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第一話 刀もめでたいので


――元旦・巳の刻



長崎の街も無事に年明けを迎えました。

正月とは全く関係なく、いつものように寝坊な太助と

かに吉も、無事に正月を迎えられたようです。



「いやーやっぱ朝は冷え込むねぇ。まあ、とりあえずおめでとさん」


『明けましておめでとうございます。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます』



いつになく神妙な口調で、しっかりと新年の挨拶をするかに吉です。

こういうところは、さすが古刀ですね。



「……お前、もう飲んでるのか?酒はもうとっくに……」


『主よ……新年の挨拶もろくに出来んとは……

まあ、そんな事だろうと分かってはいたがのぅ』


「大きなお世話だ!

ところで夕べ、おみつが持ってきたそば、あれは美味かったなぁ」


『ほぅ、さすがおみつじゃな。

なぜあんないい子が主なんかのことを……

ここまで人としておかしい人間は滅多におらんというに』


「おめーも刀としちゃおかしすぎるだろうが!」



元旦早々うるさい二人です。



「そういや腹減ったな」


『もう食い物も金子も残っておらぬじゃろうが』


「今日は耕牛の家に呼ばれてたから、行ってやらねーとな」


『正月早々、嫌な予感しかせんのは何故じゃろうな……』


「そうそう、正月にあいつの家に呼ばれるって事は用件は一つしかねぇ!

食いまくってくるか!」


『……いい歳して、お年玉まで強請るでないぞぃ』


「お前は俺のおふくろか!」


『確か、おみつも一緒に呼ばれておるんじゃろ?』


「あ、そうだ!さっさと行かねーと食い物減っちまう!」



さすがのかに吉も、この一言には呆れ果てた様子で溜息を洩らします。



『おみつもほんに不憫よのぅ……』



――耕牛邸・門前



元旦の朝から全力で耕牛の家まで走ってきた太助です。

普段は薬臭いから嫌だとか何とか申しまして、なかなか

寄り付かないのですが……こういう時は嬉々としてやってきます。

ほんとに人としてどうなのかと……



「はぁはぁ……なんか、知らん間に陰口叩かれてた気がするんだが……」


『そうなっても全く不思議ではないのぅ』


「まあいい、さっさと行くぞ!」



太助とかに吉は耕牛邸に吸い込まれていきました。


この耕牛邸、残念なことに詳細な資料はほとんど残っておりません。

正月には色々な人を招いてオランダ正月を催していたという記録は

しっかり残っておりますゆえ、さぞ大きなお屋敷だったことは

容易に推察出来ます。


「しかし相変わらずでけぇ門松だったなぁ」


『食い物ではないからな、口にするでないぞぃ』


「あんなの食ったら口の中が血だらけになるわ!」



太助は臆することなく、ずずいと表門から庭先へ入っていきました。



「おぅ!来てやったぞ!今年も目いっぱい食ってやる!」



耕牛が頭を抱えながら出迎えます。



「お前な……新年の挨拶くらいまともに出来ないのか……」


「さっき、うちのこいつも同じ事言ってたぞ」


『耕牛よ……

そこにはもう触れぬ方がよい。こちらの精神が擦り減るだけじゃ……』


「かに吉、お前も苦労が絶えんな。やはり紹介先を誤ったか……」


『その名で我を呼ぶのは、出来れば――』


「いいから早く何か食わせろよ!いつまで庭先につっ立ってりゃいいんだ!」



正月早々空気も全く読む気が無い太助であります。



『全く……

少しは大人しくしておれんのか!この、びぃすとが!』


「ビーストとか今の日本人が知ってるわけねーだろ!

毎回毎回、わざと未来の言葉使いやがって!」


「ああもう!うるさいから早く上がってくれ!俺がご近所から怒られるわ!」



この人たちにかかると正月も何もあったものではございません。

ある意味、平常運転とも申せましょう。


そして太助はかに吉を携え、広々とした豪華な西洋風な造りの耕牛邸に


【勝手知ったる他人の家】


とばかりに上がり込みました。



そして――


二階の会場に行く途中、太助はふと思い出してしまった事があります。

忘れておればいいものを……



「よぉ、こないだの花月楼の手間賃まだかよ」



耕牛のこめかみに一瞬で青筋が入りました。



「あ?出すわけないだろ!」


「なんでだよ!」


「あのあと大変だったんだぞ!

俺が知らん間に柱なんか斬りやがって……

しばらく花月楼出禁だぞこっちは」


「こっちも大変だったんだぞ?

変なおっさんに体当たりされて池に落とされて風邪引くし……」



散々酔って勝負を仕掛けたり、ただ立っている御仁に体当たりを

かましに行ったのは太助だったはずですが、完全に被害者ムーブです。

当たりに行った相手の顔すら覚えていない様子。


さらに太助は何食わぬ顔で聞き返します。



「んで?花月楼から何か言われたのか?」


「何かどころじゃないんだよ!

【また、よろしい折にでも】って、さわやか且つ、にこやかに言われたよ!

お前のせいだからな!」



【また、よろしい折にでも】

このように丁寧で皮肉たっぷりの言葉が太助に通じるものならば、

世の中に苦労はございませぬ。



「へー、また行けるだろ、それなら」


「……お前みたいなのに悟らせないようにやんわり断ってんだよ!」


「え、そうなの?

なるほどねぇ……お前の家なら全然おっけーってことで今日のこれか!」



ちなみにオランダ正月は耕牛の家で毎年催されてございます。

太助も一番槍を獲りに行く武士のような勢いで、毎年参加しております。



「おっけーじゃねーんだよ!

……まあ、暴れなければ別に良いのだが……」



なお、この“オランダ正月”というのは、江戸時代の長崎で行われていた

独自の風習でございます。

耕牛の自宅にて開催されていたものが有名で、出島に通じる家々や商人たちは

オランダ商館に倣って洋風の料理や飾りつけをこしらえ、華やかすぎるほどの

正月を祝っていたと申します。


このあと、いよいよ宴が始まりますが……

果たしてどうなってしまう事やら。




――今回のお話はここまで。

おあとがよろしいかどうかは、あなた様次第でござ候。


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