第0話
腕の中に心地よい重さと暖かさを感じる。
プラチナブロンドの髪を撫で、空色の瞳が私を見つめてくる。
まだ2歳になったばかりの子供を撫でながら、私はこの子と出会った時のことを思い出した。
私は、というより私たちの隊は、任務を終えて帝都に帰還している最中だった。そこに、周辺の探索を行っていた部下が焦った様子で私の元に来た。
「何があった?」
「ここから南東約10kmにある村から火の手が上がりました!」
「なんだと!?ヨハン、今すぐに隊をまとめ、現場に向かえ!私は先に行く」
副官のヨハンに声をかけると、私は自分の馬に鞭を打ち、村まで走らせた。
「ちょっと、隊長!一人で行っては危険です、って言っても止まらないし!」
後ろから信頼している副官の声が聞こえる。ヨハンの困ったような顔が思い浮かび、少し微笑するが、すぐに今起きている事態に思考を向ける。
村は酷い状況だった。家には火がつけられ、村人が殺されていた。
これは魔物や盗賊の犯行ではないことは明らかだった。
女性は乱暴された様子は見えず、金を奪っていったようにも見えない。
ただ殺すために殺した、そういう状況だった。
生存者がいないか捜索していると、少し離れた所から悲鳴が上がった。
その声の元まで全力で走り、黒いフードの男が女性の背に斬りつけるのを見た。悲鳴は斬られた苦しみによる呻きに変わる。女性は布に包まれた何かを守るように倒れた。
私は抜刀しながら男に向かって駆け、一瞬のうちにその胴を薙いだ。男は私の接近に気づいたようだが、気づいた時にはすでに上半身と下半身が別れていた。
男を斬り捨てると、背を斬られた女性に近づき、傷の具合を確かめた。右肩から背中をズタズタにされていた。背中にはそれ以外にも、服が斬られたように破けていたり、それに沿って血が染みていたりしたが、傷は先ほど斬られたもの以外見当たらなかった。
女性の服装の状態と体に疑問はあったが、今は背中の傷をなんとかしなければ。血を止めようと手で押さえたが、血は際限なく溢れ、地面を朱に染める。この場での治療は不可能だと思った。
黒髪赤眼とこの国では珍しい容姿をした女性は私を確認すると、
「この子を…5日前に産まれたば、かりの私の子を…」
言葉をなんとか発し、抱えていた赤ん坊を私に差し出そうとするが、傷のせいかその腕は思うように上がらない。
「ああ、大丈夫だ!この子もあなたも助ける」
女性が差し出した赤ん坊を受け取りながら私は答える。私では不可能でも、ヨハンならこの傷をどうにか出来るかもしれない。
「ヨハン!こっちに来てくれ、ヨハン!」
大声で副官の名前を呼ぶ。私が来た方向から音が聞こえるから、ヨハンも近くに来ているはず。
「すぐにこの傷を治せる者がやって来る。それまで頑張ってくれ」
女性を元気付けるが、その瞳からは急速に光が抜けていく。
「ソフィアンを、どう、か…」
そう言って女性は息を引き取った。
ヨハンが来たのは女性が事切れてから間もなくのことだった。女性のそばで赤ん坊を抱えた私を発見し、暗い顔をする。自分がもっと早く来ていれば、と後悔しているのかもしれない。私も同じ表情をしてるのだろうなと思った。
「この子を安全なところに。私は火を消してくる」
ヨハンに赤ん坊を預けた後、私は一人、消火作業を始めた。
村をぐるっと回り、10分で消火を済ませた。その間も生存者の捜索を行ったが、村人は全員殺されていた。その村人たちは皆、プラチナブロンドの髪に空色の瞳という外見で、先ほどの女性のような外見の者はいなかった。
村人は一人を除いて一撃で殺されていた。このことから、この犯行がかなり力のある個人、もしくは集団によるものと推測した。黒フードの男の腕は良かったが、一人で村人を逃さずに殺すのは不可能なことから、集団による殺戮だと思われる。が、残った手掛かりは黒フードの男の死体だけ。それだけでは誰が何の目的で行ったかまでは分からなかった。この村を邪魔に思った人間の仕業か、とも考えたが、結論が出るわけがない。
疑問も残る。あの男の腕は外道ながら悪くなかった。なのになぜ私が発見する前から斬られたような痕があったのか。一撃で殺せる腕がありながら、殺せなかった。私にはそう思えた。
考えても仕方ない。思考を現実に向ける。
ヨハンによると、赤ん坊…ソフィアンに外傷はないようである。母親と思われる女性が身を挺して守ったその体を抱く。産まれたばかりの赤ん坊の軽さに、守らなくてはならないという気持ちを抱いた。女性を助けることができなかった贖罪と、この子を託した女性の気持ちを考え、私が立派に育ててみせる!と心の中で誓った。
その後は、ソフィアンの負担にならないよう、ゆっくりと隊を進め、普通なら帝都まで4日で着く道を、10日かけて進んだ。道中は、子育ての経験のある仕官やヨハンの助けを借りて、何事もなく帝都に着くことができた。帝都に着くなり、私は任務の報告や隊の後処理などを行い、軍を辞めた。軍にいれば私がソフィアンを育てるのは不可能だと思ったからだ。引きとめる声は多々あったが、私の思いは変わらなかった。
両親はもういないが、私が育った故郷で暮らそうと考え、携帯食糧などの旅の道具を揃えた。買い物の途中でヨハンと会い、なぜかヨハンも軍を辞めて私に付いて行くと言いだした。医学の心得のある自分が一緒の方がソフィアンに何かあった時に安心だ、とヨハンが言うので、なるほどと思い了承したが、一応確認はした。
「本当に良いのか?」
「良いんです。カルラ隊長には俺が付いていないと不安なんです」
「おいおい、私はそこまで心配されるようなヤツじゃないぞ?それともう隊長じゃないぞヨハン」
そんなやり取りをしつつ、旅支度を進めた。
必要なものは全て揃え、最低限の私物を買い取った馬車に積んで、私たちは帝都を離れた。
旅の最中はソフィアンが夜泣きをしたり、お漏らしをしたりと大変だった。最初は右往左往していた私だったが、ヨハンがどうすれば良いか教えてくれた。やはり私の副官は有能だな、と再認識した。あ、もう副官ではなかったか。
3ヶ月にも及ぶ馬車の旅を終え、故郷・ヴィーラに帰ってきた。
ヴィーラは、隣国であるアルメリア王国との国境にもなっているプラトュス河の近く、かつ魔物領カルサを隔てる山の中にある村で、人に知られていない為、隠れ里のような所である。赤道付近に位置している為、年中めちゃくちゃ暑いが、山の中は食材が豊富で、川には魚もいる。食糧に困ることはないから暑さは我慢する。
最初行き先を言った時、ヨハンがかなり渋っていた。当然の反応だろう。カルサは魔物が支配する土地で、そこにいる魔物は国内に現れるモノよりもずっと強力だ。そんなカルサのすぐ隣で生活するのは危険なのではないか?と考えるのは当然のことだ。しかし私は言った。
「村の人間はみんな強いから問題ない!」
ヨハンは呆れていたが、私の方を見て納得していた。何だその珍獣を見るような眼は。少しむかついたから軽く殴った。
ヴィーラに入ると、村のみんなが集まって来た。突然の帰郷に驚いていたが、「おかえり」と暖かく迎えてくれた。村の男たちは、私がヨハンを連れていることに先ず目を丸くし、その後にソフィアンを見てあんぐりと口を大きく開けていた。村の女性は『カルラにも春が来たんだねぇ』とか感慨深げだ。なぜそんなに驚くのだろうか?なんとなくだが、年の近い野郎は殴っといた。
私の家は長い間空けていたにも関わらず綺麗で、私の留守中も村のみんなが手入れしてくれたのだと思った。とてもありがたい。感謝。殴ったあいつらも手伝ってくれたのかと思うと、殴ったのがすまないと思ってきた。後で謝罪と感謝をしよう。
ソフィアンは私が育てるつもりでいたのだが、ヨハン曰く、
「カルラ隊長だけだと心配」
らしく、ヨハンも一緒に暮らすことになった。未だにこいつは私のことを隊長と呼ぶ。何度カルラで良いと言ったことか…
そんな私とヨハン、そしてソフィアンの暮らしが始まった。
この世界には魔法がある。誰もが使えるわけではないが、その力は強大だ。私もヨハンも魔法を使うことができ、私は火を操り、ヨハンは傷を癒すことができる。
ヨハンはその魔法と、薬草やその使用方法などの医術の知識から、開き家を借りて診療所を始めた。村にはちゃんとした医者がいなかった為、大変歓迎されていた。
私はヨハンが使う薬草を採取するついでに森で魔物を狩って生活の糧にしていた。
日中、ソフィアンはヨハンの診療所にいた。同い年の子供がいる母親などが訪ねてきて色々と世話を焼いてくれる。ありがたい。
狩りを終え、家に帰ってからは毎日ソフィアンに話しかけた。最初は責任感から育児をしようと思っていたが、ソフィアンと一緒に暮らしていくうちにこの子が愛しくなって、私の生きがいになった。
「ママですよー」
「パパですよー」
ヨハンが便乗したが、この子にとっては父親同然かと思い、突っ込まなかった。少し顔が熱くなった。なんでだろう?
そんな生活を1年続けた。すっかりこちらの生活に慣れたヨハンは、最近は私のことを隊長ではなくカルラと呼ぶ。呼び捨てで良いと言ったのだから文句はないが、呼ばれる度になんか心臓がドキドキする。わからん、今度ヨハンに訊いてみるか。これって病気なのかと。よし、森に行こう。
ヨハンから聞いていた特徴の薬草を発見した後、帯電した大きな角を持った2mほどの大きさの魔物、ライトニングディアを倒して村に戻った。ライトニングディアは食べられる部位が多く、その肉は美味だ。帝都で暮らしていた頃は滅多にお目にかかれない食材だったが、この村では食べなれた味である。ライトニングディアの角は素材として優秀な為、高値で取引される。ヴィーラに来る商人はいない為、誰かが近くの街に降りるときに売ってもらうか、村の鍛冶屋に渡すかの2択である。武具などは手持ちのもので十分あので、これは倉庫に入れておこう。
以前、ライトニングディアを狩って帰って来た時は
「やはりここは戦闘民族の村だったのか」
などと頭を抱えながらブツブツ言っていたヨハンだったが、1年も生活しているうちに慣れたようだ。参考までに、ライトニングディア一体が集落のそばに現れた場合、集落の全員が物を持たずに全力で逃げる程度の魔物である。慣れってスゲーなー。
ライトニングディアの解体を終え、村のみんなと少し話をしてから家に戻った。ヨハンは既に仕事を終えていたらしく、ソフィアンと遊んでいた。イタズラ心でソフィアンを抱き上げてヨハンから離してみたら、ひどくショックを受けた顔をしていた。罪悪感を感じたのでソフィアンをヨハンに返すと、とてもうれしそうな笑顔をしていた。その笑顔に少しボーっと見とれていた。どうしたんだろう最近?変だ自分。
今日もヨハンと一緒にソフィアンに話しかける。
「ソフィーちゃんママですよー」
「パパですよー」
今日も便乗してきたヨハンだが、すっかり慣れて気にもしなくなっていた。慣れってスゲー。
私はソフィアンのことを『ソフィーちゃん』と呼ぶ。こんなに可愛い子が天使じゃないわけがない!という親馬鹿全開な良く分からない理由だ。ヨハンもこっそりそう呼んでいるのを知っている。可愛いは正義!
そんな日課になった光景だったが、今日は少し違った。
「まーま、ぱーぱ」
「しゃべったあああああああああああああああああああああ」
うるさいのでヨハンを殴って黙らせる。すぐに復活するヨハン。いつも冷静なヨハンが取り乱す、その気持ちはわかる。私もソフィアンがママと呼んでくれたことがとても嬉しい。私とヨハンは二人していつの間にか抱き合って飛び跳ねて喜びを分かち合っていた。そんな中突然真剣な顔をしたヨハン。何か大切なことを言おうとしているとわかった私も真剣な顔をする。
「俺はソフィアンのちゃんとした父親になりたい」
「?えっと、それってつまりどゆこと?」
「カルラのことが好きだ。結婚してくれ!」
言われた瞬間顔が真っ赤になった。ここ最近のヨハンに対する反応の理由がわかった。やっと自覚した。私もヨハンのことが好きだったのだと。
「私もヨハンが好きみたぃ…」
最後の方は恥ずかしくて尻すぼみだったが、ちゃんとヨハンには聞こえたらしく、とても喜んでいた。と同時に家の外から
「おめでとうカルラ!」
「カルラを泣かせるんじゃねーぞ!」
「先生おめでとう!」
「良く言ったなヨハン、おめでとう」
などと声が聞こえる。ソフィアンが言葉を発した喜びからかなり騒いだため、村の人が何事かと近くまで来ていたようだ。恥ずかしさに顔を赤くするヨハンとさらに顔を赤くする私は、恥ずかしさを誤魔化さずに手を繋いだ。
2週間後、私とヨハンは夫婦になった。ヨハンは入婿である。
ソフィアンは私たちの話した単語を、綿に水がしみ込むように覚えていった。私とヨハンはそれを見て喜び、
「ソフィーちゃんかわいい!」
「うちの子は優秀だな」
などと親馬鹿丸出しの発言をしていた。
ソフィアンが2歳になる頃には、一人で立てるようになり、話しをすることもできるようになった。他の子供はまだ片言で言葉を発する程度だが、語彙は少ないがソフィアンは会話をしていた。ソフィーちゃんってホント天才ね。
私たちの息子、ソフィアン・レーヴェの将来が楽しみである。
(11/7/22)
アルメリア王国とバルディア帝国の国境の河の名前をプラトュス河としました。
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