冬が深まる
霜の牙を完全に排除して、旅を再開した。
だが放電は止まらなかった。
指先から弾ける微弱な火花。感情が揺れるたびにパチパチと空気を灼く蒼白い閃光。ズラータの「離れないで」という言葉は胸の奥に温かく残っているが、温かさが増すほどに、放電も増すという皮肉があった。触れたいと思えば思うほど、力が溢れる。
制御の修練を続けている。ヴェレスに教わった方法で、力の流れを細く保とうとしている。だが根本的な解決にはなっていない。力を抑え込んでいるだけで、噴き出す圧力は変わらない。蓋をしているだけだ。
解決策が要る。
ラスラフはヴェレスに頼るしかないと思った。この旅の中で、嵐の力について助言をくれるのはヴェレスだけだ。モコシュの巫女であるズラータにも神話の知識はあるが、ペルンの力の制御については、ヴェレスの経験と知識に及ばない。
午後、ラスラフはヴェレスに並んだ。
人型の姿。黒い長衣に白銀の髪が風に流れ、琥珀色の双眸が前方の氷原を見据えている。左足を僅かに引きずる歩調は、ペルンとの戦争で受けた古傷の名残。
「放電を止める方法はないのか」
ラスラフは直截に訊いた。回りくどい言い方は性に合わない。
ヴェレスは間を置いた。
数歩ぶんの沈黙があった。氷原を踏む足音だけが、二人の間を埋めた。ヴェレスの琥珀色の目が、何かを量るように細められた。
「力の制御を極めれば、放電は抑えられる」
落ち着いた声だった。ラスラフを安心させる意図を含んだ、穏やかなトーン。
「今のおまえは、力の流れが荒い。器に対して力が大きすぎるのではなく、流れの制御が追いついていないだけだ。水路を考えるといい。水量が増えても、水路の幅と深さが適切であれば溢れることはない」
明快な説明だった。ヴェレスの教え方はいつもそうだ。比喩を使い、核心を直接言わず、しかし正確に伝える。
「力の流れを精密に制御する技術を身につければ、溢れを抑えることはできる。放電は溢れの結果にすぎん。溢れなければ、放電も起きない」
ラスラフの目に、希望が灯った。
「教えてくれ」
ヴェレスは頷いた。小さく、しかし確かに。
嘘ではなかった。制御で放電は軽減できる。溢れを抑える技術は存在する。だが──消去はできない。ペルンの力が覚醒を深めるほど、力の総量は増大し続ける。制御で追いつけない段階がいずれ来る。根本的な解決は、力を手放すか、器をさらに拡大するかの二つしかない。
ヴェレスは、そのどちらも言わなかった。
ラスラフの表情が緩んだ。
安堵だった。制御できるなら、まだ──ズラータの隣にいられる。触れられなくても、放電を抑えられるなら、もう少し近くに。もう少しだけ。
「もっと修練を重ねる。力の流れを精密にする。そうすれば──」
言葉は尻すぼみに消えた。だが声に含まれた希望は確かなものだった。
ヴェレスはラスラフの背中を見つめた。
修練への意欲。力の制御への希望。それはラスラフが力をさらに深く扱おうとすることを意味する。力の流れを精密に制御するには、力をより深く理解し、より多くを引き出し、より繊細に操る必要がある。その過程で、ペルンの力はさらに覚醒する。器は拡大する。
計画にとって、好都合だった。
琥珀色の目に、複数の感情が交錯した。計算の冷徹さ。ラスラフが意欲を見せたことへの安堵。そして──微かな罪悪感。希望を与えた。不完全な希望を。嘘ではないが真実でもない希望を、あの不器用な少年に渡した。
ヴェレスは視線を前方に戻した。表情を消した。
夜。
ラスラフは野営地の端で、一人で力の制御を試みていた。
右手を前に突き出し、力の流れを意識する。ヴェレスの言葉を思い出す。水路。流れの幅と深さ。力を絞るのではなく、流れる道筋を作る。
微弱な放電が指先から弾ける。それを──抑え込むのではなく、流れを変えてやる。指先に集中していた力を、腕全体に分散させる。流れを広く、浅く。
放電が、少し弱まった。
完全には消えない。だが指先から散る火花が、先ほどより小さい。気のせいかもしれない。だが小さくなった気がする。
遠くで、ズラータが見守っていた。焚き火の明かりに照らされた横顔が、ラスラフの方向を向いている。距離はまだ縮まらない。三歩の距離が二歩になる日は──まだ来ない。
ラスラフは右手を開いた。
放電はまだ微かに弾けている。だが「制御すれば止められる」という希望がある。不完全でも、そこに光がある。もう少し修練を重ねれば、もう少し近くに──
その希望を、ヴェレスが設計したことを、ラスラフは知らない。




