第八章:聖剣とのガチャ#2
冒険者ギルドの重厚な木の扉を押し開ける時、俺はすでに万全の心の準備を整えていた。
長年のラノベ読者としての経験から言えば……粗末な布の服を着た初心者がギルドに足を踏み入れれば、絶対に顔に傷のある柄の悪い大男たちが、安い麦酒を飲みながら絡んでくるはずだ。
そこで俺が隠された実力をチラ見せして、「実力を隠して無双する」という王道テンプレを展開し、ついでにエルフの受付嬢の視線を釘付けにするのだ。
しかし、現実はいつだって警察を呼びたくなるほどシビアである。
ギルドの中はハエ一匹飛んでいないほど閑散としていた。ロビーには定年退職間近のようなお爺ちゃん冒険者が数人、隅っこでお茶をすすりながら異世界将棋のようなものを打っているだけ。
「いらっしゃいませー」
カウンターの奥にいる受付嬢は、退屈そうに頬づえをついたまま、顔すら上げない。
「冒険者の登録なら、そこの自動登録機にコインを入れてくださいねー」
彼女の適当な指差す方向を見ると、そこにはアーケードゲームとプリクラを合体させたような、ホコリまみれの鉄の箱が置かれていた。
機械の上には、ヘタクソな字で書かれた木札がぶら下がっている。
『冒険者自動登録機(1回・銅貨2枚。故障時の返金不可)』
(……佐藤さん、この異世界、ちょっとテキトーすぎませんか?)
俺の腰で、リリアがドン引きしたような声を響かせた。
(きれいなお姉さんが水晶玉に触れて、「きゃあっ!なんて膨大な魔力なの!?」って驚く王道イベントすらないんですか?)
「黙れ、これが産業の自動化ってもんだ」
俺はギリッと歯を食いしばって自分を慰めながら、そのポンコツ機械の前に立ち、銅貨を2枚入れた。
「ガコンッ」
古い歯車がこすれる不快な音とともに、画面に文字が浮かび上がった。
【センサーパネルに手を置いてください。正面を向き、耳を隠さないでください】
「ピピッ――測定完了。印刷中」
機械の下部から「ジジジジッ」と音が鳴り、長〜い感熱紙のレシートが吐き出された。
俺は急いでレシートを引きちぎり、リリアも脳内で興味津々にのぞき込んできた。
レシートの内容はこうだ。
【総合ステータス測定・分析レポート】
基礎生命力 (HP): 95(当大陸の平均的成人男性より5%低い)
基礎魔力値 (MP): 95(当大陸の平均的成人男性より5%低い)
総合職業判定およびパーティ内ポジションの推奨:
激しく推奨されるポジション:【使い捨ての肉盾 / 罠よけの掃除係】
俺は、自分の人生を嘲笑うかのようなそのレシートを呆然と見つめ、両手をかすかに震わせた。
(ブッ……アハハハハハハッ!)
リリアが俺の脳内で、狂ったような爆笑の渦を巻き起こした。
(一般人より5%低いって!転生したのに普通のおっさん以下じゃないですか!しかも平均以下の虚弱体質なのに、システムから公式に『使い捨ての肉盾』認定されてますよ!**おめでとうございます佐藤さん、あなたは今、公式認定の『粗悪な便利ツール(社畜)』です!)
「黙れ!このポンコツ機械が老朽化してて、俺の隠された才能を読み落としたに決まってんだろ!」
俺は心の中で逆ギレして吠え、悪意に満ちた感熱紙のレシートをクシャクシャに丸め、ゴミ箱に思い切りたたきつけた。
ふざけんな!ボロボロの自販機とサビた鉄剣にナメられて、転生者としてのプライドが許すか!
機械が俺の偉大さを測定できないなら、実戦の戦績でこの機械の顔面をぶっ壊してやる!おっさんのポテンシャルをなめるなよ、異世界!
よくわからない悲壮感と負けん気を爆発させ、俺はクルッと振り向き、ロビー中央の受付カウンターへ大股で歩み寄った。
俺は木製のカウンターを両手でバンッと叩き、相変わらず頬づえをついて半目の受付嬢に向かって、自分史上最高に「哀愁漂う強者のオーラ」を作って、わざと低い声で言い放った。
「あのな、ここにある一番難易度が高くて、一番報酬がデカい高ランク魔物の討伐クエストを出してくれ!」
受付嬢はようやく顔を上げ、珍獣でも見るような目で俺を上から下までジロジロと見た。そして、腰にある地味な鉄剣に視線を落とし、プッと吹き出した。
「おっちゃん、情報遅すぎじゃない?今どき、討伐するような高ランク魔物なんて残ってないよ?」
受付嬢はカウンターの下から羊皮紙の地図を取り出し、赤いペンでいくつか大きなバツ印を書いた。
「ほら、ここの『暗黒竜の巣』、こっちの『ハイオークの集落』、それから西の『デスナイトの墓所』。これ全部、数ヶ月前に『勇者ライアン』様が一人でぜーんぶお掃除しちゃったの!」
「……は?勇者ライアン?」
俺は固まった。
「そう!ライアン様はこの世界の救世主よ!」
受付嬢は両手で頬を包み、両目をピンク色のハートマークにした。
「聞くところによると、天界の超絶イケメンな神様が自ら選び抜いて派遣した転生者なんだって!顔はカッコいいし、実力は最強、しかも全属性魔法マスターのチート持ち!彼、今はもう北の王国にいて、魔王城にカチコミに行く準備をしてるのよ!」
(……ま、待ってください!)
脳内で、リリアの高い声が感電したように響いた。
(天界の超絶イケメン神様?勇者ライアン?あっ!思い出しました!)
「何を思い出したって?この『店』のナンバーワンホストか?」
俺は心の中で不機嫌にツッコミを入れた。
(店じゃないです!ここは異世界です!)
リリアが俺の脳神経にガンガン響く声で叫んだ。
(ルシアン先輩が私たちの手続きをあんなに手慣れた感じで処理した理由がわかりました!その『勇者ライアン』って、先輩が実習主任に昇進する前に、直接手塩にかけて育てたSSR級の超特待生ですよ!)
「……どういう意味だ?」
(つまり!この世界は、ルシアン先輩がもうすぐ『完了』させようとしているプロジェクトなんです!先輩はとっくに完璧な勇者を派遣して、この世界の高難易度クエストを全部クリアさせちゃってたんですよ!
私たちは今、トッププレイヤーが狩り尽くした後の『過疎った初心者サーバー』に放り込まれただけなんですぅぅ!)
リリアの解説を聞いて、俺の口角はピクピクと激しく痙攣した。
なんだそれは?
人間界で10年も社畜をやって、やっとの思いで異世界転生したのに。
フタを開けてみれば、前任者がすでに数千万規模のビッグプロジェクトを終わらせて手柄を全部持っていった後の、シュレッダー掛けとゴミ出ししかやることがない「窓際部署」に左遷されただけじゃねえか!!
「……それじゃあ、俺が今から魔王を倒しに行こうと思ったら……」
俺は震える声で受付嬢に尋ねた。
「だから、おっちゃんが聖地巡礼(観光)に行きたいなら、町から出てる北の王国行きの『直行・豪華乗り合い馬車』に乗って、ライアン様のパーティのケツにくっついて魔王城の前で野次馬でもしてればいいのよ」
受付嬢はニコニコしながら、親指と人差し指で丸を作った(お金のジェスチャー)。
「片道切符で、金貨1枚ね。予約しとく?」
俺は黙って初心者用の小さなリュックを開けた。
中にはサビた銅貨が10枚。馬車のタイヤのネジ一本すら買えやしない。
「……あの、何か残ってるクエストはありませんか?」
俺は屈辱に震えながら、気高い勇者の頭を深く下げた。
「うーん、そうだねえ。高ランク魔物が狩り尽くされちゃったせいで、低級魔物の天敵がいなくなってさ。最近、東の森で『ジャイアント・スライム』が突然変異して、家みたいなデカさになって街道を塞いじゃってるのよ」
受付嬢はクシャクシャになった依頼書を差し出した。
「ジャイアント・スライムの討伐。報酬は銀貨10枚ね。がんばってね、おっちゃん!」
10分後。
俺とリリア(剣)は、ギルドに併設されたボロい酒場の隅っこに座っていた。俺の目の前には無料の「ただの水」と、護身用の武器になりそうなほどカチカチの「黒パン」が一つ。
俺は黒パンを力いっぱいかじり、前歯が砕けそうになりながら、目尻に屈辱の涙を浮かべた。
「俺は苦労して転生したのに、馬車代を稼ぐためにスライムを狩らなきゃならんのか……」
(ポジティブに考えましょう!少なくとも、凶悪な暗黒竜と戦わなくて済むんですよ!世界で一番安全な実習環境じゃないですか!ルシアン先輩の慈悲に感謝すべきです!)
肉体の縛りをなくしたリリアは、テレパシー越しに完全に遠慮をなくし、完全なる「対岸の火事を楽しむネット民」と化していた。
「うるせえ。さっさと本題に入るぞ」
俺は念動力で再びシステムウィンドウを呼び出し、残りの4つの「?」マークを睨みつけた。
「1回目はターボライターだったが、今から第2連を回す。まともな攻撃魔法さえ出れば、デカいスライムくらい……」
(待った!佐藤さん!2回目のガチャは私に引かせてください!)
リリアの声が急に裏返り、俺の脳ミソをビリビリと震わせた。
「お前に?剣のお前がスキルもらってどうすんだ?印を結ぶ手すらないだろ?」
(状況をわかってます!?私、今、大根を切っただけでも刃こぼれしそうなサビた鉄剣なんですよ!
これからジャイアント・スライムを殴りに行くんでしょ!?こんな耐久値じゃ、3回斬っただけで酸液に溶かされて折れちゃいますぅ!
それに1回目のガチャはあなたが引いたんだから、常識的に考えて、2回目は『同行案内人 兼 連帯保証人』の私に回ってくるのが筋ってもんでしょ!私だってレベルアップしたいです!光り輝く伝説の聖剣になりたいんです!)
「わかったわかった、やるよやるよ」
俺は白目をむいた。どうやらガチャから出るスキルは対象を指定できるらしい。このポンコツ剣がそこまで言うなら、運試しさせてやるか。
俺は心の中で「専用武器・リリアにスキルを付与」と念じながら、2つ目の「?」マークをタップした。
『ピロリンッ!』
ボロい酒場の中で、ド派手な金色の光が弾けた。俺にしか見えない光景だが、それでも叙事詩のようなエフェクトに胸が高鳴る。
【システム通知:専用武器が特殊スキルを獲得しました!】
紫色に輝くスキルカードがフワリと浮かび上がった。
「おおおっ!紫の光!エピック(SR)級か!?」
俺は興奮して叫び、急いで目をこらした。
【スキル名:超高周波バイブレーション(専用武器・リリア限定)】
【スキルレベル:SR】
【スキル説明:発動後、剣身が1分間に1万回の超高周波で微小振動する。】
【備考:振動時は「ヴヴヴヴヴ」という音が発生する。このスキルは切れ味や攻撃力の向上には一切寄与しないが、その独自の周波数は、ガチガチに凝り固まった肩や首の筋肉をほぐすのに特効がある。まさに異世界での旅行や、疲労回復に欠かせないマッサージ神スキルである。】
「……」
俺は、突如として「ヴヴヴヴヴ」と激しく震え出し、俺の太ももまでビリビリと麻痺させてくる腰の鉄剣を見つめ、深い思索に沈んだ。
「……リリア」
(……なんですか?)
リリアの声は、魂が抜け出たようにスカスカだった。
「お前、今自分が『超特大の電動マッサージャー』になってるって、自覚あるか?」
(黙れ!言葉にするな!殺しますよ!今すぐあなたを切腹させますよ!)
リリアが発狂して叫ぶと、剣身の振動はさらに激しくなり、ヴヴヴという音が腰回りに酸っぱいような、心地よいような微妙な痺れをもたらした。
「わかった、もう震えるな。これから歩かなきゃいけないのに、足がガクガクになっちまうだろ」
俺は笑いを必死にこらえながら、ずっとしゃべり続けているその「神聖なるマッサージ機」を腰から外し、リュックの中に乱暴に突っ込んだ。
「行くぞ、リリア。日が暮れる前に、町外れに行ってそのデカいスライムで『リフレッシュ』してこようぜ。ついでに魔王城行きの運賃も稼がねえとな」
(私を出して!カチカチの黒パンと一緒にしないでぇ!佐藤さんのバカァァァァァーーーッ!)
リュックの中から響き渡る「ヴヴヴヴヴ」という狂暴な振動音とともに。
ターボライターのオッサンと、専用のバイブ剣(女神)は、ツッコミどころ満載の異世界雑用係の旅へと、正式に足を踏み出したのだった。
読まなくても全く問題ない裏設定
ギルドの受付嬢はハーフエルフである。
御年180歳(人間でいうところの、ピチピチの18歳)。
最近ようやく「正社員」に昇格したばかりなのだが……。
勇者ライアンがこの地域の魔物を根こそぎお掃除してしまったせいで、ギルドの仕事はヒマになる一方。給料もたいして良くないため、実は「来月には退職しよう」と決意している。
(彼女が佐藤に対してあんなに塩対応だったのも、「どうせ来月辞めるし」という完全な『消化試合モード』に入っていたからである)
彼女がギルドを辞めた後の予定は、北の王国へ旅立ち、憧れの「勇者ライアン様」の勇姿をひと目見ること。
そして、あわよくば「勇者パーティに加入したい!」という夢を抱いている。
ハーフエルフなので、一般人よりはそこそこの戦闘力を持っているのだが……。
チート勇者パーティと比べると、その実力差は天と地ほど離れている。




