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死んだ男が蘇ったと思ったら、自分も死んでいた

若い男は、ゆっくりと目を開きました。目の前には、色のない薄く明るい空間がどこまでも広がっています。空間には雲ひとつ染みひとつありません。目線を動かしても、見えるものには何の変化も無く、薄く明るい空間だけが広がっています。「ここはどこなのだろう」若い男は思います。そして、自分がどこにいるのか、何故ここにいるのか考えてみますが、思い当たる理由が見つかりません。こんな所に来た憶えは全くないのです。

空間をどのくらい見ていたのでしょうか、暫くして若い男は、自分が仰向けの状態で横たわっている事に気が付きました。目を開いてから、しばらく上下左右の感覚を無くしていたようです。手をついて体を起こして立ち上がりました。起き上がる時に、掌には細かい砂粒がびっしりと付いています。若い男は、掌の砂粒を丹念に払い落とし、周りを見回しました。しかし、周りを見回しても、なんの建物も、どこかへ通じそうな道も見当たりません。土地の起伏も余りないようです。何もない薄く明るい空間が、どこまでも広がっているだけでした。若い男は、何かふわふわした不思議な感覚に包まれていました。自分が記憶喪失になってしまい、今の状態を把握できていないのではないかと考えます。

しばらくすると何故か、花の蜜に誘われる虫の様に、ある方向に引き付けられ、自然と歩き始めました。しかし、長く歩き続けてみても、地平には砂の地面と同じ様な空間がどこまでも広がっているだけでした。若い男は、ここは砂漠なのだろうかと考えます。知らない砂漠に、一人で取り残されているのだろうかと思ってしまいます。しかし、取り残されたのかもしれない考えに対しては、なんの不安も起きる事はありませんでした。その後、何も考えないで、砂の上を歩いていると、前から男の声が聞こえてきました。

「おーい、こっち、こっち。こっちだ」

声のする方向に進んでいくと、年老いた男が、大きな石を椅子にして座っています。老いた男は、若い男にこっちに来いと手招きしています。若い男は、その老いた男を見てとても驚きました。それは、声をかけてきた老いた男の事を若い男が知っていたからでした。老いた男は、若い男の国では、とても有名な歌手だったのです。しかし、若い男が驚いた理由は、他に有りました。有名な歌手のその老いた男は、最近亡くなった事が国のニュースで広く知れ渡っていたからです。若い男は思わず、老いた男にたずねていました。

「あなたは死んだはずですが」

「そうなんだよ。一回死んだんだけど、なんと、生き返ったんだよ!・・・それはまぁ残念ながら嘘だけど。ちゃんと死んでいますよ。それとね、君も死んでいるんだよ」

「え?」

若い男は、自分が死んでいると言われた言葉の意味を、すぐには理解する事ができませんでした。老いた男の言い方に重みがなく、死という深刻な出来事と釣り合っていなかったせいでしょうか。そして、若い男は自分のことを死んでいると言っている、この老いた男は、自分が知っている有名な歌手ではなく、歌手に似ている老人が、自分をからかっているのだろうと思います。そして、二人とも死んでいると、つまらない嘘をつくこの老人は、自分を見失ってしまった気の毒な人なのだろうと考えました。そして、知らないところで、この変な老人を相手にするのは、面倒だなとも思います。それでも、何もわからない今の自分の状況を考えると、目の前のこの老人と話をするしかないのです。

「あなたも私も死んでいませんよ。こうして私と話をしているではないですか」

「それがね、違うんだよ。ここに来た君も俺も、二人とも死んでいるんだよ。それでね、君に君が死んでいる事を伝えるために、俺はここで君を待っていたんだ」

死んだ人が、死んだ人に、死んでいる事を伝える?何て変な事を言っているんだろう。老人は自分を見失ったどころか、完全に狂っているのだと若い男は思いましたが、とりあえず老人のいう事に合わせて、話を進めることにしました。

「あなた一人で、私が来るのを待っていたんですか?」

「一人だよ。誰が来るのかは知らなかったけど、来たのが君だから、俺は君を待っていたことになんじゃないかな」

「他に誰もいないのですか」

「俺と君の二人だけだ。死んだ人が、順番に一人ずつ来るみたいだね。一人が去ったら、次の人が来て、残った二人で話し合う。今回は残ったのが俺で、次の人が君だな。前にいたのは10歳くらいの女の子だったよ。その子も次の人が来るのを待っていたそうだ。その子も誰が来るか知らなかった。それに、俺の事も俺の歌も知らなかったよ」

若い男は、10歳位の女の子がいたと聞いて、これ以上、狂った老人と話をするのは無駄じゃないのかと考えてしまいます。それに会話が狂った老人のペースで続くのも、どうしたものかと考えたのですが、老人の前にここにいたという、10歳の女の子の事について、気になって聞かないではいられませんでした。

「女の子も死んでいたのですか。幼いのに」

「そうだよ。いい子だったよ。俺のため一生懸命に話をしてくれたよ」


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