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クレーム転生   作者: つきゆかり
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第二章:風呂場で滑って転生する勇者


「お前、人の話聞いてんのか!?そのすっぱいホームレスみたいな臭いが隣の部署まで漂ってきてるんだよ!今すぐ!さっさと!家に帰って風呂に入れ!明日、まともな身なりにしてこないなら出社するな!」


唾を飛ばして怒鳴り散らす上司の脂ぎった顔――それが、俺の現世における最後の記憶となった。

強制的に早退させられた俺は、重い足取りで、ラノベとカップ麺の空き容器が散乱する四畳半のボロアパートへと帰還した。


「クソッ……今日は絶好のトラックチャンスだと思ってたのによ……」


ブツブツと愚痴をこぼしながら、一ヶ月間洗っていない、もはや自立しそうなほどゴワゴワのジャージを脱ぎ捨てる。

洗面台の鏡に映る、ボサボサ頭で不審な異臭を放つ三十路のおっさんをみつめ、思わず悲哀の涙が込み上げてきた。

彼女なし。休日に酒をくみ交わす友人もなし。

俺の人生の楽しみといえば、毎晩ラノベを読んで異世界ハーレム無双を妄想することと、半年に一度、なけなしのボーナスを握りしめて風俗店へ行き、つかの間の「王様気分」を味わうことくらいしかなかった。


「はぁ……マジで転生してえ……」


大きなため息をつき、黒カビがびっしり生えた狭いユニットバスの浴槽に足を踏み入れる。

シャワーの蛇口をひねり、この一ヶ月間の「路上テント待機」でこびりついた汚れを洗い流そうとした、その瞬間――。


「ニュルンッ」


俺は、諸悪の根源である石鹸を踏んづけた。

それは、ペラペラになるまで使い倒され、浴槽の底にポイ捨てされていた激安の固形石鹸だった。

「えっ?」

俺の体は一瞬でバランスを崩し、両足が宙を舞う。

そして、後頭部が物理法則を無視したようなエグい角度で、硬いタイルに激突した。

――ゴガッ!

痛みすら感じるヒマもなかった。走馬灯をみる余裕すらなかった。

俺の意識は、コンセントを引き抜かれた古いブラウン管テレビのように、プツンと一瞬で完全な暗闇へと落ちていった。



……

…………

「あ、あの……もしもし……」


消え入りそうな、今にも途切れてしまいそうなか細い声が、耳元で聞こえた。

ハッと目を見開く。

そこには、カビ臭く狭い風呂場も、激安石鹸の匂いもなかった。

視界に飛び込んできたのは、どこまでも広がる、神々しい光に満ちた純白の空間。

足元に床らしきものはないのにしっかりと立つことができ、空気には心を落ち着かせるような淡い香りが漂っている。

こ、この光景……このお約束のシチュエーションは……!

「キターーー!『アレ』だろ!ぜったいに『アレ』だぁぁっ!」

俺はテンションMAXで跳び上がり、両手でガッツポーズを作りながら天に向かって吠えた。

「風呂場で滑って転ぶのも、転生の隠しフラグだったのか!あの一ヶ月のテント生活は、決して無駄じゃなかったんだあああ!」


「あ、あのぉ……少し、落ち着いてください……」


その声でハッと我に返り、周囲を見渡す。

神聖な純白の空間の中央に、役所の粗大ゴミ置き場から拾ってきたような、場違いで安っぽいスチール製の事務デスクがポツンと置かれていることに気づいた。

そして、そのデスクの後ろには、一人の少女が座っていた。

透き通るような水色の長髪。

その身には、どこかぶかぶかで、見習い用の制服か何かと思われる白いローブを羽織っている。

今の彼女は、分厚い『転生管理者スタートアップガイド』を両手で必死に握りしめ、顔の半分を本の後ろに隠しながら、おびえきった視線をオドオドとさまよわせていた。


俺は目を細め、これまで無数のムフフな動画――いや、無数のラノベを読み込んできた鋭いオタク眼で彼女を値踏みした。

ぶっちゃけ、テンプレの「転生を司る女神」の基準からすると、彼女は……あまりにも普通すぎた。

豊満なダイナマイトボディもなければ、見下すような高慢な威厳もない。

むしろ、俺が少し大声を出すだけで「ひぃっ!」と泣き出してしまいそうな、極度のコミュ障オーラを放っている。

ぶかぶかの制服を着せられたその姿は、まるで先輩の服を借りて代打で駆り出された派遣バイトのようだ。

「えっと……この『お店』の受付嬢は、こういうオドオドしたロリっ子路線なのか?」

俺は無意識にアゴをなでながら、風俗店でパネルを指名するおっさんのようなねっとりとしたトーンでつぶやいた。

「まあ、アリっちゃアリだな。ギャップ萌えは異世界でも需要の高い属性だし……でも、その制服ちょっとデカすぎないか?

あと、胸の名札に『丙級/見習い リリア』って書いてあるけど……天界の公務員ってどんだけブラックなんだよ。学校の図書室の隅っこで何十年もぼっちにしてるようなヤツまで最前線に駆り出されるのか?」


「う、受付嬢じゃありませんっ!それに、お店でもないです!」


俺のつぶやきが聞こえたのか、水色の髪の少女――リリアは、まったく覇気のない声で抗議した。

彼女はゴクリと唾を飲み込み、自分を奮い立たせるように何度か深呼吸をした。頑張って背筋を伸ばそうとしているが、プルプルと小刻みに震える肩が完全にビビっていることを物語っている。

リリアは、今にも握りつぶしそうなガイドブックを開き、ガチガチに緊張した上ずった声で、マニュアル通りに読み上げ始めた。


「コホンッ……さ、佐藤誠さん。あなたは現世において……そのぉ、特に友達もいなくて、偉大な功績を残したわけでもなく、むしろ不潔すぎて強制帰宅させられたくらいですが……

で、でも!天は、あなたのこの……えっと、『車に轢かれようと凄まじい努力をした』という点を高く評価し……」

リリアの声はだんだんと尻すぼみになり、最後はほとんどブツブツと愚痴をこぼすようになっていた。

(な、なんなんですかこの理由……主任の報告書、適当すぎませんか……ぜったいルール違反ですよぉ……)


「おいおい、丸聞こえだぞ」

俺は眉をひそめた。内心では(どんだけクソみたいな転生理由だよ!)と激しくツッコミを入れていたが、表面上はあくまで余裕のある大人の男を装った。

「で?俺はこれで合法的に転生できるんだよな?システム的に『自殺あつかい』になって地獄行き、なんてオチはないだろうな?」


「な、ないです!」

リリアはビクッとして首を横に激しく振り、すがるようにガイドブックを次のページへとめくった。

「と、とにかく!私はあなたを導く転生管理者、リリアです!おめでとうございます、佐藤さん!あなたは異世界への片道切符を手に入れました!」


マニュアルを読むだけで噛みまくっているこの見習い女神をみて、俺の中に奇妙な優越感がふつふつとわき上がってきた。

――こいつ、ぜったいにチョロい。完全なカモだ!

「よぉし!」

俺は大股でスチールデスクの前に歩み寄り、両手を「バンッ!」と力強く机にたたきつけた。


「ひぃっ!」

突然の俺の行動に、リリアはビクッと体をすくませ、手に持っていたガイドブックを落としそうになる。


「細かい前置きはいい、さっそく本題に入ろうぜ!」

俺は狂気を帯びた瞳で彼女をみつめ、口元には勝利を確信するニヤリとした笑みを浮かべた。

「ラノベの王道テンプレなら嫌ってほど熟知してる!転生するなら、アレはぜったいに外せないよな?

異世界で無双して、エルフやケモミミたちをはべらせるための『神級チートスキル』か『最強の専用武器』ってヤツをさ!」

俺は興奮のあまり、自分の鼻をビシッと指さした。


「ほら、早く!ここにある一番ヤバい『転生特典リスト』を見せてくれ!俺はこの日のために、丸一ヶ月も過酷なテント生活に耐えてきたんだ!」

額に冷や汗をかき、俺の勢いに完全に圧倒されているコミュ障女神を見下ろしながら、俺の脳内コンピュータはフル稼働を始めていた。

俺のこれまでのオタク知識を総動員して、この万年下っ端みたいなポンコツ見習いから、最もチートでぶっ壊れた転生スキルをしぼり取ってやる!


俺の輝かしい『異世界無双伝説』は、今、この安っぽい事務デスクから始まるのだ!


読まなくても全く問題ない裏設定


天界の「転生専用ライセンス」事情


天界で転生業務をあつかうための資格には、「甲級・乙級・丙級」の3つのランクがある。

本部

全員が「甲級」ライセンスを持っている、バケモノ級の超エリート集団。

第二支部

主任と副主任だけが甲級。ほかの職員は全員「乙級」である。

第三支部

レジス主任と、後から登場する「とある人物」だけが甲級。

残りの職員は全員「乙級」である。


リリアは50年前に「女神免許」に合格した時、オマケとして「丙級」の認証を自動的にもらっていた。

(台湾や日本で、普通自動車の免許をとったら、自動的に50ccの原付バイクにも乗れるようになるのと同じ感覚である)


しかし、丙級の権限では「転生者を案内する」ことはできない。


1年前に血のにじむような努力をして、ようやく「乙級」に合格し、見習いとして第三支部に配属された。実務上は、乙級ライセンスを持ったうえで「転生者を1回でも無事に案内して」はじめて、正式な案内役の女神として認められる仕組みになっている。

(だからこそ、彼女は佐藤の案件を絶対に失敗したくなかったのだ)


超難関の「甲級」


甲級ライセンスの権限はすさまじく大きい。

しかし、合格率はわずか「0.01%」という超絶ハードモード。しかも試験は100年に1回しか開催されない。


そのため、天界の神様のほとんどは「乙級」どまりで満足している。


本部に異動したい、部署のトップになりたい、あるいは「最高神評議会」に入って出世したい……。

そんな「よっぽど野心のある神様」でもない限り、わざわざ甲級を受けようとはしないのである。

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