***『天使』
――紅蓮の天使は破壊の象徴。
――赤き翼は神の怒り、その羽ばたきは死滅の吐息。
――後には塵を、踏むばかり。
***
気がついた時にはもう、私は炎の檻に囚われていた。
右を見ても左を見ても、ごうごうと唸る真っ赤な壁。ずっと見ていると目が焼けてしまいそうで、熱さから逃げるため、ぎゅっと瞑った。
みんな、どこへ行ってしまったのだろう。少なくとも私の周囲に、その姿を見つけることはできない。
この炎で焼けてしまったのだろうか。そうであっても何もおかしくはない。何せ、この火勢だ。紅の舌先は止まることなく空中を、家を、木々を嘗め回している。きっと、酸素を食らい尽くすまで。
きっと、全部を燃やし尽くすまで。
むしろそんな中で私が息をしていることの方が奇跡なのだろうから。
しかし、そうだと頭ではわかっていても、心のどこか深くでは首を振っている自分がいる。期待。けれどそれは拠り所にするにはか細く、この炎の前ではあまりに淡く、脆い。
「パパ……ママ……」
その先端が今にも消えてしまいそうな声となって溢れ出る。それはほんの少しの間だけ檻の中を漂っていたけれど、どこへも行けないまま、揺れる舌先に舐め取られた。
ぽつり、ぽつり。
もうどんな形だったかもわからないくらいに炎に覆われた町の中を歩きながら、何度も何度も呼びかけた。
問いかけた。
だれか、誰かいませんか。
けれども一つも返ってはこない。
ただ獣のように呻き続ける。
ただ溶け落ちる音だけが続く。
そんな地獄を歩いていた私は、やがて、その場所に辿り着いた。
湖。
熱から逃れたかったのか、それとも、この渇きを潤してほしかったのか。わからないまま体は動いて、前へ、前へ。
水が足に触れる直前。一人佇むその姿は、さぞかし滑稽だったことだろう。
けれど、私にはそんなことを考える余裕なんて無くて。
水。
目の前になみなみと満たされた大量の水に救いを求めることしかできなくて。
だからきっと。
私はその姿を目にすることになったのだろう。
今にも泣いてしまいそうなひどい顔をした私の前。
翼から炎を滴らせた赤い翼の天使が、馬鹿にするように笑いながら、こっちを見ていた――。
――私は、その光景を忘れない。
一生、忘れない。