魔女の条件
「あの、どういうことですか?」
あまりにも突飛なことを言い出したアイラに、ニコラはついていけないでいた。
そんなニコラを前に、アイラは話を続ける。
「ニコラ様が幼少の頃より体が弱く病弱だったのは、ニコラ様がお持ちの巨大な魔力のせいです。鞘のない剣を振り回しながらずっと過ごしてこられたようなものですわ。大きすぎる力は自分自身も傷つけ、魔力のない者は近づくこともできませんでした。私は魔術師団の一員でもありましたので、お側仕えが許されましたの」
嬉しそうに微笑むアイラを、ニコラはまだ訳が分からずただ見つめていた。
「魔術師団って……?」
「その名のとおり魔術師の一団です。魔術師の存在は国家機密になっておりますから、ごく一部の者しか知りませんが」
「魔術師って?」
この質問にはフランツが手を上げる。
「オカルト集団だよ」
「おだまり!!」
瞬時にアイラが一喝すると、フランツは部屋の隅にあったティーセットを弄り出した。
会話に入るのを諦めたらしい。
「あれは気にしないでくださいな。えっと、魔術師ですか? そうですね、簡単に言うと……魔力持ちの人間のことですわ。科学技術とは別の、少なくとも見かけ上は超常的超自然的な現象を引き起こす者、と言えば分かります?」
「?」
ニコラは首を傾げる。
「魔力持ちというのは、一般的ではない力を持っている者のことですわ。ほら、物語によく出てくる魔法使いと似たようなものです。魔法使いより“魔術師”の方が少しアカデミックな感じがするでしょう? 実際にウィスタリアの魔術師団には研究者も多いですから、魔術師って呼称が定着しておりますの」
「あの、私は魔術師とは違うのですか? さっきから魔女って……」
ニコラは不安げに目を泳がせる。
自分がいったい何者か分からず、混乱は最高潮に達していた。
「ニコラ様は別格ですわ。魔力がとてもお強いので、我々は敬意を込めて“魔女”様と呼ばせて頂いております」
「魔女? ……御伽話に出てくるあの魔女でしょうか? お姫さまに毒りんごを食べさせたり子供を攫ったりする、あの?」
「あら、頑張る女の子にドレスをあげて、王子様との恋を応援した者もいますわよ」
それもこれも、ニコラが知っているのは御伽噺に出てくるものばかりだ。
実際に魔術師や魔女がいるなど聞いたことがない。しかもこんな身近に。
「それが私や……アイラや、フランツ様もそうなの?」
あんなやつに敬称などつける必要はありません、とアイラは一瞬声を荒げたが、咳払いをして体勢を整える。
「はい。でも、先程申し上げた通り国家機密ですからご存知ないのも当然ですわ。国によって呼び方は違いますが、似たような力を持った者は沢山おりますのよ。ニコラ様はその中でも別格なのですけどね」
アイラは得意げに答えながら微笑む。
「ニコラ様が生まれてすぐ、魔術師団は強い魔力の反応を察知致しました。そのような部署があるんですの。魔力持ちの人間は貴重な国力ですから、他国に出て行かないように生まれてすぐ王宮の魔術師団に秘密裏に引き取られて訓練を受けます。もちろん、他国から命を狙われる可能性も高いので保護の意味もありますわ。ニコラ様の場合は、魔力がとてもお強かったので、制御できるような体力と精神力がつくまで、出来る限りそのお力を封印しておくことになりましたの。それまでは不便な思いをさせるかもしれないけれど普通に過ごして欲しい、というのが旦那さまと奥様のご希望でもありましわ」
「お父様もお母様もご存知なのですか?!」
「ええ、旦那様は魔力を全くお持ちではありませんけど、奥様は少しございました」
「……知らなかったわ」
本当に何も知らなかった。一気に知らされた真実に、ニコラは戸惑うばかりだ。
そこでふと疑問が沸く。
「あの、閣下はこの事をご存知なのでしょうか?」
「ご存知も何も当事者ですわ。ニコラ様が生まれてすぐアーダベルト様には知らされました。同時に婚約もほぼ決まったも同然でしたわ」
「婚約もですか?」
「はい、まあそれは追々……それより何か召し上がらないと。すぐに準備しますわ」
立ち尽くしたままのニコラを、アイラはゆっくりとソファに座らせた。
「ごめんなさい、今は何も口にできそうにないわ。このまま休んでもいいかしら?」
「ええ、もちろんですわ」
そう言いながら、アイラはフランツを引きずって部屋を出ていく。
また一人きりになってしまった部屋は、暖炉の火だけではもうすっかり暗くなっていた。
ニコラは静かに立ち上がって、アーダベルトが腰掛けていた窓辺へと足を運ぶ。
外は今日も雪が降り、雪雲で夜はいつもより重い。
「私は、いったい……」
その声は、夜の闇にひっそりと消えていった。