その知らせは突然に
その知らせは今年最初の雪が降った翌日、とても寒い日にやってきた。
その日、ニコラは自室のベットの中から静かに降り積もる雪を眺めていた。あまり丈夫ではないこの体は小さい頃から咳・熱・腹痛のローテーションを繰り返し、無理をするとすぐニコラをベットに縛りつける。
昨日も、つい調子がいいからと庭に出て初雪にはしゃいでしまったら、案の定夜中に熱を出してしまい、昼を過ぎた今でもベットの上で過ごしている。外の静けさとは裏腹に屋敷の中は何故か慌しく、その騒音で今しがた目が覚めたところだった。
「今日はにぎやかですね、お客様かしら」
部屋の隅でそっと控えていた侍女のアイラに問えば、彼女も首をかしげる。
「来客の予定はなかったはずですが?」
うーん、と眉間にしわを寄せて考えこむ彼女はそれでも美しい。医術も心得ており、小さい頃からニコラの側にいてくれた侍女は、母を早くに亡くしたニコラにとって、母親同然の自慢の女性で、今年三十になるとは思えない美貌である。
ここは大陸の北に位置するウィスタリア国、その国の宰相であるジャン=アルバードの屋敷。
ウィスタリアの宰相と聞けば、誰もがその秀才さと美しさを褒め称える。柔和な顔立ちに似合わず切れ者。賢王と慕われていた亡き先代の国王の頃から仕えており、今は幼くして王位に着いた現ウィスタリア国王を影に日向に支え、国内外の王侯貴族たちからも一目置かれている。
没落貴族から這い上がって今の地位を築いているというところは、国民から支持を集めている理由のひとつだ。もちろん美丈夫だというところも大きい。
顔よし、頭よし、性格良し、そんな完璧宰相の家族もまた有名人だった。
宰相の妻レイラは、13年前病気で亡くなってしまったが、たいそう美人で宰相も溺愛していたらしい。一番上の娘シルヴィアは、さながら完璧宰相女版。父親譲りの外見に社交性と華やかさが加わり、求婚者が後を絶たなかった。そんな彼女もつい先日隣国へと嫁いでしまい「これでウィスタリアの社交界もさみしくなるな」というのは、独身男性たちの間でため息と共に漏れ聞こえる声である。宰相の一人息子であるレグルスは、若干十四歳ながらも将来を有望視されており、既に王宮に一室を賜り父の手伝いをしている。
そんな優秀な姉と弟に挟まれ、王宮から離れたこの屋敷でひっそりとして過ごしているのが、宰相の末娘であるニコラ=アルバードである。
美しい金髪碧眼の両親から生まれたはずなのに、姉弟の中でただ一人、黒髪に紫の瞳。「ニコラ様はお祖母様に似てらっしゃるのですよ、隔世遺伝と言うやつですわ」と、いつもアイラに慰めてもらっているが、白鳥の中に紛れ混んでしまった醜いアヒルの子のようで、そんな自分にいつも落胆していた。
おまけに小さい頃から続く原因不明の体調不良は、どんな医者に見せても改善することはなく……そんな脆弱な体では、姉と共に華やかな社交界へ出ることも、弟のように父について政務の手伝いをすることも叶わない。年頃の十七歳となった今では、有名人な家族とはすっかり縁遠くなり、社交界からも忘れ去られた深窓の令嬢となってしまっていた。
深窓の「令嬢」と言ってもお付きの侍女はアイラ一人。私生活では質素倹約を努める父の方針で、屋敷の使用人が必要最低限だったためだ。その数少ない使用人たちも、世話を焼くのは自然と華やかで将来有望なシルヴィアとレグルスばかりで、ニコラは使用人たちともあまり接点がなかった。それでも何とかみんなと仲良くなろうと、体調のいい日には屋敷の掃除・洗濯・庭にある畑いじりまで試みてみるのだが、結局その後体調を崩してしまい、屋敷のみんなの手を煩わせてしまう。そんな自分が情けなくて仕方ない。
宰相である父もその手伝いをしているレグルスも、仕事で殆どを王宮で過ごし、屋敷にはめったに帰ってこない。シルヴィアは結婚式の直前まで屋敷で過ごしていたが、昔から亡き母の変わりにアルバート家の女主人として忙しくしていたので、ニコラにかまっている暇はなかった。ニコラ付きの侍女であるアイラも、一日中ニコラにばかりかまっていられない。そのため、ニコラは小さい頃から一日の殆どを自室のベットの上で一人ぼっちで過ごしていた。
ここ数日のアルバート家は、華やかなシルヴィアが隣国の貴族へと嫁いでしまい、外の静寂と同じように静かな時間が流れていた。
それがどうだろう、今日はやけに騒がしい。ニコラは原因を突き止めようとそっとベットから降りた。
その時・・・
「ニコラ姉様!! 大変です!!」
とてつもない勢いでドアが開いたかと思うと、弟のレグルスが息を切らしながら部屋へと入ってきた。
普段はとても穏やかで、常にニコラにも礼節をもって接してくれる弟がめずらしい。
でも……ニコラはようやく納得がいった。
「レグルスが帰ってらしたのですね、今日は賑やかなはずだわ。お出迎えもせず申し訳ありませんでした」
「あ、ただいま帰りました……、いえ!! そうではなくて、大変なのです」
ニコラは首をかしげて久々に会った弟を見つめる。シルヴィアの結婚式以来だ。
「いったいどうしたのですか?」
レグルスはまだ息が整わないらしく、肩を揺らしている。そして、意を決したように大きく息を吸ってから一気にまくし立てた。
「二コラ姉さまと、将軍閣下の婚約が決まりました」
「……え?」