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エトワール・エスポワール  作者: TAKEさん
第四話『目醒める』

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『目醒める』④

「今——光った? のか?」

 雄宇が手を引いたと同時に、光がそっと消えていく。

 再び、ただの『黒い石の塊』に戻っていた。

 

 カールセンも呆然とそれを見たあと、ゆっくりと雄宇に視線を向けた。

「先生。これは——なんなんです? 本当に、この石ころが、先生が前に言っていた伝承の流れ星の破片なんですか?」

 雄宇は、不可解さゆえに苛立ちを隠しきれないようだった。

 カールセンは、力無く笑うと、軽く息をついた。

「僕は、これのことを単純に『カケラ』と名付けていたんだ。その僕自身が——上手く、言えないんだが、こんな風に足が震えるなんて」

 カールセンの様子を見て、雄宇はもう一度『カケラ』を見た。

「……でも、確かに声が聞こえた。——あれは、ぼくにだけ届くようになっていた。そういうことなんでしょうね、先生」

「! ちゃんとした声として届いたのか」

 カールセンの喉がごくりと鳴った。雄宇は無言で頷いた。

「こう聞こえた。強き心の者よ、何を望む、とね。どういう意味なんだろう。面白いな、まったく。これじゃまるで——ランプの魔人みたいじゃないか」

 苦笑いして、雄宇は顎に手を当てて、思案する表情になった。その目は笑っていない。

(なんだろう——。この感じ。胸がざわめく。このぼくが?)

 カールセンは、いつになく少年の口数が多いのに驚いていた。

(あのクールな雄宇が……。だが、僕自身戸惑っている。本当にこんな未知の現象が起きるなんて。けど——その先を見たい僕がいるのも、間違いない事実なんだ……)

 内心でそうささやいて、カールセンは小さく息をついた。

「望み、か。じゃあ——」

 不意に、雄宇はゆっくりと手を伸ばした。

「待て、雄宇。何が起こるか分からないんだぞ?」

 雄宇はカールセンを見ると、かすかに嘲笑を浮かべた。

「先生。ここでコイツをただ眺めてても、仕方ないでしょう。……ぼくがここにいる意味もない」

 息を呑んだカールセンに、冷たい視線を向けた。

「——これで地獄の蓋が開くって言うんなら、開けてやろうじゃないですか。——ぼくは、その『何か』を掴みに来たんですよ」

 囁くように言った雄宇の指先がゆっくりと、『カケラ』に触れる。

 先刻と同じように、『カケラ』が光を帯びる。

 

 ——心地堅強嘅人つよきこころのものよ你想要咩なにをのぞむ

 

 頭の中に浮かぶ『声』。

 雄宇は、小さく息を吸うと、厳かな口調で、こう言った。

 

「ぼくの望みは——」

 

 頭の奥がすっと冷える感覚——。

 

「ぼくから奪い続けた者たちを、超える……力だ!」

 

 瞬間、『カケラ』がさらにまばゆい光に包まれていく。

 

「あぁ——!」

 眩しさに顔を歪めたカールセンが小さく叫んだ。

 雄宇は、軽く目を細めながらも、今度は手のひらを外さなかった。

 だが。

 

 ——始動、始めル。閾値——確認……。

 

(口調が変わった? これは……)

 

 ——コア起動……。起動、待ツ……。

 

 雄宇は息を呑んだ。

(やはりこれは『機械』? いや違う——そんな分類では理解できない……)

 

 やがて、音声が途切れ——。

 

 ——コア起動条件に……足りなイ。条件成立まで——待テ。

 

「は?!」

 思わず雄宇が声を荒げたと同時に、光はゆっくりと消えて、まるで待機状態のようにかすかな明滅を繰り返すようになった。

「どういう意味——なんだ?」

 雄宇の声が軽く怒りと苛立ちを滲ませたものになった。

「……どうしたんだい? 何が——」

 カールセンの言葉にすぐ反応せず、雄宇は眉間に皺を寄せて『カケラ』を睨むように見つめていた。

「起動のために必要な『何か』が足りない——そうです。条件成立まで、待て、と言われましたよ、先生」

 力なく笑みを浮かべた雄宇は、嘲るような表情で、肩をすくめた。

 カールセンは目を丸くして、息を呑んだ。

「条件……だって? 何かってなんだ」

「知りませんよ。——コア起動条件に足りない。コイツはそう言ったんですよ」

 突き放したような口調で、雄宇はちらりとカールセンを見た。

「条件、か……。先生なら何か、分かるんじゃないですか?」

 雄宇の言葉にカールセンは困惑の表情を浮かべた。

(なんのことだ……? コア起動条件?)

 カールセンは『カケラ』を睨むと、躊躇うことなく手を伸ばした。

(ここまで来て、そりゃないだろう……! 僕が間違ってなかったことを、証明するまでは——!)

「先生……?!」

 雄宇が止める間もなく、カールセンの手のひらが『カケラ』に触れた。

 ひんやりとした手触りに怖気が立つ。

 直後、雄宇の時と違って、まばゆく光るわけではないが『カケラ』はぼんやりとした光を帯び始めた。

 次の瞬間、得体の知れぬ悪寒が手を伝わり、頭に響く。

 

 ——コア起動条件に……足りなイ。条件成立まで——待テ。

 

(なんだ——これは? だが、前よりもはっきりと言葉になっている!)

 驚愕に目を見開いたカールセンは、ゆっくりと手を離した。

「僕らが『分かる』ように——翻訳して……いるのか?」

 カールセンのささやきに、雄宇は小さく息をついた。

「先生にも聞こえたんですか」

 カールセンは雄宇を見た。

「ああ。だが、やはりこれを動かせるのは君なんだろうな。僕が触れてもぼんやり光るだけだった」

 カールセンは自嘲するような笑みを浮かべた。

 それで冷静になったのか、雄宇は気が抜けたような表情になった。視線を逸らすと、着ていたハーフコートのポケットに手を突っ込んだ。

「——条件ってなんでしょうね。足りない、というのが分からない。人数の話なら、ぼくと先生でふたりいますよ。もっと人が必要なんだろうか?」

 雄宇の言葉に、カールセンは口をへの字にした。

「いや、数じゃないな。——これを言うと君は怒るかもしれないけど、君はやはり、僕とは、違う。僕よりも遥かに過酷な運命を生きてきたんだから、その『人間としての強さ』に反応してるんじゃないのか」

 雄宇の目がすっと細められた。感情のない、冷たい瞳は、カールセンの身体を射抜くようにも思えた。

「人間の強さ、ですか。そんなものが——」

 そこまで言って、なぜか雄宇の表情が、ふっと緩んだ。冷たさを孕んだ空気が、すっと消えていく。

「まさか——精神力、とかですか。ずいぶんSFじみた話ですね?」

 カールセンはズレていたメガネを直した。

「実際、そうじゃないか? 僕と君とで明らかに反応が違うんだ。そして僕と君の差はなんだ、となれば」

 カールセンの説明を、雄宇は理解はするが——という懐疑的な表情をした。

「けど結局、ぼくでだめなら、無理ってことになりませんか、先生」

 雄宇はやや芝居がかった口調で、昂然と顎をそらした。

「あくまで今言ったのは仮定の話だ、雄宇。とにかく、君が触れることで不可思議な現象は起こったんだ。もしかすると、時間とかタイミングとか……他の要因かも知れないじゃないか。もう少し調べてみたい」

 その時、激しい動物の鳴き声と、走り回る振動が床まで伝わった。直後、不自然なほどに静まりかえる。

「……」

(逃げている……?)

 雄宇はちらりと天井を見た。カールセンは驚いたように首をすくめた。

「なんだい、今のは? ネズミの鳴き声にしては……」

 カールセンがそう言いかけて雄宇を見ると、その視線は『カケラ』の方ではなく、配管が複雑に入り組んだあたりを睨んでいた。

「——動かないで、先生。あれは——」

 カールセンは息を呑んで、ゆっくりと雄宇が見ている方に視線を向けた。

「!……」

 ほの暗い空間の配管の隙間に、黒っぽい影と、その中に赤くきらめく、二つの光。

「さっきから首の後ろがざわつく感じがしてたんだ……」

 そう囁くと、雄宇は音を立てずにゆっくりとそちらへ向き直った。

 頭の奥が、すっと冷えた。雄宇は無意識に丹田に力を込め、爪先に重心を置いていた。

 

 ——久しぶりだな、この感じ。

 

 ゆっくりと深く、息を吸い込んだ瞬間、かすかな唸り声が——跳んだ。

 黒い影が、迫る。

「……」

 カールセンには見えない速度で、雄宇の左脚が跳ね上がった。鈍い打撃音と共に、黒い影が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

「……えっ!」

 カールセンは雄宇が何をしたか分からぬまま、慌てて黒い影のほうに灯りを向ける。

「これは……!」

(なんだ……これは)

 瞬間、カールセンの背筋が冷える。理解不能なものに対する恐怖が、身体を総毛立たせた。

 小型犬ほどの体格、剥き出しになった『牙』。さらに毛並みに怪しげな模様が浮き出ており、まばらに体毛が生えている尾。

 爛々と煌めく赤い目の光が、獰猛な唸り声とともに、異様な空気を醸し出していた。

 驚くほど巨大な『ネズミのようなもの』。齧歯類の愛らしさは欠片もなく、灯りに反射する目の光が示すのは、野生の敵意。

「へぇ……」

 呟いて雄宇は目を細めた。

 咄嗟のことで、威力を調整できなかったハイキックを喰らっても、ダメージがないのか——。

 

(なら——)

 

『ネズミもどき』が、姿勢を低く構えるのが見えた。唸り声はそのまま、ぐっと踏ん張るのが分かった。それは跳躍寸前の溜めだ。

 

(来る……!)

 

 タイミングを読んだ雄宇は、『ネズミもどき』よりも一瞬速く、ポケットから手を抜いて、何かを投げた。

 その手にあった煌めく何かが、飛ぶ。

 目にも止まらぬ速度で、雄宇が投げつけたのは——。

 小振りな一本のナイフ。

 それは、空気を切り裂く音とともに飛んで、正確に『ネズミもどき』の脳天に突き刺さった。

 びくん、と跳ねた身体は、そのまま糸が切れたように止まって、目の赤い光が、そっと消えた。

「ああっ!」

 驚愕して小さく叫んだカールセンは、平然と立つ雄宇を見た。

「そんなものを、持っていたのか」

 呆れた表情のカールセンに、

「何があるか、わかりませんからね。——義父が趣味で集めていた棚から、適当なのを持ってきただけですよ」

 面白くもなさそうにそう言った雄宇は、『ネズミもどき』の死骸に近寄った瞬間、ぴたりと動きを止めた。

 

「——これは……!」

 

 『ネズミもどき』の身体から、白くきらめく粒子のようなものが、立ち昇っていく。

 雄宇は思わずカールセンを見た。

 雄宇の様子に、訝しむ表情になったカールセンは、恐る恐る死骸のそばまで来て、息を呑んだ。

「えっ、なんだい……? これは!」

 立ち昇る粒子はすっと空気に溶けるように消えていき、同時に『ネズミもどき』の死骸も『崩壊』していく。粒子化する際のきらめきが、全体を発光させているかのようにも見えた。

 徐々に形を失った『ネズミもどき』は完全に崩壊し、そして——。

 カラン、と乾いた音がして、雄宇のナイフが床に転がった。

 床には、頭から血を流した一匹のネズミの死骸が横たわっていた。

 静寂が辺りを包み込み、二人はそれをしばらく呆然と眺めていた。

 ややあって——。

「嘘だろ——。僕たちは、何を、見せられたんだ?」

 愕然としたカールセンの呟きに、雄宇は小さく息を吐くと、無言で首を振った。

 

 それから、雄宇が和邇楼学院高校の生徒となって一年が経とうとしている、今。

 

 ごぉっ、と強い風が巻き起こり、屋上を吹き抜ける。

 前髪が派手に風になびき、雄宇は軽く顔をしかめた。

「それと。……あの夜。君が『カケラ』の変貌を教えてくれた夜に僕らが遭遇した『あれ』だ」

 カールセンの表情が、熱を帯びて見えた。

 

 ——約二週間前の、夜。

 

「——雄宇! 何があったっていうんだ?」

 雄宇からの電話で、息せききってポンプ室まで駆けてきたカールセンは、雄宇が立ち尽くす横に立った瞬間、絶句した。

「なんだ? これは……」

 あの点検扉の向こうに見えたのは。

 ——灯りのともされた下へ降りる階段。まるでずっと以前からそうだったと言わんばかりの空間がそこにあった。

「何が……起きているんだ? 『カケラ』は一体……どこへ?」

 カールセンの問いに雄宇は無言でかぶりを振った。軽く息を吐くと、

「さっき、いつもの確認で来たら、扉の隙間から光が漏れていたんですよ。——だから開けたら、こうでした」

 そう言って肩をすくめると、無表情でカールセンを見た。

「どうします? 降りてみますか?」

 躊躇いなく階段を降りる勢いの雄宇に、カールセンは慌ててストップをかけた。

「……いや、しかし降りていいものなんだろうか?」

 躊躇いを見せるカールセンを、雄宇は露骨に軽蔑の視線で見た。

「多分大丈夫じゃないですか? まぁ、心配なら、試してみます」

 雄宇はそういうと、ポンプ室を見回して、隅に転がっていた鉄パイプのようなものを拾い上げた。

「それを……どうするんだい?」

「こうするんですよ」

 雄宇はそう言うとパイプを階段から放り投げた。階段を跳ねるように、金属の反響するようなけたたましい音を立てて、パイプが落ちていく。

 

「トラップはなさそうですね」

 

 雄宇がそう言った瞬間、一際大きく、パイプが一番下まで転がった音が響いた。

 カールセンは呆れたような気の抜けた表情で、小さくため息を漏らした。

「君ってやつは、全く」

 にこりともせず、カールセンの方を見た雄宇は、不意に目を細め、周囲を見回した。

「どうかしたのか」

「臭くないですか。獣の匂いがする」

 答えは短い。カールセンもきょろきょろと周囲を見回した。

 その時、恐慌状態を連想させるネズミらしい鳴き声と、慌ただしく異様な足音が響いた。

「えっ」

「来た」

 身体をびくっとさせたカールセンに構わず、雄宇の視線は、階段からの薄明かりに照らされたポンプ室の一角に注がれていた。

 いつからいたのだろう。薄暗いなかに、赤く光る目の輝きをたたえた黒い影。かすかに聞こえる威嚇の低い唸り声。

「雄宇……」

 見開かれたカールセンの目は、かすかに血走って見えた。

 

「——大丈夫ですよ、先生。すぐ片付きます」

 

 淡々とそうささやいた雄宇は、おもむろに制服のポケットから、ごく当たり前の仕草で黒光りする二十二口径のイタリア製小型拳銃を取り出した。消音器サプレッサーをなめらかに装着すると、無造作に構えてみせた。

 

その⑤につづく

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