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将軍と魔女  作者: 八郎
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目覚めたら

「……?」


ニコラは見知らぬベッドの上で目を覚ました。いつもの気だるさはなく、幾分気分がいい。

上半身だけ起き上がって辺りを見回すと、上品で可愛らしい家具と調度品が目に入る。

一目で女性の部屋だと分かるそこには小さな暖炉があり、既に薪がくべられ部屋を温かく包みこんでいた。

ベッドはいつもの自分のそれよりだいぶ広く、ふわふわと心地よい。

「気持ちい……」

ニコラはせっかく起き上がった体を再びベッドに沈めた。

あまりの心地よさにまた眠りそうになって、そこでようやく疑問が沸く。


「ところでここはどこなのでしょうか?」


一生懸命自分の記憶をたどって、ニコラはようやく先程の失態を思い出して青ざめた。

血だらけの軍服を着ていつのまにか後ろに立っていた男性。

あれはどう考えても、婚約者である将軍アーダベルト閣下で……ニコラは彼の目の前で意識を失ってしまったのだ。不敬罪で打ち首ものである。


不安と緊張がだいぶ勝っていたが、これでもニコラはこの日を楽しみにしていた。

こんな自分を嫁にしてもいいと言ってくれた人に会える。

これでやっと自分も父やアルバート家の役に立てる。

だからこの2週間、ニコラはそれこそ心血を注いで会食でのマナーや謁見での挨拶の練習をひたすらしていた。今までベッドの上で本ばかり読んでいたニコラには、知識はあっても実践経験がない。実際に体を動かして一つ一つの動作の練習していくのはかなり辛く体力を消耗した。

それでも頑張ってきたのは全てこの日のため。

せっかく与えられた機会を大事にしたかった。がっかりされたくなかったのに……練習の成果を全く発揮することなく撃沈してしまった。あんな失態をしてしまっては婚約破棄されてもおかしくない。初対面で気絶してしまうなんて、相手への印象は最悪のはずだ。


ニコラはまたゆっくりと起き上がった。

今度はしっかりと体を起こして、この大きな、自分には不釣り合いなベッドから抜け出す。

広い部屋に人の気配はなく、しんと静まり返っていた。

アイラはどこに行ってしまったのだろうか。

「まさか。私のせいでアイラがお叱りを……」


「いや、部屋の外で待たせている」


「!!」

独り言だったはずのそれに返事が返ってきて、ニコラは体を強張らせた。

声はちょうどベッドから死角になっている窓辺から聞こえ、恐る恐るそちらへ視線をやると黒い人影が見える。

外はいつの間にか薄暗くなっていたようで、窓辺に腰掛けているように見えるその人物をはっきりと見ることはできない。

「あの……どちら様でしょうか?」

「……」

黒い影から返事はない。

「あ!!」

そこでニコラは慌てて身なりを整えた。

ここはあきらかに自分の部屋ではない。まずは自分が名乗らなければと思い直して、深々と礼をとる。

「失礼しました、私ニコラ=アルバートと申します」

――これでよし。

ニコラは満足して、もう一度ゆっくりと声の主へ視線を向けた。


「知っている。俺はアーダベルト=ウィスタリアだ」


「……アーダ、ベルト、ウィス……タリア?」


――え、将軍閣下?!


よく聞けば、ニコラが気を失う寸前に聞いたあの声だ。

呆然として立ち尽くすニコラに、アーダベルトはゆっくりと近づいてくる。

暖炉の火に照らされてようやくはっきりと見えてきたそれは、間違いなく先ほど一瞬目が合った漆黒の瞳だった。


――どうしましょう!!


ニコラは、急に自分の心臓が早くなったのが分かった。

若い男性と密室で二人きり。

服の上からでも分かる筋肉質な体は大きく、身長は見上げる程高い。

そのすべてが今までのニコラには無縁なもので……

思わず後ずさってしまったら、アーダベルトはそこで動きを止めた。

服は先ほどの血だらけの軍服ではなく、綺麗な王族の衣装だ。

「気分は、もういいのか?」

「……はい」

「そうか……俺は2・3日王宮を空ける。何かあったらアイラかフランツに聞け」

それだけ言うと、アーダベルトはすばやくニコラに背を向け、足早に部屋を出ていってしまった。


邂逅は5分もなかった。


一人取り残されたニコラは驚きと緊張の余韻でまだ呆然としている。

一体いつからあそこにいたのだろう。

全く気配を感じなかったのは、彼が軍人だからか単に自分が鈍かったのか。

外の暗さを見れば自分がどれ程眠っていたのか嫌でも思い知らされる。

せっかくアイラに整えてもらった髪は鏡を見ずとも乱れているのが分かったし、社交界で飛び交うようなセンスのいい会話は全くできなかった。

「はぁ」

ニコラは本日二度目の失敗に落胆した。

きっと今頃こんな女を婚約者にしてしまったことを後悔しているだろう。


――でも、もう少しお話したかったな。


そんなおこがましいことをつい思っていまうぐらい、アーダベルト将軍はニコラにとって魅力的だった。

じっくりと見た(といっても数分だが)彼は「王弟殿下」より「将軍閣下」という言葉がしっくりとくる。絵本の挿絵で見るような王子様とはだいぶ違う。どらかと言えば敵の魔王だったり、海賊だったり……それに近い。表情は皆無で一見すると冷淡だったが、漆黒の瞳はとても暖かく印象的だった。

散々失態をしてしまったニコラにも怒ることなく、むしろ体調を気にかけてくれた。

物語に出てくる魔王も海賊も、一見すると恐ろしいが根は優しかったりするのだ。


ニコラはぎゅっと胸の辺りをおさえた。心臓の鼓動は相変わらず早い。

いつのまにか今朝から続いていた頭痛と吐き気は消えていた。

その代わり……体中が熱を持ったようにあつかった。


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