『きらめきのあと』②
臣吾は、胡乱げな表情で悠霞を見た。
「あんな犬くらい、お前なら別に──はぁ?!」
ようやく状況を掴めたらしい臣吾は、『一つ目犬』に目を剥いた。
「なんだよこれ……。一つ目? お前何と戦ってるんだ」
悠霞は小さく息を吐くと軽く肩をすくめた。
「私に聞かないで。でも、これは多分……堀内さんが産み出したもの」
悠霞の言葉に臣吾は目を細めた。
「堀内が? どういう事だよ」
悠霞はそれには答えなかった。
「悪いけど、今、火田くんにそれを説明してる暇はない。あれは」
悠霞の脳裏に、転校した次の日の記憶が蘇る。
「──旧体育館に居た、ネズミの怪物と──多分同じ」
『一つ目犬』から視線を外さぬまま、悠霞はそう囁いた。
「ネズミ──? あの?」
「そう。私の攻撃が、効かない。だから──」
悠霞はちらりと臣吾を見た。
「火田くんの力がいる。あの技──」
悠霞が言い切る前に、臣吾は地面にリュックをどん、と降ろしていた。
「急ぐんだな? 分かった」
臣吾の呼吸が変わった──。
「ええ。田中さんと、美咲が危ない」
すっと悠霞が表情を改めた。
そして。
前触れなく、悠霞は動いた。
ブレザーを巻いた左腕で『一つ目犬』を惹きつけるように、フェイントを入れて回り込んだ。
(ちょ、速っ、合図くらい……!)
心中でボヤきつつ、臣吾は真っ直ぐ突っ込んだ。悠霞に気を取られていた『一つ目犬』は狼狽えたように固まった。
臣吾の拳に氣の輝きが走り、きらめきの尾が流れた。
『一つ目犬』の頭部に氣が叩き込まれた瞬間、電撃を受けたように苦悶の悲鳴があがった。跳ねた身体がもんどりうって転がり、痙攣した。
(うまい……!)
『一つ目犬』の目の光が消え、動きが止まる。そして。
「やったか──!」
息を呑んだ臣吾の声に合わせるように、『一つ目犬』の身体から、白く光る粒子が、最初ぽつぽつと現れ、宙に浮いていく。それは徐々に数を増やし、それに合わせて『一つ目犬』の身体が崩壊していった。
悠霞は、そっとため息をついた。
(あのネズミと──同じだった)
左腕に巻いていたブレザーを、元通り羽織ると、悠霞は空を見上げた。
「思ったとおり。火田くんの技が効いた。これで──」
囁くと、悠霞はふわりと宙に舞って消えていく白い粒子を見送った。
やがて、『一つ目犬』は完全に消失した。ネズミの時と違って、何かが出てくるわけではない。
「……消えたな」
「ええ」
リュックを元通り担いだ臣吾は、悠霞の言葉に顎を掻いた。
「紀澄の言うように、あの旧体育館の化け物と同じ消え方だな。一体何が起きてるんだ?」
臣吾の視線を受けて、悠霞はかすかに首を傾げた。
「分からない。でも、何かが起きているのは間違いない」
この学校で何が起きようとしているのだろうか。あまりにも現実離れしていて、理解できない話だった。
(おじいさまは──やはり何か知っていたのだろうか。でも、何かおかしい)
一弥か高坂に一度聞くべきなのかも知れない。
ふと悠霞は表情を和らげた。
「──私にも、その技が使えれば良いんだけど」
なぜか眩しそうな表情でそう言う悠霞に、呆れた口調で臣吾はぼやいた。
「あのな、そんな簡単に使われてたまるか。一子相伝だぞ」
「なるほどね。──とにかく、行きましょう」
一瞬口をへの字にして、小走りで駆け出した悠霞に、臣吾も後を追う。
「こっちで合ってんのか? 校舎は探したのか」
「校舎の中は昨日ほど騒然としてなかった。──空気も違う」
悠霞はちらりと臣吾を見た。
「それにさっきみたいな怪物がいれば、もっと大騒ぎになって、待機じゃなく、みんな外に避難してる。だから、外だよ。堀内さんたちは昨日購買の前の石段にいたし」
臣吾は納得したように頷いた。
「ところで、さっき言ってた堀内が……って何の話だ」
臣吾は先を行く悠霞の背中に語りかけた。
「彼女がそう言ったの。『願った』って。──さっきの犬も、スケッチブックに描かれてた」
臣吾は酢を呑んだような表情になった。一瞬無言になる。
「意味わからんな──。漫画かよ」
悠霞は、臣吾の言葉にため息をついた。
「言ったでしょ、世の中は不思議なことで一杯だって」
「あのな……」
閉口した臣吾だったが、それ以上何も言わなかった。
屋上──。
ひと気のなくなったグラウンドをフェンス越しに見下ろしながら、雄宇は息をついた。
「始まった──?」
雄宇のささやきに、カールセンは目を凝らした。
「何かいる──」
複数の『影』がグラウンドの木陰から木陰へ。まるで人形アニメのような、ぎこちないうごめき。
「へぇ。あんなことになるのか……」
その光景を見下ろして、感心とも嘲笑とも取れる笑みを口元に浮かべると、雄宇はカールセンを見た。
その頃二年C組は、騒然としていた。
「転校生と委員長たち、どこいったわけ?」
「いや、あの僕もサボるとしか」
ネクタイを掴んで引っ張る雪姫に、陽貴はタジタジになっていた。
「じゃああたしもサボる、いや帰る」
陽貴はしょっぱい表情になった。
「ダメですって──ぼぼ僕は紀澄さんからクラス委員代行を任されたので! とにかく座りましょうよ」
陽貴の言葉に雪姫は眉を吊り上げた。
「あー? なんであたしらはここで座らされてて、転校生たちがフラフラしてんのよ? おかしくね? 大体なんであいつがクラス委員代行とか仕切ってんの?」
言いながら雪姫は陽貴のネクタイを掴んだまま前後に揺する。
「いやそれは……ちょ、やめてぇ」
頭をガクガクさせながら、
(誰でもいいから、早く帰ってきてぇ)
と内心で悲鳴を上げていた。
悠霞たちは、購買部そばの石段のあたりにたどり着いていた。
「誰もいないな」
臣吾のささやきにうなずくと、悠霞は周囲を見回した。
望美たちは真っ先にここに来ると思っていたが、考え違いだったのだろうか。
「……」
かすかな風が周囲をざわめかせる。
「違う──」
「え?」
臣吾が分からないと言う顔になった。
(これは……)
「どうした? 紀澄」
言いかけた臣吾を悠霞は手で制した。
「静かに。──囲まれてる」
悠霞の言葉に、臣吾の目付きが、変わった。
その③へつづく




