九話
この日の私はコンタクトをしていて、実は本当に寝るつもりはなかった。
そもそも、こうしてホテルに来るつもりもなかったから、メイクも落としてこなかったし…。
ただ、疲れていたことは確かで、少し横になりたかったのも事実だった。
私がベッドに入って30分くらい経った頃だろうか。
「エミ、…寝ちゃった?」
確かめるような声が私が背を向けたソファーの方から背中ごしに聞こえてきた。
「………。」
私は少しからかっちゃおうかなんて思い、暫く黙ってみることにした。
「なぁ、エミ?」
「……。」
「おいってば!」
彼の声はどんどん近づいてきていて、キシリとベッドに乗ってきたのがわかった。
「…ウソ寝だったら、襲うぞ。」
「ダメダメっ!私には彼氏いるんだから!」
…と、私がとっさに起き上がった瞬間、彼の顔が目の前にあって酷くびっくりした。
「あっ…」
「ていうかやっぱ俺も隣に寝ていい?ソファーは寝づらいわ…。」
さっき冗談を言ったかと思えば、いきなり申し訳なさそうにそうつぶやいてきた。
いつもなんだかんだで頼りになるけど、こういう時って可愛いんだよね。
私はなんだか嬉しくなった。
「ふふ…。いいよ。」
「電気消していい?」
「どうぞ。…あ、真っ暗は怖いから、やめてね。」
「言われなくても知ってるよ。」
そんな言葉の瞬間、部屋のライトが全て消えた。
「やーーーっ!」
と、私は思わず彼の腕にしがみついてしまった。
彼がクスクス笑いながらライトを少し明るく調整する。
「…あ!ルイ君、からかったわね!」
私がそう言いながら彼の胸元に自分の握り拳をぽかぽか叩くと、至ってナチュラルにその両腕を掴まれ、ふわりとベッドに押し倒された。
私は一瞬ドキっとして、とっさに茶化した。
「ちょ…っとぉ、ルイ君、何すんのー?(笑)」
冗談を言えば、つかまれた両腕を離してくれるんじゃないかって、淡い期待を抱いていた私の身体に、彼の全体重がのしかかる。
ギシッと、僅かにスプリングの軋む音がした。
さっきまで気にもとめてなかった、有線の音が、嫌でも耳に入るくらい大きく感じる。
「ルイ君…、どいて。」
私は急に胸が苦しくなって、声が上手に出ないまま、やっとの事で一言絞り出した。
「いやだ。」
彼の重い声が、嫌に響く。
「冗談だよね?ねぇ!」
「エミ、エミ…聞いて。俺…」
「だめ!はなして!」
「――――好きなんだ!」
「―――…っ!」
「エミが好きだ!本当は、ずっとずっと、好きだったんだ…!」
こんなに、こんなにも欲しかった彼の言葉が…どうして今更私の耳に届くのか、どうしてこんなになってからなのか…、それがとにかく悲しくてたまらなかった。
抑えつけられた両手首だって、全然痛くない。
身体を抑えつけられて身動きはとれないのに、痛くもなければ苦しくもない。
そこに彼の言葉の全てがつまっているかのようで、とても悲しかった。
「好きだ…。好きだ…エミ。」
まるで一生分の気持ちをぶつけるかのように、繰り返し繰り返し、彼は言い続けた。
こんなに絞り出すみたいな切ない声、今まで一度だって聞いたことがない…。
「エミ…。」
言いながら、彼の顔が近づいてきた。
「!!
だめ!」
私はとっさに、顔を横に向けて唇を避けた。
「私には恋人がいるの!だから…っ
あ…っ」
私が避けた彼の唇が、私の頬に触れる。
そのまま、それが首筋に移った。
「だめっ…
やっ!
だめ…だってばっ
私の話、聞いてなかったの!?私には…」
「判ってる!」
余裕のない彼の声が部屋に響いた…。
「エミに彼氏がいることも、俺じゃないことも…判ってるよ…。
お願いだ…、たった一度で構わない。最初で最後だから…。
それに、自惚れを承知でお前の本音を聞きたい。」
「ほん…ね?」
「ああ。
エミ、お前も…まだ俺のことが好きだろ。」
「……。」
「嘘…つくなよ。」
「………。」
私は、正直わからなかった。
ここまで彼に想いを伝えて貰っているのに、あんなに惹かれていたのに、
どうしても恋人の顔が浮かぶ自分がいた…。
そのあと私の頭は真っ白になって、何も考えられないまま、その言葉を口にした。
「…わからない。」