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クレーム転生   作者: つきゆかり
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第五章:天界クレーム大炎上

「で、君は佐藤くんを事務所まで連れてきちゃったわけだね?」

天界転生管理事務所・第三支部の主任室。 その部屋の空気は、今にも水滴が落ちてきそうなほど重苦しかった。

そうつぶやいたのは、第三支部のトップであるレジス主任だ

彼は立派なマホガニーのデスクの奥に座り、湯気のたつ天界高山茶の入った湯呑みを手にしている。 その目は、まるでこの世のすべてを悟り、今にも仏になりそうなほど穏やかで、目の前で繰り広げられる理不尽な光景をただみつめていた。


デスクの脇では、数十分前まで転生ルームで俺とやり合っていた見習い女神のリリアが、手本のような美しい「正座」でカーペットにめり込んでいた。

頭は床に付きそうなほど下がり、両手でスカートのすそをギュッと握りしめている。 天界のタブーを犯したウズラのように震えあがり、頭頂部のアホ毛までブルブルとふるえていた。


そして俺、佐藤誠は。 借金の取り立てに来たヤクザのように腕を組み、デスクの正面に堂々と立ちはだかっていた。


「当たり前だろ」

俺は冷たく鼻で笑い、あのゴミスキルだらけの羊皮紙のリストを「バンッ!」とレジス主任の机にたたきつけた。


「主任さんよ、俺はとっても話のわかる男だ。下っ端のカスタマーサポートに客の問題を解決する権限がないなら、当然、上の人間を呼んで『お話し合い』をするしかない。これが人間界のサービス業の鉄則ってもんだ」


レジスは湯呑みをコトリと置き、ゆっくりと、長く、深いため息をついた。


(ああっ!主任が湯呑みを置きました!ため息をつきましたよ!あれは主任の必殺技『のらりくらり回避の術』の予備動作ですぅぅ!)

床に土下座しているリリアは、表向きは一言も発せないでいたが、彼女の脳内ではツッコミの弾幕が津波のように激しく流れていた。


(佐藤さん、甘すぎますよ!レジス主任は年金待ちの区役所のおじいちゃんに見えますけど、実は三万年も生きている超ベテランの神様なんですからね! 先輩たちのウワサによれば、二万年以上前には、たった一人で多次元宇宙の崩壊の危機を何度も救ったことがあるらしいんです……今はただの、めちゃくちゃ、すんごーく、超絶面倒くさがりの『給料ドロボウ』に成り下がってますけどね!)

リリアは床に顔をこすりつけながら、チラッと主任の温和な顔を盗みみし、心の中で絶望の叫びをあげた。

(三万年の公務員生活で、主任の『責任のがれ』と『丸投げ』のスキルは完全に神の領域に達してるんです!クレームや面倒ごとが起きると、絶対にとぼけてお役所言葉で逃げ切るんですよ! 本当ならとっくに『最高神評議会』の長老になれる経歴なのに、『何もしないのが一番』という究極のナマケモノ道をきわめるために、わざわざこんな辺境の第三支部に引きこもって、お山の大将をやってるんですから! 佐藤さん、あの人に文句を言ってもムダです!三万年かけて分厚くなった官僚のA.T.フィールドは、絶対にぶち抜けませんよぉ!)

リリアの脳内の絶望的な予言を証明するかのように、レジスは鼻メガネをクイッと押し上げ、ニコニコと笑いながら俺を見た。 お正月にお年玉をねだりに来た親戚の子供をあしらうような、ものすごく優しい声だ。


「いやはや、佐藤さん。まずは落ち着いてください。若いのにそんなにカリカリしちゃいけませんよ。 先ほどあなたのファイルを少し拝見しましたが……人間界でも大変苦労されたサラリーマンとのこと。我々のような末端の公務員のツラさは、よくお分かりでしょう? このリストは確かに少し『地味』に見えるかもしれませんが、どれも我々のビッグデータで精密に計算された、生態系に最も優しいスキルなんですよ」


「生態系がどうしたってんだ、このクソジジイ!」

俺の社畜レーダーがビンビンに反応した。 この話し方、この論点をすり替える態度。人間界にいた、部下に責任を押し付けるだけのあのハゲ課長とまったく同じじゃないか!


俺は机の上のリストを指さし、容赦なくまくしたてた。

「お役所言葉でごまかすんじゃねえ!中間管理職の話術なんて、俺にはお見通しなんだよ! 何がビッグデータだ!何が生態系のバランスだ! 予算を削られたか、単に特別申請書を書くのが面倒くさいからって、倉庫の奥でホコリかぶってる『不良在庫のゴミ』を俺に押し付けようとしてるだけだろ!」


「いやいや、それは言いすぎというものですよ……」

レジスはニコニコとお茶をすすりながら、俺の攻撃を完璧に受け流した。


「言いすぎ?こっちからすればナメくさってるってんだよ!」

俺は怒りで地団駄を踏み、床にひれ伏しているリリアをビシッと指さした。

「まともにしゃべれもしない万年見習いを窓口に置いといて、なんだこのゴミリストは!? 『指先からターボライターの火』?俺は勇者をやりに行くんだよ、大道芸人になりに行くんじゃねえんだ!お前ら第三支部のノルマは、異世界にピエロを大量生産することなのか!」


「うぅっ……ごめんなさい……主任ごめんなさい……佐藤さんごめんなさい……」

床にへばりついたリリアが小さくすすり泣き、カーペットにはすでに涙の小さな水たまりができている。


「泣くな!お前の上司はまだ何にも答えてねえぞ!」

俺はリリアをギロリとにらみつけ、再びレジスに向き直った。


「いいか!俺は道路の脇で1ヶ月も排気ガスを吸い続けて、通りすがりの奴らにテントの変質者あつかいされて、最後は風呂場で滑って頭をかち割ったんだぞ! これだけ高い代償を払ったんだ。今日、『全属性魔法マスター』か『一撃必殺ワンパンチ』の神級チートをくれない限り、絶対に転送陣には乗らねえからな! 消費者センター……いや、天界の最高裁判所に詐欺罪で訴えてやる!」

俺の嵐のようなクレームの猛攻撃を受けても、レジスは山のようにおだやかだった。 それどころか、引き出しから煎餅せんべいの袋を取り出し、ビリッと破って一口かじった。


「バリボリッ」

静かなオフィスに、せんべいを噛みくだく軽快な音がやけに響く。


「佐藤さんね、『神級チート』なんてものは、人間界でいう核兵器みたいなもんでして、厳格に規制されてるんですよ」

レジスは手についたせんべいの粉をパンパンと払いながら、さもありがたい説教のように言った。


「もしあなたにポンと『一撃必殺』なんて渡したら、異世界の魔王がかわいそうじゃありませんか。魔王軍のモンスターたちにも、養わなきゃならない家族がいるんですから。我々天界が目指すのは、多次元宇宙の平和と共存でしてね……」


「魔王の人権なんか知るか!俺は勇者だ!勇者ってのはチートで敵をプチプチとすり潰すもんなんだよ!」


俺の目は真っ赤に充血していた。机を両手で強くたたき、余裕しゃくしゃくの老神の顔にグッと近づく。

「最後に一度だけ聞く。変えるのか、変えないのか?」


「……それなら、こうしましょう」


レジスは、「俺が大きく譲歩してやった」とでも言いたげな、わざとらしい困り顔を作った。

「あなたは火属性の魔法に強いこだわりがあるようだ。私の主任としての特別権限で、『ターボライター』を『バーナーライター』にアップグレードしてあげましょう! 持続時間も3秒から5秒に延長です!さらにオマケで、『マシュマロが絶対に焦げない』というパッシブスキルもお付けします!これ、キャンプに行くとめちゃくちゃ重宝する神スキルなんですよ!どうです、これで手を打ちませんか?」



「……」


俺は、ピタッと固まった。

目の前でニコニコと笑いながら、息を吐くようにテキトーな言葉を並べるこのジジイ神をみて。 俺の脳内で「理性」という名の糸が、「プツンッ」という乾いた音を立てて、完全にちぎれ飛んだ。

なんだこれは? 人間界で上司にバカにされ続けて、死んで天界に来てまで、羽の生えたお役所ジジイにコケにされるってのか!? マシュマロ!?誰が異世界にマシュマロを焼きに行くんだよ!!!



「佐藤さん?どうしました?感動のあまり言葉も出ないようで……」


「感動するか、クソジジイがあああぁぁぁぁっ!!!」

俺は血走った目で、耳をつんざくような怒号をあげた。 人間界で数え切れないほどあしらわれてきた屈辱と、異世界への美しい幻想が木っ端みじんにされた怒りが、今、すべて大バクハツしたのだ。

俺は腰を落とし、レジスの前に鎮座する、その重たいマホガニーのデスクのフチを両手でガッチリとつかんだ。


「えっ?ちょっと、佐藤さん、何をするつもりですか?公共の備品をこわすと、来世の徳ポイントが減点されますよ……」

レジスがようやく焦った顔になり、手に持っていた湯呑みを落としそうになる。


「ひゃあああっ!佐藤さん、おちついてくださいぃぃ!」 脇にいたリリアが頭を抱えて悲鳴を上げた。


「俺はもう降りる!お前らみたいなブラック上司なんか、全員くたばっちまえ!!!」

俺は歯をくいしばり、額に青すじを浮かべ、全身の力を振りしぼって、その重厚なデスクを真上に向かってひっくり返そうとした――。

「ふざけんじゃねえぇぇぇぇぇっ!!!!!」

俺が叫び、デスクが宙に浮きかけ、熱いお茶と書類が空を舞おうとした、まさにその一髪の瞬間。 オフィスの重厚な両開きのドアが、外から勢いよくガチャリと開けられた。


「主任、ただいま『深淵魔界』の出張から戻りました。今回の交渉はマジで神がやる仕事じゃないですよ。あいつら悪魔の契約書の抜け穴、サタンの鼻毛より多くて……ん?」

まばゆい金髪に、背中には純白の翼。 人間界のアイドルグループ全員を一瞬で失業させるほどの超絶イケメン天使が、魔界のお土産が詰まったアタッシュケースを提げて、疲れ切った顔で入り口に立っていた。

入ってきた超エリート高位神――ルシアンは、その青い目をパチクリとさせた。

黄ばんだジャージのおっさんが、目を真っ赤にして主任の机をひっくり返そうとしている。 第三支部の主任が、あわてて自分のせんべいを死守している。 部屋の隅で、見習い女神が完璧な土下座の姿勢で丸まっている。


ルシアンは、きっちり3秒間、沈黙した。


読まなくても全く問題ない裏設定


もともとレジス主任は、ゴリゴリのコーヒー党だった。


しかしある日、ルシアンから「台湾高山茶」をすすめられたことをきっかけに、すっかりその魅力のとりこに。

今では究極の「お茶道」を追求するほど、お茶マニアになっているのである。


リリアの「スターダスト・コーヒー」の悲しき秘密


第3章の朝のシーンで、リリアが優雅に飲んでいた天界特産の「スターダスト・コーヒー」。


実はあれ、お茶に寝返った主任が給湯室きゅうとうしつに「もういらない」と捨てた(置きっぱなしにしていた)限定品を……。

ドケチなリリアが「もったいない!」と拾って持って帰ったものである。

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