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将軍と魔女  作者: 八郎
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【臆病な婚約者】

アーダベルトは急いで部屋を出た。

が、後ろ髪を引かれるような思いにゆっくりと後ろを振り返る。

自分で閉めたはずの扉は固く閉ざされ、婚約者からの拒絶のように見えた。


「閣下、ニコラ様とはゆっくりお話できまして?」


扉の前でじっとしていたアーダベルトに、部屋の外で控えていたアイラが妖艶な笑みを浮かべながら近づいてくる。アーダベルトは、彼女にそこで待つよう指示していた数時間前の自分を思い出して激しく後悔した。


アーダベルトは昔から彼女のことをよく知っている。

常に美しく微笑んでいる彼女の世界がニコラを中心に回っており、それ以外には全く興味を示さないことも。

美しいと言われる容姿に似合わずその性格は実に腹黒く、何より自分を毛嫌いしていることも。


「いや……」

「まぁ、あんなに長時間部屋の中に居座っておいて、何もお伝えしてませんの?」

言葉使いは至って丁寧だが、所々毒々しい。

「……」

何も言わないアーダベルトを一瞥して、アイラは微笑むのを止めた。

「役立たずとはこの事ですわね。そもそも婚約者との初対面で血だらけの軍服を着てくる殿方がどこにいまして?」

「……」

アーダベルトはそれにも無言を貫き通していた。

黙っていると睨んでいるように見えるその表情は、一層恐ろしさを増している。

それに慣れているはずのアイラでも思わず一歩下がってしまっていたが、負けじとキッと睨み返してきた。

「もういいですわ。王宮を空けると聞きましたけど?」

「ああ、西に不穏な動きがあるので行ってくる」

「せっかく王宮にいらしたニコラ様をおいて? まあいいですけど。気絶するぐらい閣下が恐ろしかったのですわ。お可哀想に……例のことがなければ私は断固として反対しておりました。ニコラ様にはもっと他にお似合いの方がいたはずですわ」

「そうだな……」

それだけ言うと、アーダベルトは今度こそその場を足早に離れた。

遠くでまだアイラが甲高い声で何か言っているが聞こえないふりをする。

実際時間が押していたので、アイラと立ち話をしている暇などなかったのだ。

それでも足を止めてしまったのは、あの場を離れ難かったからだろう。


――さすがにあの格好のまま行くのはまずかったか。


アーダベルトは軍部へと向かいながら、先ほどの出来事を思い出して一人落胆していた。

もちろん、完璧なまでのポーカーフェイスで、彼が落ち込んでいるなどと思う者は一人もいない。

すれ違う騎士や侍女たちは、いつも通り深々と礼をとっていた。


*****


数時間前。

謁見の直前まで仕事をしていたアーダベルトは、婚約者の登城に乗じて王宮に侵入してこうとした賊を討ち取っていた。賊は特別な相手で、将軍であるアーダベルトも自ら赴かねばならなかったのだ。

その後、着替える時間も惜しかったので、そのまま婚約者の元へと向かったのだが……

「遅れた。申し訳ない」

アーダベルトと目が合った瞬間、婚約者のニコラ=アルバートは気を失って倒れてしまった。

自分の外見が恐ろしいのは知っていたし、それを別に何とも思ったことはなかった。

軍で将軍職を預かるようになってからは、むしろ役立っている。

しかし、今回ばかりは自分の容姿を呪った。

血まみれの服に驚いたのもあるだろうが、それを着ていたのが兄である国王だったらまた反応が違っただろう。

優しく女性受けのいい兄と違い、無駄に大きい身長と常に表情がない自分の顔は女性が好むそれではないことを、アーダベルトも周りの人間も周知していた。


アーダベルトは、部下の一人が倒れたニコラを抱き起こそうとするのを強引に奪った。

その行動は、まるで血まみれの魔王が生贄の少女を奪っていったような光景で、その場にいた全員が恐怖でしばらく動けずにいた。

そんな周りに気付く余裕のなかったアーダベルトは、そのままニコラを抱きかかえて彼女のために用意していた部屋へと運んだ。

抱きかかえたニコラは羽が生えているのではと思うほど軽く、ベットへ横たえたその肢体は透き通るように白かった。

アーダベルトはそんな彼女の紫の……アメジストのような瞳をもう一度見たくて、部屋で付き添うことにした。

片付けなければならない仕事は山程あったが、すべてニコラの眠る部屋へと運ばせ、眠りの邪魔にならないように静かに片付けた。もちろん服を着替えて。


結婚前の男女が密室で二人きりになることを断固として反対していたアイラは部屋から閉め出されたが、アーダベルトがニコラの側にいることがニコラにとって一番いいこともよく知っていたので、扉のすぐ側で待機することでやっと出て行ったのだ。


そうまでして二人きりになり、ゆっくり話そうと思っていたのに、いざニコラが目を覚ましてその瞳と目が会うと、アーダベルトはどうしたらいいのか分からなくなってしまった。

また気を失ってしまうかもしれないという危惧は、何とか大丈夫だったが、その瞳は恐怖で揺らいでいるように見えた。

近づこうとすると一歩下がられてしまい、ニコラの体が硬直したのが分かった。

顔色は幾分よくなっているようだったので、アーダベルトはこれ以上嫌われるのを恐れて、急いで部屋を出たのだった。


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