聞きながら、時折窓の外を見やりながら幻ではないと確信を持って知らない道を走っていく。


「下、下に―――」


 突き当たりの階段を駆け降り、1階にたどり着く。

 外に続く扉を探すのもまどろっこしく、窓に手をかけるが鍵を掛けられているようで開かない。


「どういう仕組みなの、これ」


 じっ、と観察する時間も惜しく、踵を返す。

 後ろからもバタバタと足音がする。だが、今は振り返りたくない。


 ―――見つけた!見つけた!


 心の底から歓喜する。

 再度、目的のものの位置を確認した時に、そこまで遠くない所に外に出られそうな象牙色の扉があるのを見つける。

 位置関係的に確実に外に繋がっている扉だ。ルナは迷いなく扉の前に立ち、開けようとする。

 木の扉よりも格段に重く、身体を押しつけるようにしてようやく人ひとり分通れるほどの隙間ができる。すかさずその間を抜け、再度駆け出す。

 芝生を踏みしめる音と自身の呼吸の荒い音だけが聞こえる。


「はぁっ、はぁ…、―――あった」


 乱れる呼吸を落ち着かせて、逸る胸を抑えて、ゆっくりとした歩みに変える。

 はらりはらり、落ちてきた花びらが手のひらに乗り、確かなものだと実感する。


「―――桜」


 呟いた言葉と共に向かい風が吹き、視界いっぱいに淡い桃色の花びらが舞い落ちる。

 そこにはルナの世界にあったものと同じ―――桜の木がそこにあった。



******


 帰ろう。帰ろう。


 あの青い空の下。

 桜舞い散る橋の上。


 あの日のように写真を撮ろう。

 次は、みんなといっしょに―――。



******





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