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太閤殿下の毛利征伐③


 わしの前に現れたのは毛利の当主を名乗る若武者であった。

 奴は剣を抜き、わしに向けて構える。


「覚悟してもらうぞ秀吉。ここがお前の墓場だ」


「フン。若造がいい気になるなよ。大将が自らお出ましとは、毛利はよほど兵に窮していると見える」


「それは残念だが本当だ。実に耳が痛い。お前らが先日送ってきた猛将に、こちらの多くの将が討たれてしまった。だから俺自ら前線で指揮をとらねばならん。だが侵略者を黙って見過ごすほど甘くないぞ」


「それはご愁傷様だな。しかし……猛将とはなんのことやら。わしは何も知らんぞ? おいお前ら知っておるか」


「いえ。俺は何も知りませんが」


「私もです。安芸(広島)言葉は複雑ゆえ……言っている意味がわかりませんな」


 どうやら毛利はすでに何者かとの戦いで大きく消耗しているらしかった。

 だがわしはそんな猛将など送った覚えはまったくなかったので、輝元の言葉にはただただ困惑するしかなかったのだ。


「秀吉様、ここは俺にお任せを。あの生意気な毛利の若造めを葬ってやります」


「おお……勝家やってくれるか」


「はい。あんな若造など私、鬼柴田の前では赤子も同然。不用意に我らの前に出てきたことを後悔させてやりましょう」


「ぐははっ! これはいい。良いものが見れそうじゃ」


 勝家は剣を抜き放ち、振り上げて大声で叫んだ。


「やあやあ我こそは柴田権六勝家なり。鬼のかかれ柴田とは俺のことだ。輝元、いざ尋常に勝負いたせ!」


「ほう……あのかかれ柴田とはお前のことか。相手にとって不足なし。いざ参る!」


「はああーッ! いくぞ輝元!」


「かかってこい勝家! 勝負だ」


 二騎の騎馬武者が剣を振り上げ、その間合いを詰めていく。

 わしは内心でほくそ笑みながら、それを後ろで見ておった。


 見ればあの毛利輝元は元服したばかりといったような若造だ。織田家旧家臣でも指折りの武力を持つ、あの勝家に勝てるわけもない。おそらく一撃で打ち倒され、ぶざまに地を這うことになるだろう。


「早まったな毛利め。やつらもこれで終わりよ」


 振り上げた勝家の剣が無比の一撃を与え、輝元は一瞬で倒れる……ハズであった。

 しかし……


「死ねぇ輝元!!」


「……??? なんだその剣は。フン!」


 ガッキイイィイン!


「ぐ、ぐわあああああっ!?」


 互いの剣が交わった途端、勝家は大きく吹き飛ばされ、あやうく馬から落ちそうになっていた。

 どういうことじゃ……なぜあんな若造ごときに押されているのだ!?


「おいおい。まさか今ので本気なのか? 何かの冗談であろう?」


「ば、馬鹿な。なぜ俺の剣が通じぬ!?」


「やれやれ……力も速さも並以下だ。そんなことで織田の筆頭家老を名乗るとは笑わせるぞ?」


「ぐはっ……なぜ俺が押されている。こ、こんなはずでは」


 反撃に転じた輝元に、勝家は明らかに劣勢であった。

 その様子に周りで見ていた兵たちから歓声と悲鳴とが漏れた。


「す、すごい……輝元様があの鬼柴田を圧倒しているぞ!」


「馬鹿な……勝家様が!? 毛利の将は何という強さじゃ!」


 まずい……これでは兵たちの士気に関わるぞ。

 くそっ楽に勝てると思っていたのに、どうしてこんなことになるんじゃ。


「おいっ勝家。何を遊んでおるか! さっさとそいつを倒さぬか!」


「ぜえはあ……ぜえはあ。い、息が苦しいでござる」


「弱すぎる。もはや相手にならんぞ。はあーっ!」


 ザン!!


「ぐはあああああ!」


 輝元の一撃を喰らった勝家は馬の背から落ち、地面の泥の中に頭から突っ込んだ。


「ひいっひいいっ。た、助けてくれ」


「勝家、なんと情けない奴よ。もはや切る価値もないな」


 着ていた鎧が頑丈だったので致命傷にはならなかったようだが、全身を泥まみれにして逃げ出すその姿に、味方の兵たちは大きく動揺していた。


「秀吉様、も、申し訳ございません」


「この馬鹿もんが! 香木を吸い過ぎるからこういうことになるんじゃ!」


「こんなはずでは……」


 二人の戦いのあまりの一方的な展開に、この戦そのものの結果が決まってしまったような雰囲気であった。


「お、おいおい。柴田様が負けてしまったぞ」


「勝家様は滅茶苦茶強いって話じゃなかったか? それを簡単に倒すなんて、毛利は一騎当千の集まりなのでは……」


 ざわざわざわ……

 ま、まずい。ただでさえ士気の低い所にこれでは戦にならぬ。

 輝元はあきれたようにわしに言い放った。


「やれやれ……これがあのかかれ柴田だと? 偽物にしても出来の悪い影武者だ。おい秀吉、こんな偽物ではなく、本物の武人を出してこい」


「な、なに本物の武人だと?」


「そうだ。お前の配下にいるだろう。あの無双の力を持った黒い侍がな」


「黒い侍だと……一体誰の事を言ってる? おい三成、なにか知ってるか」


「いえ私は何も。皆目見当もつきません」


「わしもじゃ。おい輝元、そんな奴はわしの所にはおらんぞ!」


「しらばっくれるなよ秀吉。あれほどの男を記憶していないわけがない。名をそうだな……弥助と言ったか」


「なに? 弥助じゃと……」


 輝元の言葉にわしはおもわず我が耳を疑った。あんな無能のことをこの輝元は高く評価していたのか? だとしたらなんという見込み違いであろうか。あの男はわしが追放するほど、無能で図体が大きいだけのでくの坊なのだから……


「わはははは! 何を言うかと思ったら弥助とな? あの無能ならもうわしの元にはおらんぞ。あまりに使えぬ奴ゆえ追い出してやったわ」


「な、なにっ……弥助を追い出しただと!?」


「左様。あのような奴を高く評価するなど、どうやら毛利殿の目はずいぶん濁っているらしい。いやはや、お気の毒なことじゃ」


「はは。俺の目が濁っているか。そうか……」


 毛利は少しうつむいて何かを考えているようだった。

 すると次の瞬間には狂ったように大声で笑いだすのだった。


「はは。わはははは!!」


「な、なんじゃ。輝元、気でも触れたか」


「俺が狂っているだと? 違うな。狂っているのはお前の方だ、秀吉」


「な、なにっ!?」


「豊臣滅びたり! 皆、出てまいれ!」


 ブオオオオーッ!

 鳴り響く法螺貝の音。続けて丘の上から姿を現したのは更なる毛利の増援だった。



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