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エトワール・エスポワール  作者: TAKEさん
第五話『きらめきのあと』

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『きらめきのあと』③

 その少し前──。

 

 望美は、ついていくと聞かない美咲と共に、購買部前の石段のあたりを訪れていた。


「いない──」


 胸元に抱えたスケッチブックを握りしめた望美は唇を軽く噛んだ。

 いつもの場所に、真悠はいると思ったのに──。

 望美は周囲を見渡した。真悠も、騎士も、姿は見当たらない。

「あと、どこか行きそうなところ、あるの?」

 美咲の問いに望美は首を振った。

「委員長、もう戻って。あとはわたしひとりで、いそうなとこ、まわる。真悠は、わたしのせいであんなことに……」

 悲壮な表情の望美に、美咲は真剣な目をした。

「ダメだよ。悠霞ちゃんから聞いてる。騎士のオバケ……ていうか、よくわかんないけど、堀内さんの絵から出てきたのがいるんでしょ? 一人じゃ危ないよ」

 望美は軽く息をついた。

「それはそうだけど……」

 美咲は思案顔になった。

「もしかして、もっと人が来ないとこかな? 例えば……。旧体育館のほうとかさ」

 顔を曇らせた美咲の言葉に、望美は少し無言になった。

「……とにかく、近いところから、順番に行かない? 次は旧校舎の周り」

 望美の言葉に、美咲は頷いて、二人はその場を離れた。


 そして、今──。

 

 視界の端に映る影に、悠霞は口元を引き締めた。

(みっつ──いや)

 悠霞は臣吾と目を合わせた。

 その時、ざっという音と共に、木から木へ、影が飛び移った。

「……四つになった」

 悠霞の小さな呟きに、臣吾は無言でうなずいた。

 瞬間、影が一斉に木から降りた。

「なんだ? コイツら……」

 臣吾はつぶやいて絶句した。

(──囲まれた)

 悠霞は内心で囁くと、自分たちを取り囲んでいる相手を見た。

 赤く光る目、犬のような顔と、全身を覆う灰色の体毛の、人の形をした獣人。正面に三体、背後に一体。

 まとった薄汚れた革鎧が鈍く光る。人形アニメのようにどこかぎこちない動きで棍棒を振りかざす。威圧するように口元を歪めてかすかに唸り、歯を剥き出しにした。

「分からないけど、堀内さんのスケッチにあった。コボルト……? って描いてあった」

 悠霞の言葉に、臣吾は、あぁという表情をした。

「全く、ゲームの敵かよ?」

 言いながら、臣吾の呼吸が変わる。悠霞は──いつもと同じ、自然体。

「コイツらも、『さっきのと同じ』なのか?」

「だと思う。だから──」

 ささやく間に、大きく棍棒を振り上げた正面の三体のうち、中央の一体が襲いかかってきた。他の二体が遅れてそれぞれに散る。

「……」

 すっと、悠霞の身体が沈み込んだ。振り下ろされた棍棒をかいくぐって素早く踏み込み、突き出した肘で鳩尾を鋭く『刺した』。

 食い込んだ肘が、苦悶の声と共にコボルトの動きを止めた。

 悠霞は素早く軸足を切り替えると、地面を滑るような下段の蹴りで、足を払った。

 たたらを踏んだコボルトは転びはしなかったが、体勢を崩した瞬間を悠霞は見逃さなかった。

 再び軸足を入れ替え、頭めがけて回し蹴りを放つ。

 その勢いに、コボルトは地面に叩きつけられた。

 悠霞は、バックステップして間合いをとる。

 すぐコボルトは起き上がると、唸りながら歯を剥き出しにして、威嚇するように棍棒を振り回した。

「だめか。やっぱり、効かないな」

 表情はそのままに、悠霞はぼそりとつぶやいた。

 その間にも臣吾は背後に目をやった。

 間合いも読まずに襲いかかってきた一体を、振り返りざまにリュックで殴ると、氣道の呼吸を整えた。

「今度は数が上で武器持ちか。……しょうがねぇな。やるぞ、紀澄」

 呟いて臣吾は悠霞を見た。

「──そうね」

 悠霞は、コボルトたちを見据えた。


 屋上。

 

「おいおい……。あのふたり……戦っているのか?」

 カールセンの呟きに、雄宇は軽く目を細めて地上を見下ろした。眼下の少年と少女の動きを見つめる。

「らしいね、先生」

(しかし──あの女子の動きは……。ブレがない──。視線も、軸も)


 少女は、ゆらりと死角へ回り込む。

 回し蹴りが二度、三度。――当たらなくてもいい、という迷いのない脚技。

 対するコボルトの足が、翻弄されて止まった。迷いが生まれた、その瞬間。


 少年の掌打が走った。青い煌めきが叩きつけられる。苦悶の呻きを撒き散らしながら、コボルトの身体が電撃を受けたように跳ねる。

 膝から崩れ落ちたそいつは、赤い目の光をふっと消し、白い粒子と共に──棍棒も、身体も、ほどけるように消失した。


 臣吾は息を弾ませ、叫んだ。

「どうだ……!」

 その声に悠霞は小さく息をついた。

(ふぅん──。火田くんの氣道鬪法が前よりスムーズね)


 会心の一撃に気をよくした臣吾は、勢いよくリュックを地面に投げ出した。

「──タブレット、壊れるよ?」

 悠霞のツッコミに臣吾は鼻を掻いた。

「そんなやわじゃねぇよ──多分な。それより、今の呼吸だ。

 オレがトドメを刺すから、紀澄は牽制してくれ。今わかったけど、コイツら、連携が甘い」

「……だね」

 悠霞はこくんとうなずくと、くるりと踵を返して地面を蹴った。

 臣吾の言う通り、コボルトたちには連携という発想が存在しないのかも知れない。

(一斉に来られていたら、もっと面倒だった)


 向かったのは背後側の一体。悠霞は鋭い踏み込みで、距離を詰めた。

 まっすぐ行くと見せかけて、滑るようにコボルトの左へ回り込む。狼狽えたコボルトが振り回す棍棒を、ぎりぎりのところでかわした。

 そのまま体幹を生かして、あえて大きく振りかぶった左は──フェイント。

 死角から右の掌底で胴を打ち、動きの止まった所へ、膝蹴りを腹に叩き込んだ。

「グゥゥ!」

 ダメージこそないもの、悠霞の攻撃に惑わされたコボルトが臣吾に気づいた時には、青く光る掌が眼前に迫っていた。

「!」

 コボルトは驚愕に目を見開いたが、遅かった。

 叩きつけた掌打から、コボルトにきらめく氣が走った瞬間、身体をびくんと震わせた。

 臣吾は一歩踏み込むと、勢いのままコボルトの顔面を掴んで、地面に引き倒した。

「グガァ……!」

 苦悶の叫びと共に赤い目の光がふっと消え、動きが止まった。そして、生じ始めた白い粒子が、宙に舞う。

「──乱暴ね」

「お前が言うか!」

 ぼそりと言った悠霞に臣吾は口を尖らせた。


 その頭上、フェンス際の雄宇たちは、眼下の戦いに息を呑んでいた。


「……男子の技が決め手なのか? あのネズミのように、消えちまった?」

 カールセンのかすかな囁きに、雄宇はそっと笑った。

「せっかく取り囲んだのにね。あれじゃ各個撃破されるだけだな。所詮は──作り物か」

 雄宇は笑みを消してカールセンを見た。

「これで残り二体。あれは──気功の類かな」

「気功?」

「……それより。あの女子。あれは──?」

 雄宇の言葉にカールセンは小さく息をついた。

「ああ、二年C組の生徒だな。女子はこないだ転校してきた、紀澄悠霞。男子は火田臣吾」

 カールセンの言葉に雄宇は表情を変えなかった。


「火田くんとやらはともかく。転校生? ……まさかね」

 呟いた雄宇は、フェンス越しに紀澄少女を見下ろしたまま、瞬きすらしなかった。

(そんなことがあり得るのか? ──だが。彼女のあの動きは……)

カールセンは訝しむ表情で隣の少年を見つめていた。


 その時だった。

 残りのコボルト二体の動きがぴたりと止まり、赤く光る目が輝きを増した。

 そして、くぐもった呻きと共に、その口元から黒い『もや』が徐々に漏れ出し始めた。

 

(……!?)

 

 黒いもやは二体の身体を包み込み、蠢きながら絡みあって──

 ひとつの塊となった。


「なに──?」

 呟いた臣吾に、悠霞は無言で軽く目を細めた。

 

 その④へつづく

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