二話
「着いた」
待ち合わせ場所に着くと、ルイくんはいつも端的なメールをくれた。
私は手短に「あいあいさー(>人<*)」と返信すると、自室を出て玄関横に置いてある鏡を覗き込み、髪をかるく整えてからスキニージーンズを履いた脚にピンヒールのショートブーツを身に付けた。
秋の夜中は少し寒い。
約一年前ユニクロで購入したタートルネックのヒートテックシャツに白地に赤の幾何学模様のフリースを着込み、鍵を持って家を出た。
「お待たせ!」
家の隣は幼稚園のため、彼はいつも幼稚園の駐車場まで迎えにきてくれていた。
型の古い、白のエクストレイルの助手席のドアに軽くノックしてから開けた私は、煙草を吸って待っていた彼に声をかけた。
彼は数年ぶりの再会とは思えないくらい普通のリアクションで
「ああ」
と一言告げると、
「久しぶり」
と声をかけてくれた。
「本当に久しぶり!会えて嬉しいな」
「てか本当にいいの?彼氏は大丈夫?」
「じゃあ誘わないでよ(笑)平気!だって私たち友達でしょ?万が一なんて有り得ないじゃない!」
「…まーそうだけどね。」
そう言った彼は煙草の火を消して吸い殻に放り込むと、車を発進させた。
セブンスターの香りが、ふわりと鼻についた。
彼がずっと好んで吸っている銘柄。
彼と別れてから付き合った彼氏はみんな煙草嫌いだったから、なんだか懐かしい。
ずっとヘヴィースモーカーだった父も、孫が産まれた途端にスッパリやめたし。
「ルイくん、どこ行こうか」
私が彼を見ないように話しかけた。
やばい、結構…どきどきする…なぁ。
セブンスターの香りに混じって彼の香水が車内に微かに残る。
彼に抱きしめられているみたい…。
「なぁ、やっぱドライブにしようぜ。俺、この格好だし。」
彼がそう言ったので、私はずっと気になっていたことを告げた。
「そうねぇ。突っ込もうかものすごい迷ったけど、なんで半袖?」
もう冬も近づき始めた10月に、黒の半袖シャツに黒のジーンズ姿の人間を見たら、誰だって気違いだと思うだろう。
「実はさっきまでジム行っててさ。そのまま知り合いの店に顔出してたからずっとこのまんま。」
「お店って、どこの?」
「だから、お前んちの近くのパスタ屋。最近開店したでしょ?つか、まさか知らないとか言わないよな…」
彼が怪訝そうな声で訊くのを、私は少し被り気味に叫んだ。
「ちょ!バカにせんでくれる!?それくらい知ってるもん!」
私は頬をふくらませながら続けた。
「…じゃあもしかして店長って若いんだ…?」
「ん。俺の一つか二つ上だったかな。やっぱ大変みたいだよ、初めて任された店舗だし、若いから圧倒的に経営経験少ないし。でも、楽しいってさ。」
「へぇ。」
「…だから、お前に会いたいってメールしたんだよ。
近くだからすぐ迎えにいけるし。」
「あ、そっか。なんだー。…って、じゃあ好きな子の話、してくれないの!?」
「さぁ?」
言いながら車は市内を出て国道方面に向かう。
「…ねぇ、ルイくんの好きな子ってお仕事何してるの?」
「接客業かな。俺あんまり内容聞いてないからわかんないけど。」
「ふーん。服飾とかコンビニ?」
「そんな全国展開しているようなチェーン店じゃないよ。個人経営のお店。」
「へぇー。ねぇ、年下?タメ?」
「…。」
「ねぇってば!」
「1つ年上。」
「え、何?私とタメなん?ルイくんって年上好きなんだー。」
「じゃなくて、好きになった女がたまたま年上だっただけ。あんま年齢関係ないよ。」
「そりゃそーだ。」
私は、そんな言葉を聞いて、年齢で差別しない彼を誇らしくもあり、自分から離れてゆく感覚も強くなって寂しくなった。
「どんな性格の子?大人っぽい子なん?」
「一言でいうなら、うるさい女…かな。」
「えぇ!?好きなのにその言い草って…。っていうか私よりうるさい女っているの!?あり得ないし!」
そうそう、本当にあり得ない。
私ってば、さっきから質問しすぎ。
分かっているけど、どうしても気になるんだ。
彼はこうして会う少し前に、ふと電話ごしに呟いていた台詞があり、私はそれについてずっと問いたいと思っていた。
「あの、さ…。………"告白できない"って、どういう意味?」
彼は暫く黙ってから、口を開いた。
「…その人、好きな人いるんだ。」
「え?」
私が聞き返すと、彼は少し悲しい笑顔を見せた。
…そんな顔、私にだって見せてくれたことないのに。
「好きな人がいるって分かってて、玉砕覚悟で告白なんて、できないよ…。」
いつも鼻につくくらい自信満々な人が、こんな弱音を言うなんて、私は信じられなかった。
「ま、まだ分からないじゃない。もしかしたらその好きな人って、ルイくんのことかもしれないでしょ?」
「違うんだ。俺はその人に男として見られていないし、ただの友達だと思われている。おまけに俺、よく冗談言うでしょ?もし俺が彼女に告白をしたとしても、冗談だって茶化されて終わるよ。それなら、…言わないほうがいい。」
私はなんだか段々腹が立ってきた。
人にはいつも偉そうに「好きなら好きって言え」とか、「諦めるくらいなら好きになるな」とか罵倒するくせに、何そのどこまでもマイナス思考!
「じゃあキミの想いはその程度なんだ?そんな中途半端な気持ちなんだ?じゃあ届きっこないよ。"両想いじゃないなら意味がない"みたいなそんな気持ちなら、人を好きになる資格はないよ。」
「本気だよ!本当に好きなんだ!でも、俺の性格は付き合ってたお前が一番知ってるだろ?俺は絶対仕事最優先で生きていくから、構ってやれない。寂しい思いをさせてしまう。だから、告白できないし、付き合いたいなんて思ってないんだよ。気持ちを伝えてギクシャクするのも、いやだ…」
「彼女は、キミが気持ちを伝えたくらいでギクシャクするほど、器の小さな女の子なの?」
「…多分、笑って流して、いつも通りでいてくれると思う。」
「ならいいじゃない!ずっと黙っているより、しっかりケリつけた方のがお互いのためにいいよ!それに、もしかしたらルイくんの事好きになっちゃうかもだし!」
さっきまで国道を走っていた車は、脇道に入り、見慣れた近所の街並みを通り過ぎてゆく…。
「それはないよ」
「あるもん!こんなに素敵な人、なかなかいないよ!ルイくんに想われているその子が、私はすごく羨ましいな…。」
結構…本音だったり。
でも、もう叶わない。私には彼氏がいるし、ルイくんには好きな子がいる。
ルイくんはもう、私を見ていない。
「…ありがとう。気持ち、伝えてみるよ。」
「本当!?頑張ってね!きっと両想いな気がするんだけどなぁ」
「ないって…。」
「ま、報告待ってるので!」
幼稚園の前まできて、話もタイミングよく終わった。
私はなんだか清々しい気持ちになった。
「また連絡する。エミ、ありがとうな。」
「ううん。私こそ、会ってくれてありがとう。彼女できちゃったら会えないかなぁ。でも、うまくいくといいね!」
「まだ付き合えるかどうか、わかんないって。」
「おやすみー!」
彼の最後の気弱な台詞を聞かなかったことにして、バタンとドアを閉めた。
彼の車が見えなくなるまでその場で見送ってから、踵を返して自宅へ帰る。
…私に、メール受信を知らせる振動がフリースのポケットから体に伝わった。
誰だろう?もう夜中の3時近いのに…と、受信ボックスを開くと、さっきまで一緒にいたルイくんから、よく分からないメールが届いていた。
『やっぱり、告れないもんだなぁ。』