第一話「万能屋【赤翼】」
最近の僕の朝は、いつも決まって逆さまから始まる。
半分ほどベッドからずり落ちた背中は、マットレスの角が当たっていたせいか、ひどく痛む。実家にいた頃は柵のついたベッドを用意してもらっていたのだが、流石にここではそれを望むわけにはいかないだろう。
喉が渇ききっている。唾を飲み込もうとして、口の中にさっきまで見ていた悪夢の不快感が残っていることに気づいた。
もうひと月にもなろうかというのに、どうにも慣れる気配はない。
もしかすると一生付き合っていくのかもしれないと思うと、朝から気が沈んだが、僕にはへこんでいる時間もない。
上体を起こして、伸びをひとつ。伴って欠伸。肺の空気が入れ替わって、少しずつ目が冴えてくる。
いい朝だ。
常に夕日に照らされているこの【夕暮れの街】において、朝というのはあくまで概念的なものであって、ある種時間の意味や、区分の理由は溶けて解けてしまっているのだが、だからこそ規則正しい生活リズムを保ち続けることが大切だと思っている。
だから僕は今日も、自分が朝だと信じる時間に起床して、夕焼けを眺めながら朝食を摂る。
ああ、奇妙だけど穏やかな、僕の朝のひと時――。
「ちょっと、あんた、起きなさい! そろそろ次の仕事に出なきゃ、遅れるわよ!」
――それは、ドアを蹴破る音と、ヒステリックな怒号に引き裂かれた。
入ってきたのは、齢十四くらいに見える少女だった。身の丈は僕の胸ほどまでしかないが、透明感のある鮮やかな赤い髪は、地面に着きそうなくらいに伸ばされている。
赤い瞳は大きく、愛らしいとは思うのだが、目尻が大きく吊り上がった今は、それを素直に褒める気にはならない。
いい朝と言ったが、撤回。いつも通りの朝だ。
「ほーら! いつまで呆けてんのよ。【昏い街】の連中は、座りながら寝る習慣でもあるわけ? そもそも――」
云われなき罵倒と、頭に響く年頃の少女特有のソプラノを聞きながら、僕は考える。どうして、こんなことになっているんだったか。そんなことは思い出すまでもないのだが、頭の端にこびりついたまどろみが、自然、回想を誘った。
僕と彼女の出会いは、ほんの数日前。
生家を焼かれ、命を狙われた僕が、這う這うの体でこの街に辿り着いた、忘れもしないあの日まで遡る――。
***
僕は、走っていた。
薄汚れた壁の隙間を抜け、饐えた臭いの漂う木箱を蹴って転がし、ヘドロのような泥濘に足を取られながら、それでもがむしゃらに足を動かす。
もう随分と休みなく駆け続けた体は悲鳴を上げ、酸素の回らない頭は徐々に朦朧としつつあったが、それでも、留まるわけにはいかなかった。
流れる景色。路地の向こうに見える町の欠片は、どれも西日に照らされていた。この黄昏の中では、良いも悪いも老いも若きも、皆等しく朱色に染まる。後ろから迫り来る連中も、そして僕も、例外ではない。
待ちやがれ、と、背後から飛んでくる怒号。それに怯えた膝関節が一瞬だけ固まって、思わず躓きそうになる。悪態を吐きながらも、どうにかバランスを取って角を折れたが、まだ慌しい足音はついてくる。
首だけを回して、背後を確認する。さっき見たときは二人だった追っ手はいつの間にか三人に増えていた。いずれも上下ともに真っ黒なスーツを着ている。一見するとフォーマルな装いに見えるが、顔に浮かぶ粗暴さと柄の悪さ、それに染み付いた硝煙の匂いは隠しようがない。
「ったく……しつこいんだよ! 待ったら無事に見逃してくれるのかっての……」
茶化すように言ってみたが、まずそれはありえない。ああいう手合いに捕まってしまったが最後、良くて半殺し、最悪の場合、生きたまんま『情報』を搾り取られて、散々脅された挙句に腑分けされて出荷だろう。
【夕暮れの街】の裏路地は複雑に入り組んでいて、どこまでも続いているように思える。しかしそこを走る僕はどこまでも、というわけにいかない。
体力の底が見えつつあった。このままでは、じきに追いつかれてしまう。
運が悪かった。彼らに追われ、故郷からこの町まで逃げてきて、流石にここまで来ればと気を抜いてしまった。
ほんの少しくらい見て回るくらいは大丈夫だろうと見通しのいい大通りに出たのが間違いで、その後、すぐ脇にあった路地に飛び込んだのも間違いだった。
だが――僕だって備えはしてある。ゴールがない訳ではない。けれどそこまではまだ距離があり、このままでは辿り着くことはできそうにない。息を吐いて、覚悟を決めた。
別に倒す必要はない。僕が逃げるだけの時間を稼げればいいのだ。それくらいなら僕にだってできる。
僕はジャケットの内側に手を滑り込ませ、触れた感触を指先で確かめる。いち、にの、さん。十分な数があることを確認して、そのうちの何枚かを掴み取った。
それは、縦の辺が十五センチほどの長方形。一見すると何の変哲もない紙切れにしか見えない。変わったところといえば、表面に描かれた円形の文様くらいのもので、今も風に煽られてひらひらと頼りなく揺れている。
僕はそれを強く握り締めて、念じる。腹の底から熱いものが登ってくる感覚。それが腕を伝っていったのを確かめて、小さく呟く。
「術式詠唱略――『簡易契約』、ウィル・オ・ウィスプ」
途端、爪先にチリチリと焦げるような熱。握った紙――否、霊符に火が灯る。それも、ただの火ではない。死人の肌のような、青白く不気味な炎。
「おい、魔術を使ったぞ。伏せろ!」先頭に居る男が、酒に焼けた声で叫んだ。僕は舌打ちを一つ置いてから、振り向きざまに燃える霊符を投擲した。
手の中から離れていった札は、すぐに一つの火の玉に変わった。それは流星のように尾を引きながら、先程声を上げた男の鳩尾あたりに突き刺さった。苦悶のうめきを上げながら倒れこむ男に躓くようにして、後続の二人が派手に転ぶ。
上がる土煙。どうなったのか悠長に確認している余裕はないが、ついてくる足音は聞こえなくなった。あれだけ盛大に転んだのだから、すぐには追っては来られないだろう。今のうちに撒かなければならない。僕はふらつき始めた脚に鞭を打って、さらに加速する。
そして、スピードを落とさないまま、突き当りの角を曲がって。
曲がって。
そこで、ようやく足を止めた。
足止めをしたとはいえ、まだ逃げ切れたわけではない。もちろん僕だって、少しでも遠くまで逃げた方がいいのはわかってる。
なら、どうして立ち止まったのか。
「……へっ、こりゃあ、どうしたもんか」
僕は思わずそう呟いた。言ったって仕方がないのはわかっていたが、言葉にしなければやりきれなかった。
なんということはない。
僕の進む先にも、追手がいたと、それだけのことだ。
「先回りかい、びっくりしたな、あんたらでもそんな知恵が回るんだな」
憎まれ口。それもこの状況では、虚勢だということは誤魔化しようがなかった。血が冷たくなる感覚。僕の目は努めて冷静に現状を分析する。
後ろの連中と同じ黒ずくめの男たち。ただしこっちは倍ほどの人数がいて、その大柄な体で道を塞いでいる。それはもう、立ち塞がるというよりは、詰まっていると表現するのが正しいくらいに隙間がなかった。
どうする。まだ、目的の場所には相当の距離がある。一か八か、まだあいつらが立ち直っていないことに賭けて、もと来た道を引き返そうかと思案していると、
「チェックメイトだよ、坊ちゃん」その声は人垣の後ろから聞こえた。僕が反応するより早く、人の壁は半分に別れ、道が開いた。声の主は、そこを悠々と歩いてきた。
「ははは、随分とお疲れのようだ。息が切れて、足も震えている。可哀想に、大人しく我々についてくればいいものを」
壮年の男だった。豪奢な刺繍が施されたスータンに身を包み、海草のようにうねった白髪交じりの髪を、鎖骨の辺りまで伸ばしている。右手は顎の辺りをしきりに撫でているが、その薬指と小指が歪な形に欠けていた。
そして、なにより。
その幽鬼のような顔立ちを忘れることはできなかった。
「よう、リトラ神父。あんた、本当にしつこいね。人ん家焼いといて、まだ満足しないのかい」
僕は軽い調子で言った。もちろん、口調ほど穏やかな心境ではない。怒りと焦りは内側からジリジリと炙るように、はらわたに焦げ目をつけている。
リトラ神父は、僕の言葉にその切れ目のような口元を歪めた。笑ったのだろうか。それとも哀れんだのかは定かではなかったが、どうあれ、不快な表情だった。
「しつこい、とはご挨拶だ。ただ我々は、その燃え跡に探し物が残ってないから、君が持っていないか尋ねようとしただけなのだがね」
「は、ふざけろよ。火加減間違えて一緒に焼いちまったんじゃないのか。だとしたらもう灰になっちまってるぜ、諦めな」
「そうだな。それも、君を調べたらわかることだ」
そして、彼は緩慢に左腕を持ち上げると、五指を伸ばして僕を差した。同時、脇に避けていた男たちが、一斉に僕を取り囲む。
「多少手荒にしても構わん。ただ、最低限喋れる状態で確保しろ」
それを合図に、四方から腕が伸びてきた。僕の倍は太いんじゃないかというくらいに筋肉のついたそれは、掴んだくらいでは弾くことができない。大した抵抗もできないまま、たちまちに僕は羽交い絞めにされ、壁に押し付けられた。
もがけど、数人がかりでの拘束は振り払えそうになかった。元々、腕力に自信のある方ではない。こうなってしまえば、もうどうしようもないのだ。
「くそ、畜生、離せよ。お前ら、ただじゃおかないぞ」
言ったところで、離してくれるはずもない。必死に考える。内ポケットの霊符――は量も残り少ないし、何より手が使えなければどうしようもない。大声を出しても、こんな路地裏まで助けに来る奴は居ないだろう。
考えろ、無理やりに思考を回しながら、微かに心の中に過ぎる諦め。振り払うように繰り返す。考えろ、考えろ、考えろ――。
それでも何も思いつかない頭が、諦念の海に半ばまで沈んだ、その時だった。
ひらり。一枚の羽が舞い落ちる。
僕は最初、視界の端に映ったそれが何なのか、認識できなかった。ただ僕を拘束している連中の意識が何か別のものに向けられたことには気づくことができた。
ざわめく男たち。何だ、と、口にするより早く、それは聞こえた。
「なんだ、良かった。間に合ったみたい」
それは少女の声に聞こえた。まさか、こんな所に女の子などいるはずもない。聞き間違いだろうか。眉をひそめる僕が、どうにか首を動かそうとして、瞬間、鈍い音が聞こえた。
ふっ、と。頭にかかっていた力が、突然消失する。遅れて衝撃音が続き、次々と体から重さが剥がれ落ちた。僕の両腕を掴んでいる男以外は、僕に触れているものはいない。ここまで来てようやく、僕は振り返ることができた。
まず見えたのは、大きな二対の翼だった。幼い頃図鑑で見た、どの鳥とも違う真っ白な双翼。ただ、おかしなことに、その持ち主は鳥などではなかった。
真っ赤なローブに身を包んだ人間。翼はそいつの背中から生えていた。頭から爪先までをすっぽり覆っているので性別も背格好もはっきりとしない。
そいつは僕らの頭上、二メートルくらいのところにいた。バサバサと羽ばたきながら、僕らを見下ろしている。
「おい、何やってんだ!」
黒ずくめのうちの一人が叫んだ。しかし答えは返ってこない。よく見ると、彼らの人数が一人減っていた。さっき聞こえた音から察するに、あのローブの奴がやったのだろうか。
「くそっ……おい、あいつから仕留めるぞ!」
動き出したのは、男たちのほうが早かった。濁った気合の声とともに、拳を握って駆けていくが、それは相手の体に届くことはなかった。
バサッ。大きく空気の動く音がして、翼が閃く。
交差した二対。その隙間から放たれたのは、激しい突風。同時、あちこちで悲鳴が上がった。向かっていった連中の腕に深く、何かが突き刺さっている。よく見るとそれは羽根だった。元々は真っ白だっただろうそれは、血を吸って半ばほどまで赤く、その色を変えている。
「あんたたち、0点」
再び、聞こえる少女の声。今度こそ空耳ではない。確かにその声はあのローブの奴の方から聞こえてきた。
「なんで、飛んでる相手にまっすぐ殴りかかってくるのよ。馬鹿なんじゃないの――」
と、そこまで言おうとして、言葉は銃声に遮られた。放たれた弾は、フードの部分を掠めて、そのままどこかに飛んでいってしまった。見れば、連中の一人が銃を向けていた。銃口から細く煙が立ち上っている。彼が撃ったのだろう。
「うん、それはまあまあ正解ね。空中にいる相手に対して、飛び道具は非常に有効だわ」
ふわり。撃たれたフードが、ゆっくりと降りて行く。しかしそれより早く、そいつは銃との距離を詰めた。撃鉄を起こす暇も、照準を合わせる暇もない。一瞬で至近まで迫り、一撃。横薙ぎの蹴りが正確に銃を叩き落とした。
「相手が私じゃなかったら、の話だけどね。銃口を見ればどこに来るかわかるし、撃つまでに時間もかかる。まあ、所詮は魔術の一つも使えないアマチュア向けの武器よね」
そしてアッパーカット気味の拳が顎を打つ。それはたった一撃で、過不足なく意識を刈り取った。男が倒れるまでに、三秒ほど。それを待つことなく、そいつは動いた。
激しく回転する体。狙いは僕を押さえつけている男。彼は不運にも両手が塞がっていた。だから自分の顔面に飛来した、その鋭い膝をモロに食らうことになった。そして、最後の拘束が外れた僕はようやく、自由の身になった。
突然投げ出されてぐらついた体を、どうにか立て直す。残っているのは背後で指示を出していたリトラ神父、ただ一人だった。
「で、もうあんたしか残ってないみたいね。抵抗するって言うなら――消し炭にするわよ」
ローブのそいつは、そこでようやく地面に降り立った。が、意外にも小さい。僕の胸元より少し下くらいの背丈。そいつはすぐにフードを被りなおしたが、僕にはその下の顔がはっきりと見えていた。
少女。
僕よりも、たぶん年下。深紅の髪を後ろでひとまとめにしていた。
動揺を表に出さないようにしながら、それでも、僕は驚愕していた。
先ほど、鬼神の如き活躍で大の男二人を薙ぎ倒したのが、こんなに小さな女の子だってのか――?
リトラ神父は僕と翼の持ち主を交互に見つめて、納得したように頷いた。そして肩を震わせて不愉快な哄笑を上げた。
「はっはっはっは! やるじゃないか、ジェイ君。まさかここに来て、こんな切り札を用意しているとはね。護衛くらいは雇っていてもおかしくないとは思っていたが――その翼! 深紅の髪! もしかして【赤翼】か! これは恐れ入ったよ」
「そうかい、僕はあんたがそんな風に笑えることのが驚きだぜ。その根暗なツラじゃ、笑ったっておぞましいだけだけどな」
僕の言葉に神父はほんの少しだけ眉を動かしたが、それだけだった。ただニヤニヤと不気味に笑いながら、僕らを見据えている。
「……口が減らないなあ、君は。まあいい。じきにそんな口も利いていられなくなるさ」
彼がそう言うと同時、強く引かれる感覚。見ればローブの端から伸びた手が僕の腕を掴んでいた。突然のことで、僕はバランスを崩して大きく傾いた。
そして、破裂音。真横のほんの数センチを、何かが掠める。銃弾だ。手を引かれなかったらと想像して、背中に冷たいものが流れる。さっき転ばせた奴らが追いついてきたのか、と、考えたのも束の間。今度はリトラ神父の背後から、迫ってくる沢山の影が見えた。
増援。それも、十人や二十人じゃない。上下真っ黒な男たちが、軽く数えても数ダース分は集まってきていた。
「……流石に分が悪いか」傾いだ僕を両手で抱えるように支えながら、ローブのそいつは小さく呟いた。「ちょっと我慢してね」
ブオン。それは翼を大きく開く音だった。辺りに吹き荒れる風。それに乗せて放たれた、何本もの羽根の矢。それでも流石にこの人数差は厳しいんじゃないか、なんて思って。
「……行くわよ」
思考は浮遊感にかき消された。
「う、うおおおおおおおお?」
急激に、耳のあたりを風が通り過ぎていった。脇に回された手が、深く食い込む。全身にかかった強烈な重力が、思わず吐き気を誘う。ぐえっ、と。喉から汚い音が漏れて、視界が一瞬ブラックアウトした。
それはチカチカと明滅を繰り返しながら、徐々にクリアになっていく。
空。
開けた視界に真っ先に飛び込んできたのは、【夕暮れの町】の雲ひとつないオレンジ色の空だった。遠くに見える太陽も、町で一番高い時計塔も、何もかもが遮るものなく、ハッキリと見えた。
飛んだのだ、と気づくまでに数瞬。その頃にはもう、僕らは周りの建物より高く舞い上がっていた。驚きが七割。安堵が三割くらいの比率で、僕は一つ息を吐いた。
「悪いわね、急に飛んだりなんかして。大丈夫だった?」
頭の上から声が降ってくる。体が密着しているこの距離まで来て、ようやくその顔がはっきりと見えた。やはりというか、見間違いではない。美少女と言って差し支えない程度には整った目鼻立ちをしている。目の色は燃えるような真っ赤で、風にたなびく髪も同じ色に染まっていた。
まさかというか、やはりというか。僕は複雑な胸のうちをとりあえず押し込めて、一先ず言っておくことにした。
「いや、ありがとう。助かったよ。もう駄目かと思ったんだ、よくあそこがわかったな」
「時間になっても指定の場所に来なかったから、何かあったんじゃないかと思って上から探してたのよ。まさかあんなギリギリの状態だなんて思いもしなかったけど」
僕は曖昧に笑って、頭を掻いた。本当にギリギリだった。もし彼女が現れるのがもう少し遅ければ、僕は連れ去られてしまっていただろう。
それよりも僕には確認しておかなければならないことがあった。彼女は今、『指定の場所』と言った。それが何を意味するのか、僕にだってわからないわけではない。
「……ってことはやっぱり、君が『そう』なのか?」
僕は問うた。具体的な言葉は要らない。もし僕が思ったとおりであるならば、それだけで通じるはずだ。
もしそうであるならば。彼女は、あの逃走劇の――。
「……『そう』よ」力強く頷いて、そのまま首を大きく振った。
小さな頭からフードが外れて、ふわり。ほどけた紐はどこかに消えていって、風に溶けるように真っ赤な髪が広がった。
それはまるで絹糸のようにサラサラと滑らかで、恐らく垂らせば足元まで届くほどの長さだろう。ともかく、燃え上がるように溢れ出たそれは、滑らかに宙を撫で、空に流れた。
追いやったはずの『まさか』が、再び胸を満たした。それもそうだろう、誰が信じるというのだ。こんな小さな女の子が、まさか。
「私が万能屋【赤翼】、リタ・ランプシェード。こうして話すのは初めてね、スペクターさん」
あの逃走劇の終着点、世界最高の万能屋【赤翼】だなんて。