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エトワール・エスポワール  作者: TAKEさん
第五話『きらめきのあと』

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『きらめきのあと』①

第五話『きらめきのあと』


 翌日になった。

 

 誰もいない屋上──。


 風ひとつない青空と、朝の陽光は眩しく──。

「ねぇウィル。わたし……」

 真悠は呟いて、ウィルを見た。

「……マユ。俺はお主の味方だ。お主の選んだことを、やり遂げるまでだ」

 ウィルの答えに迷いはない。

 それを聞いて真悠は軽く息をついた。

「そうだね。もう──戻れないなら、やり遂げるしか、ないよ」

 呟いて、真悠は一瞬俯いた。そして、顔を上げた。


 登校した悠霞は、いつも通りの朝を迎えた学校の空気になんともいえない安心感を覚えていた。

 普段通り他愛のない空気で、同じように登校する他の生徒たち。

「おはよー」

 背後から声をかけたのは美咲。

「おはよう」

 ささやくように悠霞が言うと、美咲は小さく欠伸した。

「なんか……眠れなかった。悠霞ちゃんは?」

 美咲の言葉に、悠霞は軽く息をついた。

「そうね──」

 悠霞の頭に光景が蘇る──。

 

 ──昨日。

 

 あのあと教室に戻った悠霞と望美を待っていたのは、美咲の、少し慌てたような言葉だった。

 真悠がいきなり戻ってきて、何も言わずに帰宅した、と。

 望美はそれを聞いて、安堵と悲嘆の混じった、泣き笑いのような表情で深々と息を吐いた。

 

「……堀内さんとこ、行くの?」

 美咲の問いに、望美は無言で首を振った。疲れ切った表情で、そのまま早退したのだった。


 がらり、と教室のドアを開けた瞬間、香田雪姫と鉢合わせになった。

「! ……なに、その顔」

「え? おはよう」

 悠霞が咄嗟に挨拶を返すと、雪姫はそれ以上何も言わず、もう一度悠霞を見て、教室を出た。

 自分の席に着きながら見た教室に、真悠と望美の姿はまだない。

 二人とも今日は休みだろうか、そう思った時に望美が姿を現した。

「おはよう……」

 やつれるというほどではないが、望美も眠れなかったという顔をしていた。

 望美の席へ行った悠霞は、昨日渡しそびれた真悠のスケッチブックを望美に差し出した。

「田中さん。これ……」

 悠霞の言葉に望美はハッとした顔になった。

「……ありがとう」

「うん。堀内さんに渡してあげて」

 望美は悠霞を見ると、無言でうなずいた。

 悠霞は何も言わず、自分の席に戻りかけた時だった。

 勢いよく教室の扉が開かれた。

 陽貴だった。

「あ、委員長! 紀澄さん! ヤバいよ、学校のあちこちで……!」

 息急き切って二年C組に駆け込んできた陽貴は、勢い余って誰かの椅子に足をぶつけ、派手に転びそうになった。

「ぬあっ──っぶね……っ!」

 荒い息で言葉に詰まった陽貴に、悠霞と美咲は思わず顔を見合わせた。

「陽貴くん、落ち着いて……?」

「……っ無理……今は……ジャーナリスト魂が……っ!」

 目を丸くした美咲の言葉にそう言いながら、自分のリュックの脇に挿してあったペットボトルのお茶をごくごくと飲む。

「……何があったの?」

「分かんないけど、なんかお化け、とか」

 陽貴は一度言葉を切って、つばを呑んだ。

「──中世の騎士とか出たり、消火器暴発とか、あちこちで起きてるって。ガチだったらヤバくない、これ!」

 陽貴が興奮冷めやらぬ口調でそう言った瞬間、がたん! と音がした。

「田中さん?!」

 スケッチブックを抱えた望美が血相を変えて、教室を飛び出していた。

「……待って、どうしたの!」

 言うなり、美咲も後を追いかけて行く。

「えっ、何? 何事?」

 事情の分からない陽貴は目を白黒させた。

「大丈夫。大沢くん。私たち三人、今から『サボる』から」

「へ?」

 ポカンとする陽貴を置いて、教室を出かけた悠霞は、おもむろに立ち止まるとくるりと振り返った。

「大沢くんは、美咲の代わりにクラス委員代行ね。お願い」

 そして、表情を改めると、

「──その人にしかできない役割を、ちゃんと果たしなさい。おじいさまがいつも言っていたわ」

 言うなり、悠霞も教室の外へ飛び出していった。

「えー」

 残念そうな陽貴の声が背中に飛ぶのが分かったが、悠霞は振り返らなかった。


 一階まで降りたあたりで、スピーカーに一瞬ノイズが乗り、校内放送が始まった。

『……現在、校内各所で消火器トラブルなどが発生しています。──グラウンドなど、外にいる生徒は、すぐに教室に入り、先生から指示があるまで待機してください。繰り返します──』

(避難指示は出ていない。助かった)

 もしグラウンドに全校生徒がいるときに、あの『ウィル』が現れたらパニックになる。


 真悠とウィルはどこにいるのか。そして陽貴が言っていた『お化け』。

 昨日改めて見た真悠のスケッチブックの内容を悠霞は思い出していた。描いていた漫画に出てくるであろうファンタジックなモンスターなどのイラストの数々。

(あれも、実体化したというの?)

 

 悠霞は校舎を出た。

 ふと振り返ると、二階の窓越しに、廊下を慌ただしく走っていく教師たちの姿が見えた。

 校内放送のせいか、静寂さを装った不穏さが学校全体に陰を落としている。

 

 美咲たちはどこに向かったのだろうか。

 

 その時、少女の悲鳴が聞こえた。

(美咲?)

 悠霞は悲鳴の聞こえた方向に向かった。

 植え込みを回り込んだあたりで、顔立ちからして一年生だろうか。ジャージ姿の一人の少女が、腰が抜けたように地面にへたり込み、声も出せず恐怖に顔を青ざめさせていた。

 少女の視線の先には──。

 身体は普通の犬に見えたが、威嚇の唸り声をあげ、少女を睨め付ける目は顔の中央にひとつだけ。それが爛々と赤く光り、現実にはあり得ない一つ目の怪物が、そこにいた。

(あれも……描かれていた)

 悠霞は咄嗟にその辺に落ちていた石ころを拾うと、怪物に向かって投げつけた。

「逃げて!」

 気が逸れた隙に少女と怪物の間に割って入る。

 悠霞が現れたことで、安心したのか思わず少女がその目に涙を溢れさせた。

「早く!」

 悠霞の声に我に帰った少女は慌てて立ち上がり、朝練のあとだったのか、ラケットケースのようなバッグを抱えると一目散に校舎の方に逃げた。

 見送ってから、悠霞は小さく息を吸うと『一つ目犬』をじっと見据えた。

「さぁ──。来なさい」

 小さく発した悠霞の声に反応するように、威嚇の声が低く、長くなった。

(来る……!)

 『一つ目犬』がぐっと身体を沈めた。そして。

 咆哮と共に、『一つ目犬』の身体が跳んだ。

 飛び掛かってくる、その頸部目掛けて、蹴りを放つ。高く跳ね上がった悠霞の脛が、吸い込まれるように叩き込まれた。

 鈍い打撃音とともに、犬の身体が吹っ飛ぶ。

 しかし──。

 『一つ目犬』は悲鳴にも似た鳴き声と一緒に地面を転がったあと、何事もなかったかのように、むくりと起き上がった。

 引き続き、威嚇の唸り声と共に、赤い目で悠霞を睨みつける。薄黄色い牙が、剥き出しになった。

(やっぱり──)

 悠霞は目を細めた。

 それでも──。やるしかない。

 悠霞はブレザーを脱いで、左腕に巻き付けて袖と袖を軽く結んだ。

(あの牙に噛まれれば、終わりだ)


 すっと頭の奥が冷える感覚。

 

(私はずっと──こうしてきたんだ。だから)

 左腕を突き出し、誘う。

 今度は、『一つ目犬』が動くより先に仕掛けた。

 威嚇の唸り声のリズムが変わる前に、回り込んだ。

 突き出した左腕を引いて目を引き、死角から頭部に掌底。続けざまにもう一撃決める。一つ目の頭部が揺れ、苦悶するような咆哮が跳ねた。

 だが。

(やはり、効かない!)

 悠霞は後ろにステップして距離を取った。

 手ごたえは確かにあった。

 なのに『一つ目犬』は怯む様子もなく、威嚇の唸り声を止める様子もない。

(どうする……?)

 分かっていたことだ。だが、このままでは──。

 じりじりと、『一つ目犬』が距離を詰めてくるのが分かる。荒い息遣い、その口中に糸を引く唾液が、牙に絡みつくのが見えた。

(これじゃ堀内さんのところへ行けない。美咲と田中さんが──危ない)

 不意に胸の奥に湧いた、あの夜と同じざわめきがきりきりと走る。

 豪雨の、ノースランタオ・ハイウェイの──記憶。


 その時だった。

 背後から土を踏む足音と、そして──。

 悠霞は一瞬視線を向けた。

「苦戦してんのか──? 紀澄」

「火田くん──?」


その②へつづく

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