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第十二話「忍び寄る影」

 恐らく、女性のもの。そして、その響きは聞いてすぐわかるほどに、尋常のものではなかった。


 最初に動いたのはリタ。そして、その後をラティーンが続く。全身鎧を纏っているというのに、驚くほどに俊敏なものだ。


 僕はその後に続きながら、すぐに家の外に出る。

 日が傾き始めた【壁の街】。それは、先程までと変わらない喧騒が満ちているように見えたが――よく見れば違う。混乱の色が混じっているようだった。


「ちょっと、そこのあなた。一体、何があったの?」


 リタが、逃げてくる住民の一人を呼び止める。

 半ばパニックを起こしたその男――エプロンをしているあたり、普段は商店を営んでいるのだろう――は、必死にその手を振り払いながら、唾沫を撒き散らちつつ、叫ぶ。


「ま、魔物! 街ン中に魔物が出たんだよ! 今、女の子が捕まっちまってるんだ!」


 そう言って走り去っていく男の背中を見ながら、僕にはどこか、嫌な予感がしていた。

 女の子が、捕まってる――?


「……まさか!」僕よりも先に、リタが結論に至る。


 彼女が弾かれたように駆け出すと同時、ラティーンも一直線に走り出す。どうやら、二人共考えは同じだったようだ。


 僕はその後をどうにかついていきながら、酸素の足りない頭で、考える。


 どうして、町中に魔物が。

 まさか、あのバカでかい壁を超えてきたっていうの? それこそ考えづらい。

 なら、一体どうやって、連中は侵入してきたのだろうか。


 人混みをかき分け、僕らは大通りに出る。逃げてくる人々を掻き分けて進めば、すぐにそれを見つけることができた。



 ――そこにいたのは、骨だった。



 成人男性一人分の、頭の天辺からつま先までの骨格。それが、直立を保ち、筋肉もないのに駆動している。


 骸骨(スケルトン)だ。 

 死霊術師としては馴染みの深い魔物ではあるが、こんな町中で発生しているのを見たのは初めてだ。

 それが、一体や二体ではない。通りを一列に塞げるほど――おおよそ数十体が、ゆっくりと行進していた。


 そして、そのうちの一体――少女を羽交い締めにし、先の尖った鉄の棒を突き付けている個体に、思わず目が奪われる。


「……マキナ……っ!?」


 ラティーンが驚愕の声を上げる。捕まった少女とは、マキナのことだったのか。



「早く助けなきゃ、手遅れになるわね。ジェイ、あんた、死霊術師ならあいつらを無力化したりできないの?」


「無茶言うな、僕はできそこないだぜ。できるとして、どこから発生したのか、魂の残滓を追うことくらいだ」


「なら、それだけでもやって頂戴。自然発生だと厄介だけど、誰かがやったのなら話は別。本体を叩けば、一網打尽にできるでしょ」



 なるほど、と僕は首元からロザリオを取り出し、力を込める。骸骨や動く死体が相手なら、霊視の延長線上で、魂を縛り付ける術式も判別ができるはず――。 


 ――と、そこで僕は、言葉を失った。



「……なっ、これ……」


「どうしたの、何か――」



 リタが訪ねてくると同時に、近くにいた骸骨の一体が、その鋭い爪を振り上げていた。

 しかし、それが振り下ろされるよりも早く、リタの回し蹴りが閃き、骨格を粉砕する。


 その向こうで、手に槍のような長物を持ったラティーンが、数体の骸骨を蹴散らしているのが見えた。


「おうい、リタ! こいつら、そんなに強くねえ! とっとと片付けちまったほうが早いぞ!」


 叫ぶ声も、どこか遠い。僕の思考は、完全に別の所に飛んでしまっていた。

 脳髄の大半を占めるのは、「何故」とか「ありえない」だとか、そんな言葉ばかりで、その奥から顔を覗かせた「ついに」が、僕の体を震わせる。


「……ジェイ!」リタが僕の肩を強く掴んだ。「あんた、急にどうしたのよ! こいつらの出処は、わかったの?」


 その刺激に意識を引き戻された僕は、未だに能力を失った言語野をどうにか奮い立たせ、言葉を紡いだ。



「……おやじ」


「は? 今、なんて」



 半ば、苛立ちが混ざった声で、僕はどうにか吐き出す。



「……親父の術式なんだよ、これ」


「な、でも、あなたのお父さんって……」


「ああ、もう死んでる。なら、この骸骨たちの主は、一人しか考えられない」



 親父と同じ死霊術を使う者。

 そして、僕たちを襲う理由がある者。


 それは――。


「リトラ、神父……っ!!」


 僕の、家族の仇。

 まさか、今になって、ここで見つかってしまったというのか。


 それも、僕たちは明日、怪物との決戦を控えているというのに。こんなところで消耗してしまうのは、可能であれば避けたいところだ。



「最悪のタイミングね。あんた、相手の場所はわかるの?」


「すまん、もう少し時間がかかる。死体の出処は追えるだろうが、親父の術式だと、残滓の視認は簡単にはいかない」



 そもそもが、死霊術というのは死者の魂の力を借りる業。術者と術式との間に、魔術ほど強い繋がりは存在しない。


 それでも、簡易契約の跡を追っていけば相手には辿り着けるはずだが――親父の術式は、それを困難にする仕掛けがいくつか仕込まれている。


 まったく、大陸一の死霊術士だったか知らないが、余計なことをしてくれたものだ――。


「おい、リタ! 何してんだ、お前! とっととこいつら仕留めねえと、マキナが危ねえぞ!」


 殆ど怒号のようなラティーンの声と同時に、激しく骨片が弾け飛んだ。槍が一度、二度と骸骨たちを薙ぎ払い、砕かれた骨たちは立ち上がることすら叶わず、そこに転がるばかりだ。


「……惜しいけど、追跡するための時間稼ぎはできなさそうね。ここはひとまず、倒し切るしかないわ」


 リタはそう呟くと、翼を顕現させた。それはまるで小規模な竜巻の如く翻り、近付くものを吹き飛ばしていく。


 僕はロザリオを離さぬようにしながら、軽く身を屈めた。巻き込みを避けるのもそうだが、骸骨たちは関節の可動域が狭い。そのため、身を低くすることによって、攻撃を避けやすくなるのだ。


 ――と、屈んだところで、僕はあることに気が付いた。


「……なんだ、これ?」


 森のように並んだ、動く骨たちの群れ。その足元が、皆、泥のようなもので汚れていた。

 しかし、この街の地面は舗装されており、泥濘(ぬかるみ)など見当たらない。


 ならば、一体どうして、こいつらの足は汚れているのだろうか?


「――待てよ、これなら!」


 僕は地面に残った足跡を追う。思った通り、それはある一点から向かってきていた。

 そして、目にする。骸骨たちを超えたその先――曲がり角の陰に、誰かがいるのが見えた。


「リタ! 術者は曲がり角の陰だ!」


 僕が叫ぶのと、彼女が動き出すのはほとんど同時だった。


「『鉄の翼――羽弾(フェーダークーゲル)』!」


 鋼鉄の翼が閃いたかと思えば、そこから目にも止まらぬ速度で、数発の羽根が射出された。

 それはレンガ造りの街を容易く抉り、目標地点に着弾する。 


 派手に舞い上がる砂埃。それが晴れた時――既に、そこに人影はいなくなっていた。


「……逃がしたわね、どうやら、素人じゃないみたい」


 リタが苦々しげに呟くのと、ラティーンが最後の骸骨を吹き飛ばすのは、ほとんど同時だった。

 彼は助け出したマキナを抱き上げながら、ゆっくりと、僕らの方に近付いてくる。


「よう、終わってみてえだな。マキナも無事だぜ、気を失っちまったみてえだけどよ」


 そう言いながら、彼は周囲に視線を這わせる。遠巻きに見つめる人々、ざわめき、そして、辺りに散らばる白骨の残骸。


「……こりゃあ、どういうことなんだ? お前さん方、一体何に追われているんだよ」


 問いかけてくる彼の視線には、困惑と、そしてそれ以上の警戒の色が浮かんでいた。

 僕とリタは顔を見合わせる。誤魔化すためのカバーストーリーを、用意できないこともない。


 しかし、今の彼には、下手に取り繕うのは逆効果になるように思えた。だから、僕も観念することにした。


「……話せば長くなる。よかったら、一度安全な所に戻らないか?」


 かつん、爪先で蹴り上げた骨の欠片が、虚しげに転がっていくのだった。



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