表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エトワール・エスポワール  作者: TAKEさん
第三話『悪意と愉快』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/25

『悪意と愉快』⑥

 スピーカーに一瞬ノイズが乗った瞬間、チャイムが鳴り響く。今日はホームルーム無し、ということで教室内を帰り支度のざわめきが支配し始めたころ、扉がカラカラ、と音を立てて開いた。

 

 現れたのは、雪姫。

 

 一瞬で教室内がしん、となった。

 ほぼ全員が注目するなか、どこかやさぐれた表情のまま、机と机の間を縫う。

 誰とも目線を合わせぬまま、進む雪姫の進路を塞ぐかたちになっていた男子生徒も思わず後ずさった。

 座ったままの悠霞は顔を上げた。

「転校生。——話あんの。来て」

 悠霞は表情を変えなかった。

「ここでは、ダメなの?」

「——来て」

 感情のない声で繰り返し、雪姫はじっと悠霞を睨み据えた。悠霞は小さく息をつくと、すっと立ち上がった。

 一瞬、ざわっとなったが、すぐに静まり返った。

「悠霞ちゃん……」

「——大丈夫」

 不安げに声を掛けた美咲に優しい顔でそう言うと、踵を返した雪姫に続く。

 葵は何も言わず、二人を目で追う。

 詩音と明日香は一瞬立ち上がりかけて、真歩の方を見た。教室内の空気など、知らぬとばかりに携帯を見ている真歩に、二人は顔を見合わせた。

 美咲は悠霞たちを目で見送ってから、臣吾を見た。

「火田くん。悠霞ちゃん、大丈夫かな……」

 臣吾は、同じように心配そうな陽貴も見てから、口元を綻ばせた。

「……あいつなら、どうとでもするさ。香田にやられるタマじゃない」

 美咲は陽貴と顔を見合わせた。

(そうだけど……)

 内心で囁いて美咲は、教室を出る悠霞たち二人の後ろ姿を見つめていた。 


「……」

 二人して無言で、階段を上がる。

 どこへ行くの? とは悠霞は聞かなかった。時折ちらりと視線を向ける雪姫も、何も語らない。


 先刻——。


「ちょっと、手伝って欲しい事があったんだよね」

 さっき、校舎裏でそう持ち掛けたとき、二人の少年は胡乱げな表情になった。

「……あ?」

 二人の反応を気にせず、雪姫は続けた。

「ウチのクラスにちょっとむかつく奴いんのよ。で、呼び出すからあたしと一緒にガツンとかましてほしくて」

 少年たちの反応はどこか薄かった。

 ——以前まえとなんか違う。

「……だから、村木さんも呼んでって頼んだんだけど。でもアンタたちだけでもいい。ちょっとビビらすだけで。転校生の癖に偉そうなのよ」

 雪姫はそこで一度言葉を切った。

「……転校生?」

 二人の少年の顔色がすっと変わる。

「そうだよ?」

 雪姫はまだ、二人の空気が変わったことに気づいていなかった。

「待て……お前、確か……火田と同じクラスだったな。——転校生って、もしかして紀澄とか言う……」

「そう。なんだ、知ってんじゃん、その紀澄」

 半笑いの雪姫に、ふたりの少年から表情が消えた。ごくりと息を呑んでから、ため息を漏らす。

「悪いが、その話は聞けねえ。聞かなかったことにしとく」

「——俺もだ。悪いな」

 すぐに踵を返したふたりに、雪姫は泡を食った。

「えっ。なんで? ちょ、ちょっと待ってよ」

 立ち去ろうとする二人の前に回り込んで止める。

 必死の雪姫に、二人は視線を逸らした。

「空手部じゃん、なんでビビってんの? 相手はあたしよりもっと弱そうな女なんだよ?」

 やや焦った口調で、雪姫は二人の顔を見た。

(——なんで? なんでこんな……)

 少年たちの逡巡が理解できなかった。いや、むしろ怯えすら見える表情……。

(どうすれば——コイツらを……)

 雪姫は下唇を軽く噛んだ。

 不意に沸き起こった『考え』。一瞬、脳内が痺れたような錯覚。

(なら——。アイツを……)

 少し、手が震える。声がうわずった。 

「じゃあ、さ。——なんだったら、アイツ、紀澄を、アンタたちの好きにしていい。胸はないけど、それなりの見た目だからいけんじゃない? ——やっちゃいなよ」

 少年たちは、けしかける雪姫の言葉に、二人で顔を見合わせ、どこか弛緩した表情になった。

「香田、お前……分かってないよ」

「好きにって……あんな『化け物』相手に何言ってんだ」

 雪姫には二人の言葉が理解できなかった。この二人は、何を言っているのか。

「——なに、言ってんの……あんたたち」

 少年たちはさすがに、苛立ちを隠さなかった。怯えが、怒りに転化した。

「もういいだろ! よくわかんねーけど、オレたちをあの女のことに巻き込むな!」

 そう言うとひとりは雪姫をかわして立ち去っていく。

「ね、ねぇ……」

 雪姫は残ったひとりにすがろうとするが、少年は苦い表情になった。

「大体……オレらも、村木さんも鴨志田さんも、空手部は辞めたんだ。もう関係ない。——あの女のせいで、村木さんは、火田に負けたんだ。……じゃあな」

「えっ……」

(どういうことよ……意味わかんない)

 

 そして——。


 雪姫は後ろをちらりと見た。平然と自分に従う悠霞は、なんの感情もないように見えた。

「……」

 雪姫は屋上の鉄扉を開けると、悠霞を見て顎をしゃくった。

(ふぅん……)

 屋上には誰一人居なかった。ただ、軽く吹く風が前髪をそよがせる。

 雪姫は屋上入り口の鉄扉を、後ろ手に閉めると、サムターンを回して鍵をかけた。

 振り返った悠霞は、遠くで哭くカラスの声に、一瞬目を細めた。

「——これで、誰にも邪魔されない」

 歪な笑顔。だが、目は笑っていない。

「そう——。それで、話ってなに?」

 悠霞の問いに、雪姫はしばらく答えなかった。横から差す黄色みを帯びた陽の光が、ひどく眩しく、目を刺す。高いフェンス越しに、西日に煌めく和瀬駅のビルや、ショッピングモールが見えた。

 グラウンドに響いていた部活の掛け声が一瞬やみ、静まり返った屋上に、再び風が吹いた。

「……話なんか、ない。あたしは……。ただ——あんたを殴ってやりたいだけ」

 絞り出すような雪姫の声を、悠霞は何も言わず、軽く目を細めて聞いた。

「ムカつくのよ、そうやって——。何もかも分かってます、みたいな顔。勉強もできます、スポーツもできます、そうやって、人のこと見下してるんでしょ!」

 悠霞は、少しだけ首を傾げた。

「私は誰も、見下したりしてない。——でも、そうやって思ってることがあるなら、あんなことせずに、最初からそう言って欲しかった」

「……!」

 雪姫はその言葉に息を呑んだ。悠霞は、それに構わず続ける。

「——思いを伝えたいなら、ちゃんと言わなきゃ伝わらない。——おじいさまが、いつも言っていたわ」

 握りしめた雪姫の拳が、力を込められて白くなった、次の瞬間。

「またそのジジイの話! そういうの、もういいんだよ!!」

 叫ぶなり振りかぶった雪姫の右拳が放たれ、悠霞の顔面を捉えたかに見えた。

「……」

 だが、ほんのわずかな重心の移動で、避ける。スレスレをかすめた拳圧が、悠霞の頬を撫でる。

(ふぅん——)

「言っとくけど、小一まで空手習ってたから。絶対ボコる!」

 言いながら、続け様に左と右の連打。その攻撃を、悠霞は全てかわしていた。

「なんなの! 当たりなさいよ!」

 顔を真っ赤にして、雪姫は攻撃を続けるも、悠霞としては当たってあげる義理はないので、避けた。

(ちょっと甘いけど構えも悪くないし、体重移動も足捌きもきちんとしてる。意外に真面目に習ってたんだ)

 よく分からない感心をしてから、悠霞はステップバックして距離を取った。

「ふんっ!」

 雪姫は気合一閃、ややおぼつかない回し蹴りを仕掛けた。

(うーん。でも、遅い。動きが全部分かる……)

 派手に風を切る音はする。だが、それだけだ。半歩ずらすだけで回避できる。

「よけんな!」

 叫んで再び左の正拳。その瞬間にわかったことがあった。

(微妙に間合いが掴めてないし、最後の踏み込みが甘い。——そっか、この子『闘ったこと』ないんだ)

 悠霞はそっと息をついた。

(本人は気付いてないけど、だから『怖さ』がない。普通なら寸止めでも『圧』が見えるし、残る)

 その時、不意に——どこかから、何かを焼く食欲をそそる匂いが漂ってきた。近隣のお店だろうか。

(……? やきとり?)

 雪姫のぎこちない膝蹴りをかわしながら、悠霞は周囲を見渡した。

「ちょ、ちょっと! なにしてんのよ!」

「なんか——美味しそうな匂い、しない? やきとりの」

 あまりにも現状に相応しくない悠霞の言葉に、雪姫は一瞬絶句した。

「ふざけんな!」

 怒りに任せた雪姫の正拳を難なくかわして、悠霞はさらに距離を取った。

(なんか……お腹空いた)

 悠霞は思わずお腹を押さえた。

(そっか、今日お昼——。うどんだけだったんだ……。そういや、マクダニエルの新メニューって今日からだっけ)

 などと考えながら、再び突っ込んでくる雪姫の一撃をひらりとかわす。

 そして、雪姫の動きが止まった。肩で息をし、汗で額に張り付いた前髪を手で跳ね上げるとのろのろと構えた。

(もう限界かな? なんか、面倒になってきた。——ちょっとだけ本気出すか)

 瞬間、悠霞の足捌きが変わる。再び、雪姫が右の正拳を打ち込んだ刹那、雪姫の左側へ回り込んだ。

 悠霞が突然目の前から消失したように見えて、雪姫は驚愕した。

(……消えた!)

 そして悠霞は、いつもならやらない大振りで横から雪姫の顔面を狙いにいく。

(えっ! なに!?)

 雪姫の視界の左端に突然『圧』が見えた。

 思わず目を閉じて首をすくめた雪姫を見て、悠霞はそのまま滑るように雪姫の背後を取った。

(目、閉じちゃ——ダメだよ)

 内心で囁いて、悠霞は、雪姫がくるりと振り返った瞬間、地面を蹴った。

(えっなに——待って、速っ)

 瞬きする間もない速度で、間合いを詰められて雪姫は戦慄した。殆ど息と息がぶつかり合う至近距離。

 悠霞が素早く軸足を入れ替えたのだけは認識できた。下からアッパー気味に伸びてくる掌底——。

「……!!」

 反射的に悠霞を見た。

 普段と同じ、静かな目。しかし奥底にあるものが——違う。

 冷たく透き通るような光。それが雪姫を射抜いたような気がした。

 理解の範疇を超えた、恐怖と戦慄——。

 ゾワッとする圧迫感に、息が止まる。

 反応できないまま、硬直した雪姫の眼前で、高速で迫った悠霞の手のひらがピタッと止まる。だが、拳圧で生じた空気の塊が、雪姫の顔を抜けた。

「うあ……!」

 脚がもつれて、バランスが崩れた。そのまま、雪姫は尻もちをついた。

 ——香田、お前……分かってないよ。

 ——あんな『化け物』相手に……。

 脳裏に蘇る、声。

「あ、あぁ……」

 気の抜けた声が、漏れてしまったことに、雪姫は自分で愕然とした。

 悠霞は、そっとへたり込んだ雪姫の横を抜けると、サムターンを回して階段室への鉄扉を開いた。

「……もう、いいでしょう?」

 悠霞はそう言って雪姫を見つめ、小さく息をついた。

(だめだ、お腹空いた……)

 へたり込んだままの雪姫は、言葉も出せずに悠霞を見上げた。

 見下ろす悠霞の視線は、何もかも見透かすように見えた。雪姫は顔を歪めて呻き声をあげた。

「なんで……いつも、あんたは、そうやって!」

 立ち上がった雪姫は、くぐもった声をあげると、吠えた。

「うぁああああっ!」

 叫ぶと同時に、悠霞に向かって突進をかける。

「……」

 悠霞は、軽くため息を漏らすと、至って冷静に、その雪姫の突喊をすっとかわした。

 目の前に広がるのは——下へ降りる階段の空間。

「!……ひゃっ」

 雪姫は思わず、らしからぬ悲鳴をあげ、たたらを踏むが間に合わない。

(落ちる——!?)

 バランスを崩し、完全に落下の体勢になった。ふっと重力が失われる恐怖感と、内臓を掴まれるような錯覚。

 その時、雪姫の手首を、瞬間掴んだ手は悠霞だった。

「大丈夫?」

 何気ない悠霞のかけた言葉に、雪姫は顔を真っ赤に染め、罵りの言葉を口にする。

「触んな!」

 が、悠霞は意にも留めない。軽く力を込めて引き上げるようにすると、雪姫から手を離した。

「どうして、いつもそんなに——怒ってるの?」

 その言葉にハッとして無言になり、雪姫は顔を逸らした。

(あたしは……)

 ふっと、気が抜けた。熱情が去った空虚さが、雪姫から気力を奪ったようだった。

 二人ともしばらく無言の時間が続き、そしてそれを、最初に破ったのは悠霞だった。

「……怪我は、ないようね。それじゃ」

 それだけを言うと悠霞は雪姫を置いて屋上を後にした。その表情は、どこか上機嫌に見えた。

 階段の中段あたりで、上がってくる三人の人影があった。

「あ……。転校生、雪姫は?」

 不安げな詩音と明日香、そして真歩。

「上がったところに」

 それだけを答えると、悠霞は階段を降りた。

 二階の踊り場には美咲と葵がいた。

「悠霞ちゃん、——大丈夫?」

 素直な嬉しさに包まれた美咲の表情と、声。そして葵も、かすかに笑ってやさしくため息をついた。

「ええ。問題ない。——でも、お腹空いた。マクダニエル行きたい。限定の『野菜増し増しトリプルバーガー』食べたい」

 悠霞の言葉に美咲はふふっと笑った。

「悠霞ちゃんからそういうこと言うの珍しい」

 悠霞はちらと美咲を見た。

「——だってお昼うどんしか食べてないし」

「はは、そりゃお腹空くよ」

 快活に笑った葵はふふんという顔になった。

「じゃああたしが紀澄にポテト奢ってあげる。行こ」

 悠霞は目を見開いた。

「え……いいの?」

「いいよ。さ」

 美咲は慌てたように、二人の跡を追った。

「あ、待って、じゃあわたしはナゲット半分あげる!」

 三人の少女たちの声が、階段室に響いた。


 ——日は暮れ、赤みを帯びた光が青く翳りを見せてから、落ちた。

 校内に殆ど人は居らず、静まり返った学園は、別の世界のようだった。


 ——旧体育館。

 

「やぁ、お疲れ様、先に始めてるよ」

「いえ、先生こそお疲れ様です。今朝の地域清掃の書類をまとめてたら遅くなりました」

 不意に現れた少年は、ドアを後ろ手に閉めると、少しだけネクタイを緩めた。

「それはお疲れ様。生徒会長は大変だな、雄宇」

「それより、どうなんです? そいつは」

 近づいた顔が照らし出される。童顔とは違う、中性的な少年の顔立ちは少し儚げで、美貌という方が相応しい。

 ほんのりとそこが明るいのは、『それ』が発光しているからだった。

「今日もガイガーカウンターは自然な値。試しにテスターを当ててみたが、かすかな微弱電流があるのは、こうなる前と変わらない。全く意味が分からない」

 そう言って肩をすくめたのは、フィン・カールセンだった。

「君がこうなっているのを、見つけたのは、先週だったな」

「そうです。一週間ほど前。その前日に先生が確認したときは、それまでと変わらなかった。何があったのかは分からない。けど——」

 少年、獅楼雄宇しろう ゆうはそこで言葉を切った。

「けど?」

「動き出したんじゃないですか? 『コイツ』は。ぼくには、もう聞こえている。あの時と同じ、あの声が」

 雄宇はそういうと、不敵に笑みを浮かべた。

 

つづく

次 回 予 告


「コイツは……『端末』なのか?」

 カールセンは息を呑んだ。

「たぶん、そうだ。手に持った瞬間から、『あの声』が聞こえた」

 虹色のような、不思議な色合いのキューブ状の『なにか』を、雄宇はそっと手に包み込んだ。


***


 甲高い金属音と共に、歪んだ消火器が勢いよく床を転がった。

 吹き出した消火剤の粉末が、まるでスモークのように辺りを包み込んだ。

 その中から——金属が擦れて鳴る、かすかな響き。

 それは足音だった。ゆっくりと、規則正しく、重々しい歩み。

 もやの中から徐々に、姿を現したのは、漆黒の甲冑に身を包んだ、黒衣の騎士。

 禍々しくさえ思える黒光りする全身が、姿を見せた瞬間。鞘走った濶剣ブロードソードが閃いた。

 詩音と明日香は、固まってその場にへたり込んだ。恐怖が、歯を小刻みに震わせ、声が出ない。

(ああ——!)


***


「堀内さん……? あなたが、こんなことを?」

 悠霞がそう呼びかけると、真悠の瞳が赤い光を帯びた。

「紀澄、さん……? あなたも、あなたもわたしの敵なの——!!」


次回。第四話『目醒める』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ