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夢の中の邂逅

 彼女は夢を視ていた。

 美しい青色の空と緑の野原が目の前に広がっていて彼女――――ルナはほうっ、とため息をついた。


「きれい…。こんな夢、久しぶりだな」


 裸足で歩みを進めながら辺りを見渡してルナは呟いた。

 夢だからか、そこが草で溢れていたからか足を進めても痛みは感じず、むしろ心地いい感触が返ってくる。これなら、どこまでも歩いていける。不思議と空気も澄んでいる気がしてとても気分がいい。

 緑は果てしなく続いている。所々に彩り鮮やかに花も咲いている。澄み渡った青い空を見上げていたい気もしたが、ルナは花を踏まないように時折、下を見て歩いていく。


「これが自分の夢だったらよかったんだけど…そんなこと、ないか」


 ふと、顔を上げると色の無い空間があった。

 そこだけ灰色じみていて草や花はなく、あるのはゴツゴツとした石だけ。心無しかその石も色を失ったように見える。

 ルナは一つため息を落とし、その場所へ足を進めた。

 色の境目に辿り着き、一度足を止め、色の失った空間に目を凝らす。

 あぁ、ほら。いた。彼が―――この夢の主。

 見事に石だらけの世界で膝を抱えて顔を伏せている。お尻は痛くないのかと場違いなことを思いながら意を決して色のない世界に足を踏み入れた。

 裸足でも痛くなかった。先ほどの草の感触と比べると硬くて冷たい感じがしたが想像していたことが起こることはなくそのことに「さすがは夢」と感嘆しながら彼の傍へ近づく。

 その少年は綺麗な金髪を持っていた。金糸のように、撫でたらきっとサラサラと指が通るような綺麗な髪。空間自体が彼の色もくすませていたのだろうか、見下ろすぐらいに近づいて初めてわかったことにルナは少し驚く。

 よくよく見れば、彼は耳を塞いでいた。周りの色の無さといい、いよいよ只事ではないことを感じたルナはとりあえず、彼の前に回り込み目線が合わせやすいようにかがんだ。


「ここで、何してるの?」


 耳を塞いでいても聞こえたようで少年はビクリ、と肩を揺らし、そうして恐る恐るといったように顔を上げた。

 先ほど見た澄んだような空の色が現れ、視線が交わった。想像していたものより数段美しい顔ばせにルナは一瞬、息が止まりそうになった。

 少年は驚いたように目を見張った。

 夢の中に勝手にお邪魔してます、と心の中で謝りながらルナは相手が警戒心を抱かないように笑顔で首を傾げてみせる。

 

「君は…?」


 彼の当然の疑問に「ん~」と笑顔のまま固まってしまう。

 明らかにこの夢は彼に何かしらの悪影響を及ぼしていることが彼のやや憔悴した表情を見て悟ってしまったためだ。もし名乗って、彼が目覚めた時に運悪く覚えられていたらこちらに面倒事が降りかかってきそうな予感がしたのも否めない。

 だから、その疑問には答えないことにした。


「ここ、なんだか寒いね。あっちに綺麗なところがあるよ。一緒に行こう」


 先ほど歩んできた野原を指差して、彼に手を差し伸べる。

 しかし、彼はちらりとルナが指差した方向を見ただけでその場から動こうとしない。


「行かないの?」


 尋ねる声に彼は眉根を寄せて、また悲しそうに俯いてしまった。

 ルナはその表情が気に掛かり、彼の次の言葉を待つことにした。

 果たして、彼は言った。


「行きたいけど、行けない」


「え?」


「僕はあっちに行けないんだ」


 まるで白状するように言うものだから「おぉ、何か深い事情が…」と心の中で驚くルナである。


「それはどうして?って聞いてもいい?」


 遠慮がちに尋ねると彼は今度は苦虫を噛んだみたいな表情になった。「これは無理なパターンか」と思い始めた頃、彼はようよう口を開いた。


「…僕があっちに行こうとするとあの景色は遠のいていくんだ」


 彼の発言をよく咀嚼して、ルナは彼の言わんとすることをようやく理解した。


「つまり、色のある世界に足を踏みいれようとするとそこは色が無くなっていくってこと?」


 それは正解だったようで彼はコクリ、と頷く。


「あぁ、それは…つらいね」


 しみじみとこぼれた言葉には抵抗があったのか彼が頷くことはなかったけれどなんとなく雰囲気がその思いを物語っているようだった。

 暖かな色に焦がれて、でもまるで拒否されるように色が失われていく様は彼にどんな思いをさせたのか。想像してもきっと彼のその思いと同等のことは感じられないだろう。


「じゃあ、次はあっちのお花、あなたにあげる」


 俯きがちだった彼が弾かれたように顔を上げた。

 ただの思いつきであったが自分で言った言葉にルナは「それが良い」と頷いた。

 ルナが持ってくる花はあの色の境目を越えられるか、それ以前に花を採って来れるかとか深くは考えていなかったが試してみたかった。越えられ持ってこれたとしても彼の手で枯れてしまうかもしれないがやってみないとわからないだろう。

 彼を元気づけるようにルナは笑う。


「そうすれば、ちょっとは寂しくなくなるんじゃないかな」


 彼はキョトン、と呆けてそうして口を開いた。


「君は、花の精?」


 彼は大真面目に訪ねたのだろうが、そんな綺麗なものではないと自覚しているルナは苦笑した。


「いいえ。普通の人」


「……」


「さぁ、もう朝が来るよ。今日はこれでおしまい」


 お互いに身体が透けていくのを見て頃合だと告げる。

 彼は何故か急いで立ち上がろうとしていたけれど―――伸ばされたその手は彼女に届くことなく意識は暗転する。


 またね、という言葉は色のない空間に響いて、消えた。

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