牢獄と鎖
朝目覚めると、いつものように頭痛が酷く体は重い。
昨日倒れた後に目覚めた時はいつもより気分が良かったので、もしかしたら今まで使っていたベッドが良くなかったのかもしれない……という考えは、昨晩のアイラの衝撃発言によって違うことが判明した。
この体調不良の原因がどうやら自分の魔力とやらにあると知ったニコラだったが、それが分かったところでどうにも出来ないでいた。
「ニコラ様、失礼します」
ニコラが目覚めた気配を察して、アイラが朝食を運んで部屋へと入ってくる。
心配させまいと笑顔を作ろうとするニコラだったが、いつも失敗してそれはひどい顔でアイラを出迎えるのはもはや朝の日課となっていた。
いつもと違うのは朝食の豪華さである。目の前に出されたのはふわふわのパンに、スクランブルエッグ、カリカリに焼いたベーコンとみずみずしい野菜が沢山入ったシーザーサラダ。それにスコーン、チョコ、マカロンとデザートが盛り沢山で運ばれてきた。
それは一瞬、酷い頭痛を忘れさせてくれるぐらいニコラの気持ちを高揚させた。
「すごく美味しそう。でもあの、この沢山のお菓子は何でしょうか?」
「料理長たちからですわ。昨日腕を振るえなかったので今日はとても張り切ってらっしゃいましたよ。ニコラ様が甘い物がお好きだとお伝えしたらこんなに用意して下さいましたわ」
「料理長さんたちにも本当に申し訳ないことを……昨日は夕食まで辞退してしまったのに。後でお詫びとお礼に行かないといけませんね」
「私がお伝えしておきますわ、ニコラ様は朝食の後びっしり予定が詰まっておりますから」
「え?」
美しく微笑むアイラを見て悪い予感がしたニコラは、なるべくゆっくり朝食を食べることにした。
*****
「アイラ!! フランツさん!! これはいったい何ですか?!」
悪い予感というものは良く当たる。
あの後フランツもやってきて、なぜか三人で朝食をとっていた。
彼は王宮でのニコラの世話係になっているらしい。なんでも、ニコラの強い魔力に耐性があるのが、王宮のなか魔術師団のなかでもアイラとフランツしかおらず、アイラは渋ったそうだが致し方なかったそうだ。
しかも、ニコラが同年代だと思っていたフランツは弟のレグルスより年下の十三歳だったのだ。
自分より数倍もしっかりしていそうなフランツを横目で見て自分の成長のなさに一人落ち込みながらも、しばらくは楽しく朝食をとっていた。が、食べ終わるとすぐ別室へ案内された。
結婚式まであと四ヶ月。時間はあるようでない。
みっちり花嫁修業という名の行儀見習いがあると思っていたニコラの予想は見事に裏切られた。
「何って? 特訓だよ、特訓」
「く、鎖に繋がれているのですが?!」
ニコラが連れてこられたのは薄暗い牢獄のような部屋。
天井は高く、狭くはないが石造りで窓は一つもない。明かりは等間隔に並んだ蝋燭だけ。
その部屋の中央に、ニコラは鎖に繋がれて立っていた。
「すみません、このために早く王宮に来て頂いたのです。結婚式の準備は着々と進行中ですからご心配なく。ニコラ様はお屋敷での特訓も高じてマナーもばっちりですからそちらは問題ありませんわ」
「じゃあこれは何の特訓なのですか?!」
「魔力のコントロールをするための特訓だよ」
「鎖が必要なんですか?!」
アイラとフランツが床にチョークで文字を書きながら、ニコラの質問に淡々と答えていた。
その見たことのない文字はニコラの足元を中心に螺旋を描き、模様のようになっていく。
それを見ながらニコラは泣きたいのを必死で堪えていた。
まるで囚人のような扱いに自分がいったい何をしたのかと大声で叫びたい気分だったが、残念ながら病弱なニコラにそんな体力はない。
「よし、完成です。ここでなら魔力を全力で解放しても問題ありませんわ。“巨大な魔力に耐えうる精神力と体力がつくまでは”……というお話だったのですが、このままではいつになるか分からないと上から通達がありまして。多少の荒療治は致し方ないということになりましたの」
つまり自分がいつまでたっても成長しないのでこんなことになっているのか、と落ち込むニコラは大人しく鎖に繋がれておくことにした。
――閣下との婚約も、私を王宮に連れてくるための大義名分だったのでしょうか?
父の権力補助のための政略結婚かと思っていたが、だいぶ昔から決まっていたらしいこの婚約にはどんな意味があるのだろう。
考えたところで答えは出ず、それでも姉のような恋愛結婚ではないことだけは、はっきりとしていた。
御伽噺のような恋物語を夢見ていたが、自分は物語の中では大抵悪役の魔女らしい。
一人でぐるぐるとマイナス思考に陥っていると、ふと視界の端にアイラが映る。
「このままではニコラ様のお身体にも負担がかかるということで、私も渋々命令に従いましたが……お辛かったらすぐに言ってくださいな」
顔を上げて見上げると、アイラの瞳は心底心配しているように見えた。
「心配かけてごめんなさい。私が不甲斐ないばっかりに……でも、あの」
「?」
「魔力ってどうやってコントロールするのでしょうか?」
そもそもニコラが、自分が魔女だと知ったのは昨日だ。
魔力の何とやらも分からず、コントロールのしようもない。
一瞬考え込むアイラだったが、ぽんと手を打ち満面の笑顔でニコラに微笑む。
「今から、魔力を開放しますから。後は気合と根性ですわ」
「え?!」
次の瞬間アイラとフランツが何やら聞いたことのない言葉でしゃべり出した。歌を歌っているようにも聞こえるその流れるような不思議な言葉をじっと聞いていたら、突然体中が燃えるように熱くなった。
それが魔力開放の詠唱だったらしい。
急に空気が鉛のように重くなり、倒れこみそうになるのを天井から続く鎖が邪魔をする。
アイラが何かを叫んでいるが、聞こえない。
頭痛が酷くなり、吐き気もする。いつもの症状が出始めて、ニコラは改めて今までの体調不良の原因が自分の魔力とやらにあることを再確認していた。自分のなかの何かを必死に押さえようとしてみるが、どうにもならずにただ耐えることしかできない。
それから1時間もしないうちにニコラは意識を手放した。