第四章:なまり勇者の究極クレーム
第四章:なまり勇者の究極クレーム
俺はワクワクをおさえきれず、今にも壊れそうなスチールデスクから、リリアが差し出した『異世界転生 特典スキルリスト』をひったくった。
両手がわずかにふるえている。まるで伝説の聖剣の設計図でも手にしたかのような気分だ。
脳内にはすでに、「無限魔力」「全属性マスター」「神の眼」「ワンパンチ」といった、まぶしすぎるSSR級チートスキルがずらりと並んでいる。
さあ来い!長年の社畜生活のうめあわせとして、天界が俺にどんな無敵のギフトを用意してくれたのか、見せてもらおうじゃないか!
だが、役所のすかしが入ったザラザラの羊皮紙に視線をおとした瞬間、俺の顔に浮かんでいた狂ったような笑顔が、ピタッと凍りついた。
「……」
パソコンの画面の見すぎで血走った目をこすり、深呼吸をしてから、もう一度みる。
「……なんだこれ?」
俺はバッと顔を上げ、デスクの後ろでちぢこまっているリリアをギロリとにらみつけた。
「あ、あの……そ、それはあなたのためにご用意した……特別な特典でして……」
リリアはチーターに狙われたウサギのように肩をビクッと震わせ、消え入りそうな声で答えた。 だが、彼女の脳内では、ツッコミの弾幕が滝のように激しく流れていた。
(キタキタキタ!コンビニ弁当を開けたら白米しか入ってなかった時みたいな、あの疑いの目!絶対こうなるって思ってましたよ! そもそもこの『丙級転生者向けベーシックセット』なんて、ただのゴミ……じゃなくて、『実用的かつ生態系をこわさない』基礎スキルしか入ってないんですから! 風呂場で石鹸を踏んで転死したおっさんが、世界を滅ぼすような神装備をもらえるとでも思ってるんですか!)
俺はリストを「バンッ!」と机にたたきつけ、最初の一行を指さし、あまりの理不尽さに裏返った声で叫んだ。
「『体力微増(毎日8時間たっぷり寝た状態に相当)』?なんだこのチート!ただの現代社会の健康のバロメーターじゃないか! 俺は異世界に魔王を討伐しに行くんだぞ、週末の市民マラソンに参加するわけじゃないんだ!『無敵の肉体』とか『無限の体力』をよこせ!」
「そ、それは……異世界のインフラは遅れていて、と、徒歩の旅は体力を消耗するので……ぐっすり眠れている状態は、とても大切なんですぅ……」
リリアはどもりながらいいわけをし、視線を激しく泳がせて、俺と絶対に目を合わせようとしない。
(エナジードリンクとブラックコーヒーで延命して、肝臓の数値が絶対ヤバくて、1ヶ月も道路脇でテント生活してた重度の社畜に、今一番必要なのは健康な肝臓と基礎体力でしょうが! 階段を3階まで登っただけで息切れするその体じゃ、聖なる剣をもらっても持ち上げられないですよ!この健康を取り戻せる恩恵に、少しは感謝しなさいよね!)
リリアは心の中で喉がちぎれるほど叫んでいた。
「よし、百歩ゆずって体力は我慢しよう。確かに最近ずっと寝不足だからな」
俺は大きく息を吸い込み、次の項目を指さした。怒りで指先がプルプルと震えている。
「じゃあ、この『言語理解(ただし現地の方言のみ。しかもクセの強いなまり付き)』ってどういうことだよ!?俺はエルフのお姉さんやケモミミ娘と、種族の壁を越えたロマンチックな恋をする予定なんだぞ! なまり付きってなんだ?エルフ相手に『オラ、勇者だべ!オデと一緒になっぺ!』って告白しろってか?俺のコミュ力を地の底まで叩き落とす、とんでもないデバフじゃないか!」
「だ、だって……標準語モジュールのダウンロードには高い権限が必要で……こ、これは無料のオープンソース版なので……」
リリアは今にも泣き出しそうな顔で、分厚い『スタートアップガイド』を防弾シールドのように両手でぎゅっと抱きしめた。
(誰が恋愛しろって言いました!この頭の中がピンク色のおっさん!だいたい、なまりの何が悪いんですか!何もわかってないですね! 異世界の田舎のオバチャンこそ、情報の究極の集積所なんですよ!流暢ななまりでオバチャンたちと井戸端会議をすることこそが、魔王軍の動向や隠し宝箱の場所を聞き出す最短ルートなんです!ベテラン冒険者なら誰もが知る情報チートですよ、この素人が!)
俺はこめかみを強くもんだ。血圧が無慈悲に急上昇していくのを感じる。これが異世界転生だと?まるでブラック旅行会社の激安ツアーじゃないか!
「リリアさん、俺の目を見てください」
俺は両手を机につき、身を乗り出して、強烈な威圧感を放ちながら彼女に顔を近づけた。
「ひぃっ!」
リリアは怯えて後ろにのけぞり、背もたれにピッタリと張り付いた。
「この最後の『攻撃スキル』を見てみましょう」
俺はリストの一番下にある項目を、歯をくいしばりながら読み上げた。
「『指先着火(最高温度はターボライター程度。持続時間3秒)』……」
顔を上げ、目を細め、まるでぼったくりバーで写真と違う女の子を連れてこられた客のような、すさんだ目で彼女をじっと見つめる。
「リリアさん、お聞きしますけど、俺は異世界に世界を救いに行くんですか?それとも、チンピラのタバコに火を点けに行くんですか?ターボライター?ついでにマイルドセブンでも2カートン持ってって売り歩けってか?俺の『爆裂魔法』はどこだ?俺の『地獄の業火』はどこにあるんだよ!?」
そこで言葉を区切り、俺は突然怒りの表情をひっこめた。代わりに、「みんなわかってるぜ」と言わんばかりの、おっさん特有のゲスい笑顔を浮かべ、声をひそめて言った。
「わかったぞ。この『お店』のシステム、やっと理解した。このリストは表向きの『基本料金』ってわけだろ? 俺が追加で課金するか、こっそりそでの下を渡せば、奥の個室に案内してくれて、ホントの『裏VIPスキル』を選ばせてくれるんだろ、ん?」
そう言いながら、俺は黄ばんだジャージのポケットをポンポンと叩き、まるでお金が入っているかのような音を立てた。
「いいか、おじさんはちゃんとルールをわかってる。今は現世のカネは持ってないが、まぁ『別のお支払い方法』なら相談に乗ってもいいぜ……」
「そ、そんな……火事は危ないから……じゃなくて!ウチは現世のお金なんて絶対に受け取りません!個室も裏オプションもありませんっ!」
リリアの顔は一瞬で真っ赤になり、脳が完全にフリーズした。からかわれた純情な女子学生のように首を激しく横に振り、胸の前で両手をバタバタさせて、俺の悪意に満ちたゲスい推測を必死に否定した。
(もうヤダ!この人絶対におかしいです!神聖な転生空間をいかがわしいお店とカン違いしてる!誰が裏オプションなんか提供しますか!たすけて!警察……じゃなかった、天界の警備兵さん、早くこの変態おじさんを連行してください! それにターボライターがショボいって、黒色火薬の樽やメタンガスの沼のそばでその3秒の火を使えば、立派な爆裂魔法になるじゃないですか!連鎖爆発を起こせる神スキルですよ!地獄の業火なんか欲しがってどうするんですか、異世界で焼肉チェーン店でも開く気ですか!)
リリアは心の中で自分の髪をかきむしって発狂していたが、現実では目に涙を浮かべながら、必死にペコペコとお辞儀をするしかなかった。
「ご、ごめんなさい!ホントにそういうサービスはないんです!も、申し訳ありません!」
ただ謝るばかりで、俺に詰め寄られて今にも泣き出しそうで、実質的な解決策を一つも提示できないその姿を見て――俺の『ベテラン営業マンとしてのレーダー』が激しく反応した。
クレームに対してビクビクするだけで、何を聞いても要領を得ないこのリアクション。みおぼえがありすぎる。
俺は羊皮紙をひったくり、うらがえした。案の定、一番右下の隅っこに、米粒ほどの小さな注釈が書かれているのを見つけた。
【本リストは天界転生管理事務所・第三支部が発行する。担当者:丙級(実習乙級)見習い リリア】
「……謎はすべて解けたぜ」
俺は冷たく鼻で笑い、羊皮紙をゴミのように机へ投げ捨てた。
その瞬間、俺はあの息の詰まるようなオフィスに戻った気がした。無能な上司の責任のがれや、新人がやらかしたプロジェクトの尻拭いをさせられてきた、あの無数の会議の席へ。
何年もため込んできた社畜の怨念と、異世界への美しい幻想が完全に打ち砕かれた怒りが、今ここで完璧に融合し、実体を持つ『覇王色の覇気』へと変わった。
「どうりで……」
俺は腕を組み、震えるリリアを上から見下ろした。さっきまでの軽薄な口調はきえうせ、感情のないクレーム処理マシンのような冷酷な声に変わった。
「どうりで、まともなスキル一つ出せないわけだ。お前、そもそも何の権限も持ってないんだな、『見習い』さんよ」
「わ、私ちがいます……もう乙級は受かってて……」
リリアは弱々しく抗議したが、自分でも信じられないほど声が上ずっていた。
(終わった!バレた!この変態オタクおじさんに完全に見下されました!うぅぅ、私の女神キャリア、まだ始まったばかりなのに今日で終わっちゃうの!?)
「よく聞け」
俺が両手で机を「バンッ!!」と強く叩くと、そのすさまじい音に驚いて、リリアはイスから飛び上がった。
俺は大きく息を吸い込み、丹田に力を込め、接客業において最も恐れられ、無限の怒りが込められた『究極の呪文』を怒鳴りつけた。
「客をバカにするようなこんなゴミリスト、絶対に受け入れない!決定権のない下っ端と交渉する気はない!俺の時間をムダにするな――責任者を出せ!!!」
読まなくてもまったく問題ない裏設定
佐藤は根はすごくいいヤツである。ブラック企業や上司から長年イジメられていても、コンビニやレストランの店員に八つ当たりするようなことは絶対にない。むしろ軽くおじぎであいさつするくらい、無害でフツウの小市民なのだ。
しかし、「自分が正しい」と思った時は絶対に引かない性格で、相手を徹底的に追い詰めるクセがある(そして最後は自分にダメージが返ってくる)。
とくに「異世界転生」というシチュエーションを前にした時だけは、異常にテンションが上がり、手がつけられないヤバいクレーマーになってしまう。
どうかこのキャラを嫌いにならないでほしい
リリアが持っている『転生ナビゲーター初心者ガイド』は、実はレジス主任が1000年前に書いたものである。
丙級転生基本セットには、少しの体力アップ、ライター、言葉がわかるスキルのほかに、ホントは転生する時に少しだけ見た目を変えられる権利、初期そうび、そして日本円で10万円くらいのお金がセットになっていた。




