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エトワール・エスポワール  作者: TAKEさん
第四話『目醒める』

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22/25

『目醒める』⑤

「! お、おい、雄宇!」

 カールセンは仰天してうわずった声をあげた。

 黒い影は、赤い目の光を激らせて、威嚇する猫のような咆哮のあと、潜んでいた物陰から飛び出した。

 翻弄するかのように横方向へ跳ねた。死角を取るように壁を蹴り、飛びかかる。


「そう来るんだ、へぇ」

 冷静な口調でつぶやいたときには、すでに銃口の向きは変えられていた。

 人が咳き込むのにも似た銃声のあと、鈍い命中音と同時に、黒い影が宙で跳ねた。

 薬莢の転がる金属音と、短い苦痛の呻きが鋭く耳に刺さる。もんどりうって落ちた影が、階段室から漏れる灯りで照らし出された。

「なに……!?」

 隣で呻くカールセンの声を聞きながら、雄宇は眉をひそめた。

 例えるならその姿は『異様』だった。

 大きさは中型犬ほど。胴体がイタチのようにひょろ長く、犬のようで違う肉食獣の顔立ち。

 だが瞳の虹彩が猫のように細くなっており、全身を覆う体毛は複雑な模様が、時折うごめいて変化している。

 ダメージのせいか呼吸は荒く、ピクピクと痙攣する様子が薄気味悪さを増しており、なんとも言い難い『混ざり物の怪物』だった。

「なんだ……これは? 犬じゃない、猫でも……」

 カールセンがそこまで言った瞬間、雄宇は表情も変えずに再び銃口を向けた。咳き込むような銃声が三発。反射的にカールセンは顔を腕で庇った。

 連続して床を跳ねる薬莢の金属音に合わせるように、着弾の衝撃で怪物の身体が二度、三度と痙攣した。赤い目の光がふっと消える。

「お、おい……」

 淡く立ち昇る硝煙の青白いもやの中で、雄宇は嘲笑の笑みを浮かべた。

 安堵の息を大きく漏らしたカールセンの手がぶらんと落ちる。

「びっくりした……。『それ』が付いてても、結構音がするもんなんだな」

 発砲で熱を持ったサプレッサーを、ブレザーの裾越しにつまんで外す雄宇を見て、カールセンは弛緩した表情で言った。

「こんなもんですよ。映画とは違います。車だって排気音はするでしょう」

 しれっと言う雄宇に、感心の吐息を漏らしたあと、表情が一変した。

「なるほどね……って、いや、違う! なんでそんなものを持ってるんだ!」

 顔を紅潮させたカールセンをからかうような皮肉さと、どこか自嘲の笑みを浮かべた雄宇は、軽く肩をすくめた。

「義父のコレクションしてた『危ない玩具』から借りてきたんですよ。──あの男はこういうモノを集めるのが好きでしたからね」

 雄宇がそこまで言った時だった。

「あ……!」

 カールセンが驚きの声を漏らした。

 あの白く輝く粒子が、またしても怪物の身体から立ち昇っていた。拡散が始まると、怪物の身体が白っぽい淡い光に包まれて見えた。

「これは……」

 カールセンは浮き上がった粒子を手で掴もうとするが、叶わない。手のひらの中で消失していく。

「一年前の、あの時と同じ……?」

 拡散する粒子はどんどん増えていき、それと反比例するように怪物のシルエットが崩壊して見えた。

 ──やがて、粒子は消え、あとには胴体部から血を流した、やや大ぶりなネズミの死骸が一匹。

「……これも、ネズミだったってのか」

 カールセンの呟きに、雄宇は前髪をかき上げて、息をついた。

「……」

 ネズミの胴体にめり込んだ、血まみれの歪んだ弾丸が、妙に目についた──。


 雄宇は握っていたアルミ缶を手で無造作に握り潰した。耳障りな音が屋上に反響して、響く。

「……その二週間前の話が、今からぼくらがしようとしている実験と関係が?」

「まぁ、聞いてくれ。僕が考えたのは、あのネズミたちは『カケラ』に願ったんじゃないか。そう考えたんだ」

 雄宇の顔から表情が消え、視線がカールセンで止まった。

「願う? 何をですか」

「一年前のやつは分からなかったが、二週間前のやつは、外見的特徴が、猫やイタチ、ハクビシンを混ぜ合わせたようなキメラだったろう? つまり、ネズミたちの天敵の姿さ」

 カールセンの言葉に、雄宇はピンとこないという顔になった。

「なんのために、そんなことを願うんです」

 カールセンは雄宇の言葉に苦い笑みを浮かべた。

「君は──自分が強いからわからないのさ。弱く、捕食されるだけのネズミたちは、常にそのことに怯え、恐怖しているんじゃないかって僕は思ったんだ」

 雄宇は、そこで言葉を切ったカールセンの碧い瞳を覗き込んだ。

「だから、あの『カケラ』の声を聞いたとき、彼らは願ったんじゃないか? 『天敵に負けない身体が欲しい』とね」

 カールセンの熱のこもった言葉に、雄宇は少しだけ目を細めた。

「天敵の……姿?」

 理解の範疇を超えた言葉だという感覚と、どこか納得をし始めている自分の中のざわめき。戸惑いを隠せない雄宇の表情に、カールセンは表情を和らげた。

「もちろんこれは、あくまで推測だけどね。ただ、筋は通ると思うんだ。

 ネズミたちからすれば、天敵たちの全体像を把握してるわけじゃない。匂いや気配、威嚇する咆哮。それらの断片的なイメージ」

 カールセンは思考の海に沈んだように宙を見上げた。

「──それら彼らが認識できる『恐怖のイメージの塊』つまりキメラ化するんじゃないかな。──君が最初に気づいた獣臭さもそれさ。彼らは僕らよりも嗅覚が強い。その臭いすらも彼らには、恐怖なんじゃないか?」

 雄宇は視線を落とした。わずかに、苦い表情が走る。

「……なるほど。──けど、それはネズミの話でしょう。ぼくとは違う」

 硬い声で言ってから、雄宇は軽く息をついた。だが、カールセンの論には否定しきれない『何か』があるのも事実だ。

「……つまり、『カケラ』は願望を、その願う者のイメージに応じて具体化、いや具現化するのか。それが動物であっても」

 雄宇はカールセンに視線を戻した。

「仮説だがね。動物、特に哺乳類はある程度の知性があるし、同じ哺乳類の人間と感覚的には通じるところがあるんじゃないだろうか。ま、応用問題だね」

「なるほど。それで?」

 頭の中で思考が形になろうとしている、という雄宇の表情は、カールセンの声を弾ませた。

「不完全起動の一年前と違って、完全起動状態の二週間前に遭遇した『アレ』は、明らかに進化していた。あれが正解なんだよ、雄宇。

 ──ネズミ程度の知性でああなるなら、より想像力があって、そして論理の組み立てられる、僕ら人間なら?」

 カールセンは一度言葉を切った。

「そして──もう一つ考えてることがあるんだ。あのネズミたちは、とても強力な能力を手に入れていた。ただ、恐怖だけとは限らないんじゃないか? もしかすると、他の『負の感情』にも『カケラ』は反応するんじゃないだろうか、とね」

 雄宇は軽く目を見開いた。

「負の感情……? つまり?」

 呟きながら、雄宇はカールセンの言葉にどこか引き込まれている目になっていた。

「あらゆる負の感情。怒りや悲しみ、恐怖。そういったものが『カケラ』の力を引き出しているんじゃないか?

 ──だから、そういう負の感情を持った人物にあの『キューブ』を、試してみる価値はあるんじゃないか。そう僕は考えているんだ」

 カールセンはどこか、畏怖と歓喜の入り混じったような、複雑な表情で、雄宇を見つめて言った。

「当てがあるんですか?」

「実は、被験者にうってつけなんじゃないかって子がいるんだ。──彼女は今、負の感情に囚われかけている。そして、極めてイマジネーションに富んだ才能の持ち主だ」

 厳かな口調のカールセンは目を伏せると、メガネを外して息をついた。カールセンの言葉は間違いなく熱があった。だが、それはまばゆい熱情などではない。仄暗い、執着を漂わせた熱情──。

 雄宇はカールセンのどこか熱に浮かされたような表情を意外に思った。

「……先生がそこまで考えてるとは思いませんでしたよ」

 へぇ、という言葉を飲み込んで、雄宇の目が細められた。かすかに口角があがった。


 翌日、昼休み。

 教室で望美とお弁当を食べた真悠は、トイレに行くという望美より先に、購買前の石段を目指した。スケッチブックを抱え、階段を降りる真悠の後ろ姿を、上階からの踊り場で見ていたカールセンは、携帯を素早くタップした。一瞬の間のあと、小さく息をついた。


『彼女が動いた。恐らくいつもの場所』

 

 購買前の石段に座っていた雄宇は、缶コーヒーを飲み干すと、すっと立ち上がった。購買そばに設置されたゴミ箱に空き缶を投げ入れると、その場を後にした。

 

『置いた。しばらく様子を見ます』

 

 滑らかにタップした携帯をポケットに入れると、少し離れた木の陰にそっと立つ。少し勾配があり、石段の方がよく見える位置だが、逆に石段の方からは死角となる絶妙な位置。

 それまで雄宇がいた場所に、『置いた』のは、ありふれた白いレター封筒。


(──来た。あの子か)


 雄宇は携帯を取り出し、それを見ている風を装った。石段に向かう、ふたつくくりのおさげの少女。人相風体と、片手に抱えたスケッチブックで、間違いなさそうだ。

 雄宇がさっきまで腰掛けていた辺りまでやって来た少女の歩みが止まった。足元に置かれている封筒を拾い上げるのが見えた。

 封筒の表裏を見て、驚いた表情になった少女が、わずかにためらったあと、ブレザーのポケットにそれを恐る恐るしまうのを確認して、雄宇はその場をそっと離れた。


『ポケットに入れた。離れます』


 携帯でそれだけを送信すると、雄宇は校舎の中に入った。


 真悠はおどおどと石段に腰掛けると、そっとポケットから封筒を取り出して、もう一度見た。


『堀内真悠さま。

 あなたひとりのときに開けてください。

 これはきっと、あなたの助けになると思います。

 あなたのファンより』

 

 手書きではなく、印刷された文字。

(どういう、事なんだろう……)

 ただの手紙じゃない。中に何か固いものが入っているのは手触りで分かる。

 心臓の鼓動が重く、全身に鼓動が響くような錯覚。

 恐れと、興味。相反する天秤は、興味の方に傾いた。

「……」

 こくんと息を呑んだ真悠が、意を決して封筒を破りかけたときだった。

「真ー悠!」

 背後でした少女の声と同時に、首筋になにか冷たいものが当てられた。

「ひゃうっ!」

 背筋がびくんとして変な声が出てしまった。

「あはは! ごめん! そんなびっくりすると思わなかった、ホントごめん……」

 笑顔で詫びたのは望美だった。手に持った二本のジュースのうち、ひとつを首筋に当てるイタズラ。

 一瞬呆気に取られるものの、すぐに我に帰り、慌ててポケットに封筒をしまう。

「どうしたの?」

 きょとんとした望美に真悠は赤面した。さっきとは違う種類の心臓の鼓動に支配される。

(今の、見られてない──?)

「か、考えごとしてた、から。びっくりした……」

「ごめーん。はいこれ賄賂。いつも飲んでるやつ」

 望美が差し出したのは、真悠がいつも飲んでるミルクティーだった。

「あ、ありがとう……。あ! ごめんなさい、お金──」

 真悠が慌ててそう言うと、望美は快活に笑った。

「いーよ。なんか最近元気ないからさ、あげる」

「そんなの、悪いよ」

 優しい笑顔を向けられて、真悠はこわばった笑顔を浮かべた。

 混じり気のない望美の優しさ。だからこそ目を逸らしてしまう。よく分からない後ろめたさが胸をざわつかせていた。

(この手紙のこと……でも)

 一瞬望美に相談しようか、と頭に浮かんだ考えは、しかしためらいとなって呑み込まれた。

「……ありがとう。ごめんね」

 それだけを口にして、真悠はスケッチブックを開いた。鉛筆が宙で泳ぐ。迷って、線が走らない。

「ねぇ真悠、これ今考えてる新しいダンス。どう?」

 言うなりくるりとその場でターンした望美は、リズミカルにステップを踏み始めた。伸びやかに動く望美のダンスを、ぼんやりと見ていた。

 

 五限目の授業が終わったあと、真悠はトイレの個室に入った。

 ポケットの封筒を取り出して、しばらく眺める。

「……」

 心臓の鼓動が大きくなったような錯覚。

 例えようのない重苦しさに息が詰まりそうだった。

 意を決して、封筒を開けた。

 中に入っていたのは、メモのような手紙だった。

 

『本当に困ったら、これを握りしめて、願ってください』


 封筒を覗き込むと、虹色にきらめく一センチ四方くらいの、立方体の何かが見える。

「これ……?」

 メモの文面に困惑した真悠は、封筒の中から手のひらにそれを出した。

 かすかな光にきらめいた立方体の『キューブ』。それに直接触れた瞬間、なぜか、ゾッとする感覚と、心臓の鼓動が跳ねた。

「えっ?」

 思わず小さく声が出た。薄暗い個室の中で、唐突に『キューブ』がぼんやりと発光し始めたのだ。

 そして──。

 

 ──何を望む?

 

 声がした。だが、聞こえたわけではない。頭に直接声が浮かんだ。

「──っ!」

 怖くなって乱れた息のまま、真悠は慌てて『キューブ』を封筒に入れた。そのままポケットに押し込んで、水を流すと個室を出た。手を洗って鏡を見た。自分の顔が、ひどく青ざめて見えた。

 

 そして、放課後になった。

 三々五々、ざわめきと共にクラスメイトたちは教室を出ていく。

 六限目の授業は何ひとつ頭に入らなかった。機械的に筆記用具を片付けて、ノートをしまう。ぼんやりとしたまま、つい手が止まった。

「真悠? ──真悠!」

 呼びかける声にハッとして、真悠は目をしばたたかせた。

「えっ……」

 望美が困ったような笑顔で覗き込んでいた。

「めっちゃ声かけてたのに、全然反応しないから……。大丈夫?」

 真悠は言葉に一瞬詰まった。

 望美の優しい声、心配そうな表情が、なぜか重く感じられた。

「ごめん……大丈夫」

 ささやくように言って、目が合わせられない。焦点が、合わない。

 そこへ、そばを通りかかった悠霞と美咲も、声をかけた。

「えっ、堀内さん、体調悪いの?」

 美咲の優しい言葉が、なぜか荊棘のように痛い。

「……大丈、夫──」

 ちゃんと声が出ない。胸が詰まる。

 悠霞が真悠の顔を覗き込んだ。

 大きな瞳の虹彩が、異様に真悠の心を突き刺すような気がした。

 何もかも──見透かされているような、錯覚。

「顔色、悪いようね。保健室寄って見てもらった方が──」

 善意の言葉は、しかし却って真悠の心をざわつかせた。胸の奥で、感情が絡まって、ほどけない。

 心が──重い。


 なんで優しくするの?

 心配なんてしてほしくない。

 わたしに、触れないで。

 何が苦しいのか、自分でも苦しさが、分からない──。


 そして──。何かが音を立てた。

 

「──うるさい、ほっといて!」


 教室内がしん、と静まり返った。

 美咲は驚愕して口元を押さえ、悠霞は、表情を変えぬまま小首をかしげた。

「あ──」

 声が漏れて、瞬時に血の気が引いた。全身の力が抜けて、脚が震える。

「ど、どうしたの真悠。らしくないよ……?」

 ようやくひきつった笑いを浮かべた望美が、恐る恐る声を出した。それでも、咎めるわけではない。本気で心配している顔。


 違うの。

 今のは。

 そんなつもりじゃない。

 

 そう言いたかったが、言葉が出ない。ぱくぱくと唇を動かして、吐息が漏れた。

「え……ぁ、ちが……」

 不意に視界がぼやけた。目頭が熱くなって、鼻の奥がつんと痛む。

 その時だった。

「なにー? 揉めてんの?」

「ちょっとー。のぞみんいじめないでよー堀内ぃ」

 少し離れた位置から、ヘラヘラ笑った詩音と明日香の声。ふざけた言葉に美咲が思わず詩音たちを睨んだ。

「ちょっと、あんたたち!」

 ガタン、と椅子が倒れる音がした。

 荷物を掴んだ真悠は、涙を拭うとそのまま駆け出して、教室を飛び出した。

「真悠!」

 背後から聞こえている筈の、望美の叫びは、耳に届かなかった。

 

 その⑥へつづく。

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