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第十話「大陸間横断鉄道」

「それで? あんた、『呪い』についてはどこまで知ってるんだっけ?」


 向かいの席で、リタが頬杖をつきながらそう訊ねてきた。

 ここは列車の中。【夕暮れの街】十一時二十四分発、大陸間横断鉄道。その二両目のボックス席に、僕らは腰かけている。


 これまでの移動に、リタが公共の交通機関を利用したことは無かった。ほとんどが彼女の翼による空路であったため、今回駅に向かって歩き出した時には随分と驚いたものだ。


 それだけ遠くに行くということなのだろうか。【凪の村】くらいまでなら軽々と飛んで見せた彼女が列車を選んだのだから、そう考えるのが自然なのだろうが、それにしては、今回の行き先は随分と急に決まったようにも見えた。


「いや」僕はかぶりを振った。「学校で少し習ったくらいかな。『冒涜戦争』の前後から、そういう現象が各地で起こり始めたって」


 この世界は、呪われている。

 【夕暮れの街】がいい例だろうか。あの町が夕暮れ以外の時間を持たないのと同じように、様々な異常現象がこの大陸の町や村には起こり続けている。

 むしろ【凪の村】のように異常が無い村の方が珍しいとも言えるだろう。


 街そのものが異常発育する植物に覆われてしまった街。

 日中であってもどこか薄暗く、ジメジメと陰鬱な靄に包まれた街。

 消えない炎によって焼かれ続ける村。


 そういった土地が、各地にごまんと存在するのだ。



「そうなの、じゃあ【壁の街(シャットアウト)】のことも知らない?」


「【壁の街】か、名前くらいしか知らないな。どのあたりにあるんだ?」



 僕の言葉に応えるように、彼女は懐から一枚の紙切れを取り出した。広げられたその表面に踊るのは、どうやら大陸の地図のようだった。



「【夕暮れの街】から、列車で五時間くらいね。大陸の西部に入ったくらいのところに位置する、大きな街よ。鉄鋼業が盛んでね、街の名前の由来にもなってる、四方を囲う巨大な壁の内側に、いくつも工場があるのよ」


「随分詳しいじゃないか、行ったことがあるのか?」



 僕は訪ねてから、すぐに「しまった」と思った。

 リタは仕事で各地を飛び回っているのだ。ここまで詳細まで知っているのなら、足くらいは運んだことがあるだろう。聞くまでもないことだ。


 また呆れられてしまうな、と身構えた僕に、彼女は。


「……あるわよ、何年か前に。一度だけね」


 そうとだけ言って、車窓に視線を移した。そして流れる景色を何度か見送った後に、再び僕の方に向き直った。


 けれど、決して僕のことを見ているわけではない。彼女はどこか遠い目をして、何かに思いを馳せているように見えた。

 そうしている彼女の瞳が、やけに寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。


「……それで、【壁の街】が『呪い』とどんな関係があるんだ?」


 沈黙に耐えかねて、僕はそう口にした。


 なんだかわからないが、今日のリタと話していると調子が狂う。出来るだけ早く本題に入ってほしかった。



「……そうだったわね。【壁の街】の『呪い』は、特に厄介なものなのよ」


「厄介?」僕は首を捻る。


「ええ。あの街に大きな壁が建設されたのも、それが理由なの」



 彼女はそこで、丁度通りかかった車内販売を引き留めた。そして二つのコーヒー・ヌガーと紅茶を一杯購入すると、ヌガーを一つ、僕に投げ渡した。

 茶色の粒を頬張った彼女は、包み紙を弄びながら、何かを考えこむような様子で続けた。



「あんた、死霊術師なんだから『魔物』については知ってるわよね」


「もちろん、知ってるさ。残念ながら、僕らにとっては馴染み深いもんだからな」



 僕はそうして肩を(すく)めた。


 『魔物』。

 そう言えば仰々しく聞こえるものの、その実態は、ただの魔力の影響を受けた動物だ。


 強い魔力を帯びた鉱石が多く眠る鉱山や、神秘の力を帯びた泉。そういった場所にて魔力に当てられてしまった獣たちは、凶暴に変質し、時には人を襲うこともある。


 そして、それは人間であっても例外ではない。人の死体も魔力の影響によって、意志を持たぬ怪物となってしまうことがあるのだ。屍者やスケルトン、悪霊などがその代表例だろう。



「【壁の街】はね、そういった魔物たちに襲われる街なの。数年に一度、街に大量の魔物が押し寄せる。街を囲う壁は、そいつらから身を守るためのものでね。住民たちが多くの犠牲を払いながら、どうにか建設したものなのよ」


「ふーん……なんだかわかんないけど、大変なとこなんだな。僕の故郷の【昏い街】なんかはジメジメして薄暗いくらいのもんだったから、同じ『呪い』って言っても、程度があるってことか」



 僕は外の街について、多くを知らない。【夕暮れの街】についてだって、家が焼かれなければ詳しく知ることは無かっただろう。

 だからというか、そんな苛烈な『呪い』に晒された場所があるというのは衝撃的ではあった。


 ――そこでふと、ちょっとしたことが気になってしまった。

 思えば聞いたことが無かったなと、僕は何とはなしに、それを口にした。


「そういえば、リタの出身はどこなんだ? あの【夕暮れの街】が故郷なのか?」


 彼女は、自分の過去について話すことがない。

 共同生活もかなりの長さになってきたが、彼女が話すのはここ数年の出来事ばかりだ。来歴や出自など、個人的なことはほとんど話してもらえていない。


 だから、ほんの興味だったのだ。彼女が何を抱いて生きてきたのか、それをほんの少しだけ覗きたくなっただけだなのだ。


 しかし、彼女の反応は予想外のものだった。端正な顔は、痛みを堪えるような苦渋に歪み、先ほどまで車窓から投げ出されていた視線は、今や鋭さを増し、僕に突き刺さらんと向かってきていた。


「……そうよ、それが、どうかしたの?」


 たっぷり数分の時間をかけてから返答してきた彼女は、明らかに不機嫌そうな声色に変わっていた。何か、地雷を踏んでしまったのだろうか。


 僕は「いや……」と曖昧に逸らすことしかできず、それで閑話は途絶えた。訪れた沈黙に耐えられず、僕は誤魔化すように、会話を先に進めることにした。


「そ、それで、【壁の街】の『呪い』が、今回の依頼にどう関わってくるんだ?」


 僕の浅はかな考えは読まれていただろう、しかし、リタはそれを追及したりはしなかった。ため息を一つ置いて、答えを用意してくれた。



「……【壁の街】を襲う魔物は、普段であればそこまで脅威にならないのよ。腐っても、大陸最大の要塞都市。それに、攻めてくる連中への対処法も確立しているわ」


「普段であれば、ってのが少し引っかかるな。なんだか、まるで『普段通りじゃないこと』が起こりそうな気がしてくるぜ」


「話が早いわね、そう、【壁の街】では十二年に一度、魔物たちの親玉が目を醒ますの。町の城壁に取り付けられた兵器や、常駐している兵士たちも適わない、とんでもない怪物が――」



 なるほどな、と僕はそこで合点がいった。

 今回の【赤翼】サマのお仕事は、怪物退治と相成るらしい。猫探しや探偵ごっこに比べれば、世間一般のイメージに近いかもしれない。


 魔物との戦いとなれば、多少危険はあるかもしれないが、今回も僕は付き添いだ。音に聞く伝説の万能屋の戦いを、特等席で眺めさせてもらおう。


「――前回は、それで二千人死んだわ」


 事も無げに続いたリタの言葉に、思わず僕は噴出した。先ほど車内販売で買ったカップ入りの紅茶を、危うく握り潰してしまいそうになりつつ、僕は喉を衝く()せ返りの針を吐き出そうと努力する。



「に、にせんにん!? おいおい、冗談キツいぜ」


「冗談じゃないわよ、公的な記録でそのくらいだから、実際にはもっとかも」


「冗談であってくれよ、頼むから。というか、【赤翼】ともあろうものが、どうして――」



 と、僕が彼女に食って掛かろうとした、その瞬間だった。



 ガコン。大きく車体が揺れた。



 次いで、流れていた景色が、ゆっくりと減速し、やがて、その加速度を完全に失った。

 急停車に、車内のあちこちから、どよめきの声が上がる。何が起こったのか、と、僕は周囲を見渡すために立ち上がろうとした。



「お、おい、一体なんだよ、これ――」


「……しっ。静かにして。何か、妙な音がするわ」



 しかし、リタの小さな掌に制され、仕方なく腰を下ろす。

 確かに、彼女の言うとおりだった、どこか、遠くで金属を打ち鳴らすような、乱暴な音が響いている。それも一つや二つではない。


 無数の硬質な音が、僕たちを取り囲んでいるかのようだった。


「どうやら、外ね。あんたはここにいなさい、少し、様子を見に行ってくるわ」


 そう言って、リタは疾風(はやて)の如くボックス席を飛び出した。混迷が広がり始めた人混みの間を器用に抜けていくと、そのまま、窓から社外に滑り出ていった。小柄なのも、こういう時には役に立つようだ。


 残された僕は、とりあえず懐の霊符の枚数を数えた。たっぷり十枚以上、これだけあれば、自分の身くらいは守れるだろう。


 さて、後はリタが帰ってくるまでどうしたものか、他の乗客に絡まれるのも嫌だし、事態に気が付かぬまま寝たふりでもしているとするか。


 そんなことをぼんやりと考えながら、何の気なしに、再び窓の外を見やった。硝子に映る、覇気のない自分の顔。向上心のひとつも感じないその表情に嫌気が差しつつも、あくびを一つ打って誤魔化そうとして――。



 ――ぎょろり、覗き込む目玉と、目が合った。



 それは、一見すれば人間の、それも成人女性のように見えるだろう。細い腰と手脚、豊かな胸部に長い髪。けれど、その爪先は猛禽(もうきん)類の如き鈎爪(かぎづめ)となっており、腕の半ばほどからは、同じく鷹や鷲を思わせるような、大きな翼に変わっている。


 酷薄な笑みを浮かべ、まるで品定めでもするかのようにこちらを見つめてくるその生き物に、僕は心当たりがあった。


「ッ、有翼人(ハーピィ)かよっ……!」


 有翼人。

 高い知能と、その大きな翼が特徴的な魔物であり、主に、行倒れた旅人などが変性するという。見た目こそ人間に近いものの、その生態は残酷の一言。子供や若い女性が攫われた、なんて話はよく聞くし、何より極めつけに、こいつらの主食は――。


「――クソっ!」僕は悪態を一つ吐き捨てると、そのまま横合いに飛び退く、ガラスが割れたのは、それと同時の事だった。鋭い爪が透明の帳をぶち破り、ジャケットの端を僅かに掠める。


 頭の中をぐるぐると回り続ける、いつか本で読んだ知識を、一旦頭蓋の奥底に収めて、僕はゆっくりと一つ、息を吐いた。


 見れば、周囲は既に地獄絵図と化していた。窓から強襲してきた鈎爪に捕らえられた者。隣人を連れていかれまいと、その服に必死に縋りつく者。そして、そのまま身動きも取れず、横合いから飛来した牙に喰いつかれる者。


 阿鼻叫喚の車内を嘲るように、僕らの座っていたボックス席にも、一体の有翼人が侵入してくる。


 相手は話が通じない化け物だ。それに、今はリタもいない。ここ数週間で幾度目かの命の危機に、思わず心拍が上がる。


 しかし、焦ってはいけない。深呼吸、それと同時に、懐から抜き放った霊符に力を込める。


「――ウィル・オ・ウィスプ!」


 指先から放たれた霊符は火の玉となり、笑う有翼人の顔面に直撃した。一瞬の隙、車内にはもう、逃げ場がないようだった。


 僕は思い切って、窓から身を投げ出した。線路脇の地面まではそれなりの高さがあり、ろくな受け身の取り方も知らない僕は、酷く体を打ち付けたものの、すぐに体を起こし、状況を確認する。


「……なんだよ、これ」

 そして、思わず固まってしまった。


 十二両からなる大陸間横断鉄道、その全ての客車に、およそ十匹ずつ程の有翼人が貼り付いている。その数、延べ百体は下らないだろう。


 が、絶望に膝を着いている暇もなかった。

 窓のすぐ傍に纏わりついていた、何体かの有翼人が振り向いた。獲物が、列車から飛び出してきたことに気が付いたのだ。連中は、僕の目にわずかな怯えがあることを確認するかのように観察したのち、一斉に飛びかかってきた。


 霊符を――いや、仮に手持ちの札をすべて『ウィル・オ・ウィスプ』にして当てたとしても、ろくな時間稼ぎにならないだろう。そう判断した僕は、脇目も振らず駆け出した。


 そして、辺りを見回す。僕の考えが正しければ、『それ』は、遠くから見てもよく目立つはずなのだ。

 探し始めてから、ほんの数秒。見つけた僕は、そちらに全力で駆ける。


 目指すは車両前方。赤い髪を振り回す、鋼の旋風の中心だ。


「……! ちょっと、あんた、何やってるのよ!」


 向こうも僕を視認したのか、リタが驚いたように目を見開いた。そのすぐ側に滑り込んで背中を合わせた僕は、半ばヤケクソな調子で霊符を構えた。


「うるさいな、車内まで連中が入ってきたんだよ! というか、曲がりなりにも護衛なんだから、置いていくなっての!」


 叫びつつ、人魂を放つ。接近してきていた一体の腹部で弾けたそれは、花火程度の威力しかない。


 しかし、一瞬怯ませればそれで十分。リタが翼を閃かせる。飛行に適した有翼人の体は、鋼の翼の打撃を耐えられるようにはなっていないようで、ひしゃげながら転がっていった。


「そ、それはそうだけど、でも、列車がこんなことになっちゃったら、出ていかざるを得ないじゃない!」


 彼女は必死に反論しつつも、戦いの手を緩めない。そのまま、翼を振るった勢いを殺さずに上空から襲い来た個体を蹴り飛ばしていく。


 そして、華麗に着地した彼女は、訝しげに眉を寄せた。



「……それにしても、おかしいわね。なんでこいつら、列車なんか襲いに来てるの?」


「おかしいって、何がだよ。魔物なんだから、人を襲って当然だろ」



 しかし、彼女は首を振る。



「有翼人は、とても高い知能を有しているわ。それこそ、人と遜色(そんしょく)ないほどに。だから、食うに困っても『列車を襲う』なんて不確実で乱暴な方法、滅多に取りはしないわよ」


「って、言ったって、現に僕らは襲われてるじゃないか! その、滅多ってのが今起こってるんだろ!」 


   

 僕は叫びつつ、指先で札の枚数を確かめる。あと、八発。相手の数を考えれば、残弾は圧倒的に不足している。



「……ひとまず、あんたは私のそばを離れないで。それと、霊符は常に撃てるようにしておくこと」


「言われるまでもない、頼むぜ【赤翼】先生。僕は、こんなとこで――」



 と、そこまで口にしたところで、肩に圧迫感を覚えた。

 続いて、感じたのは重さ。見れば、僕の肩口に深く、巨大な鉤爪が食い込んでいた。


 死角からの強襲――霊符を放つのも、リタが振り向くのも、間に合わない。

 そして強く、上方に引っ張られる。


「――っ、ジェイ!!」


 リタが、半ば悲鳴のように僕を呼んだ。そういえば、まともに名前を呼ばれたのは初めてではないだろうか。


 場違いな程に牧歌(ぼっか)的な思考は、すぐに浮遊感に掻き消される。羽ばたきとともに、僕はたっぷり身長の十倍ほどの高さまで持ち上げられた。


 まったく、僕はここ一ヶ月で、何回抱えて飛ばれればいいのだろうか。

 とはいえ、リタとは違い、有翼人は安全に僕を運んではくれないだろう。地面に叩きつけられて、潰れた果実のようになるのはごめんだ。


 考えろ、考えろ、考えろ――。冷えていく血液を無理矢理に温めつつ、僕は思考を巡らせて――。




「――暴れるなよ、坊主」




 不意に、どこかからそんな声が聞こえてきた。


 まさか、僕を掴んで飛翔する有翼人が語りかけてきたのだろうか、と見上げるが、どうやらそうではないようだ、向こうも向こうで、辺りを警戒するように見回している。


 しかし、その姿を嘲笑うように、声は続いた。


「どこ見てんだ、鳥公が。上だよ上、テメエよりも高いトコは見えてねえのか?」


 その言葉に、僕は視線をさらに上方に向けた。有翼人の小さい頭を飛び越えて、さらに上方。


 ――最初に見えたのは、並んだ鈍色の鱗だった。


 続いて、巨大な翼。リタや有翼人たちよりも遥かに大きな両翼は翼膜いっぱいに風を受けながら、僕らの遥か上空に浮かんでいた。


 そして、それよりも遥かに目を引く頭部。爬虫類特有の長い顔と、口元に並んだ牙が、ギラリと日光を照り返している。


「――竜種(ドラゴン)ッ!?」


 少々、小振りではあるものの、間違いない。

 絵物語では見聞きしたことがあるが、実物を見るのは初めてだ。その威容(いよう)は、視界に入っているだけで、自然と指先を震わせるほどだ。


 竜種は、ゆっくりと首を降ろすと、そのまま急降下してきた。その速度は、有翼人たちとは比べ物にならない。


 当然、視線はそちらに釘付けになる。目の前の脅威に。より危険度の高い方に。


 ――それは、降って湧いた好機だった。


「……ウィル・オ・ウィスプ!」


 僕は人魂を有翼人の顔面に目掛けて放つ。既に捉えた獲物など、眼中に入っていなかったであろう相手には、花火程度の火力でもよく効いたようで、鉤爪に込められた力が、ほんの少しだけ緩んだ。


 それは、奴が僕を取り落とすのに十分なほどの隙だった。ずるり、滑るようにして、僕は宙空に投げ出される。


「う、おおおおおおおおおおっ!!!」


 自由落下の感覚は、慣れない。

 内臓全てが、それこそ根こそぎになってしまいそうな違和感を飲み込めないまま、空が遠のいていく。

 そんな視界の先で竜種の牙が有翼人を捕らえた。舞い散る羽も、骨肉を噛み砕く音も、今の僕にはどうでもいい。


 ただ、祈る。いや、信じるという方が正しいのか。僕の思った通りならば、あいつは、既に舞い上がっているはずだ――。



「――なんて無茶するのよ、あんた!」



 聞き覚えのある声。それから程なく、僕の体を細い腕が包み込む。

 真っ赤な髪が、風に煽られてふわりと舞うのを眺めながら、僕は軽口を絞り出した。



「これしかなかったからな、信じてたぜ、【赤翼】サマ」


「信じるのは結構だけど、私が遅れてたらあんた、今頃赤いシミになってたわよ」


「……そいつは、ぞっとしないな」


 ふん、と鼻を一つ鳴らすリタに抱えられ、僕は地上に舞い戻った。数十秒ぶりの地面にこれほど安堵したのは初めてだ。

 けれど、安心するにはまだ早い。



「そうだ、リタ、気を付けろ! 上にいたんだよ、竜種が――!」


「――そいつは俺たちのことかい?」



 ずうん、と地響きを立てて、何かが僕たちの直ぐ側に着地した。


 舞い上がった砂埃をかき分けて現れたのは、鈍色の鱗を持つ翼竜――器用に二足で立ったそいつは、威嚇するかのように喉を鳴らしながら、こちらを見据えている。


 僕は反射的に、懐に手を伸ばした。一難去って、また一難。次の相手は、この竜種か――。

 そう、覚悟を決めた時だった。


「来てたのね、ラティーン。ドラコも元気そうで何よりだわ」


 平然と口にしながら、リタは龍種に近づいていく。それと同時に、龍種はその場に跪いた。

 まるで、甘えるように首を伸ばしたことで、その背に、跨る人影があることに気が付く。


 ギラリと輝く白銀の全身鎧は、まるで御伽噺(おとぎばなし)に出てくる騎士のようだ。けれど、その表面に刻まれた無数の傷が、歴戦の勇士であることを物語っていた。


 ラティーン、そう呼ばれた人影は、バイザーを上げると、露わになった緑色の瞳を三日月型に歪め、呵々大笑する。



「おう、リタ、久しいじゃねえか! まさか、お前が乗る列車が襲われてるとはよ!」


「私だって予想外よ。それでも、来てくれて助かったわ」



 そこで、リタがくるりと振り返る。


「ジェイ、こちら、竜騎士のラティーンよ。【壁の街】を拠点にする万能屋にして――」


 そして、竜種から降りてきた人影の方を指しながら、なんということはない調子で続けるのだった。



 「――今回の依頼人になるわ」






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