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エトワール・エスポワール  作者: TAKEさん
第三話『悪意と愉快』

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13/25

『悪意と愉快』②

 そして翌日。

 普段よりやや遅れて登校した悠霞は、校門前で同じように遅れた美咲と鉢合わせする。

「珍しいね」

 囁くように言う悠霞に美咲は苦笑した。

「悠霞ちゃんだって。わたしは目覚まし掛けるの忘れちゃって」

「私は今日燃えるゴミの日だったから」

 そこへ、火田臣吾も合流する。

「珍しいな、仁科と紀澄がこんな時間に」

「火田くんはいつもこの時間ね」

 そう悠霞に言われて臣吾は

「オレは朝の鍛錬が終わってからだからな」

 三人が教室にたどり着いた時、教室内はどこか騒然としていた。

「おはよー。なんかあったの?」

 挨拶をした美咲は、どこか気まずそうな顔をした陽貴に怪訝な表情になった。

「いや……なんかっていうか」

「?」

 その場にいた陽貴たちの視線が悠霞の机に向けられる。

「えっ! なにこれ」

 美咲が驚愕の表情になった。

「……落書き?」

 ぼつりと漏らされた臣吾の言葉通り、机の天板一面に乱雑に罵りの言葉が書かれていた。

『ばか』『チビガリまな板』『クソ転校生』『ウザい』『クールぶっててキモい』『影が薄いのに調子乗ってる』『調子こいてるチビ』『B定食完食女』『スカしてるだけのくせにイケてると思ってる』『ガリガリすぎて骨』『無口女』『冷凍人間』『クソ真面目マシーン』『つまんない女』『成績だけの能面女』

「ふぅん……?」

 呟いて悠霞は指先で落書きを擦る。油性ペンで書かれているため、そう簡単に落ちそうな気配はない。周囲で憤る美咲たちとは裏腹に、悠霞自身はごく平然としていた。

(なぜ、こんなことを?)

 悠霞には理解できない行為だった。

 害意であることは分かる。だが身体的ダメージはないし……。

 騒然したままの教室に、宮本が顔を出した。ホームルームの時間となっていた。

「はーい、もう始めるよ、みんな席に着いて」

 教壇にファイルを置いた宮本は、そこで異変に気付いたようだった。

「どうした?」

 悠霞はいつもの表情のまま、宮本を見た。

「宮本先生。この机は使用に適さない気がしますので、交換してもらうことはできますか?」

「へ? なに?」

 訝しむ表情で悠霞の席までやってきた宮本は異様な悠霞の机の天板を見て、顔を顰めた。

「えっ、なにこれ! 酷いなこりゃ。誰? こんな事したの!」

 宮本は生徒たちを確認するように教室を見渡すとやはり悠霞同様に落書きを指で擦る。

「油性ペンで書かれてますね、先生」

「いや、それはそうだが……」

 淡々とした悠霞に宮本は困惑の表情を見せた。

(紀澄、なんでそんな落ち着いてんの……)

 悠霞はそんな宮本に構わず、顎の先に指先を当てると小首を傾げた。

「先生。ここですが、よく見ると『女』という文字の書き方にクセがありますね。いわゆる『くノ一』の『く』の書き方が滑らかな曲線になっている。

 あと、濁点の位置ですが、一般的には右肩に斜めに入れますが、なぜか真っ直ぐ垂直に濁点がつけられていますね。見覚えがあるようなないような……」

 悠霞がそこまで言ったとき、クラスメイトの何人かが『あっ』という顔になった。

 悠霞の指摘に、思い当たる人物が脳裏に浮かんだのか、複数の視線が自然、ひとりに吸い寄せられた。

「ちょ、ちょっと、何よ! 知らないわよ!」

 あからさまに動揺の色が浮かぶ雪姫の言葉に、集中していた視線がさっと拡散する。

「——別に、香田さんとは言ってないけど……?」

 無感動な悠霞の態度をみて、雪姫は顔を歪めて睨みつけた。宮本は心底疲れた表情になった。

(えっ、香田じゃないの? 自爆じゃん?)

(今の態度ってそうじゃん?)

(紀澄さん、マジで何考えてるのか分からん)

 他のクラスメイトの様子に、詩音、明日香、真歩の三人は無言で視線を交わした。

(雪姫……これバレてるよ)

(だからやめようって)

(絶対紀澄分かってて言ってんじゃん……。うーん、策士)

「——ところで、チビガリ……? 身長は確かに平均値より下かもしれませんが……。ガリというのは痩せすぎってことですかね? 体脂肪率はそこまで低くはないと思うんですが。食事量も少し多いくらいで」

 淡々と語り続ける悠霞に宮本はうっと言葉を詰まらせ、聞いていたクラスメイトたちはギョッとした表情になったのを隠せなかった。

(なんで体脂肪率? 理詰め感すごくない?)

(少し多いって、紀澄さんいつもB定食にうどんの追加じゃん……少しじゃなくね?)

(ゆ、悠霞ちゃん……?)

 美咲はあまりのことに二度見する。

(何考えてんの、コイツ! ガチ意味分からん!)

 雪姫は憤然としてさらに睨みつけた。

「——まな板? というのは……?」

 そこまで悠霞が呟いて、宮本は軽く赤面して咳払いした。

「いや……それはだな紀澄、ええと、その……ちょっとセンシティブというか……身体的特徴の話というか」

 赤面した宮本の顔に悠霞は、ああ、という顔になった。

「つまり——私の胸の比喩表現ってことですか」

 瞬間クラス内の空気が凍りついた。特に男子生徒の殆どが顔をこわばらせ、表情筋が死亡宣告を受けたも同然だった。

(比喩表現て……。いや、そういう問題じゃなくない?)

(なんでそんな冷静なんだよ……)

(普通なら泣くとか、怒るとか……あるだろ?)


 クラスメイトの誰もが「なんでそんなに冷静なんだ、紀澄」と心の中で呟くなか、悠霞はそう言うと自身の胸元に一瞬視線を落とした。ほんの少し、戸惑った表情になる。

(えっ今自分で確認した?)

(見た……見たよね?)

(わたしだったらこんなの恥ずかし過ぎる……)

「……。まぁ、確かに小さいかもしれませんが、まな板というほど平坦では……ないかと。一応起伏も、立体感もあるし」

 そこで言葉を切った悠霞は美咲と雪姫を図るような眼差しで見比べた。

「えっ」

「な、何よ転校生!」

 突然の悠霞の眼差しに二人揃って軽く目を見開く。

「確かに……美咲、いや仁科さんよりは小さいかも知れませんね。——でも香田さんも仁科さんよりは小さいですし」

「ちょ! ちょっと悠霞ちゃん、なななななにそれ! なんでわたしの話!」

 美咲は慌てて自分の胸元を手で隠していた。

「ちょっと! なんでそこで、あたしと委員長の話になる訳!」

 瞬時に顔を真っ赤にした美咲と雪姫の悲鳴めいた叫びにクラス女子たちが曖昧な表情になった。肩を微かに震わせて笑いを堪えるもの、共感性羞恥で軽く赤面するもの。苦笑いする女子もいる。

 男子生徒たちのほとんどはポーカーフェイスを保っていたが、幾人かが好奇の笑いを浮かべて美咲たちを見てしまい、それに気づいた女子生徒たちの冷たい視線を浴びて気まずそうに視線を逸らした。

(うわー……委員長巻き添え)

(平坦……)

(起伏て、それ自分で言うの)

(なんで朝からこんな話)

 同じく顔を赤面させ、わなわなと唇を震わせる雪姫に、悠霞はきょとんとした。

「でも、比較は大事じゃない?」

「あんたねぇ!」

 キッとなった雪姫が再び悠霞を睨みつける。美咲は心中で声にならない恥じらいの叫びをあげていた。

(やめてー! 比較しないでー!)

 そんな美咲をよそに他のクラスメイトたちはというと、

(なんで比較してんの)

(やべーな、転校生。マジ笑える)

(俺たち……これをどんな顔で聞けばいいんだ)

 宮本は大きくため息をついた。

(どうすればいいんだこれ……? 慰める? 励ます? でも当の本人が一番平然としてるぞ?)

 宮本は泰然としている悠霞を見て、騒然としたクラス内を見回した。

(いや待て、むしろクラスが動揺してるのに、紀澄が冷静すぎて事態が悪化してないか?)

 ――被害者は冷静、加害者? は動揺、俺は困惑、クラスは混乱。

「紀澄……冷静なのは素晴らしいことだと、先生は思うけど……。冷静過ぎるぞ……」

 宮本の言葉に悠霞は軽く首を傾げた。

「? そうですか?」

 悠霞の反応に宮本は一瞬目を伏せて、小さく息をついた。

(タカシちゃん大変だな……)

(紀澄さん悪くないどころか被害者なんだけど……なんだこれ)

 そして、この地獄のような空気に、ひとり心の血涙を流す大沢陽貴であった。

(このネタは美味しすぎる……! けどこんなの記事にしたら女子全員を敵に回す、いや殺される……市中引き回し確定)

 臣吾は困惑の表情のまま、何も言わなかった。

(女って面倒だな……)

 内心で呟いてそっと息をついた。

「とりあえず、紀澄、あとで話、させてくれるか。あと、ちょっと誰か手伝ってくれ、予備教室から予備の机運ぼう」

「……はい」

「先生、オレ手伝いますよ」

 立ち上がった臣吾に、悠霞は小さく「ありがとう」と言った。


その③につづく

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