六話
あれから…、ルイくんが助手席のドアを開けてくれたあの日から、もうずっとルイくんのことを考えている自分がいた…。
―…仕事以外の時間をフル稼働して彼を思い出すくらいには。
…恋人がいるくせに、ね。
わかってる。これは"浮気"だ。
でも、私にとって彼は"本気の人"で、どんなに足掻いたって手に入ることのない夜空の星のような絶対的な存在で、恋人と比べようなんて微塵も思っていなかった。
じゃあなんでこんなにも心が揺れ動くのか…。
私自身だって判断が付かないこの気持ちを、友達に打ち明けられる筈もない。
食事をとる気にもなれずに、自室にこもって一人でひたすら抱え込んでいた。
恋人とは、なんだかんだで、この1ヶ月…1度も会っていない。
変なの。ルイくんとは毎日メールして、頻繁に電話もしてるのに…。
これじゃあ、ルイくんの方が恋人みたいじゃない。
でも彼には好きな人がいる。
このまま彼とその子がうまくいったら、…私は連絡を遮断しなきゃならない。
例え彼が構わないと言ってくれても、少なくとも彼の存在をこの世界の全てだと思う程に慕っている私の存在を、いずれ恋人になるであろう彼女は受け入れる筈もない。
…………………この気持ちを消化しないまま、不完全燃焼のまま彼とサヨナラしたら、一生悔いが残る。
偉そうに彼に「言わなきゃ前に進めない」なんて説教をしておきながら、自分は打ち明けないままなんて、フェアじゃないし…。
"恋愛"って、恋人がいるからとか、世間体がとか、そんな常識的なことが通用するようなものじゃない。
言わなきゃ…!
私は、彼に電話をかけた。
…電話ごしに、彼の好きなリンキンパークの曲が流れる…。
ドクン…
ドクン…
と、大きな音で脈打つ心臓のある部分に片手をあてながら、彼が出るのを待った。
「…―――――ごめんっ!出るの遅くなった!」
曲が途切れた途端、珍しく慌てた声で、彼が電話に出てくれた。
「あ、…ごめんね、夜遅くに。…忙しかった?」
私は部屋にあるアンティーク調の置き時計に目をやりながら話しかけた。
短針が「11」の数字を指していたのだ。
「ううん、忙しくないよ。時間があったから翌日の分の仕事進めてたんだ。」
ほら、ルイくんはこういう人。
いつでもお仕事を第一に考えてるような人。
そんな所が、ずっとずっと好きだった。
彼の背中を見つめているのが、私は好きだった。
「急に電話して、どうした?」
「どうした?…って………」
私が口ごもると、彼はハッとしたように
「ああ。まぁ俺が"いつでも電話していいよ"って言ったからなぁ。
…ありがとう。
ところで、もしかして俺の好きな人分かっちゃった?」
告白するつもりで電話した私は、そんなやりとりを先日していたことをすっかり忘れていた。
「あ!…えと、考えるの忘れてた。」
「あ、そう………って、はぁ!?」
「~~~っ!ごめん…。今日その話がしたかったんじゃないの。」
「彼氏の話?」
「違う。……私が、キミに嘘をついた話。」
「………嘘?」
それまで茶化すような声だった彼のトーンが落ち着いた。
私は息苦しくなったが、告白せずに後悔するより、告白して後悔したかったから、か細い声で、ゆっくりと話しはじめた。
「あの、ね。だいぶ前に、…私はキミに"ずっと大切な友達だって思ってる"って…話したでしょ?」
「うん。」
「本当は、…私……ね、3年半前に別れてからもずっと、本当にもうずっと、友達とか戦友としてではなく、ルイくんのことが好きだったの。
その間に恋人が何人できても、私の中で一番大切で大好きなのは、後にも先にも、…ルイくんだけだよ…。
でも、ルイくんとどうにかなりたいなんて思っていないの。
私じゃ、役不足なのは自覚してる…。
ルイくんには、ルイくんの好きな人と、幸せになってもらいたいから。」
「…………………………そっか。」
私の支離滅裂な告白を静かに聞いてくれた彼は、しばらくの間のあとで一言こぼすと、深呼吸をした。
「俺たち、いつもタイミング合わないよな。」
「え…?」
意味深な発言をした彼が、優しく私に問いかけた。
「エミ、俺の好きな人が誰なのか…本当に、本当に、わからない?」
「うん…。」
「じゃあ、選ばせてやる。エミは、"会う"か"電話"か"メール"の、どれがいい?」
ルイくんの声がいやに静かで、なんだか殴られそうな気がして(実際には一度たりとも彼から暴力を受けたことはないけれど。)、
「何となく怖いから、メールでお願いします。」
と返したら、ははっと穏やかに笑った彼が、
「なんで俺がキレる前提なんだよ。
じゃあこのまま伝えるな。
俺としては、本当は会って伝えたかったんだけど…。
―――まず、俺もお前についた嘘があるから、それから話していくな。」
「ん…。」
「そうだなぁ。彼女と出逢ったキッカケはナンパって話してたけど、実は俺がデタラメに打ったケータイ番号へメールしたことがキッカケだったんだ。
あと、彼女の勤めてるお店なんだけど、お前、どこに勤めてた?」
「んと、キミの住んでる町のスーパーの催事場に常設してあるお店…。」
「そうだよな。あと…、「ちょ…、ちょっと待って!何なの?」
彼の台詞に思考が追いつかない私は、思わず呼び止めた。
「まぁ聞けって。」
「う……。」
「あとは―…。あ、そうそう。彼女に好きな人がいるって話だ。あれも嘘。っていうか、ひねったんだけどね。
彼女には、彼女とタメの恋人がいる。
…フットサルのプロを目指している彼氏が、ね。」
「…――――――――――――――――――――――っ!」
「最後に、エミに伝えたヒントな。お前のよく知っている人間で、お前が"絶対に有り得ない"と思っている人間…ってヤツ。
で、こないだの"冗談"。
ずっと俺が忘れられないくらい、俺のことを考えて過ごしてきたお前に、ここまで伝えて『判らない』とは、言わせないよ。」
私は尚も、半信半疑だった。
まさか…そんな………
…――――――――"有り得ない"…。
「…………わ、…わた…し?」
「ほら、な。動揺するだろ?
…だから、伝える気がなかったんだ。
エミを、困らせるつもりなんてなかったし、エミの幸せを壊したくもなかった。…ただ、今までお前に構ってやれなかった俺だからこそ分かることがひとつだけある。…今の彼氏さんの事は信用できないんだ。
…俺の勝手な嫉妬心もあるけど。」
「う、うそだ…。だって、そんなはず…。」
「本当だよ。本気だ。でも、前にも話したけど、俺はこんな人間だから、付き合ってもお前を悲しませるだけだし、寂しい思いもたくさんさせてしまう。俺は、これ以上お前に辛い思いをさせたくないから。」
「ルイくん…。」
「あーあ!言っちゃった!責任とってチューしてよ!ずっと黙っとくつもりだったのに、当人のお前が応援してんだもん。困った困った。」
「ルイくんっ!」
「…なんだよ。」
彼がなんだか寂しそうな声を出していたから、私はとっさに彼に本音を伝えた。
「居なくならないでね!ずっと側にいてね!友達やめないで…お願い!ルイくんと付き合えなくてもいいけど、ルイくんと一緒に居られなくなるのは嫌なの…!」
「勿論、サヨナラなんてしないよ。少なくともお前が俺から離れないうちは、俺もお前から離れるつもりはない。"一番大切な友達"だしな。」
「ルイくん…、ごめんね…ありがとう…。」
「"ごめん"って言うなよ…。決死の告白だったんだから。今は俺、そのワードはあんまり良い意味でとれない…。」
「あ、うん…。ありがとう。」
「こちらこそ、ありがとう。
ま、これからも彼氏の話は俺が一番に聞くから。遠慮なく相談しろよ。」
「うん!でも、ルイくんの顔見たら頑張れるから、平気!」
「だからそういうのは俺だけにしとけよ…。っつっても、お前鈍感だから意味分かってねぇよなー。」
「?」
この日は、ルイくんと一瞬でも同じ想いだったということが分かって、私は心底安心しきっていた。
…分かっているようで、彼の気持ちを全く理解していなかったと思い知らされるのは、まだ少し先のこと………。